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蒼星  作者: たま ささみ
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第8章  ミッション

本棟掲示板の前に群がる5軍の人々。

 新期生たちは、それぞれ部の先輩にミッション経験を聞いた。みな首を傾げる。どうやら、今までミッション命令が下った例は少ないらしい。平和な星の中で訓練している部隊が多いのだろう。



◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇

 

 統括部広報室のサラサリーヌ室長の意識が、皆に語りかけてきた。

「今回は銀河外任務です。参加者には午前中に命令が下されます。相手国での戦闘は想定していませんが、戦闘になる可能性も否定できません。そこを十分に理解したうえで、各軍指揮官からの命令を待つように」


◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇



 5軍の部隊生たちは、がやがやと噂を始める。

「戦闘も否定できないってことは、逃げないで受けて立つってことだろう。俺はイヤだ。被雷したくない」

「考えすぎだぞ。想定していないのだから必ずしも戦闘が起こるとは限らない。そういうのは飛躍した論理だ。そうだろう?」

「それならミッションなど参加しない方が自分の身のためじゃないか」

「星のためにこうして訓練しているのに、今更何を言い出すんだ」


 レイは憮然とした思いで周囲を眺めていた。星を救うために自ら被雷したワムとヘイル。スパイ探し事件に発展しかねないため、2人に関する事実は家族にすら公にされていない。事実を知っているのは第1グループ9名と、上層部だけだ。ダミナスでワム達に接触したクラスト人はみな、意識操作を行いワムとヘイルのことを記憶から抹消している。ワム達の身に起こった本当の事を覚えているのは、第1グループの自分たちだけだ。


 レイは、何処でもいいからミッションに参加し、困っている生物があれば助け、道を正したいと思っている。ラニーは軍部ではないから一緒には動けないけれど、ラニーの分まで自分が動きたい。元々軍部志望だったラニーの分まで頑張りたい。それだけだ。

 レイ自身は志望する軍もなかったのだが、ラニーが生命軍を志望するなら、代わりに自分が軍務に就くか、といった曖昧な動機だった。しかし、軍務に就いた以上、弱音を吐き自分の命乞いまがいの発言をするなど、先日消された先輩たちと何ら変わらない。ミッションの成功に向け全力を尽くし、ワムとヘイルの分まで自分の命を大切にし、無事この星に戻る、意識に問題あれば、ラニーに救助を頼む。それでいいと思う、単純でいいのだ。

「僕も同じ」

 ルーラからの意識干渉だった。自分たちでないとわからないことがある。自分たちだからこそできることがある。一つの経験は百回、1千回の訓練に勝るというわけだ。みんなの思いを胸に、ワムとヘイルに褒めてもらえるような一生を送る。それが夢だと。


 さて。軍事部にて。本部前に詰めている者たち。命令のあった者にだけ、トレスが届く。そして、その者は意識だけ部内の会議室に入る。余程傍に居なければ、誰が呼ばれたのかはわからないだろう。それらが、部内会議室に集った。レイとルーラもその中にいた。二人は、自分たちの夢を追うことを改めて誓った。


 そのころ、ラニーもミッション部隊に編入されていた。医事も極めて大事な職務である。先輩たちから救護術式を教わりながら、ラニーの腕は着実に上達していた。

マーズとデュランも、ミッション部隊に投入されていた。デュランのミッションは他銀河の内情把握が主たるものだが、マーズは開発術式の公開稼働を目的としている。禁止術式以外で、どのような術式が他銀河で使用できるのかが今回の目的の一つでもある。

 ミッション参加部隊はみな、軍事会議室に召集された。殆どが先輩だったものの、5人は久しぶりに会えたことで嬉しくもあった。


 ミレイル軍部副指揮官から、今回のミッションに関する概要が明らかにされた。

「今回のミッションについて説明する」

 銀河の名は「まほろば」、惑星の名は「桃源」。

 まほろばは、クラストから1千万光年先にある銀河系だ。この銀河には七つ以上の惑星が公転している。以前は複数の惑星に生命体が存在したが、現在、生命体の存在するのは「桃源」のみになった。現在の桃源は九つの国が群雄割拠している。太陽系銀河の地球の構造にとても良く似ており、生命体の形もほとんど同じである。

 今から1万年以上前、曖昧に科学が発達する過程での民族同士の争いから核戦争が勃発、結果、殆どの国が滅亡した。

 地下シェルターに逃げ込み、命を存えた生命体の微弱な波動を解析したクラスト人がそれらの生命を救い、クラスト同様に「生命の樹」を投ずることで生命維持方式を変更した。長い年月を経た大地は各種の汚染から解放されつつある。

 現在はプルトニウム及びウランが残っている爆心地を除いて通常の生活を営める状況に戻った。爆心地は「ピラウス」と命名され、立ち入りが禁ぜられるとともに、ピラウスの周りは人々の祈りの場となっている。


 このたび、「桃源郷」として世界統一を図るにあたり、桃源星府では各国にて「ユートピア=理想郷計画」を発表した。この計画には賛否両論がある。我がクラストでは、桃源の世界統一を支持するとともに、計画の成功に向けて鋭意努力し、これを助け護ることを約束した。

 これは、好戦的な国と一戦交えるという意味ではなく、計画成功に向けこれらを擁護するというボディガード、あるいはガード任務を主とする。

 重要なのは守ることであり、排除することではない。我々の任務は排除ではない。


「もしも排除すべき生命体が存在したとすれば、それを管轄するのは我々軍部ではなく、統括部の任務となる。以上だ」


◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇


 新期生たちは、銀河内の歴史について一応の習得はしたものの、まほろばの話は講義に出なかった。5人が5人、覚えがない。全員忘れるわけがない。

 ルーラはぽつん、と独り言を漏らす。誰にでもなく、話しかけるでもなく。次第にそれは互いの独り言となって続く。


 まほろばについて、皆、何も知らない。広義にも狭義にも、授業でまほろばの名は出なかった。ユートピア計画といいつつ、どうやら、知られたくない事実が其処にあると見える。

 もしかしたら、生命の樹。

 昔は2本あった生命の樹が、今は1本しかないと聞く。1本をまほろばに譲ったとしたら。まほろば内で何かあれば、クラストにある1本しかなくなってしまう。そうしたら、クラストの生命の樹に何か危険が迫った場合、対処できない恐れがある。確か送ったのは遥か彼方。今のような技術も無く、バックアップも取っていないだろう。

