手紙
「お父さん、お母さん…私は今日、人を殺しました。これで三人目になります。
私は地獄行きで、二度とお会いする事は出来ないでしょうから、お手紙を遺す事にしました。読んで頂けると嬉しいのですが…私の、残虐でどうしようもなく愚かな心の内を知られてしまうと思うと恐ろしくもあります。
では、さっそく本題に移らせて頂きますが、今日私が殺した人物が誰かはあなた達が一番良く分かっていると思います。ですから、ここに綴るのは過去に私が殺した二人の人物についての回想とさせて頂きます。
まず最初に殺したのは二年ほど前の事になります。相手は私の一番身近な人物です。私は殺したいほど憎んでいたその人間を、眠っている間に台所にあった包丁で滅多刺しにしました。もしかしたらもうお分かりかもしれませんが、ネタバラシは最後にしましょう。早々に教えてしまってはつまらないですからね。
続いてその横で眠っていたもう一人の人物も、包丁で同じく滅多刺しにしようとしましたが、残念ながら死後硬直で刺さった包丁が抜けなくなってしまったようで、もう一人はベッドサイドに置いてあった時計で殴り殺す事にしました。…そうですね。確か五回くらい頭部に振り下ろしたと思います。その頃には慣れない事でへとへとに疲れきっていたので、そのくらいでやめる事にしました。
私は血で真っ赤に汚れた手や体を見て、ため息を一つついてお風呂で血を洗い流しました。服はゴミ箱に捨てて、新しい服を着て身の回りの物を鞄に詰め込むと、ついさっき殺した人達の財布からお金を抜き取って、自分の財布に入れました。
物取りの犯行に見せかける為、適当に家の中を荒らして車の鍵を取ると、そのまま家を出て車に乗って逃げ出します。無謀にも程がありますが、私にはそのくらいの逃走計画しか考えられなかったのです。
幸いオートマの車だったので、それほど操作に困る事は無く、何日か逃げ回っていました。ガソリンが無くなりかけた時は困りましたが、フードを目深に被って急いでガソリンを入れてやり過ごしました。
その後三ヶ月くらいは盗んだお金で車中泊をしていましたが、ついに職質をかけられてしまい、逃げ出しましたがあっさりと捕まりました。
その後どうなったのかは知らないのですが、これでは駄目だと思い、今度は一人目の人物を病死に、二人目の人物を事故死に見せかけて殺す事にしました。
私は毎日毎日、塩分やカロリーの高い食事を作り続け、タバコや酒をたくさん買いに行き、生活習慣病にさせようとしていました。……でも、なかなか死なないし、何だか惨めになって来て、やめました。
二人目の人物を街で見かけたので、今度は車の前に突き飛ばして殺そうとしました。でもちゃんと死ななかったみたいで、罵声を浴びせられたので慌てて逃げ帰りました。
すぐに家の畑のニラの近くにわざと植えておいたスイセンと、公園のベンチの下に生えていた良く分からないきのこと、じゃがいもの芽を炒め物にして、一人目の人物に食べさせます。二人目の人物から話を聞いて警察がやって来るのは時間の問題でしょう。
毒にやられて苦しみだした一人目の人物を眺めている間に、警察がやって来てしまって、結局救急車で運ばれた一人目の人物も助かってしまうでしょう。
また他の手を考えなければいけなくなりました。
今度は二人が眠る家に火を放ちました。やっぱり寝ている間に殺すのが一番やりやすいです。一人目の人物の寝煙草が出火原因という事にする為にタバコに火をつけて布団に押し付けました。エアコンをつけて空気を乾燥した状態にさせておくのも忘れません。ガスの元栓もちゃんと締め忘れておきました。
家がほどほどに燃えた所で、火事に気付いて起きて逃げ出した風に装って家から脱出しました。ちなみに事前に彼らをとても疲れさせておいたので恐らく火事に気付く事は無いでしょう。眠ったまま死なせるのも癪ですが、完全犯罪の為には仕方がありません。
一応目覚めてしまったとしても、たまたま倒れ込んだ家具が扉を塞ぎ、窓には元々格子が嵌っているので部屋から出る事は出来ないでしょう。
消防が到着して、事前に用意していた台詞を言います。家の住人は帰りが遅くなると言っていたので居ない筈だと。消防士に助けに行かれては計画が水の泡です。それに出来るだけ他人を巻き込みたくありませんでした。
消火された後、警察の捜査が入り、私は疑われる事になりました。唯一の生き残りであり、虚偽の証言をした可能性があった事と、この家の住人では無いのに発火当時真夜中だったのにこの家に居た事が怪しまれたようです。
私は出生届が出されていない無戸籍児で、一度も学校にも行った事が無い上に、火事で全て燃えてしまって身元を証明する物が一切ありませんでした。おまけに名前すら与えられていないので、警察に聞かれても何も答える事が出来ませんでした。
警察は完全に私の事を犯人だと分かっているようでしたが、証拠も無かったのでとりあえず児童相談所に連れて行かれる事になりました。私はそこが死ぬほど嫌いだったので、全力で拒否しました。結局無理矢理連れて行かれましたが。
どうして行きたいと思った時に受け入れて貰えず、行きたくない時には無理矢理入れられてしまうのでしょうか……私は十二歳の時に一度そこに電話で連絡していて、恐る恐る現状を拙くとも伝えたのですが、イタズラだと思われたのか、単に面倒くさかったのかは知りませんが、慇懃無礼にあしらわれて頭に来たので途中で電話を切りました。
空きが無いとか、もっと大変な子がいるからその子を優先しなければならないとか、私には言い訳にしか聞こえなかったのです。
この時、私は二人を殺すしかないと決意したのです。
それからも、絞殺、溺死、転落死など色々と試しては見たけれどどれも上手く行かず、最終的に二人を本当に殺すのは諦めました。空想の中で何十回と殺したら、それで満足してしまったというのもあります。
私は最後に贖罪のためにも、もう一人殺しておこうと思いました。それで、さらに罪を増やそうとも、二人からの暴力と暴言、食事を抜くなどの行為にもう耐え切れなかったのです。
私は、ついに本当に人を殺しました。
いえ、この手紙を書き終わってからになるので、まだ殺してはいないのですが……私は私を殺すつもりでいます。
他殺に見せかけて死ぬつもりなので、ご迷惑をおかけすると思いますが、あなた達二人を殺さなかった対価としてそのくらいは許して下さい。それに警察にこの手紙を見せれば、疑いは晴れる筈です。尤も、別の疑惑は向けられる事になるのでは無いかと思いますが。そんな事までは私は感知しませんので悪しからず。
そういう事なので、このへんで筆を置きますね。
さようなら。お父さん、お母さん。
―――二人の事を、殺したいほど憎んでいました。