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蒼星  作者: たま ささみ
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第10章  CPO

3日間の休暇が終了し、第1グループの面々に激務の日々が訪れた。

 生命の樹を早期に細胞培養する作業、自己護身術式と護身パターンの開発、歴史書におけるダミナスの解析、SPとしての訓練。皆、疲れ果てながらも充実した日々を送っていた。

 エクス達とも暫く会っていない。どんだけ凄まじい試練を受けているんだか。レイは訓練の最中にも関わらず、ふっとエクス3人のことを思い出した。

「おらっ!気を抜くな!」

 意識が飛ばされた。

「すみません!」

 気を抜けば、飛ばされる。絶対に気を抜いてはいけない。


 業務終了時刻は皆違っていたが、第1グループは折に触れ励まし合い、意見交換し、秘匿回線で情報を共有した。不思議なことに、エクスたちからの連絡だけが無かった。

「どうしたんだろう」

 レイは本気で心配しているが、ルーラはどこか他人事だ。

「失透したとか」

「いや。3人に限ってそれは無い」

「なんで」

「あれらが失透するなら星全体が被雷してもおかしくない」

「そうか、それなら元気なんじゃないか?」

「お前、いつにも増して脳天気だな・・・」

 そこに知らない声が交じってきた。女系だが、とても低い声だ。

 秘匿回線のはずなのに、誰だ?

「レイ、しばらく。私だよ、レーゼだ。ヴェキとスーニャもいるぞ」

「レーゼ?」

「そうだ」

「どうしたの?その声にその話し方」

「話せば長いが、一言でいえばギア・チェンジした」

「何処が長い話だ。一言ですべてわかるだろ」

「なんだ、あの話し方気に入っていたのに。聞けなくて残念とも言ってくれないのか」

「そうだねえ、五月蝿いあの頃もまた、懐かしいね」

 途端に。

「でっしょ――――――――――――――――――――つ!」

 元来のエクスに戻っている。

「なんだ、話せるんじゃないか」

「懐かしい頃は懐かしむものよ。御託抜かさずにお聞きなさい」

「相変わらずだな」

「ギア・チェンジは本当よ。秘匿回線以外では向こうの言葉で話すようインプットされちゃった。残念だわぁ」

「周囲が騒がしくならなくて幸いだ、レーゼ」

「レイ、あんた、いつかぶっ飛ばす」

「全然会ってないから元気かって皆で心配してたんだぞ」

「あいつら倒れるくらいの疲れ様なら星全体死んでるっていったの誰よっ!!」

「そんなこと言ったか?」

「あーら、逃げるのがお上手になったのねぇ、ひよこちゃん♪」

「それ、マルス総督から聞いたのか」

「そうよ、いつも言ってたわ。ひよこ2人組って。早くニワトリに御成りなさいよっ!待ってんだからね、こっちは!」

「待ってるって?」

「アンタ、悠長なこと考えてんじゃないでしょうね。何年か修業してSPやりたいとか」

「まあ、そうだな」

「ドアホ――――――――――――――――――――――――――――――っ!」

「意識が潰れちゃう。もっと静かに話してくれ」

「いい?今月中にあのメニューこなせるように御成りっ!」

「なんでだよ」

「SPとして稼ぐからに決まってんでしょっ!」

「は?」

「統括部も人手不足なのよ、アンタたち来るの待って行動起こす計画あるんだから」

「何の計画だよ」

「稼ぐようになったら教えるわよ、待ってなさい」

「あ、僕、今の声で教えてもらった方がありがたいです。な、ルーラ」

「いや、僕はどっちでも構わない」

「レイのオバカさーん。ルーラにも裏切られちゃった、ぷぷっ」


 急に声が低くなったレーゼ。

「それでは、後日また連絡する」

 それきり、秘匿回線は切れた。

 ルーラが大声で笑い始め、止まらなくなった。レイもつられる。

「いや、悪い。あれ以上話したら顰蹙かって術式で口封じされるんじゃないかって」

「笑ったよ。普段の声に慣れてたから余計に」

「まあ、あの3人だから女系にチェンジするのは大方予想してたけど」

「エレノア先生どころじゃないぞ、声の低さ」

「声の高低で力って違ってくるのかな」

「わからん」

「あー、人前で聞いたら笑ってしまうかもしんない。低い方の声」

「見なきゃわからん。見なきゃいいんだ」

「にしても、今月中にメニュークリアとか言ってたな」

「おえー。今でも死にそうなのに」

「でも、もしかしたら誰かが僕たちを待ってるかもしれない」

「そうだな、もうひと頑張りしますか、レイ」


 レーゼの言葉を思い出しながら訓練メニューに励むレイとルーラ。必死になって意識を保ち、意識が揺れないよう歯を食いしばる。最終メニューは、嵐中における意識の確保だ。

 訓練所に作られた嵐の空間。クラストでは嵐が吹くことは本当に稀だが、他の惑星では様々な天候に出くわすだろう。何回も転びながら、起き上がる。起き上がろうとすると嵐の中から跳ね飛ばされる。また嵐の中に足を踏み入れる。その繰り返しだ。