 まほろば内の国によっては樹を独占を狙う可能性もある。まして、星が絡んでくれば、桃源を追従させるため、戦乱に発展する可能性すらあるのだ。

「本当の目的は、生命の樹?」

「そうだよ、生命の樹だよ!」

「護るべきは生命の樹!」

「見届けるべきは、生命の樹!」


 5人はミッションの表側と裏側をイメージした。

・ユートピア計画成功のため、要人警護に当たる。

・不穏分子を統括部に報告する。

・本当に護りたいのは生命の樹。

・一万年以上前に移植された生命の樹の場所が何処かわからないのではないか。

・各国に軍事部中心の部隊を派遣することで、生命の樹を探し出し、バックアップする。

・バックアップデータをクラストに持ち帰るのが、統括部の本当の目的。


 レイが言う。

「当たらずとも遠からず、だろ」

 皆、概ね同様の意見だ。

「急に昔助けた星をまた助けるぞっていわれても、ねぇ」

「理由らしい理由がないよ。星の安寧は他国が干渉することではないし」

「まあ、自分たちのおかげで生き返ったから滅ばないで欲しいってのもわかる」

「滅んだら生命の樹はどうするんだ?」

「リターン」

「暴動装って滅ぼしてリターン、なんてダミナスならやりかねないな」


 思い出したように呟くレイ。

「あそこも生命の樹は一本きりだったはずだ」

「どうして?普通なら二本生えるはずなのに」

「わからない。ワム達の事件で中枢部に入って聞いたことがある」

「なら、桃源でクラストの生命の樹に関するバックアップデータを取る可能性もあると?」

「ダミナスに一本しかない理由は謎だし、桃源のことを知っているのかもわからない。でも、奴らは何をしてくるかわからない種だ。気を引き締めてかからないとね」

 レイは、エクス達に意識干渉してみた。返事はない。

「誰かお姉様方の意識何処に在るか知らない?」

 と言いかけたとき、目の前にエレノアが現れた。

「秘匿回線を使え。その話はタブーだ。他に聞かれてはならない」

「やっぱり、今回の目的はそちらですか?」

「そう考えてもらって結構」

「僕らは秘匿回線を使える立場にないのですが」

「今から術式をインプットする。セーラにもインプットしておこう」

 秘匿回線を使用させてくれることへの感謝とともに、ルーラは今回のヤマが相当秘密裏に行われるものなのだと知った。


「あの、非常にお聞きしにくいことなのですが」

 全員がインプットされたあと、珍しく、ラニーが口を開いた。

「エレノア先生は女系要素を兼ね備えていますが、元々エクスですね?」

 エレノアは目を丸くすると、豪快に笑いだした。いつもはクールなエレノアに皆が驚く。

「良くわかったな。さすが術を極めただけある」

「女系意識体に特有の言語機能が見つからないんです。先生の意識内に」

「広報のサラサリーヌ、同期でな。あいつもエクスだ」

「僕らの同期は悪目立ちしていますから解り易いですが、他にもオネエ系の先輩方がいらっしゃるのですか?」

「ああ、数名いる。当ててみろ。女系意識体とは限らんぞ」

「え?男系意識体にもいる?」

「もちろん、本人の自由だからな。解っても内緒にしておけよ」

「ありがとうございます、回線の件、感謝します」

 

 秘匿回線が使えるのは、ごく少数に限られる。高等術式使いであるオネエ系意識体と上層部のみだ。あとはスパイ活動を行う組織くらいか。

 はたと気づいたデュラン。

 情報活動=スパイ活動。新期生に秘匿回線など授ける時点で気が付かなかったのがおかしい。デュラン自身は平和を愛すると豪語しているが、情報活動向きであることは地球の図書館に入り浸った時に判明した。

 自らの運命を嘆くデュランを前に、他の意識体たちは冷たい。

「そうそう、そういう運命もある。好むと好まざるとに関わらず、だな」

「ほら、そんなことよりさっきの話。レーゼたちに秘匿回線でコンタクト!」

「わかったよ。俺がまず実験台になってみるわ」

 集中し回線をコントロールするデュラン。

「ハーイ♪きたわよぉ。秘匿回線。みんな同時に使えるからね」

 ヴェキの声だ。

「この回線は、アタシたち第1グループ専用回線なの」

「秘匿回線ってそういう使い方できるのか」

「あったりまえじゃない―い。秘匿回線わかる意識体が皆アクセスできたら、秘匿じゃなくなるでしょーが」

「それもそうか。じゃあ。秘匿中の秘匿、上層部の回線もあるってことか」

「そうよ、たまに聞けるけど」

「なんでお前たちには聞こえるんだよ」

 デュランは激しくツッコミを入れる。

「知らな―――――――――い」

「お前たちの能力は底なし沼だな」

「沼は余計。で、気付いたのね、桃源の秘密に」

「そうそう、そうなんだよ」

 桃源の生命の樹、あれが世の中を変える要素になりかねない。今回、エクスたちは全くの後方支援に回ることになっているという。9つの国、今となっては移植された場所さえ不明な樹。オネエ3人組は不満があるらしい、その不満とは、前線で活動できない、姿を見せてはいけないという命令だという。

「そんなに顔晒したいのか?」

「ドアホッ!護ってあげないよっ!」

「そう怒るなって。エクスの正体、気付かれたくないんだろう」

「まあねぇ。でも、向こうに行けば結構早くカタが付くような気もしてるし」

「楽観的だな」

「場所が分れば九分九厘、ミッションクリアでしょ」

「あとは国同士のいがみ合いだからな」

 ヴェキが星間事情を掴んでいた。最初からクラストCPOが前面に出ないのは、生命の樹があるからだ。クラストCPOが桃源に対しユートピア計画推進の共同声明を出す手もあったはず。敢えてそれを行使しなかったのは、脅迫にも近い行為になるからである。

 ラニーが議論に混じる。

「そこは生命体の違いだ」

 生命の樹がまほろばに移植されたのが一万年前。遥か昔に恩を受け、現在栄えていたとしても自分たちの努力で栄えたと主張するかもしれない。それに、生命の樹は桃源星府の秘密事項ではないのか。だから、どの国に行っても樹の在処はそうそうわからない可能性もある、と。

「ラニー。気の抜けるようなコト言わないでぇ。っと。別の回線きた。アンタたち!危なくなったらこの回線飛ばしなさいよ!助けに行くからね!」


◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇

  

 まほろば銀河への出発日が近づいた。

 軍事部は一番意識体が多く、部隊を第1個大隊から第3個大隊まで、大隊の中でまた2つの中隊に分かれた。そして9つの国に大・中の部隊が駐留する。その下で中隊がまた5つの小隊を作り各国を網羅する作戦である。各大隊に、科学軍術式開発部と生命軍生命保護部が数名張り付く。統括部は別行動する。各部隊との共同作戦は、その時にならないと指示されない仕組みだ。それだけ、統括部の組織権限は強かった。

 各部隊は準備に追われ、訓練にも余念がない。

 軍事部隊長のテイラーは、この星随一と名高い術式の名手だ。動きも俊敏であることから「ミスター・クラスト」の異名を持つ。また、軍事部隊第一個大隊のブーン大隊長も、巧みな意識操作から物体操作までを一ミリ違わずマークする名手だ。大隊長ともなれば、意識操作などの精度はハイレベルである。

レイやルーラも能力は高いが、実戦経験という意味で、やはり先輩方歴戦の勇士は違う。たまに「?」クエスチョンマークが頭の上に光り輝く先輩もいたが、第一級全員がクラストを離れるわけにいかないのだから仕方ないだろう。

 レイとルーラは、半人前という意味も込めてか、一緒の小隊に配属された。第2個大隊第2個中隊第5個小隊。

 あらためて周囲を見回す。マルス小隊長は、やる気のない中年オヤジだ。どこかに消えてしまう時も多く、二人は「げっ、またか」とリーマス中隊長に報告に行くのだった。

 リーマス中隊長は太っ腹の性格としか思えないことを言う。

「マルスが居ない?ああ、放っておいてくれ。何かあれば私が指示を出す」

 先輩たちは寡黙な人が多い。馬鹿っぽくはないし、自分たちのようなひよこと組むには些かピリピリした意識が感じられる。怒っているのではなく、三六〇度周囲に同調している感じだ。だから一見、みんな寝ているように見える。が、実は寝てなどいない。そういえば、たまに居なくなる先輩もいる。うわ、怖いもの知らず。上から下まで不思議意識体の集まりだなと、変に感心するひよこ2人組だ。

 

