第11章 ユートピア計画
半年が経とうとしていた。
レイとルーラは、殆どの術式と読心術の会得に成功した。並の努力ではなかった。皆に並ぶSPとして働きたい。足を引っ張りたくない。
一心に思う心が、術の会得に近づく道だったのかもしれない。
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一方、生命の樹からDNAと樹液を取り出しSTAN細胞を作り上げ、新たな樹の誕生に寄与したラニーとセーラ。
新・生命の樹は、万が一に備え、星の奥深くに作られたシェルターに保管されることになる。セーラがラニーに聞く。
「万が一、戦乱が起きて地上戦になった場合、シェルターはどうなるの?」
「地下からしか入れないよう手配すると思う、一般には」
「軍部で護るのかな」
「わからない。統括部になるかもしれないし」
「私自身は、分散させた方がいいような気がする。インベースに頼むとか」
「うん。お姉様達に相談してみよう」
皆が頑張っている頃、たぶん一番頑張ったのはマーズかもしれない。
マルス総督が桃源遠征の後、科学部を訪れた。
すぐさま、術式開発部の為体に激怒した総督は、術式開発部の上官たちを一掃した。
術式開発部クラスだと読心術は使えない。ましてや、総督が読心術を会得しているなど誰が想像しただろうか。総督は読み取った内容を伏せつつも、術式開発部が機能していない現状を問い詰め、上層部一掃の理由にした。上官たちはトレスβ行きとなった。
マルス総督は、その後研究室を訪れ、開発状況を視察しながらマーズに声を掛けた。
「やあ、お嬢さん。あの時名前を聞かないでしまったね」
「当時はありがとうございました。マーズと言います」
「今は何を目標にしているのかね」
「対空移動術式を考えています。今すぐに必要なものではありませんが、いざ戦乱が起きたときに、必要となる術式です」
「そうか、期待しているよ、頑張りなさい」
「ご期待に沿えるよう、頑張ります!」
そしてマーズは、対空移動術式メルスを開発した。戦闘などの際、自己防衛のため一瞬で地下のシェルターに避難する術式だ。レスと同様瞬間移動術式だが、レスは到達地点が限定不可であるのに対し、メルス術式は到達地点を明確にイメージして到達することが可能だった。シェルターに避難するためにはメルスの方が安全と言える。
それでも、生命体によってはこれら高等術式を使用できない者もいる。産まれてくる者にはパターン化できるが、現在生活している者にパターンを摺り込むのは、ワム達の例からも一朝一夕ではできないことが分かっている。
ある日科学部にエレノアがやってきた。実はエルドラだったが誰も気づくわけがない。
「おおい。術式開発チームで誰か手が空いてるやつはいないか」
「はい!あ、エレノア先生!お久しぶりです!」
「おお、そうだな。久しぶりだ。えーと、マルス、じゃなくて・・・」
「マーズですよ、先生。マルスは総督のお名前です」
「そうだ、マーズだ。いや、ちょっと忙しくて物忘れがひどくて」
「嘘つかなくていいですよ。私目立ちませんでしたから」
「お前の同期はあのかしまし3人娘が牛耳っていただろう。可哀想に」
「いえいえ、あれでいて3人ともすごく優しいですから、ご心配ありがとうございます」
「ところで。尋ねたいことがあって来たのだが。時間はあるか」
「はい、ちょうど一つ術式を完成させたばかりで少し休憩していましたから」
「どんな術式だ?」
マルス総督に聞いたとは言えぬまま、二度説明を聞くエルドラ。結構気を遣ういい人なのである。説明を聞いたあと、エルドラは自分の考えを話した。
「その術式だと、トレスα地域はかなり危ないな」
「あのガードを破れるかどうかが一番の鍵になろうかと思われます。ガードをレベルⅤまで引き上げ超強力なものにしてから、ガード球体を作りレセプターするか、あるいはメルスと同時にシェルターごとインベースにレセプター移動する方法があるかと」