 ジョン先輩のメモには「意識の集中」と大きく書いてある。

「意識の集中って、何か術式あるのかな」

「あれば教えてもらえるだろ」

「術式なくてもできるくらいでないと駄目ってことか」

「たぶん、そういうこと」

 2人はトライを続ける。今月中とレーゼが言った期限は、あと3日。嵐の中、必死に耐える。意識が飛ばないように。揺れないように。前にある物が把握出来るように。そう、舞う物すら掴むことが出来るくらい、嵐の中で自由に行動出来てこそ、この訓練の意味がある。

 半月ほど、飛ばされ、舞い戻りを繰り返し、とうとう二人は嵐の中でも自由に行動できるすべを会得した。


◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇


 早速、レーゼに秘匿回線で連絡を取る。

「レーゼ、訓練終わった、僕もルーラも」

「あらっ、おめでと―――――――――――♪」

「ジョン先輩にも伝えておいてくれ」

「こっちではみんな見てたわよ。あったりまえじゃない。ただ黙って待つわけないでしょ。CPO直々に見張ってたのよ」

「何処までも見えるって噂の、あの最高責任者?」

「そう。CPOがOK出したから大丈夫。統括部への異動人事が発令されると思うわ」

「って、レーゼ、キミ達3人はCPOが誰か分かってるの?教えて、どんな人?男系?女系?」

「教えなーい」

「ケチ」

「ふふーんだ。人に頼るようじゃSPとしてやってけないわよ」

「でもさ、SPになるとしたらマルタイくらい教えてもらえるんだろ?」

「アンタねぇ。広場にいて、周囲見てごらん。必ずマルタイが何処に居るか分かるはずよ」

「どうしてそう言い切れるのさ」

「そういう訓練メニューだったから、ってジョンが言ってる」

「ジョン?ジョン先輩も其処にいるのかい」

「まあね。波動が違うのよ、マルタイくらいになると」

「波動?そうなのか?」

「アンタとルーラは地球のテレビとやらでドラマってのを見過ぎたの。アタシたちの星でドンパチやるわけないでしょ!」

「いやー、あのドラマの体術は参考になったよ」

「じゃあ、あんなふうに動いてみ」

「勘弁してくれ」


 飛び入りでジョン先輩の声が聞こえる。

「おめでとう。こんなに早く修得するとは思わなかったよ」

「そこにいる怪物に脅されたんです。今月中に会得しろって」

「怪物?ああ、レディ3人のことだね」

「先輩!いくら3人が怖くても、レディは言いすぎですよ、ただのエクスですよ」

「おやおや、暫くレディたちに会ってないんだね」

「そういえば、桃源から帰った頃から姿は見てないです。耳打ちされるだけで」

「なら、人事発令の後に皆で逢おう。楽しみにしているよ」

「はい、よろしくお願いします!」


 ジョン先輩と交信を切ったレイもルーラも、身を捩って大笑いした。

「レディって、あの3人がレディだって」

「もーダメ。くくくっ、お腹捩れる」

「はははぅ。笑いすぎて被雷するってないよな」

「はあ、はあ、ふーっ」


 笑いすぎると、お腹がかなり痛くなる。だが笑いも止まらない。腹は痛いし笑いは止まらないし、酷い目に遭ったレイとルーラ。何故意識体にお腹が捩れる現象が起こるのか。

 一説には、意識体=脳なのだという。人類の脳は、三割ほどしか使用されていないとする学説もあり、未知の領域である。脳から信号が出て、手足が動いたり何処かが痛んだりするのだが、稀に、痛まないはずの部位を脳が「痛い」と感じるだけでその部位が痛む病気がある。ということは、意識体=脳には自らが認識できるものと認識できないものがあることになろう。意識体であっても、奥底の意識で「痛い」と感じれば其処が痛むような感覚に襲われる、ということである。