 2人はリーマス中隊長を褒めつつも、マルス小隊長が嫌いではなかった。

「マルス小隊長、またふけやがった。リーマス中隊長じゃなかったら、大変なことになってるかも、今頃」

「でも夜明けには戻ってきてるぞ。どこで油売ってんだろう」

「でもさ、総てを見もせずに目の前だけを気にする上司でなくて良かった」

 新期生のひよこ隊は、自分のことはさておき上司をネタに休憩時間を過ごす。どこの会社も変わらない風景かもしれない。それが褒め言葉か残念な言葉かだけの違いだ。

「マルスのおっさん、誰も見てないとこ、きちんと見えてるんだよな」

「そうそう、で、ホントに必要な時だけ的確に指示くれるんだよ」

「無駄な事には動かない、見過ごせないものはどんなに細かいことでも指示が来る」

「好きだなあ、そういうの。ほら、軍部の先輩でいたろ。目立つとこだけ見て意識操作するんだけど、ホントの重要射的は全然打てなかった」

「いたいた。マルス小隊長はアレの反対バージョンなんだよ」

「ふけなきゃ今頃、軍の指揮官くらいできるだろ」

「いや、総督かもしれない。な?あり得るだろ?ふけて総督の任こなして、あとはこっちでお休み、なんてな」

「まさか。本当に総督だったとして、中隊長がほっとけなんて言わないだろ?」

「小隊長が総督で、中隊長が、統括指揮官っていうところか」

「統括指揮官まで星を離れるか?それがもし本当なら、僕は総督秘書官だと思う」

「なるほど。二人とも同格あるいは勝手知ったる仲ってわけか」

 エクスたちは総督と同居していると聞く。今度時間があったら聞いてみるか。先輩たちもきっと何かある。小隊長とともに居なくなるときがあるのだ。

「すると、僕ら以外は統括部の人間だけということになるわけだ」

  

 クラストを出発した一団は、レセプターでまほろば銀河に着いた。レセプターの限界値を計る意味でも今回の一団移動は貴重な資料になった。

 まほろば銀河は真っ赤な恒星が光を放つ銀河である。桃源以外には9つの惑星。桃源上空に移動し、今度は其処から桃源を見渡す。桃源には四角い9つの大陸があり、それぞれに分割され島国となっていた。周りは緑色の海である。地球のような雲は見えない。大陸は茶色の部分が多かった。赤い恒星の色を受けてという理由もあろうが、地球のような緑豊かな星にはなんとなく思えなかった。正確には太陽も赤い恒星の仲間入りをしていることから、核の勢いが其処まで強かったことになる。


 けいすいさいえいたいずいゆいがいらいの9国。

 生命の樹がある場所は聖凛とよばれているらしい。聖域と崇められていたが人々が立ち入ることは許されなかった。

 各大隊と中隊は、らいに降り立ち、桃源の生命体と同じ姿にパスした。軍隊という格好は好ましくないため、平民の姿がほとんどだったが、隊長連中は、各国の王(国にて一番偉い人物)との謁見のため、それなりの服装だった。

「すげえ、あれがこの国の正装か、地球とは全然違うな。地球で見た歴史っぽい服装に見える。キモノってやつに近いかな」

「あ、マルス小隊長、またふけた」

 マルス小隊長の心配をするのも、もう何度目か。そろそろ飽きてきた新期生2名。

 此処は桃源中枢部のあるらいの国である。隊長連中は集合しているはずだ。小隊長が1人くらい居なくても十分だと言う判断なのだろう。

 それとも、第5個小隊が隠密部隊なのかもしれない、などとレイとルーラは笑いあう。

 そこに割り込んできた声。

「そうよ――――――――――。アンタたちは何処へでも飛ぶのよお」


◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇


「スーニャ!久しぶり!」

「ホントねー。アタシたちは禁止術式叩き込まれてぐったりだわ」

「そうなのかい?キミが言うくらいだから相当キツイ訓練だったみたいだね」

「ううん、訓練はきつくないの。術式も簡単だしー」

「じゃあ、どうしてぐったりしてんのさ」

「遊ばせてもらえなかったの。意識飛ばしてお喋りするのも禁止!腹立つわ――――っ」

「ところで、何処へでも飛ぶってどういう意味?」

 レイとルーラとともにらいの国に滞在しているというスーニャ。桃源の中枢部であり、総帥がいることも知っていた。何時の間に術式範囲を広げ勉強するようになったのか。流石は訓練の賜である。レイは試しに、マルス小隊長の正体を探った。

「そうよ、我が星府の総督よ、知らなかった?ああ、いつもふけてたのね」

「それもあるけど。中隊長が放っておけって。普通言わないだろ」

「リーマスもヘタこかなきゃいいけど」

 中隊長も身分を隠していると知ったレイとルーラ。スーニャは隠し立てということを知らない。統括秘書官か何か要職に就いているいるのかと探りをいれるルーラに、いとも簡単に統括指揮官だと上官二人の身分を明かす。

「なんだって?上層部二人も離れて大丈夫なのか?」

「大丈夫。マルスもリーマスもフェイクを置いてきてるから」

「なんだそれ」

「あら、マズイこと言っちゃったかしら」

「フェイクって、授業で習ったあのフェイク?こんな使い方するのか」

「まあ、今回はコピーロボットみたいなものね。星府での業務もあるし」

 居ない時間帯は、星府での業務を熟しているという。こちらにいるのが本物ということだ。朝から晩まで働きづめの総督や統括指揮官から見れば、新期生などひよっこにみえることだろう。レイもルーラも、ひよこの意味を解した。恥ずかしながら、スーニャにもそれを伝える。

「まあ、マルスに声かけられたなら見込みあるじゃない。つーか。その小隊に行った時点で、か」

「なんだよお。スーニャに言われると鳥肌立つわ。で、何処へでも飛ぶってどういうことなのさ。何させられるんだよ」

「なんでもアリよ」

「というと?」

「一つはね、生命の樹の捜索と護衛。多分各国回ることになるわよ」

「え――――――――――――!小隊は皆一つの国に留まるって話だったよ」

「アンタたちの第5個小隊だったかしら、らいにまるごとフェイク残していくみたいね」

「誰がフェイク作るのさ。僕たちは作れないよ」

「小隊全てのフェイク、マルスが一人で術式組むんだからね。有難いと拝みなさい」

「総督の偉大さは承知した。各国を飛び回ることも了解した。僕たちは寝る」

「あらあら、上官が寝ずに仕事してるのに。こういう大掛かりな仕掛けって珍しいけどね」


 レイもルーラも、予想以上の展開に目眩がする。

 総勢何人だろう、この国の人間の格好をしているのは。どのくらいの数が隠密に動くのかわからないけれど、それら隠密体全員のフェイクを残していく、というのである。フェイクを、それも一人で作るなど、凄腕の意識力としかいいようがない。

 総督と呼ばれるお方は、すごーく偉いだけじゃなく、すごーく技術も優れてて、すごーく頭もいいんだ。どうやったらあそこまでやれるのかわからない。出世を考えるわけではないけれど、そこまでできるマルス小隊長の意識力の凄さに腰が抜けんばかりの2人だった。

