第4章 謎かけと実験
第1グループがクラストに生還してから、一週間ほどが経過した。
寝ぼけ意識で朝方ふらついていたレーゼ。
「おい、レーゼ、なに寝ぼけてんだ」
聞き覚えのある声である。
「あーら?誰だったかしらー?」
「寂しいなあ、忘れないでくれよ、ワムだよ」
レーゼは途端に寝ぼけ意識もぶっ飛んだ。
「ワム?ホントにワム?ヘイルは?一緒なの?」
「ヘイルも一緒だよ。どうした、そんなに驚いて」
レーゼは第1グループ全員にトレスする。
「ワムとヘイル、帰還!」
皆が集まってくる。
労わりの声を掛ける者あり、涙ぐむ者あり、歓びに沸く者あり、様々な出迎えとなった。
ワムとヘイルによれば、自分たちは知らないうちにクラストにいたのだという。意識終結したのだと思い、学校に顔を出したという経緯だ。
ラニーが代表して、当時のことを話した。意識被雷したかと思われていた事実。希望して意識逃実したとは考えられなかった当時の状況。こうして戻ったのは奇跡的であり、大変嬉しい事実であること。
「意識が途絶えた後、何処でどうしていたんだい?」
ラニーが尋ねたが、二人からの返事は奇異極まりないものだった。
「お恥ずかしい。実は覚えていなくて。気が付いたらこの星に居た」
「水星の暗闇での記憶はあるが、そのあとが、ね。まるっきり欠落している」
「僕も同じだ、どこまで意識下に潜っても、当時の記憶を掘り起こせない」
レーゼが二人の尻を叩くように叫ぶ。
「奇妙奇天烈だわ。こんなとこで油うってないで、医療所いきんさい!療養しなくちゃ」
初めは軍部を目指していたラニー。
しかし、今回の事件を受けて、行方不明の仲間を出さぬよう、見つけたら遠く離れていても直ぐに治療できるよう、将来の方向性は生命軍の医療部に変えた。彼は、意識終結と記憶消去の関係、何故自分だけが意識微弱のまま水星に取り残されたのか、あの事件の謎を追いかけたいと考えていたのである。
そんな矢先のこと。意識に問題なしと診断されたワムとヘイルの二人だったが、星府医療所で療養中、寝ている間の意識が何処かへ飛んでいることが判明する。
星府から特別に、第一グループに新たなミッションが下された。
ワムとヘイルの意識確認である。何処に、何のために飛んでいるのか、また、水星事件と関係があるのか、失くしたはずの記憶が残っている可能性、等々。
ラニーが呟く。
「コール=意識奪取があったとすれば、水星内だろう」
「ラニーは暗い部分にすぐ避難したから意識を捉えるまでいかなかったのかもな」
「兎に角、医療所の機械しかないけどフル体制で彼らの意識を追うしかない」
「ドーラスというよりはレスに近い感じだな。瞬間移動してるようだ」
そうして意識を追う9人だが、何処に飛んでいるのか見つけ出せないでいた。
そんなとき、二人の意識からダミナスの波動を感じるスーニャ。
「あれは絶対にダミナスよ。あんな波動、他にないわ」
「出た。スーニャのハーディ。感知率100%」
学校に報告するも、証拠のない言いがかりをつけるわけにはいかない。
好戦的なダミナスに対しては特に、である。
星府としては、ダミナスを相手にする前に、意識が飛ぶ理由を明確にするとともに、飛ばないようにする方法についても検証が続いた。
事実検証のため考案されたのは次の方法だった。
意識が飛ぶ前に二人を強制的に意識失透させ、意識逃実コマンドを実行する。そこで、意識逃実した時間内のパターンを探るのである。通常の方法で考えれば、どんな嘘をつこうが、意識内のパターンは残留しており、解析は可能だった。
解析の結果が公表された。
「二人の意識は空っぽだ。意識飛行間のパターンは残っていない」
「全く何もない状態ですか?」
「いや、故意のパターン消失とみられる形跡がある」
「その他には何もないのでしょうか」
「微弱、というよりも何かで覆い隠しているようなパターン形跡が見受けられる」
「何か新たなパターンを摺り込ませた、ということですか?」
「その可能性が高い」
新たなパターンが何なのか、それを探り出すのは容易ではなかった。9人は、最新の技術や術式論文などを読み漁り、ワム達が加えられたパターンが何なのかを必死で探した。
しかし、どの論文にもパターンは載っておらず、時間だけが無為に過ぎていく。
ある日の早朝。寝ずに文献を探しまくっていたエクスたちが皆を起こす。
「ちょっとアンタたち、集まってこの論文見てちょうだい」
ヴェキが皆を集めた。
「何が書いてあるの?」
「故意のパターン埋め込みに関する術式の論文なのよ」
その論文によれば、元々あったパターンを消去し、故意に制作したパターンを埋め込む「ルビス」という記憶領域破壊術式があるという。ルビスは戦闘用の禁止術式だ。
そして、ルビスコマンドを実行すると戦闘モードに切り替わるという形態を辿るらしい。クラスト星人が戦闘することを念頭に置いた上で書かれた昔の論文と考えられた。ただし、遥か昔に構築された考え方で、現在の術式事典には掲載がない。
