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蒼星  作者: たま ささみ
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第6章  卒業旅行

クラストでは、5軍指揮官が5人を出迎えた。

 エレノアが一歩前に出た。5軍指揮官に向かい、敬礼した。

 リーマス統括指揮官が代表して労をねぎらった。

「エレノア軍事指揮官。このたびは任務ご苦労だった。あのままではクラストが揺らぎかねないところだったが、複数のパターン解析も進みつつある。パターン摺り込みによるコマンド実行を防ぐため、コマンド削除のプログラムをトレスそのものにプログラミングする予定だ。学生諸君もありがとう。君達の活躍がどれだけの命を救ったかわからない。これからも人々のために尽力してほしい」

 無事生還したレイが知ったのは、エレノアが星府の軍事指揮官であるというびっくり事実だった。

 エレノアがインベース星人に接触していたのは、同じように拉致され記憶失透のまま自星に帰り、クーデターの兵士役に晒される人々に関する意識交換であり、周囲の星では少なからずその動きが活発化しているとのことだった。


 数日検査入院した学生4人は無事退院する。

 ところが、学校近くをふら付いていた時、マリエッタそっくりの子を見て記憶が抜けるくらい驚いた。

「ちょっと!あの子、マリエッタじゃない?」

「ア!似てる」

「まさか、脱出ばれたの?」

「あんとき、エレノア先生、レパスかけたよね?記憶書き換えたはずだよ」

「まさかとは思うけど、暫く様子見。近づいたりしないように、余計な情報与えないように」


 エクスたちは、マリエッタには能力なしと思われていた。あの子なら、能力を知らないはずだ。普通の学生たちが接触するよりも自分たちの方が安全だろう。

「あら、あなた、このごろ生まれたの?」

「はい、最近です」

「学校は?」

「これから通う予定です。エクスさんたち、よろしくお願いします」

 この女子は何も知らないようだった。エクスの存在も知っている。記憶領域の深い部分でも、不審な意識干渉は検知されない。やはり、似てはいるものの“あの”マリエッタではないようだ。と言いながら、禁止術式をいつも平然と使うエクスたち。