「そうか、レセプターか。それなら球体の中に結構な人数が入るな。よし、マルスに話す。ありがとう、マーズ。これからも頑張れよ」
マーズは人を疑う性格ではない。エルドラに騙されたとは露ほども思っていなかった。
エルドラはマルスとエレノアを呼び出すと、直ぐにそのことを伝えた。
「レセプターでインベースに避難できるよう、避難路を確保するとともにインベースのエルフィーヌに伝えてくれ。詳細はマーズが考えたとおりでいいだろう」
「CPO、この際ですから外出を控えられては如何でしょう。それがイヤなら公式にお出ましください」
エレノアからしてみれば、いつも自分のふりをして人々を騙してくる厄介な姉である。
「イヤだね。公式になると人々から言葉が引き出せないではないか」
「騙されたと知った人が次に言葉を発するとお思いですか」
「私は騙してないぞ。相手がエレノア先生だと勝手に思い込むだけだ」
「それを騙すというのです」
マルスが丸く収めにかかる。
「ま、当分の間は今のままで。お互い元気なら何よりではありませんか。それより、気になる噂を耳にしたのですが」
その噂とは、預言書がクラスト内で見つかった、というものだ。預言書は、2つの樹を同調させた星は長く栄える、と綴られているという。
エルドラ、マルス、エレノアをはじめとした統括部チームが、歴史書の議論に入った。
「科学軍情報収集部のデュランです。過去の文献をチェックし保管していたところ、「樹」という題名の短い文章を見つけました」
「で、何と」
『二つの樹、互いを認めし機宜、大地の輝き永世に渡る』という文面です」
「成程。二つの樹が互いを認めたとき、大地というのは星か、星は永遠に輝くという意味にも取れるな」
「直訳に過ぎませんが」
「他に意味があると?」
「生命部の者からお聞き及びかと存じますが、我々の仮説は、死せる樹は元々ダミナスから持ち込まれた生命の樹である、というものでした。DNAを採取しなかったのでその真否については謎のままです。しかし、この文献がクラストから出たものだとすれば、死せる樹がクラストのもの、という捉え方もできることになります」
「まさか。どうして我々の樹が・・・」
「立証もできません。桃源についても現在のユートピア計画破綻は目に見えておりますし」
「ふーん、干渉も出来ず、といったところか」
「はい、桃源が一つにまとまれば別ですが、今の状態では何も」
「先日も散々な言われようだったしな。今回は動かず見張っているとするか」
総督が応じる。
「承知しました」
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ダミナスCMO室。
CMOと統纏及び統括指揮官の会話が続く。
「預言書は桃源で見つかったのか?クラストか?」
「クラスト内部です」
「では、桃源の生命の樹はどちらの星のものだ」
「預言書が本当なら、我々ダミナスから送った樹が現在の生命の樹、クラストから送られた樹が死せる樹である可能性もあります」
CMOの目が光る。
「死せる樹がクラストから送られた樹だと言うのか?」
「はい。二つの樹が同調した時、星が栄えるという言葉がクラスト人から出たとすれば、生命の樹と死せる樹が意図的に同調することを指し示すものかと」
「反対にダミナスの樹が死せる樹である可能性は?」
「クラストが桃源に樹を譲ったのが一万年前、我が国では5千年前と言われています。あとから植えた樹が死せる樹と思いがちですが、死せる樹がダミナスの樹なら同調ではなく浸食したことになります。浸食と同調では全く別の進化を指し示します」
「CMO。間違いないのは、あの樹はこれから進化するということです」
「そうか。桃源に精鋭部隊と科学部隊を送れ。そこで、二つの樹からDNAを採取、現地で検査させろ。いや、私が現地に行き検査する」
「承知しました」
「生命の樹が我々の樹だったら、その時点で第一の計画を実行に移す」