「今はないのか」
「でもさ、もし、今でもルビスがあるとしたら?」
「戦闘とかではないにしても、故意に相手の好きに動かされているのは確かよねぇ」
「ルビスコマンドの実行、か。ちょっと試してみようかしら」
レーゼは星府特別図書館への閲覧を要求し、ルビスについて探った。術式事典には掲載のない「ルビス」術式が明らかに存在した。早速、星府科学指揮官直属の術式担当者が招聘され、術式の再現を試みる実験が始まろうとしていた。ヴェキは自分の意識体コピーを製作し、実験台に使うことにした。第一グループ全員が反対する。
「ヴェキが暴れ出したら手が付けられないじゃないの!せめてセーラにして!」
ヴェキは渋々、意識体コピーをセーラの意識に交換した。実験が開始された。意識体コピーから記憶を消去し、ルビス術式をパターン埋め込みする。そして、コマンド実行したところ、当初の見立て通り、セーラは戦闘員に変化したのである。
この事実が知らされたのち、以前にも増して9人は焦った。
ワム・ヘイルの記憶欠落部分に、ルビス術式が摺り込まれているかもしれない。
もし本当に摺り込みがあったとして、いつコマンド実行されるかわからない。
エクスを除く6人は禁止術式を修得していないから、怖さがあるものの現実的なショックとは遠いところに自分たちを置いていた。
「マジかよ。ほんとにこんな術式があるなんて」
「こんなん来たら、あっという間に戦闘状態だよ」
「あたしたちは戦闘術式知らないから戦闘できないけど」
「この国に、そのコマンド保持者がどのくらいいるかってことだ」
「わからない分、ひしひしと後ろから伝わるような怖さあるよね」
レーゼ・ヴェキ・スーニャは100%の成績保持者である。
クラストでは、エクスの場合、ほぼ全員が成績優秀、それも99%から100%という驚異的な数字を獲得する。即ち、エクスたちは全員、禁止術式を会得できるということにつながる。
普段は豪快な3人のエクスも、この時ばかりは複雑な想いで天を仰いだ。取り除く術があれば問題ない。
しかし、取り除くことが不可能でコマンド実行された場合、自分たちは闘わなければならない。
自分たちは仲間と闘うなど、想定していないのだ。
「ねえ、スーニャ、ヴェキ。どうしよう」
「あの2人と闘うのはマジ避けたいわよ」
「それでも、この星の中でコマンド保持者がいるとしたら、闘う日がくるかもしれない」
「いい気分はしないわね。本人に非は無いんですもの」
「もしそうなれば、せめて一撃、かしらね」
「腕だけは磨いておかないといけないわねぇ、って、事典浅過ぎよっ!コマンド実行の術式とかコマンド駆除術式とか、なあんでないのよ―――――――――っ」
「そう暗くならないで。パターン保持者から消去できればいいんだから」
禁止術式の再構築が必要とされている、そう感じたエクス3人は、星府に上奏することを決意した。
上奏を受けた星府では、早速過去のデータなどから禁止術式を再構築し、ルビス術式はすぐに術式事典に掲載が決まった。
その他にも、数々の古典術式が人々の間に知らされる結果を生んだ。
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ダミナスでは、5年前に強硬派のアナトリアが軍事司令官になってから、クラスト星人の意識に外的操作を加える実験を行っていた。ルビス術式のコマンド実行パターンの摺り込みである。とともに、禁止術式も使用可能な状態に操作していた。
意識消去を伴う一連の外的操作は、ダミナス星の生物に勝手に行えば星の中で非難される。かといって、他の星と戦争を行う錦の御旗はない。となれば、家出か強制的連行しかない。強制的な連行は戦争時のみ可能な方法だ。一番手っ取り早いのは家出だが、平和主義のクラストではあまり家出の例はなく、実験体として使用するには数が足りなかった。だから、卒業試験の際に巧くパスできなかった、あるいは事故に遭いかけた意識を捉え、実験していたのである。
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実験から戻され、クラストで普通に暮らしている者も多い。ワムとヘイルもその一人だった。しかし、ひとたび摺り込まれたパターンをダミナス側が実行すると、彼らはダミナスの兵士に変身する仕組みになっていた。
殆どが第1グループとして星外で卒業試験レポートを提出する予定だった優秀な学生である。それが、他国の兵士と化して禁止術式を使いこなす、これが予想される最悪の事態である。
クラストでは、兵士の数が一定数を超える前に何とかしてパターンの破壊工作をしようと試案していた。ワムとヘイルに本当のことを伝え、ダミナスへのスパイ活動を命じる決断が下された。
「ワム、ヘイル、前へ」
「はい」
「君達の意識パターンに外的操作が認められた。これからちょっとした実験を行う」