 ICPまたはCPOのみ解除可能な禁止術式を平時に使えるのは何故なのか。

「あの子、意識パターンは平坦化されてるの。何も感じないわ」

「じゃあ、他人の空似?」

「にしちゃあ、似過ぎよね。胡散臭い感はバリバリあるんだけど」

「ダミナスのこともあるからね、エレノア先生に報告して目を離さないようにしよう」

 万が一ダミナス側の人間だったら・・・。絶対に放っておくわけにはいかない。

 かといって他のグループにその役目を任せるわけにもいかなかった。結局、第1グループがマリエッタのお目付け役となるしかない。

「あなたたちが一番適していますね、とエレノア先生から伝言でーす」

「エレノアセンセの女性らしい言葉が一番怖いわ―――――――――!」

「クラストにいるうちは問題行動も見逃さないだろうし」

「エレノアの?大丈夫よ」

「なんか話が乱れ飛んでる。誰か修正してよ」

「そいえば、そろそろ卒業旅行の時期だよ」

「どこ行く?」

「決まってるでしょ!アンタたち!」

 エクスたちがふんぬっ!っと鼻息も荒く立ち塞がる。

「へ?エクスサンがた、どちらへ向かうんで?」

「地球よっ!」

「9人で?」

「そう、9人一緒!遊ぶだけなら、あんな面白い星、早々ないわよ」

「反対意見は?」

「ない」

「じゃあ、地球に決定!」


 卒業試験を終了し合格した9人は、卒業旅行と称して地球を訪問することにした。

 皆、よほどあの星が気に入った様子だ。意識しかない星人にとって、煌びやかな宝石であったり、個性的なアクセサリー、車、建物など形のあるものは本当に珍しい。

 9人が旅行相談室に顔を出すと、軍事指揮官からの命令が届いていた。

「げっ、エレノアからー?」

 エクスたちは揃ってげんなりムードだ。

「まあまあ、兎に角さ、内容掌握しないと」

 命令書にトレスする9人。レーゼとヴェキが叫ぶ。

「はあっ?子守しろっていうワケ?」

「誰の?」

「決まってるでしょ、マリエッタよ」

「マリエッタ?」

「ああ、アタシたちとレイしか顔知らなかったわね。ダミナス人よ」

「どうしてダミナス人がここに居るの?」

「正確には、ダミナスにいた不思議ちゃんにそっくりな子よ」

 レイもどちらかわからないと首を振る。

「じゃあ、これって正体不明の子を預かるってこと?」

「万が一危険分子だったら大変だからねぇ」

「相手が敵であったとしても、クラストでは意識被雷させないし」

「エレノアが出てきたってことは、モノ本スパイかもー」

「またスペクタクルかよ。僕はのんびり旅行したいのに」

「いいじゃないの。何かあったら任せなさいな」

 スーニャだけは何故か冷静だ。

「みんな、子守の後段にトレスしてないでしょ」

「あら、どうかしたの?」

「アタシ達10人を子守するために、エレノア先生がご同行されるそうよ」

「GYAO――――――――――――――――――――!」

「どうしてそうなる」

「エレノアも地球に行ってみたいのよ、きっと」

「僕にはお目付け役にしか思えないよ、勘弁してよー」


◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇


 地球への出立は三日後。

 旅行と言っても、地球上のように大きなトランクが必要なわけでもなく、パスポートが必要なわけでもない。何の準備も要らない、いたって気楽なバカンスという趣向だ。

 それでも、9人はそれぞれに地球で何をしようかと空想する。

 特にラニーは水星事件で地球に行けなかったから、皆の話を聞くのみで空想は広がるばかりだ。セーラとマーズによれば、火星の子パンダより地球のパンダや白熊の方が優しいかもしれない、という。いや、地球のパンダや白熊にコンタクトとってないだろう・・・と冷静に分析してしまうラニーの性格。

 見透かしたエクス3人組がラニーの意識に潜り込む。

「アタシも火星に行ってみたけどね、子パンダはありゃ手強いわ。地球のパンダとか白熊より賢いわよ」

「地球の動物にコンタクト取ったのかい?」

「そりゃもう。白熊くんは、北極海の氷が無くなってきて死にそうって嘆いてたわ。何でも、地球の温度が上昇してるらしいの。それで凍ってる部分が解けてしまって氷が海になっちゃうらしいのよ。ね?アンタだって物体にパスしてずっと泳いでろって言われたら目眩するでしょ?白熊くんは今、危機に瀕しているのよ」

「白熊って北のはずれにいるんだっけ」

「そう、南のはずれはペンギンちゃん。こちらは大陸があるからそうそう氷が解けても大丈夫だろうけど。でも、動物たちの子育ては過酷よ」

「それでも子孫を残すための儀式的要素でもあるのだろう?」

「まあ。弱肉強食ってやつ?」

「そうして生態系を維持するみたい。アタシみたいに強いモノが弱いモノみんな食っちまったら、食うモノ無くなって腹減って昇天しちゃう、或いは共食いしちゃう。どっちに転んでも、みんな揃って共倒れって寸法なのよ。だからそこまで過激な事をしないのが地球に生きる動物の本能なワケ」

「気付かないのが人間だけ、ということか」

「そうね、環境を破壊によって氷が解けて白熊くんが困ってる事も知ってるはず。なのにまだ自分の都合を優先させてる。人間によって乱獲され絶滅した生物も多いの。地中のエネルギーは枯渇する!とまで言い切る専門家もいるみたい。そのくらい採り尽くされてるのに、懲りない面々が大風呂敷広げて綱渡り。フェイト銀河じゃあり得ない暮らしよねえ」

