第2章 蒼き星
勿論、クラストの人々も身体を持たない。あるのは意識だけだ。
「魂」とは違う「意識」。
魂は肉体に宿り、生命の源として心の働きを司ると言われるのに対し、意識は毅然とした自律的な心の働きである。
クラストでは人々が意識を色に例えることが許された。みな、思い思いの意識色を選択する。周囲からみれば、ほんのり大気中に浮かぶ色、といった感じだろうか。形は特に定まっておらず、丸い形が一番多かった。干渉しやすい形だったからである。
色で相手を判別することも可能だ。ただし使用可能範囲はクラスト星の中だけと厳しく制限されていた。星外では危険の度合いが計れないため意識色の使用は認められていない。
クラストでも、一般的な意識干渉=トレスによる意思の疎通は他の惑星と変わらない。トレス術式は、我々地球の言葉で例えるなら「テレパシー」等、超能力と呼ばれる力に近いかもしれない。
もっとも、一般的には超能力が集中して念を込め物体を動かしたりするのに対し、トレスは意識を物質にぶつけるだけで済む。高等術式になれば意識の集中も必要とされたが、普段の暮らしの中には簡単な方法のみで済ませるのがクラストの方針だった。
クラストの人々が身体を持たないと言ったが、普段持つ必要がないだけで必要があれは術式を使って擬態化することができる。そう、相手の姿に合わせた形に。
その他の術式では物体移動や物体への干渉なども的確に行うことが可能であり、例えば地球に来て生活するにしても困ることはない。栄養の観念がなく、食べるという行為を要しない分、食事だけは出来なかったが。
クラストでは「意識投影システム」なるものがあり、日々データ内容がレベルアップしている。服飾類デザインや小型輸送機器=車のレセプターなどに関する意識投影技術であり、トレス術式で簡単に取り入れることが可能だ。
「意識投影システム」について簡単に説明しよう。
まず、自己の意識はそのままに保ちながらシステムを使うことが出来る。意識内で選択した洋服、部屋の家具、移動用の車などを自己の意識に投影し保存して相手に視認させる、というものだ。例えば、Nという意識体が身体を星府に申請し、取得する。Nが洋服デザインを選んで意識内保存する。次の日、Nは意識内保存した格好で友人の意識体Aに会うことが出来る、というわけだ。
顔や身体も投影の対象になるから、若い人々がファッションとして楽しんだり、或いは研究用に使用される事案が多い。
ただし、術式による擬態化とは別物であり、投影対象の身体は産学スパイ等による犯罪等防止の観点から、星府にて厳重管理することが義務付けられている。
このシステム、実はクラストに伝わる地球に関連のある逸話に、その原点がある。
殺風景な大地に飽き、目指した道も半ばで挫折、ほんの僅かな夢すら持てず命を諦めるように放浪の旅にでた「ヘンリー」と「マツリカ」。
彼と彼女は、意識のみで放浪し何年も宇宙を漂う中、偶然、青い星に目を魅かれ大地に降り立った。其処は地球という星だった。今から150年前後と歴史書には記録されている。
彼らは大地の色鮮やかな様子や、人々の服装、建物、家具、美術、調度品、宝飾類、移動するための車など様々なものを意識内に収集し、蓄積していった。
人類以外の動植物、家畜としてではなく、純粋な動物として牛や馬、豚、鶏。ペットとしてではなく、野生動物としての犬、猫、兎など。ただ、ペットは傍らに寄り添う動物としての機能があると知り、ペット種については野生とペット、2類の枠を設けた。
物体があることの楽しさ。動体があることの楽しさ。地球の様子に感激し、命を懸けて意識投影システムを稼働させたいという夢を持ち、クラストに戻ったヘンリーとマツリカ。家出の罪で罰を受けることも覚悟の上で。
当時のクラスト星府内では保守的な勢力も多かったが、伝説のCPO「ジョーイ」の鶴の一声で2人は無罪放免となり、システム稼働のため時間を惜しむかのように開発に尽力した。システムのプログラムを組む中で段々年老いていく2人。
自分たちが地球で蓄えた全ての知識をインポートし終えたその日、2人は意識投影システムでお互いを認識したのち、穏やかな眠りについた、というメルヘン的逸話である。
150年経った現在、勿論意識だけで生きている人も大勢いる。干渉して話さえ出来れば、仕事さえ出来れば不自由ない、という人々だ。
一方で、華美を極端に超えない程度なら学校や職場でも「意識投影システム」は許可されている。ただし、余りに懲りすぎた服装やホラー映画のゾンビみたいなグロテスクな身体は通常は許可されない。