事情を呑み込めなかったワムとヘイルだったが、強制的にコマンド実行したところ、兵士としてクラスト兵の格好をした意識体に攻撃を仕掛けるのが確認された。
一番驚いたのは、ワム・ヘイルの両名だった。
「これは、一体どういうことなのでしょうか」
「君達が行方不明になった際、ダミナスに捉えられ外的操作を加えられたと推察している」
「では、僕たちの強い意志でそれを封ずることはできないのですか」
「恐らく無理だと思われる。コマンド実行のパターンを消去しない限り」
2人が意気消沈したのではないかと、周囲は心配した。だが、2人の顔は違っていた。
「僕たち二人がダミナスに飛び、実験の実情を掴み、当局に知らせたいと思います」
「じゃあ、僕たちも一緒に行くよ!」
ラニーを初め、第1グループの面々は自分たちも、と願ったが、ワムとヘイルは許さなかった。
「ワムも感じていると思うけど、僕は、いつ兵士と化すか知れない状況なら、はっきり言えば意識被雷を選びたい。しかし今のパターンではそれすら許されないようだ。それだったら、いっそダミナスに潜入してみようと思う」
「潜入は向こうがパターン実行するから簡単だけど、いつもなら記憶が無いじゃない。どうするつもり?」
「ダミナスでは外的操作実施した部分を毎回パターン消失させているよね。パターン化されているのとは別の部分に、僕らのコピーを潜り込ませて、意識を失っている部分を実体化できると思うんだ。それも、フルモニタリングで」
「フルモニターならリアルタイムでパターン摺り込みを監視できるだろう。それを解析して、他の実験被疑者からパターンを削除して欲しい」
「もし、僕らが戻らなかったら誰かにスパイ役をお願いするかもしれないが、僕らはクラストの最優秀学生として、できることをする。みんなをよろしく頼む」
そう言って、二人はダミナスからの意識操作を待ち、飛んで行った。
今回は無事に戻るのか。
今回は無事に戻るのか。
そう思いながら他の学生たちは総力を挙げてパターン削除の解析方法に取り組んだ。
ワムとヘイルに対し、何回ダミナスによる外的操作が行われただろうか。そんな中、ダミナスに飛ぶワムとヘイルは、ついにパターン削除情報のファイルを目にする。
意識干渉すれば、他の者に気付かれる。そこで、二人はファイルではなく、パターン解析情報についてガードを伴って次々とデスした。デス情報はフェイク=見せかけだった。
ダミナス人がそちらに目を向けている間に、デシスでレポート提出よろしく、電子頭脳ICPにファイルを送ったのだった。
ワムとヘイルは予感していた。自分たちが二度と平和な環境の中、クラスト人として生きられないことを。
ダミナス軍の兵士が2人の意識を確保した。
何を送ったか、外的な操作が行われるだろう。コマンド実行されて兵士になれば、もう自分が自分で無くなる。
しかし、ファイルを送ったことは絶対に漏らせない。
「ワム、今までありがとう。キミは勇敢なクラスト人だ。誇りに思うよ」
「ヘイル、僕こそ君に感謝する。独りではとても立ち向かえなかった。ありがとう」
ワムとヘイルは、通常なら意識被雷も選べない状況ではあったが、自分たちの意識を最大限に増幅させたうえで意識を飛ばし自らを高電圧状態にし、被雷した。一瞬の出来事だった。意識被雷することで命を落とした。
自爆死を選び、彼らは誇りと星を守ったのである。
ICPへのファイル転送、戻ってこないワムとヘイル。誰もが、2人に何が起こったのかを即座に予想した。
「でも、もしかしたらまた帰るかもしれない」
「そうだよ、今までずっと帰ってきた」
「あんまりじゃない。自分が悪くてあんな目に遭ったわけじゃないのに」
「僕、探しに行ってくる!」
「あたしも行く!」
2人の死を受け入れられない学生たちをエクスたちが一喝した。
「バカ言ってんじゃないわよっ!何のためにICPにファイルが来たの?」
「それをアンタたちが解析しないで誰がやるの?」
「自分がなんのために此処にいるか考えてごらんなさい!」
「ワムとヘイルが最期に何を望んだか、それだけを考えて動きなさい、わかった?」
皆は自分たちのすべきことを思い出した。黙々と解析に取り掛かり、パターン削除に取り掛かり、と其々の仕事を熟していった。
まるでワムとヘイルが其処にいるかのように、淡々と。
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ICPファイルにより、兵士パターンコマンド削除の道筋はついた。クラスト星ではパターン摺り込みの有無を発見する検査法を確立し、星外に出たことのある人や行方不明経験のある人を対象に検査を行い、摺り込みのあった人からコマンド削除する操作を行った。
今現在、どのくらいのクラスト星人がダミナスに捉われているかわからない。
まして、これからのダミナス計画を知るためには、ある程度まで中枢部に近づける人間が必要だった。