 そこに、小隊長が戻ってきた。

 ニヤリ、笑われた。スーニャとの会話が聞こえたのだろうか。

「聞こえていたよ。僕は読心術も得意だから」

「え?読心の術式があるのですか?」

「あるよ。授業でさらりと流したでしょ。禁止術式だから聞いてなかった?」

「失礼しました!スーニャからも今後の話を聞き驚いていたところです」

「内緒だよ。命令は今夜発令するから。それまで休んでおきなさい」

「僕たちだけ休んでよろしいのですか」

「構わない。休んで英気を養ってもらいたい」


 夜。急に第5個小隊全員の意識に命令が下った。

 総勢7名ほどの小隊部隊員たち。レイとルーラを除いた皆、ポカーンとしていると思いきや、皆は2人以上に活動的だった。各国を意識だけで飛び回るという難題にも決して口答えしない。マルス小隊長の命令に背くことなく、全員が意識を集中させた。

 やはり小隊に属する先輩たちはSPに違いないと確信した。SPとは、シークレット・プロテクション~陰ながら保護する任務を指す。任務遂行に対する信念も小隊長への信頼度も全然違う。


 それにしても、最初の命令は桃源ユートピア計画の応援だったはずが、生命の樹を探し出しそれを護るという。バックアップデータを科学部術式開発部がデータ収取しクラストに送るための護衛も小隊の役割になるとの指令だ。最初から計画の筋はそこにあったはずだが、9か国を飛び回るとまでは思わなかった。


◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇


 まず発令されたのがけい国への移動。

 防護シェルターを装備してレスする7名。これまた部隊員たちは知らされていなかったのだが、生命の樹関係部隊には、禁止術式を使用できるオネエ達が後方支援についた。

 小隊員の生命を護ること、及び生命の樹の波動を感受することがオネエに課せられたミッションである。SP隊であろう第5個小隊に関しては、どちらかといえばレイとルーラの危機回避のみ後方支援するだけでいいような気もするが。


 けい国は、どちらかといえばユートピア計画中立派だ。中立派といえば聞こえはいいが、要はどちらにでも転ぶ蝙蝠国ということだ。それゆえか、目立つ動きはない。王室に意識を飛ばしても、計画を潰そうとする動きはない。

 生命の樹に関して情報を集めようとしたが、王室でも城下でも一切噂がない。若者が誕生したと喜ぶ姿も見かけない。そこで人口分布を調べてみることにした。近年誕生した人間はいない。みな、40歳以上だ。

 落ち着いた雰囲気と中立を目論む所以はこの人口分布にあるのだろう。戦乱になれば勝てる要素がない。通常、人口分布は一定に保持されているはずだ。何か裏があるのかもしれない。星全体を周回し、生命の樹の波動を見つけられない場合は、一旦星から離れる。先輩方の意見だ。

「いまのところ、特筆すべき情報もない。一旦、らいに帰結する」

 ジョン先輩の一言で、みならいに戻った。

 あとからきたエクスたちが先輩方に報告する。

すいにおける生命の樹に関する波動は感じられませんでした。周辺海域も同様です」

「ターゲットを変える。それまで休憩」

 休憩と言いつつ、良く見ると先輩方は休んでいる気配が無い。いや、何の気配も見せない。

「大丈夫だ、マルス小隊長は総て見ているから」

 ジョン先輩からの意識干渉。もしかしたら読心術だろうか。

「そうだ、僕もできる一人だ。まあ、真っ青になるな、ただ入ってくるのが通常で、大事な情報になると他より大きく聞こえるだけだから」

「何でも入ってしまうのですか?」

「ああ」

「大変ですね。聞きたくない情報もあることでしょう」

 ジョン先輩によれば、読心術は聞き流す訓練も必要なのだという。産まれながらに聞こえる者は意外に気にならないらしい。勤務後に訓練するとなると、結構聞き流せるまでに時間がかかるのだとか。エクス3人組は一言も口にしなかったが、エクス体質なた先天的に読心術が使えると言われ、レイとルーラは驚いた。まさか、今迄ずっと心を読まれていたというのか。

「いや、先天的な体質でも必要になるまで封印されているはずだ。あとは、第1グループで学校を卒業したうち、SPとして手腕を認められれば術式を介してできるようになる」

「SPって、すごく憧れの職業です。でも、並大抵の努力では無理なのですね」

「そんなことは無いさ。国を、将来を、仲間を憂う。SPたる基本の要素は其処にある」

 ひよこのレイ・ルーラが礼を述べる。

「自分たちは軍事部ですが、こうして別の部署の方とご一緒でき、嬉しく思います」

「有意義な1日でした。先輩方の行動や思考力をこれからの参考にしたいと思います」

 ジョン先輩は、笑って何処かへ消えた。


 一晩が過ぎた。

 小隊の行動は夜に限って実行されている。今晩のターゲットはすい国だ。

 翠は緑豊かな国で、農作物が沢山収穫できる。それを国間で売買しながら翠の収入源としているようだ。ここでは、大人から子供までいる。ただ、老人は見かけない。人口分布を参照すると、一定の年齢になると人口が減っているのではなく、居なかった。解せない人口分布だ。もしかしたら姥捨て山など、非人道的扱いがある証拠かもしれない。

 ジョン先輩が指示する。

「この国の人口データをクラストへ転送しろ。解析したうえで、人権等の取扱いについて正式な議論が成されるだろう」

 王室内部の様子や国民を遠くから窺う。着飾った王室の面々とは対照的な、すい国民の粗末な着物。ルーラは奇妙なアンバランスさを感じた。豊かな国に間違いないはずなのに。地球では、豊かとされるほど着る物が綺麗だった。少なくとも、粗末な着物は着ていなかった。すい、結構あざとい国なのかもしれない。

 すいは、表だってユートピア計画に反対していない。食に困らない生活があるから、他の国に負ける気がしないのだろう。

 生命の樹に関する波動はここでも見つからず、エクスたちも見つけられない様子だった。


 結局、小隊とエクスたちは一日休憩をはさみ、さい国へ飛ぶことにした。

 彩国は、動体があるクラスト、といった面持ちの国だ。子供はいないが青年たちを社会全体で保護し教育する。教育の概念や方法も、クラストに似ている。違うことといえば、術式を教えられないことだ。それでも、この国は術式開発に力を入れている。国がかじ取りを間違えなければ、他国より力を持つ要素を兼ね備えている。

 王室は、国民同様の服装だ。腕に金色の腕章があるのが王族らしい。働き盛りも多く食物や磁器などの工芸品なども国外に出しているため、国力はそれなりだろう。

 さて、生命の樹の波動だが。波動そのものは感じられないのだが、ここには他の何かがある。エクス達がその波動を感じると色めき立つ。

「生命の樹ではありませんが、他の何かの波動を感じます」

「それが何かわかるか?」

「印象操作が行われているようです。見えるはずなのですが、見えません」

「方角は?」

「国の端境にある小さな村です。方角は西端になります」

「我々がうろつけば目立つ。一旦他の国を回りながら最終的に戻る」

 ジョン先輩の決断は的確だ。レーゼやヴェキ、スーニャもすっかり虜になっている。

危ない、先輩が。先輩に助言するルーラ。

「あの3人エクス、危ないですからお逃げください」

「大丈夫だよ、僕もエクスとして生まれたから」

 後ろから悲鳴が聞こえる。

「ショック―――――――――――――――――――――!!!!」

「男の中の男!マルスの後継者!って思ってたのにー」

「アタシ、明日はノルマパスするわ」

 ジョン先輩は笑って三人の前に出た。

「嘘だよ。僕は男性系体で生まれた一般人さ」

「先輩、冗談キツイです」

 ジョン先輩から学ぶことは多かった。武術系の術式だけでなく、どう生きるかについてもジョン先輩は体験談として話してくれる。エクス達もいつかどちらかに分かれる格好を取るかもしれない。今までは、ほとんどが意識体をどちらかに傾倒させているのだ。