桃源に飛んだCMOは、現地でその目を光らせながらDNAを検査した。
高笑いが響く。
「よし、計画第一段階を実行に移す。配備せよ」
「イエス、CMO」
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クラスト統括部に、桃源の礼から連絡が入った。
ユートピア計画の可否につき各星にて投票が行われ、計画は否決されたとのことだった。クラスト軍部に対し高圧的な態度、あるいは見下すような態度で対応してきた何国かは、投票数に手を加えていたことは明らかだ。彩国でも多数派工作で否決になったとの噂があり、クラストではいよいよ彩国が桃源を我が物にしようと動き始めたと判断した。
礼ではクラスト星に軍事的応援を要請してきたが、中立主義を唱えるクラスト星人が、ユートピア計画成立のためとはいえ軍部が一時期駐留したことですら、国外はおろか国内からも非難の声が上がっていた。クラスト星府としても、これ以上の軋轢は避けたいところだった。
CPOエルドラ。桃源に術式を飛ばしながらエレノアと話をしていた。
「なあ、エレノア。樹、どっちがどっちだと思う?」
「わかりません。ただ確実なのは、あの樹が進化するだろうということです」
「預言書か」
「あれは進化を予言したものと捉えました」
「そうだな、間違いない。進化した樹を手中に収めたものは、栄えるということか」
「CPO。思うに、栄えるの意味とは何でしょうか」
「豊か、金、力、悠久なるモノ、そうか、悠久なる命かもしれんな」
「樹から生まれる者が悠久の命であれば、最高の力を持ったものは何時までも生き永らえることが可能です」
「反対に、用のないものは死せる樹の力で安らかな最期を、か」
「どちらにしても、恐ろしい樹なのは間違いありません」
エルドラが思い出したように言う。
「そういえば、礼からの軍派遣要請だが、彩国との争いではないな」
「といいますと」
「ダミナスの介入があったようだ」
「どうしてでしょう、今、事を起こす理由でもあるのでしょうか」
訝るクラスト星府代表とその妹。
「ダミナスがな、採取したんだ。二つの樹から」
「DNAですか」
「どうも向こうに情報が流れたらしい。栄えるとなれば、躍起になって欲しがるだろう」
エルドラは桃源でのダミナス第一計画に気付きつつも、クラストでは情勢だけを見守っており、軍部そのものは撤退させていた。
そんな時「樹」を巡り桃源内の9カ国間で小競り合いが起きた。そののち、小競り合いは戦乱に発展する。彩国は次々と他の国々を打ち破り、他国は早々に滅んでいった。残った国と和平条約を結ぶだろうと見ていたクラスト。
だが、見事にどんでん返しを食らってしまった。
クラストCPO室。エルドラが大声で指示を飛ばしていた。
「生命の樹のモニタリングはどうなっている?」
「まだ動いているとしたら、直ぐに回収しろ!」
「動いてないなら破壊しろ!ダミナスに情報を渡すな!」
ダミナスが、ここにきて参戦したのだ。
彩以外の国を次々と攻撃し滅ぼしたダミナス。樹の件もあるのだろう、そのまま彩国と同盟を結ぶかと思いきや、ダミナスは彩国をも滅ぼし、桃源から人類はほぼ居なくなった。
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クラストCPO室。
「おい、エレノア」
「はい、CPO」
「まさか彩まで滅ぼすとはな」
「次は桃源全体かもしれませんね」
「人類が残っているぞ、桃源内には」
「ダミナスにとってはゴミ同然でしょう。たぶん、何らかの方法で桃源をつぶし、樹を持ち去るはずです」
「桃源の人々を助けろと要請がひっきりなしだ。こっちがヘタに出向けば格好の戦闘機会を与えることになる」
「はい。桃源には気の毒ですが、ダミナスの動きが今は心配です。樹を入手してダミナスに持ち帰るのか。他の星に植え替えるのか」