「イメージだけを意識に入れたからか、良い印象の無い星だな」

「でもね、すごく綺麗。人間の野蛮さや傲慢さ、それさえなければ蒼くてそれはもう、とっても綺麗なのよー。早く見せてあげたいわっ」

「もう少しで行けるさ。自分の眼で確かめる」

「そうね、それでこそラニーだわ」


 旅行への楽しみが募る余り、皆は気付いていなかった。

 マリエッタが夢の中で細い細かい意識を飛ばしていることに。

 どこに飛ばしているのか、見当すらつかない。

 皆はしゃぎ過ぎて、誰もマリエッタの動きを気に留めようともしていなかった。

 エレノアだけは気配を感じとり色々動いていたが、学生連中には秘密にしていた。

 

 出立の日がやってきた。10日間の旅である。

 皆は点呼を取ったあと、エレノアを先頭にレセプターした。何十人という意識を一気に飛ばすのにもレセプターが使われる。レセプターは、物体、意識、様々な要素を瞬間移動させる術式だ。物体にも大小あるため、クラスト星では日々レセプター技術の開発が行われている。

 さて、エレノアは学生たちの希望通り、地球の日本という国に降り立った。

 世界で一番安全な国、なのだそうだ。国によっては、とんでもないことがある。例えば羽織っている上着を間違えて落としてしまったとする。一分後、その上着は消えている。近くで同じ上着を持っている人間に「自分の物だから返してくれ」と主張しても「落ちていたんだから要らなくて捨てられたものだ。だからこれは拾った俺のモノだ」と譲らないらしい。

 どちらが正しいのかは置いておくとしよう。日本人の間ではそういった争いは、ほぼ起きない。もしその状況になれば、拾った人が「落としましたよ」と追いかけていく場合がほとんどだからだ。でなければ、警察に落し物として届ける。

 近頃は届けない例も増えているようだが、それでも治安は地球の中でも格段に良いと言えるだろう。女性が夜中に一人で出歩ける街は、地球には一国たりとてないのだから。


 日本に降り立った集団は、またグループに分かれて行動することになった。日替わりでグループは替わる。一つには、マリエッタの監視もあった。エレノアが毎日マリエッタに付いていたら、「監視してます」と言わんばかりだったから。


 地球は、遊ぶには便利な星だった。

 意識だけで暮らす彼らにとって、洋服や髪型、メガネ、靴、バッグ、宝石類、コートなどの服飾、また道路、車、家、公共の建築物、公園、広場などのハード面も面白い研究対象になった。

 今回来てびっくりしたのはイルミネーションだった。いろんな色の電球が街路樹などに吊るされ、夢想的空間が果てしなく伸びてゆく。光のイリュージョン。また、趣向を違えた光の動物たちなども作られ、人々で賑わっている。

 ヴェキ、デュラン、ラニー、セーラのグループが大騒ぎしている。

「地球人って華やかな光景が好きなのね。光キラキラ大好きみたい」

「そうだねぇ。確かに幻想的で浪漫な世界観かもしれない」

「でも、ほら、あそこの樹。見て」

「ああ、もう駄目だって泣いてるね。来年には枯れちゃうみたいだ」

「この熱さがなければもっと長生きできるって言ってる樹もあるよ」

「可哀想。電球は樹にとって熱いものでしかないのね」

「人類は何時までも何処までも止める気はないだろうから、植物が気の毒だね」

「綺麗だけど、哀しくなっちゃうわぁ、アタシ」

 確かに綺麗だ。しかし、街路樹は泣きながら我慢していた。僕の寿命もこれをやるたび短くなる、と。

 ここでも、やはり人間を中心とした生活の構図を目の当たりにする。だから綺麗だけど心ゆくまで楽しめない、どこかアンバランスな生活に思えた。

 やはり、住むことは考えられない。こうして動植物の嘆きを耳にしながら暮らすのは、喧噪のなかで生きるよりも過酷だ。自分は樹や動物たちが可哀想で耐えることができない。誰から言い出したわけでもないが、意識は共通化されていた。