「それならどうして最初から男女に分かれて生まれるの?」

 レーゼの質問にも滞ることなく答えていく。エクスで生まれることこそが超絶力量を誇示するからなのだと。あとは、年月を重ねるにつけ、男女どちらかに傾倒した方がより力を発揮しやすいという。

「力の過不足が起きたりしないの?」

 今度はヴェキが問う。

「男女系統どちらかの方が強くなるよ。でも、無理する必要はない。本人の一番好きな姿が一番力を発揮できるだろうからね」

「じゃあ、女性系になってジョン先輩を追いかけるって手もアリね」

「ところで、捉えた波動だが、フェイト銀河の波動か?全然違ったか?」

「フェイトに似た波動もほんの僅かにあったような気がするわね」

 ジョン先輩はかわすのが最高に上手い!と心の中で拍手のレイとルーラ。

「アンタたち、お黙り」

 秘匿回線でスーニャからお叱りを受ける2人のひよこ部隊。

「アタシに通じないわけないでしょ」

「あれ?前から読心術式覚えてた?」

「最近色々詰め込まれたっていったでしょ!」

「その中に読心術もあったのか。ジョン先輩のようになればグッジョブ!」

「全く。男性系になってアンタたちと同類に思われるのも癪に障るわね」

 そう言いながら、意識を消そうと目論む男性系新人2名。

「あ――――――――――っ、段々むかっ腹立ってきたっ!お待ちっ!」

子供でもあるまいに、新人5人は意識体で追いかけっこを始めた。意識体が遠ざかっていく。

5人が姿を消し、辺りは静かになった。


◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇


「どうだ、あの2人」

「これはマルス総督。お出ででしたか。レイとルーラのことでしょうか」

「あの2人、SPに使えるかどうか判断してくれ」

「軍部では役不足だと?」

「戦闘要員として不足があるわけではない、プラスαが見て取れる」

「統括部付け、いざとなれば軍部で。今年の新期生は皆、こき使われますね」

「仕方あるまい。人手不足だ。私までこうして遠征に来ているではないか」

「総督の場合、旅行気分に近いかと」

「歯に衣着せぬ物言いだな」

「冗談が過ぎ、失礼いたしました」

「でも本当の理由だ。はっはっは。何年も外に出てないんだぞ、つまらん」

「リーマス指揮官も同じことを仰せでした」

「さ、今回の目的を果たして、早く帰るとするか」

「承知しました」


 二日過ぎた深夜。

 小隊員たちはえいの国に降り立った。

 叡国は近代的商業を国中に行き渡らせ、各国とも商業で交わる国だ。商人にとって大事なのは信用。それより大事なのは、情報網。商人たちからの情報では、叡国に生命の樹は無いようだ。また、皇室の内情をそっと尋ねた。商業を認めるだけあって、豊かな国を作りたい想いがあるようだ。ユートピア計画に対しても、商売のチャンスと捉えているから賛成しているらしい、とのことだった。


 次の国を目指すため、一日の休憩を取る小隊員たち。

たいの国は、とても失礼な王が君臨する国だ。富裕層と貧民層の差が激しく、貧民街では事件ばかり起きる。貧民同士の事件は知らぬ顔、が、ひとたび富裕層を襲ったりすれば、即、死罪になるという。貧民層の不平、不満は度を超え爆発する寸前だった。

 事態を重く見たマルスは、異例の王室訪問を決行した。

 総督としてのマルスを前に跪いたはずの王が、小隊長としてマルスを見た際には鼻も引っ掛けず他国の犬呼ばわり。SPの殺気が物凄かったのをレイたちはひしひしと感じた。犬呼ばわりされながらも戴国王室に出向いたのは、王を見極めることも大きかったが、国の成り立ちが一番早かったのが戴国だからである。蔵書などに生命の樹の場所が記されているかもしれない。しかしその期待は徒労に終わった。前々王辺りまでは編纂していたはずの蔵書が、そっくりそのまま無くなってしまったというのだ。流石のマルスも笑みを浮かべることが出来ず、王に告げた。

「クラスト総督は各国の情勢を気にかけておりますが、歴史書が無いとなれば相応のお言葉がありましょう。見つかることをお祈りします」

 無礼者!と一喝されようが知ったことではない。見つからねば詰め腹を切らせる覚悟だ。この国の有様では、それも仕方あるまい。らいに報告せねば。結局、生命の樹の波動も見つけられず、一旦礼らいに戻り、次のずい国を目指すことになった。


 ずい国。観光が盛んで移民の受け入れにも積極的だ。戴国から来る移民も多い。ここに生命の樹が無いのはすぐにわかった。あれば、格好の観光地になっているはずだ。こういった国も、ユートピア計画を手放しで迎える方向で調整が付いている。一応、王室に意識だけ飛ばしたが、ここでは豊かになれば皆が救われるという王命が根付いており、心配のない国だと言えよう。


 いくらSP隊とはいえども、そろそろ疲れが来た頃だろうか。

 いやいや、SP隊に疲れという文字は無い。疲れているのはレイとルーラだけだ。一晩礼に戻りまた次の国へ。これを8回も繰り返す今回のミッション。生命の樹が見つからなければ、何回繰り返すかわからない。気力で意識を飛ばすが、失透しそうになる時がある。

 ジョン先輩が、2人に告げる。

「由は船の造船を主力にした豊かな国だ。船での行き来が可能になるユートピア計画にも賛成しているし、王もいたって人柄が良い。先日のような殺気立つ場面は無いだろう。近頃失透しかけているな、2人とも。今回の由国行は無しだ」

「しかし、他の先輩方が行かれるのに我々だけが休むのは・・・」

「休めとは言ってないぞー」

「あっ、失礼しました!」

「礼に情報部がいると思う。彼らに接触し、桃源星内の歴史書を当たって欲しい。生命の樹が何処にあるか調べたい」

「あの。そもそも疑問なのですが」

「なんだ?」

「我々の星の場合、生命の樹から実が取り出されて家庭に届けられます。この星には一本しかないのに、どうやってそれを各国に届けるのでしょう」

「なるほど、どこか調整している国があるはずだな」

「はい、しかも、欲しい年齢を調整している気配もあります。これは、我々の星にある生命の樹だけでは成しえないことではないかと」

「クラストでは意図的に青年のみが生まれるからな。あれも調整なんだ。実は赤ちゃんからお年寄りまで調整できる」

「あ。不勉強、失礼しました」

「いや、十分参考になった。我々に気付かれないように調整しているのか、たまたま発見しかねているのかわからないが、そこらにポン、と立っていないことは確かだ。歴史書を参考に、初めてクラスト人が桃源人を助けた場所が何処なのか、その場所が一万年経ち地形が変わっていないかなど、探してほしい。情報部に、現在と一万年前の地形を重ね合わせたデータも出すよう依頼して欲しい。何か言われたら、これを見せろ」

 ジョン先輩から受け取ったのは、念により拵えられた小さなぎょくである。色々な色に染まる、不思議な玉だ。物体なはずで、意識体の自分たちには持てないはずなのに、なぜか持てる。益々不可思議な玉だった。


 礼に戻ったレイとルーラは、科学軍情報収集部のガードを訪ねた。デュランが居るかもしれないと思ったのだ。しかし、ひよこを大事な部署に通してくれない先輩が科学部にもいた。あー、面倒くさいったらありゃしない!っと、さっきジョン先輩から預かった玉。あれを見せてみよう。