意識投影システムによって可能になった催事は多い。祭りがその一例だろう。例えば肝試し。グロテスクな脅し役が必要になる。その姿ができるという理由で、肝試しをやりたがる学生は多い。仮装もそうだ。お茶目な処では、「アニメ仮装談話室」などもある。
アニメは地球の日本という国が世界のトップを突っ走っている。現在クラストで仕入れてくるアニメも、殆どが日本の物だ。
全ての投影物が著作権を侵害しているではないか、という意見があるかもしれない。
厳密にいえば侵害している。しかしこちらに気付いて貰えない以上、対価の支払い様がない上に、対価になるようなものがない。金銭という俗物を要しない星だから、そこだけはどうか、ご容赦いただかねばなるまい。
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クラスト星には、アパルトモン形式の家や学校、職場がある。「意識投影システム」同様、仮想意識での建物は存在するが、資材を使用した本当の建物は存在しない。
家の中は、空間をまじ切るような感じ、と言えば相応しい例えになるだろうか。家の中には隣の部屋が見えないようセイフガードの術式が張られていた。空間のはずなのに壁があるという不思議な形態だ。
また、小さな子供は存在しない。命は星府の内部にある、生命の樹に実を成す。この星で実体化しているのは生命の樹のみ。実が熟すと、生命の樹が星府に意識干渉して実を渡し、青年になる仕組みだ。
ところで、クラスト星では生物に性別がない。地球でいうところの男性、女性といった性格の傾斜はあったが、意識のみの存在であり、生命の樹があるから特段、性別を持つ必要性がないのである。
進化過程が別の種トレスαもいたが、星内で住む地域を分けており、ガードで仕切りを設け争いは起きないよう規律整備されていた。
とはいっても、トレスαの居住地域が粗悪な環境というわけではなく、家や職場もある。銀河内で使えるトレス術式は生後すぐに会得できるため、それ以上の修得を必要としないから学校が無い。要は、星の外に出るか出ないかの違いであり、出ない者にとって他の術式は必要としないだけの話だ。勿論、意識投影システムだって自由に使える。
その代り、トレスα地区では外部からの干渉を特に許さぬよう、ガードは二重にも三重にも施してある。万が一攻撃を受けたとき、攻撃、または保護術式が使用できない彼らは、第一位の順番で保護対象とされていた。そういったこともあり、違和感をお互いに植え付けることなく社会全体で生きていく、という考えが植え付けられている。
それに対し、将来、星の第一線を担うであろう運命の人物が産まれるとき、生命の樹は光り輝いて星府にそれを伝えるという。
星府では相当の術式教育が受けられるよう、第一級の家や学校を手配し、社会全体で青年たちをフォローする仕組みが整えられていた。社会の奉仕者として生きるという使命を帯びて産まれてくる青年たちを手厚く保護したのは言うまでもない。
それら第一線組の青年達は、同年代の若者同士交流し合い、第一高等術式学校に通った。彼らの学力たるや、凄まじいという一語に尽きるかもしれない。
高度な術式、情報記憶、記憶操作などを瞬く間に修得してしまう優秀な学生たちもいる。元々意識だけの生物だから目で見て覚える・書いて覚える、といった学習法は使えない。授業での意識干渉により自分の意識下に入ってきた瞬間、自分の意識に取り込むといった訓練である。一度で取り込める者もいれば、何度もトライして やっと取り込むことができる者もいる。
青年達の中でもやはり、得手不得手はあるものだ。
高等術式学校は三年間、宇宙の成り立ちや銀河内の歴史に始まり、高等術式を熟練するまでの課程が準備されている。
術式修練では、最初に術式の種類を覚えることから始まる。
まず、誰もが習得すべき一般術式から講義が開始される。
教師のエレノアが、隅々に意識を飛ばしながら術式を教え込んでいく。中には意識朦朧となるものもいたが、エレノアは容赦ない。
朦朧とした意識を針で突つき起こすような方法を取る鬼教師だ。
「私が今から各自に意識を飛ばす。1回で覚えろ。覚えられない者は家で勉強しろ。一般術式から始める」
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一般術式