 そうとはいえ、イベントの役割などを勉強することが出来、ラッキーだったともいえる。こういった実物を意識認証し、意識投影システムに蓄積し、ライトアップやイルミネーションの形を真似た公園で休みながら話す、といったことも可能になる。

 だから意識投影システムへのデータとして、イルミネーション、建物や植物、景色のライトアップ、冬バージョンのファッションデザイン、今どきの顔。今どきの体型。

意識蓄積もオネエたちは膨大な懐を持っていたので、全部詰め込んだ。それなのに、なんだかんだと言ってはエレノアを除いた全員をこき使っていたようだ。


 やはり、環境がいいとはお世辞にも言えない星だ。それは大変重要な要素になる。冬ではあったが、大気・海・陸地の三分野で汚染度を計った。世界中でものすごい数値が計測された。遊ぶには楽しい星だが、暮らすには何とも例えようのない星である。

 日本を拠点にしながら、世界中を駆け回った。特にラニーは、ワムとヘイルの分まで見る物触る物すべてを意識に焼き付けておきたかった。

 意識投影システムのデータ収集も終わり、帰還する準備に入った一行。


 そんなとき、訪れた先で子供を亡くした夫婦に出会う。

 哀しみを背負いながらも、11人の旅先での宿を提供してくれた優しい夫婦だった。

「ほら、みなさん、ゆっくり休んでね、ご飯は要らないの?」

「ありがとうございまーす。ご飯は食べたので大丈夫です!」


 ・・・クラスト人が何か食べるなど、聞いたことが無い・・・


 その夫婦はしんみりと漏らした。

「私たちにも子供がいたの。でもね、戦地に出かけたきり戻ってこなかったわ」

「戦地というと」

「世界中で起こっている戦争を取材に行ったの。そしたら現地で流れ弾に遭って」

 夫婦の哀しみを見過ごせなかったマリエッタ。

 その夜、マリエッタは皆に話があると意識を飛ばした。

 寝所と呼ばれる部屋に集まる意識体、11名。

 そこで彼女は、自分の生い立ちを語り始めた。

「私は、親も家族もない、独りぼっちの意識体です」

「あら、アンタ家族いるじゃない」

「あれは偽りの家族です」

 エレノアが即座に反応する。

「やはりお前、ダミナスで会ったマリエッタだな」

「はい」

「あの時記憶を書き換えたはずだ」

「あのあと、アナトリア司令官が私を見つけ記憶回復させました」

「で、クラストに来た、と。よく意識を隠しておけたな」

「アナトリア司令官が深層意識の奥深くに閉じ込めたので、分からなかったと思います」

 エレノアが、なお尋問する。

「それで、今、我々にそれを言う理由は何だ?」

「先ほども言った通り、私は独りぼっちです。ここで逢ったあの家族と暮らしたいと思ったのです」

「意識だけでなく、物体に干渉しながら暮らす、ということか」

「はい」

「スパイ活動はどうする?ダミナスではお前を血眼になって探すだろう」

「エレノア先生。お願いがあります。私の記憶を地球人として書き換えてください。前のように見つからないために。私自身、一旦別銀河に飛んで意識を自己遮断しこちらに戻る計画です。そうすれば、ダミナスから逃れられると思います。ダミナス人は地球を嫌っていますから、此処には来ないはずです」

 根負けしたエレノアは、記憶の書き換えを行い、マリエッタに新しく生きる道を示した。

「これで地球人として生きることが出来る。お前の考え通り、一旦、別の銀河に飛んで自己遮断しろ。お前ほど高度な術式使いなら可能だ」

「感謝します、エレノア先生」


 学生たちも口々にお別れの挨拶をした。

「お頑張りなさいな、ここはいいところだし」

「ありがとうございます」

「幸せになるのよ」

「はい、ぜひ」

 マリエッタは皆に頭を下げた。

「みなさん、また綺麗な地球を見にきてください」


 それが最後に交わした言葉。

 あんな出来事が起こるとは、その時、誰が予想しただろうか。

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