「軍部の命にて伺いました」

「帰れ、お前たちに用はない」

「いえ、この玉の持ち主の方が、科学部に現在と一万年前の地形を重ね合わせたデータを要請するとの仰せです」

 玉を見せた。相手は驚き、後ずさった。途端に態度が一変した。

「これは大変失礼いたしました。すぐに準備いたします。あの、先ほどの失礼な振る舞い、内緒にしていただけますか?」

「あ、僕らは使いの者ですから」


 中に入ると、思った通り!デュランは古文書とにらめっこしている。余程本が好きなのだろう。

「デュラン!デュラン!僕らだよ、レイとルーラ」

 気が付かないほど没頭している。もう一度意識干渉してみた。

「デュラン!デュランってば!僕らだよ、レイとルーラ!」

 驚いて古文書をひっくり返したデュラン。

「おおお。久しぶりだなあ」

「お前、目の下の意識にクマできてるぞ」

「あ?ここに来てからずっと古文書か歴史書読んでるからな」

「グッジョブ、デュラン!」

「で、現状報告ってわけか。総督殿と指揮官殿は元気なのかい?」

「情報部は何でも掴んでるのか」

「そうだねぇ。君達に何か黒い雲が降りかかってる夢も見るし」

「なんだそれ。怖いこと言うなよ」

「ま、それはさておき。現状報告だ」

 デュランによると、クラスト人が桃源人と最初に会い、生命の樹を渡した場所は記載がない。しかし、その頃移動可能だった大陸は限られている。殆どが爆心地になったからだ。移動可能だった大陸とは・・・。

「礼の最北端だ。一万年の地殻変動でだいぶ大陸の様相は変化した。当時クラスト人が降り立ったのは礼の最北端に間違いない」

「でも、この国で生命の樹の波動を感じないぞ」

「僕も感じないな」

「うん、どうやら、この一万年の間に何処かへ移された形跡がある」

「クラストにも内緒で?」

「移した当時、何か目論みがあったんだろう」

「かーっ。また9国間移動かよー。体力持つかなあ」

「大丈夫さ、ルーラ。体力なんて意識とは関係ない」

 目の下にクマを作ったデュランが言っても真実味に欠けるのだが。

 生命の樹に実を成し、それを運ぶには意識が必要だ。その割に、実体として人間がいる桃源には意識の観念が無いと思われる。その場合、どうするか。実物を運べばいいのである。赤子なり青年なりの生命体が移動することになる。

「あ、船!船で移動するだろう」

「ご名答。船を持って盛んに動いているのは由だ」

「あら、僕たち置いてけぼり食ったわ」

「ま、いいさ。由国が絡んでいるのは確実だ。しかし、そこに樹があるとは限らない」

 デュランは最早ゾンビと化した意識を飛ばす。

「何故?」

「クラストでは考えもしないけど、命は、特に若い命は時に売買の対象になる。商業の盛んな国があっただろう。叡国だったかな。そこはもう一度探してみるべきだ」

「わかった。先輩と会ったら話しておく」

「これは推測なんだが、どこだったかな、一定以上の年齢の人が居ない国があったね」

「あったあった。姥捨て山かって怒ってたよ」

「その姥捨て山なんだが、山ではなく、樹の可能性がある」

「何だって?」

「礼の古文書にあるんだ。“死せる樹”は、生命の樹に妖力を与えると。その二つが一緒にある可能性が出てきた」

「波動が感じられないのもそのせいか?」

「あるいは」

「兎に角、由国と叡国が怪しいのは確かなんだな。あ!波動!」

「何だよ」

「お姉さま方が、彩国で生命の樹以外の波動を感じたって。其処は術式にも挑戦してるらしくて。怪しいだろう。生命体で術式を覚えれば、それは脅威になる」

「そうだな、覚える必要のない術式も多い」

「有難う、デュラン。此処に来て有意な情報が入手できた。君のおかげだ」

「どういたしまして」

「やっぱり君は情報部が一番合ってるな」

「それは言わないでくれ」

「じゃあ、また来る」


 レイとルーラは小隊の意識を追ったが、意識を掴むことすらできなかった。ガードしているのかもしれない。やはり、能力の高い少数精鋭部隊だ。向こうから連絡がくるまで、礼の集合場所で待つしかない。


◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇


 夜も更けた頃、ジョン先輩からトラスがあった。由国は造船に力を入れており、ユートピア計画には賛成だが、生命の樹に繋がる情報は無かったこと。国は活気に溢れていて国王も人柄がいいことから今後の発展が望めること。人口分布は通常パターンで問題ないということだった。


 また、がいも回ってきたが、凱は戦争が好きな国で、何か理由を見つけては戦争を起こそうとしているらしい。そのため、周囲の国から相手にされず、貿易だけが細々と続いているようだった。内情は火の車で、戦争をできる財力もなく、現在の権力中枢が変われば国も変わるだろうとの予見だった。同じく生命の樹に関する情報は得られなかったようだ。


 レイとデュランは、情報部の同期から聞いた話として、由国と叡国及び彩国が関わっている可能性を示唆した。船、商人、妙な波動。そして、“死せる樹”。一定の年齢以上の人が居ない国、姥捨て山と死せる樹。死せる樹は生命の樹に妖力を与えると伝わる・・・。

 元々クラスト人が桃源人に会い、生命の樹を渡した場所が礼の北端ということまでは古文書により示されているが、現在の場所はわからないことも報告した。


 ジョン先輩から返答が来た。

「我々小隊は、一旦礼に戻り、作戦を再構築する。その上で、三国を中心に、特に彩国における波動を詳細解析する任務に就く。統括部に数名の応援要請済み。現在礼にいる2名についても、次回の任務では酷使予定につき、意識を休めておくように」

「すげえよなあ、俺たち何日か休んで、それから出るだろ。先輩たち休みほとんどないじゃん」

「もしかして、みんなエクスなのかもしれない」

「かもな」

「ジョン先輩は後発組っていったから元々男性体系か」

「なんにせよ、どうせならあそこまでやりたいもんだ」

「いつぞやの意識色事件のとき、あーいう馬鹿な先輩の下で教わりたくないと思った」

「僕もだ。それなら、きつくても訓練して、小隊の先輩たちみたいな仕事がしたい」


 小隊の面々が戻ってきた。マルス小隊長以下、皆、元気にしか見えない。レイとルーラは目を疑った。ある程度は疲れているだろうと予測した自分が甘かった。この部隊で働きたいなら、まずは体力をつけないと。意識体が体力をつけるって、どうやるんだろう。ああ、ちゃんと術式授業を聞いておけば良かったと後悔する2人。

 マルス総督が耳打ちする。

「大丈夫。選ばれた者には特効薬打ち込むだけのことさ。体力付く術式なんて習わなかったでしょ、そんな術式ないもの。あるのは、体力をマックスにしたり一定に保つような禁止術式だけだよ」

 それはまさに、統括部に採用された者だけが特別な扱いを受けることを指していた。マルス総督は、一刻も早く桃源での任務を完遂しクラストに帰還、その後何らかの考えを星府に上奏する準備を整えていた。