クラストの世論では、桃源の国民だけでも救うべきとの声が上がっていたが、生命の樹に関する情報は星内では出していない。もし生命の樹や死せる樹の情報が星内に洩れればパニック状態になる可能性もあり、星府では身動きが取れない状態だった。
ダミナスにおける何等かの計画の一端だとすれば、生命の樹と死せる樹は欲しがるだろうが、桃源の星自体をダミナスが必要とするのかさえ分からなかった。
クラストはダミナス星府に対し、人権尊重を訴え人民を救助するよう要請した。
答えは「NO」。
それから間もなくのこと、ダミナス側は桃源全体を幾重にもガードし、桃源という惑星そのものを爆破させたのである。
他の惑星や恒星に当たらないよう配慮したことだけが不幸中の幸いだった。そのまま爆破させていたら、星々の軌道が変わりまほろば銀河内はバラバラになってしまう恐れがあったからだ。
「要請は見事にスルーされたわけだ。忌々しいな、ここまで来ると」
「お怒りにならず。桃源の民は気の毒でしたが。今、気にするべきは生命の樹でしょう」
「爆破とともに消えたと見せかけたいところだろう。だから大がかりな爆破まで装ったのだろうし」
「でしょうね。ということは、まだ生命の樹はあるとお考えですか」
「ある。この千里眼を持ってしても見つけられないがな。わたしの眼は意識体にのみ反応する。皆はどう思っているのか知らんが」
「では、秘密裏に科学部に情報収集させるとともに、生命部に現生命の樹をDNA解析させ波長を頼りに探るといたしましょう」
調査の結果、やはり桃源にあった樹はまだ生きていることが判明した。ICPにDNA解析をさせ、波長を追った結果である。波長が生命の樹なのか、死せる樹なのかもわからない。それでも同調しようとしている樹のどちらかは、クラストから持ちだされたものだ。
ダミナスの次の狙いを推し量るクラストだったが、ダミナスが種の若干違う2本の樹を持っている今、こちらに喧嘩を売る道理はないだろうと思われた。
しかしその後、ひょんなことから、ダミナスはラニーたちが複製、保管している樹の遺伝子情報を欲しがっていることに気が付いた。
これがダミナスの計画第二段階とは、一体誰が予想しただろうか。
エレノアからCPOエルドラに情報が届く。
「シェルター内の生命の苗木数本に向け、波動が感じられますね」
「ダミナスか?」
「恐らく。なぜ欲しがるのでしょう、もう2本あるというのに」
そこで目が向いたのが、デュランが預言書で発見した一文である。
「二つの樹、互いを認めし機宜、大地の輝き永世に渡る」
「つまり、二つの樹が、意識的に同調し、星は栄える、と」
「属国に植えるつもりなんじゃないか、実験材料として」
「悪趣味が過ぎませんか、ダミナスは」
「でなければ、遺伝子情報」
「なるほど。まだ複製技術がないとしたら遺伝子情報は必要です」
「絶対に渡すな」
「はい」
ダミナスから、正式に苗木を譲渡せよとの通告があったが、クラストは拒否した。死せる樹との相関関係が分らない今、ダミナスが自分たちにとって不都合な人間を死なせる可能性が無いとは限らない。クラスト星人もその中に含まれるだろう。
ダミナスでは、期限付きで待つと言い放った。期限終了次第、即刻攻撃するという。
クラストとしては争いを回避したい。自分たちが勝っても負けても得る物は無い。なんとか期限を延ばそうと努力するが、拒否の回答だけは決まっている。
回答の期限がきた。当然、答えは「NO」だ。
予想とおり、ダミナスによる宣戦布告が行われ、ダミナスから兵士の意識が次々と送り込まれてきた。
だが、ダミナスが進めていたパターン可によるクラスト兵士クーデターは起きなかった。
ダミナス中枢部では驚いていたが、ダミナス上層部のフィクサーたちは動じない。トップシークレットとして、以前クラストのスパイにパターンを抜き取られた、という事実を知っていたのだから。
ダミナスは少しずつ包囲網を狭めつつあった。
クラスト上層部では、その真意を図りかねていた。我が星を滅亡、或いは属国にするのか、他に何か意図する部分が隠されているのか。