トレス=一般術式。見る、話す、動く
ガード=ハード保護系術式。強力な遮断壁
セイフガード=ハード保護系術式。家の中の壁
※トレスは誰もが生まれながらに有する術式である
※ガードとセイフガードは、トレスα区域においては二重三重の術式を施す
「次に、一般意識体には習得不可である高等術式だ。こちらは成績率によって習得を認められる。成績率は95%だ。こら、そこ。寝るな」
高等術式
ドーラ=飛行術式。トレスしながら、ふわふわ漂う飛行や歩行を行う
ドーラス=飛行術式=レスの速さで瞬間移動せずにトレスする
デシス=意識転送術式。具体化したレポート等を電子頭脳ICPに転送
デス=意識転送術式。具体化したレポート等を他者の意識に転送
パス=擬態化術式。他者と同種類の姿になる
パッセ=擬態化術式。他者の身体を乗っ取り記憶情報など取得する、短時間のみ可能
レセプター=瞬間移動術式。重いモノ中心→ダミナスの「レセプトン」
レス=瞬間移動術式。個体、或いは意識同調した数人まで可能
ポス=透視術式。比較的遠隔地から、映像ではなく三次元方式で物体を認識
テレポス=透視術式。比較的遠隔地から、相手領域の映像として物体を認識
※この場合の比較的遠隔地は、一万キロメートル先くらいまでとなる。
アベル=言語調整術式。相手の文字を解読し理解する
ベルル=言語調整術式。相手の言語に合わせ会話できる
ベル=言語調整術式。相手の言語を理解する
アド=物体干渉術式=物体を移動させる
アズ=物体干渉術式。物体の形式を変更する
アパ=物体干渉術式。物体の使用方法を会得できる
トラベス=保護系術式。自分の意識を保護する
トラベル=保護系術式。他者の意識を保護する
ルル=保護系術式。他者の負の感情を読み取り、逃避行動に入る
サイレンス=感知術式。どこかで何か起きた場合、強制的に感知する
ハーウィ=感知術式。意識感知し写真に収める。意識撮写術式とも言う
サーウィ=感知術式。意識感知し動画に収める。意識撮映術式とも言う
シグナル=感知術式。危険信号。絶対命令であり、服従必須
「これらが一般的な高等術式となる。主に銀河外で使用する。学内成績率95%とはいっても、ある程度時間をかけて修練するからそのつもりでいろ」
生徒から意識内質問が飛ぶ。学生は意識を遮断して会話できないので、教室内にいる限り皆に聞こえる質問となる。
「そんなに難しい術式なのですか」
「術式そのものは簡単だ。銀河外、というところに重点をおけ。宇宙は広い。何があっても冷静に対処できるよう訓練する。休憩時間の後は、意識の状態を再度講義する」
意識の状態
意識干渉=他者の意識に話しかける
意識終結=生命の危険を察知した場合強制的に意識を星に呼び戻すシステム
意識聖凛=人間でいうところの安眠を指す
意識失透=人間でいうところの意識消失、失神にあたる
意識被雷=人間でいうところの死を意味する
意識消去=他者が意図的に一定の時間内における意識を消す、または他者の意識を消す
意識結合=高度能力者が意識を同調させたときに起こるマックス状態
意識逃実=人間でいうところの行方不明にあたるが、通常、自分で意識を保護して隠そうとしても意識モニターに必ず反応することから、意識失透状態で意識そのものが行方不明にあり、途絶えてしまう現象を指す
前述の各項目は、星人の意識状態を表す。
意識逃実は未だに解明出来ない部分も多々あり、実証が科学部に委ねられている。
エレノアが緊張した面持ちになる。
いっておくが、エレノアは女性意識体の形貌だ。意識投影システムにより、教師や生徒は皆、地球でいう人間の風体を形どっているが、何とも男前の教師である。
「ここからは先は、禁止術式だ。こちらは学内成績率99%以上の高得点者にしか伝授されない秘密術式となる。99%目指して記憶に留めろ」
万が一の戦闘などに備えての術式であることから、会得しても星府からリミッター制御される。制御解除できるのは星府CPOと電子頭脳「ICP」のみである。
禁止術式
バル=物体干渉術式。物体を消去する
バルサ=意識干渉術式。他者の意識や記憶の最深部にまで入り込む
トラス=意識干渉術式。秘匿回線での意識干渉
コニー=記憶管理術式。他者の記憶を消去する
レパス=記憶管理術式。他者の記憶に介在し、記憶を書き換える
コード=意識干渉術式。自己の意識を凍結し、外部干渉を自己遮断する
コレル=意識干渉術式。他者の意識を一時的に奪取する
コーラル=意識干渉術式。他者の意識(喜怒哀楽等)を凍結する