 さて。ようやく笑いを抑えた2人。

「ラニーたちが忙しいと思うから3人の事話せなくて残念だ、な、ルーラ」

「一区切りついたら連絡がくるだろ、きっと」

「バラしてやる」

「バラすのはいいけど、次に会った時、レイ、キミの命の保証はないと思うよ」

「SPなんて目じゃないくらい強くなったろうな、ギア・チェンジしたなら」

「早く人事異動発令受けて統括部に行きたい。軍部はもう勘弁しての世界だ」

「あんなに訓練したの初めてだったよ。軍部の訓練が玩具に思えた」

「ほんとに。レイ、僕たちいい経験したな」

 クラストにも暦はある。月末付で、レイとルーラは統括部に異動する内示が出た。

 人事の異動は年一回程度のクラスト星府。それも新期組の異動である。やたら周囲が騒がしくなった。

 殆どが賛辞であり、激励であり、プラスのパワーだった。しかし、やはり世の中。嫉妬の感情は失くせない。以前エレノア先生を馬鹿にした先輩たちのような輩は、まだ存在した。軍部はその割合が高いような気がする。思い違いであればいいのだが。

「コネあるって聞いたぞ、青二才が」

「いや、取り入ったらしいぞ、上層部に」

「ミレイル副指揮官にか?」

「どうやれば異例の時期に異例の発令書もらえるんだ?」

 予想していたかと言われれば、ルーラは嫉妬を予想していた。それすらも折りこみ済みで、自分は試練の末に壁を乗り越え勝ち取ったと思っている。

 しかし、レイはお人好しだから全然こういったやっかみを考えていなかったらしい。

 

 気分は急降下にして、ドドーンと落ち込むレイ。

「おい、気にしてる場合じゃないだろ、レイ」

「でも、ちょっと胸に痛みが」

「こんなの跳ね返せないで要人警護が務まるか?」

「わかる、わかるけど」

「そうだなあ。お前はお人好しだから言われると落ち込む。でも、コネで行くわけじゃなし、取り入って行くわけでもない。あの訓練に耐えたから行けるだけだ。そう思わないか?」