 まだ、ひよこ2名には内緒の上奏である。


 礼の小屋にて、人間姿のフェイクを脇に置き、作戦の再構築が始まった。

 マルス小隊長はまた何処かへ消えたため、リーマス中隊長が出席した。

 科学軍からの情報を基にレイとルーラからの報告を受けたのち、作戦方向を切り替える方針を固めた小隊。

 ジョン先輩が進行役を務める。

 古文書にあった礼最北端にあったと言われるクラスト人と桃源人の接触痕及び生命の樹に関する古式波動を分析することを最優先事項とする。分析には、科学軍術式開発部と情報収集部の協力を得るものとする。礼での作業が終了次第、二手に分かれ、由の船が往来する様子を追跡する、もう一方は叡の商人たちを追う。どちらかに生命の樹から生まれたばかりの若者や赤ん坊がいるはずだ。

「それを確認次第、画像確保する」

 画像確保と同時に彩国の波動を感知するのだが、波動感知においては、小隊全員が彩国現場に集まり集団行動を取ることになった。オネエたちもこの集団に属する。

「万が一、意識戦闘もあり得るので覚悟されたい。以上で解散。時間が来たら呼ぶ。それまで休め」

 一気に動きが出てきた。

 ワクワクする一方、怖さも倍増だ。エクスたちも来るだろうが、意識戦闘と聞くと、ブルブルしてくる。レイがルーラに聞いた。

「怖いか?」

「怖いさ。ワムとヘイルの事件以降、死への恐怖はある」

「そうだな。僕は初め、なんでもどこでもどーでもいいやって思ってた。でも2人の死をきっかけに、生きるべき時は生きると決めた。最後の最後まで、絶対に諦めないって」

「でなかったら、ワムとヘイルに申し訳が立たない。2人がどれだけ生きたがっていたかわかるから」

 そこに、やたら重みのある意識が混じってくる。秘匿回線のスーニャだ。

「アタシよ。もしかして、アンタたち怖がってプルプルしてるかもって」

「そこそこだよ。怖くないわけないさ」

「そりゃアンタ、初仕事ですもの、緊張するわよ」

「そっちは三人、彩国行きか?」

「最終的にはね。その前にアンタたちに張り付くわよ」


「ところで、エクスさんがたは男女どっちに傾倒するんだ?」

 スーニャは、当たり前と言わんばかりにつっけんどんに応える。

「もう決めたわっ。やっぱり女性よっ!地球で豪華な洋服を見て思ったわ。アタシに似合うって!」

「理由はそこか」

「どっちにせよ、傾倒した方が力出せるって話だったでしょう」

 今回は其処までなさそうだが、万が一、何処かの星と戦う日が来たらマックスで臨みたい。一番やりたくないのは中途半端。3人組の共通語だという。

「いいなあ、お前らと居ると安心するわ」

「あったりまえよ。護るために居るんだから、存分におやりなさい」


 暫しの安らぎ。それは、途轍もない趨勢への序曲。

 小回りの利く小隊を中心にクラスト全軍に齎された情報は、桃源にとって吉と出るのか、凶と出るのか。


◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇


 まず、第5個小隊が数名、単独で礼の最北端に向かう。意識体のエクスを伴っている。

 少数精鋭部隊ではあったが、桃源の叡にて見かけた刀、或いは銃といった武器。それらが意識体に関して、また人間の形を取っている場合の意識体に関して、どのような状態になるのか、意識体以外の生物と交戦したことの無いクラストには検証結果が無い。

 そういった事情もあり、被害を最小限に抑えるためにも、エクス達の力は必要だった。

 地球で見た戦争は、蚊帳の外だった。今回は実地にいるという汗ばんだ感覚。

 レイやルーラ、エクス達も本気で臨む覚悟である。

 最北端に到着した第5個小隊。クラスト人及び桃源人祖先の今は無き意識を追う。皆がそうではないが、残像として残る場合があるからだ。しかし、意識は感じ取ることが難しかった。代わりに、地中に何か埋まっていることが発覚する。

 術式を使い、地中を探査する第5個小隊。そこに科学軍情報部隊も加わる。

「あった!見つけたぞ!」

 情報部隊の手で、何か掘り起こされたらしい。見つかったのは、かなり前の時代の物と思われるクラストの星型羅針盤。今でこそほとんどが意識投影システムで再現され、重さのある物などないが、その昔は物質も存在したという記述が歴史書にのこっており、まさに太古の昔に使用された羅針盤と同じ形をしていた。当時は術式でこれを動かしていたらしい。

 これで、クラスト人がここに降り立ち桃源人を助けた歴史が再現された。

 しかし、そこには現物の生命の樹に関する情報は残っていなかった。

 

 次に行うべきは、由国及び叡国の監視である。

 こちらは他の隊に任せ、第3個中隊本体と第5個小隊は、彩国に向かう。由及び叡にて証拠が発見されなければ彩国に向け内部調査を行うことは罷りならぬ事態である。かといって、時間だけを浪費するわけにはいかない。本国に一本しかない生命の樹。本来は二本目を強力ガードで保護し、何かあっても生命が途絶えないようにしなくてはならない。

 そのためにも、いち早くバックアップを取る必要がある。


 由と叡からの報告は、なかなか本隊まで届かなかった。生命の樹から生まれた場合、届けられる、という概念があったクラスト人は、青年が普通に歩いているのを見過ごしていた。女性が赤ちゃんに洋服を着せ抱っこしているのを見謝っていた。本来、その人々は何処からか船で来たはずだった。常住或いは港で監視するという、本体で指示した方法が作戦に適していなかったと言わざるを得なかった。


 痺れをきらした第5個小隊は、人間の格好をして由から乗船することを決めた。男性数名では目立つ。女系意識体としてマーズが呼ばれた。マーズも着物姿で乗船する。レーゼたちは大騒ぎするため、話さないよう術式で口封じをし、着物を着せ乗船させた。周りは別の意味でハラハラだ。

エクス三人組はマルスに捕まり、売られていく女郎のように見えた。後姿だけは。

 さて、乗船組は、意識撮写という術式を使い、実際に若者や赤ん坊を撮写した。足元が違うのだ。幽霊と同じように、足が無い。いや、生まれたばかりでは見えないだけだが。届けられて温かくなりようやく見えるようになるのが普通だ。

 だから乗船組は兎に角、足元を中心に見極めた。殆どに足がある。ということは、叡に来るまでに温かくなっている、時間が経過しているということだ。


 船からの報告を受け、動きを知られなくなかった本隊としては最後まで使いたく無かった彩国の港から乗船する若者や赤ん坊を撮写する作戦に切り替えることになった。

 同じ人間が乗船するのも危険行為ではあったものの、叡から彩に足を伸ばすだけだ。決して目立ちすぎることはないだろうとの判断から、まず、レイとルーラが二人で職探しに行く若者を装い、彩国に向かった。他にも何組かが彩国に向かう。

実際には、彩から各国に折り返す船がターゲットだ。その後、彩から各国に行く船に潜り込む小隊組、他軍から、計16組の乗船部隊が乗り込んだ。女性もいる。今回、オネエ達は彩国上空にて危険が迫る意識を傍受するため意識のみで行動している。

 

 彩国から瑞に行く船に乗ったレイとルーラ。まさかの足無青年を発見する。すぐさま撮写し、本隊に意識を送る。本隊情報部によれば、他の国に向けた船からも足のない赤ちゃんや青年が発見されているとののこと。中でも、叡に向かう船に乗る「足無組」が一番多いという。やはり、デュランの見立ては間違っていなかった。ただ、樹の特性を自分たちが気付いていれば、もう少し時間を短縮できたはずだ。反省しながらも、次の指示を待つレイとルーラ。

 そんな時、彩国にてレイは遥か遠くに見覚えのある顔を発見する。

 それは、地球に居るはずのマリエッタだった。まさか、マリエッタがこんな場所に居るわけがない。地球で隠れて暮らすって言っていた。他人の空似だろう、そう思ってすぐに職務に頭を切り替えたレイ。