コーラルス=意識干渉術式。コーラルで凍結した他者の意識を回復させる
コーサ=意識干渉術式。他者の意識をガード外(トラスβ)に弾き飛ばす
コース=意識干渉術式。他者を意識聖凛状態にする
コルル=意識干渉術式。意識レベルが一定に保たれるようにする
コルサ=意識干渉術式。意識レベルをマックスまで上げる
アデール=言語調整術式。他者が他国で話せないよう、言語能力を止める
サーバンス=攻撃術式。他者の意識失透箇所を狙い、即時失透させる
サーベンス=攻撃術式。他者の意識被雷箇所を狙い、即時失透させる
サーベント=攻撃術式。他者の意識を麻痺させ、即時戦闘不能にする
サーバント=攻撃術式。他者の意識に毒を塗り徐々に戦闘不能にする
ミール=保身術式。マルタイの失透箇所をガードする
ムール=保身術式。マルタイの被雷箇所をガードする
アデンヌ=保身術式。自身の失透箇所をガードする
アベンス=保身術式。自身の被雷箇所をガードする
アッサル=保身術式。麻痺の効かない身体にギア・チェンジする
アッスル=保身術式。毒の効かない身体にギア・チェンジする
サタン=コマンド解除術式。何らかの理由で意識体に施されたコマンドを削除
デビル=パターン削除術式。何らかの理由で意識体に施されたパターンを削除
ゴッド=物体干渉術式。銀河外において、目前の機器類操作が瞬時にできる
「最後の講義は、高等禁止術式だ。殆どの星人は術式を習得することはできない。最高指導部、要人警護部等、本当に限られた星人のみが会得する術式だ。説明のみに留める。試験には出さない」
試験に出ないとなれば、学生たちは皆、上の空だ。
高等禁止術式
ルブル=記憶領域破壊術式。他者のパターンを強制消去し、別の記憶パターンを埋込む
ルルス=記憶領域破壊術式。他者のパターンを強制消去し、スパイ活動を行わせる
ルチル=記憶領域破壊術式。いかなるコマンドをも駆除する
レセス=意識干渉術式。他者を強制的に違う場所へ移す、主に銀河外を指す
ルース=意識干渉術式。他者の意識を一瞬で失透、被雷させる
ルマン=意識干渉術式。他者の意識の中で一定の部分だけを完全消去する
フェイク=意識干渉術式。自分のコピーを作る
サルファ=意識干渉術式。読心術
ドール=意識干渉術式。他者の黒い意識を消去し、元に戻す
アーサー=意識干渉術式。意識干渉及び視覚領域をマックスまで引き上げる
アーミー=意識干渉術式。意識干渉及び聴覚領域をマックスまで引き上げる
ハサリー=意識干渉術式。意識が呆けている者に痛みを感じさせ正気に戻す
センリ=意識干渉術式。何億光年先の星にかかるトレス・テレポス使用可能
センス=意識干渉術式。何億光年先の星にかかるアベル・ベル使用可能
アンバー=磁気制御破壊術式。通常の磁気異常を起こし計器類を狂わせる
アンバス=磁気制御破壊術式。三倍の磁気で異常を起こし計器類を狂わせる
アンベス=磁気制御破壊術式。磁場を逆転させ磁気異常を起こす
アンベスト=磁気制御破壊術式。磁波と呼ばれる別の波動をぶつけ磁気異常を起こす
キース=物体干渉術式。質量体を溶解かせる。
レスキー=物体干渉術式。引力に逆らって物体を動かす
レセスキット=物体干渉術式。従前と変わらぬ要素で物質が動くよう修正を施す
ハーディ=感知術式。波動を自動的に感じ取る。高等意識体のみ感知可能
ハポス=透視術式。遠隔地から、映像ではなく三次元方式で物体を認識
ハスポス=透視術式。遠隔地から、相手領域の映像として物体を認識
リース=意識干渉術式。パッセの対抗術式
エレノアが咳払いをし、転寝している学生たちを起こした。
「リースについて補足する」
リースは、パッセしたまま他者から離れようとしない意識体に向け、最後の手段として発動される。意識を刈り取るとも表現され、事実上の死刑に当たる。犯罪を起こし他者の命を危険に晒した場合、稀に適用される。星内で使用されることはない。
「以上が高等禁止術式だ」
術式習得範囲は成績率ではなく、与えられたミッションに必要と判断された場合に付与される。ただし、ミッションに就くまでの試練は過酷を極める。
ここからは術式ではなく、高等意識体が会得すべき情報の類いとなる。一般生徒への説明も深くは要しない。
コマンド実行=強制的に意識状態を書き換えること
パターン=行動や会話などの深層心理下の記録
秘匿回線=高等術式使い、或いは上層部にしか使えない秘密の意識干渉ルート
「以上。術式及び意識形体の授業を終える」