Ⅱ 王子様のお城と吸血鬼の古城
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まるで、青空の下でお姫様が格好いい王子様と一緒に住むようなお城...否、ここは真夜中の碧い半月の似合う吸血鬼の住まう古城。綺麗で美しい妖精達の住むようなファンタジー世界と、それとは異なる登場人物が出てきそうなダークファンタジーの世界が広がる。そんな両極端な変な世界のちょうど真ん中にある城。
羽月は真っ白なドレスを着て、この城の主である碧の吸血鬼と一緒に暮らしていた。
「キリク様と同じ碧い色」
闇色ではなく青空の城の中庭で、羽月は綺麗に整えられた花壇の前にしゃがみこんでキラキラと輝く花達を見ていた。ここにずっといるはずなのに、どうしてか羽月の知る知識の中には無い花ばばかりで、形はさまざまでガラス細工みたいで色も不思議だと思いながら毎日を過ごしている。
すると突然、羽月の後ろに1つの黒い影が浮かび上がって人型の形をとった。
「こんなところにいたのか、羽月」
「キリク様!」
羽月はいきなり現れた碧の吸血鬼ことキリクの声を聞き、立ち上がるのと彼の名前を呼ぶのとどちらが先か、嬉しそうにキリクに抱き付いた。もう何年も彼と一緒にいるような、ずっと彼の傍にいたような、そんな気がする。
でもどうして、自分はこんなことを思うのだろうと、ふと思うときがある。
ーーー戻らなきゃ! 帰らないと...
ーーーどこに戻るの?私の帰る場所はキリク様のところなのに。
羽月が心の中で、奇妙な自問自答をしていると漆黒が目の前をおおった。キリクの、碧の吸血鬼の纏う黒越しに抱き締められる。彼の腕の中ではもう、“碧の吸血鬼”以外の音も声も何も聞こえない。
「羽月。本当にしょうがないな、俺の羽月はなんでも惹き付けるから...今度は誰に言い寄られてた?」
まるで彼女に嫉妬する彼氏のような甘くて黒い、恋人同士のようなキリクの言葉は、羽月の心を捕らえて離さない。彼の声を聞くと、何も考えられなくなる。そして羽月は“何でもない”とキリクの胸に顔を埋めた。
ああ、彼の傍は、彼の腕の中は安心できる。だから、誰も私を惑わせはしない。誰も私を襲うことはできない。
「キリク様、今日は湖に出かけたいです。一緒に来てくれますか?」
「ああ、もちろん。最後だし羽月の行きたい所に連れてってやる」
羽月からの提案に、キリクは笑顔で頷いてくれる。それがとても嬉しいと思う。
今まで抱き締められていたキリクの手は少しの間だけ離れ、彼は羽月を横抱きにして空を浮いた。不思議な碧の吸血鬼の能力に、羽月は驚いたり恐怖することも無くいつものようにキリクの首に腕を回した。
「言っておくけど、羽月にはもう帰る世界どころか体も無いけどな」
一瞬ゾワリとするような瞳でキリクは言うが、今の羽月にはその言葉の意味することも理解できなかった。自分には分からない難しい話をしている、羽月はキリクを見上げて首を傾げるばかりだ。そんな羽月を困ったように、また何処か嘲笑うようにキリクは見詰めていた。
羽月が気が付けばもう、下には半分ずつ色の異なる湖がある。キリクはそのまま湖の真ん中に降り立った。どうやって水面に浮いているかなんて、羽月は気にならない。綺麗ですねとキリクに微笑むばかりだ。
「妖精に惑わされそうで惑わされない姿や動くだけの肉の塊から必死に逃げ回る姿も見てておもしろかったし、俺に従順な羽月も楽しませてもらった」
そう言って碧の吸血鬼は、今の状況を理解できていない羽月の顔を見て頬を撫でてから...その白い首筋に“吸血鬼”の名のとおりに牙をたてた。羽月の首から胸へ、真っ白なドレスがじわりと真っ赤に染まっていく。
碧の吸血鬼の牙は痛みに悲鳴をあげて暴れる羽月の腕や足も無視して、羽月の頭を片手で押さえてさらにその牙を食い込ませた。
「キ、リク..さま...」
痛みに顔を歪めながらも、まだ彼の能力に操られて碧の吸血鬼を愚かにも慕い、これは何の意味を持った涙か...頬を流れ落ちる、羽月の泣き顔は妙に美しい。
羽月はしばらくすると眠るように瞳を閉じた。くたりと、碧の吸血鬼の腕の中でその命は完全に絶える。先程よりも体の色は青白く、そして足や腕は何かに勢いよくぶつけたように腫れ上がり変な方向に折れたりしていた。その辺りの肌の色は赤黒く紫色に変色している。
「こっちの世界に迷いこんだ時点で羽月はとっくに生きてない。お前の帰る場所なんて最初から無いんだよ」
碧の吸血鬼はそう呟きながら、もう動かない羽月の体を無造作に手放した。
そんな碧の吸血鬼の行動に反して羽月の体は静かに水しぶきをたてて両極端な、変な世界の湖の真ん中に沈んでいく。
Quarter moon
~弦月世界の吸血鬼~