 そんな中。瑞に到着間近の船に乗る2人に連絡が来た。

「こちら、マルス」

「レイとルーラです」

「ご苦労。まもなく瑞に就く頃か」

「はい、間もなく到着というアナウンスがありました」

「了解した。では、到着次第、目のつかない場所でレスされたい」

「レス場所はどちらでしょうか」

「彩国の西端、端境にある小さな村、村の名は花芽かがだ」

「承知しました。すぐに向かいます」

 レイとルーラが花芽に到着したとき、マルス小隊長は既に到着していた。ジョン先輩も。

「レイ及びルーラ、ただいま到着しました!」

「ご苦労だった。君たちが第一発見者となったおかげで、次々と樹から生まれた人々が見つかった。謎の波動といい、ここ、花芽に何かあるのは間違いない」

 

 乗船していた全ての軍事部隊員が下船したとの連絡を受け、上空からエクス達が花芽に急降下してきた。

「あ――――――――――――――――っ、疲れた」

「何かふらつくう」

「何か匂う―――――――――――――――」

「ホントだ、匂うわっ」

「これって、何となく見たくない感じ」

 口々に言いたいことをほざいている。

「どちらの方角から匂う?」

「あっち―――――――――――――――――」

 三人揃って指差したのは、花芽の本当の端だ。

 小隊は姿を消し意識体となり、その方向に向かう。援軍を呼ぶジョン先輩。

 じり、じり、少しずつ匂いの根源と思われる場所へ近づく小隊。レイもルーラも、匂いはわからないが嫌なオーラを感じる。

 森を抜け、崖が見えてきた。そこにあったのは。


◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇


 生命の樹には違いない。

 しかし、クラスト人が知っている生命の樹ではない。

 生命の樹は豊かな緑のオーラを持ち、生き生きとした樹だ。今、全員が目にしているのは半分だけがその形態を取り、半分は茶色になったオーラ。まるで枯れた葉のような樹。

 レイは思わず口にした。

「あっ、死せる樹」


 ジョン先輩の押し殺した声が響く。

「みんな、静かに!」

 

 遠くから、誰かがやってくる。何かを肩に背負って。遠くにいるときはわからなかったけれど、近くまで寄ってきたとき、歩いてきたのが青年だと分かった。肩に背負っていたのは老女。青年は時々後ろを向きながら何か会話しているようだ。前を向くたび、青年は涙を流した。人目も憚らず泣いている。老女はポンポンっと青年の肩を叩くと、背中から降ろしてもらい枯れた樹の前に座った。

 樹の前に座った老女は、さようなら、というように青年に向け手を振った。青年は泣きじゃくる。

 皆は老女を観察した。元気もあり、特に病弱といった兆候もなく、とても被雷するような状態には見えない。

 そして老女は、座っていた樹の前にゆっくりと横たわった。暫くして、老女の息は静かに止まった。まるで自然に呼吸を止めたかのように。優しげな顔だった。傍らの青年は先ほどから泣き止むことはなく、亡くなった老女をゆっくりと優しく樹の脇にあった棺に移すと、近くから1輪の花を持ってきた。老女の髪にまるで髪飾りのように花を添え、大事そうに棺を持ち帰ったのである。

 

 クラスト人は騒然となった。生命の樹が人を死なせるという研究結果は無い。実際、クラストでは病気の人が樹の近くによると病気が治ると発表されている。なぜ、その樹が反対の結果を生むのか。

 マルス小隊長から、全軍に命令が出された。

「こちら統括部のマルス。全軍に告ぐ。現在桃源にあるのは、我がクラストにある生命の樹ではない。別の樹と結合したものである。全軍に告ぐ。現在の光景を口外することの無いよう、厳しく申し渡す。口外したものは容赦なく罰する」

 全軍は一旦、礼の国に戻ることになった。残ったのは、第5個小隊と生命軍生命保護部と文武軍試験研究部。どちらも、生命の樹に関するバックアップデータを取るためにこの星に来ている。ラニーが来ているのは知っていたが、まさか試験研究部が来ているのは知らなかった。

「セーラ!ラニー!」

 ルーラが声を掛ける。

 二人とも気づき、第5個小隊がいる場所に近づいてきた。ラニー、セーラが同時に発する。

「まさかの展開。バックアップを取っても、果たして使えるかどうか」

 ラニーは少し考えていた。元々は生命の樹だし、今でも生み出していることに間違いはない。そこに別の要素が加わり、別の行為を行うようになった。一体、これが何処から来て結合したのか。なぜ結合したのか、謎は多い。デュランによれば、”死せる樹“は生命の樹に妖力を与える、と記述があったらしいが、それが何を意味するかわからない。でも病気だとすれば、蔓延して本物の生命の樹に何かあったら大変だ。

 

 その時、マルス小隊長が姿を見せた。

「君がラニー、こちらはセーラかい」

「はい、隊長。ラニーは生命軍でセーラは文武軍の試験研究部です。二人とも、ここにある生命の樹をバックアップすべきかどうか悩んでいます」

「2人の意見を」

 セーラは、死せる樹の研究をすべきという思いがあるものの、質量体を持ち込めば、本国の生命の樹に死せる樹が宿ってしまう可能性を考えていた。採取した保存データだけでも不安材料になる。本国に一つしかない以上、不安材料は取り除くべきと考える、と答えた。ラニーも質量体を持ち込むことには不安を持っている。樹が変化する研究は此処、彩国で行われるべきであり、研究部隊が残留するか、新たに研究部隊を派遣すべき、との考えだった。

「であるなら、本国に一本しかない樹に万が一あったらどうするかね」

 2人共通の意見だった。現在、本国クラストにある樹の樹液などから遺伝子情報を取り出し、間違いのない方法で細胞培養するのが妥当である。時間的にも、半年あれば細胞培養した苗木が育つ、という私案だ。

「なるほど。生命軍と文武軍の上司を連れてきなさい」

 その後、生命部と文武軍の指揮官及び総督の間で話し合いがもたれた。結果、この樹は持ち出し禁止とし、バックアップデータは取らないことに決まった。


 その代り、樹の成長過程を撮写する術式を施し強力にガードしてリアルタイムモニターで監視することが決定した。

 モニターは生命軍と文武軍が交代しながら監視していた。ある日、セーラが秘匿回線で第1グループの仲間に伝えてきた。

「モニター監視していたら、あのマリエッタがモニターの隅に映り込んだの」

 驚く仲間たち。まさか、他人の空似ではないのか、見間違えだってあるだろう、もしかしたら似た人間が生命の樹から誕生したのかもしれない・・等々。

 レイが応じる。

「僕も彩国から乗った船で見た。その時は気のせいかと思ってやり過ごしたけど、やはりマリエッタだったのかもしれない」

「記憶も消えて地球に居るはずなのに、なぜ桃源に?」

「どうして生命の樹&死せる樹の近くに居るか、が問題だろう」

「本当にあの子なのかしら」

「だとすれば、何のために・・・」


 生命の樹がどうして死せる樹と同化したのか、どうして其処にマリエッタが現れたのか、謎は深まる一方だった。皆一様に驚きの色を隠せなかったが、「近づくことは危険」という緊急シグナルが皆の意識に響く。桃源に居る以上、今は目立った動きも出来ない。

 クラストに帰還次第議論すべきという結論に至り、それぞれの持ち場に戻ったのだった。


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