「そうだね、いくら僕たちが上層部と知り合いだったとしても、あの訓練を今月中にクリアできなかったら発令なんてなかった」

「だから、胸張って前を見ろ。やっかみはゴミだと思え。実際ゴミだ」

「ありがとう、ルーラ。僕はこういう嫉妬の精神に弱くて」

「ほんと、仕事はパーフェクトなのにそういうところは弱いからな、レイは」

「じゃあ、ミレイル副指揮官とエレノア先生に挨拶してから行こうか」


 ミレイル副指揮官の下を訪れ挨拶を済ませ、エレノアが何処にいるか尋ねた。

「エレノア指揮官なら、たぶん統括部にいるんじゃないかな」

「ありがとうございます。あらためて、お世話になりました」

「ああ、元気でな。統括部での活躍を祈っているよ」

 さあ、いよいよ統括部での仕事が始まる。


◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇


 統括部ガード前に来た2人。深呼吸をするレイ。

 と、心の準備中だったレイに気付かず、ルーラがすっとガードを開いてしまった。

「ようこそ、統括部へ」

 秘書なのか、広報室の女性なのか、落ち着いた趣の女性が3名いる。

 女性たちは、それぞれに机に向かっていたが、2人を見て徐に立ち上がった。

「ルーラ、レイ。久しぶり」

 誰だ?ルーラもレイも、全く面識がない。レイが緊張の余り意識朦朧としている。仕方ない、とルーラが前に出る。

「申し訳ありません、面識があったかどうか、記憶が曖昧で」

「っていうと思ったわっ!アンタ、女泣かせるタイプよね」

 秘匿回線で聞こえるヴェキの声だ。

「え?ヴェキ?」

 もう一度女性たちを見る。やはり、以前のエクス達とは似ても似つかない綺麗な容姿の女性だ。ヴェキに騙されたら恥を掻く。ルーラは戸惑った、身動きが取れない。

 っと、レイが女性に抱きついた。本当にあの3人なのか?と訝るルーラ。

「ルーラ!ルーラ!」

 レイが呼ぶ。

「えっとね、右から、ヴェキとスーニャとレーゼ」

「レイ、お前なんで直ぐにわかった」

「秘匿回線来たでしょ」

「だからって、ここまで容姿違ったら、本物かどうか疑うだろ」

「ほーほっほっほっほ!」

 突然、3名の女性が笑い出し秘匿回線が騒ぎ出す。

「ルーラったらさ、絶対遊び人よねぇ」

「全くよ。なーにが“記憶が曖昧で”よっ。会ったことないの分かってるくせにっ!」

「あー、みんなにバラしてやろー。レイの方が素直ですって」

「ルーラは女性関係、危ないでーす、ってねー」

「ねー」

 本当に、これがあのエクス様なのか。馬子にも衣装、いや違う。こういう時に使う諺とか四字熟語が思いつかない。

 それにしても、ゴツイあの身体は何処に行った?そして綺麗な顔立ちは何処から来た?別に女性形体に特別な意識などないが、この変化には暫く目と心がチグハグな対応をしてしまいそうなルーラだった。

 レーゼが話す。

「秘匿回線以外では、話し方が変わる。他の連中にも回線を飛ばしたが、あらためて知らせておくとする」

「ギア・チェンジの際にな、女系か男系かを選ぶ仕組みなんだ。女系だから力が弱くなることもない、というので女系を選択した」

「まったく、自分でもこんなに見かけが変わるとは思っても居なかった」

 ルーラが青い顔でいう。

「中身は変わらないんだろ」

「そうだ、変わらない、と言いたいが。変わったな」

「何処が?」

「力がどのくらい強くなったかわからない、といったところか」

「は?」

「ギア・チェンジで風貌以外に戦力も変わる」

「はあ」

「ルーラ、いい加減目を覚ませ。覚めないなら一発平手打ちでもかますか?」

「いや、結構。聞こえてる。慣れないだけだ。平手打ち食らったら失透しそうだ」

「そうさな、間違くなく失透するだろうな」

「なんでお前らだってすぐに認識しなかったんだろう」

「同じ女性体系でもセーラやマーズにはそれなりに接していただろうが」

「だよな。なのになんで今は緊張してるんだ?」

 ヴェキがにやりと笑う。

「我々が美女だからだよ」


 ◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇


 統括部要人警護隊ジョン隊長がガード内に現れた。

「来たかい。びっくりの対面だっただろう。だからレディっていったのに」

 ルーラはしょんぼりしている。

「はい、信じるべきでした。余りのギャップを受け入れられなくて」

「そうか、でもすぐに慣れるさ、レディには幹部候補SSとして働いてもらう予定だから」

 レイたちのSP=シークレット・プロテクションに対し、SSとは、スペシャルシークレットと呼ばれ、要人中の要人警護に当たる。SP・SSとともに、戦闘に巻き込まれた場合は攻撃に当たる場合もある。戦闘能力、強靭な精神力、正確な判断力を必要とされる。

 

 ジョン隊長に従って、奥に進むレイとルーラ。三人娘も一緒についてくる。

「ここがリーマス指揮官のガード。入ろう」

 中には、リーマス指揮官とマルス総督が寛いで居た。

「おめでとう。ジョン以来だな、エクス組以外のSP隊員は」

「自分が受けた訓練メニューなど教えましたが、今後も引き続き指導します」

「よろしく頼むよ」

「私はリーマスだ。桃源以外ではほとんど会っていないよね。これからよろしく」

 

 レイとルーラが何に度胆を抜かれたかといえば、ジョン隊長以外、全てエクスという、そこだった。先輩方、みんなエクスだったんだ。たまたま男系を選択して今があるのか。

 そんな二人をジョン隊長が急かす。何かあるのだろうか。その時レイが思い出した。ミレイル副指揮官との会話だった。

「あ、そういえばミレイル副指揮官がエレノア先生は統括部にいらっしゃると」

「そうだよ、エレノア先生に会わないと」

「どうしてこの先にエレノア先生がいるのですか?この先は総督のお部屋ですよね」

「それはね」


 ジョンが総督室のガードを開く。

「失礼します」

 マルス総督とリーマス指揮官を除いた総勢6名。全員が、礼をしながら部屋に入る。

 続いてジョン隊長が、レイとルーラを紹介した。

「本日付で統括部要人警護課に配属された若者です」

「よろしくお願いします!」

 といいつつ、レイもルーラも自分が誰に挨拶しているのかわからなかった。

「よろしい。顔をあげろ」

 レイとルーラはゆっくりと顔をあげ、目の前を見渡す。そこに見えたのは仰天するばかりの光景だった。エレノア先生が三人、サラサリーヌ室長と一緒に並んでいたのだ。

「おい、エレノア。お前説明しなかったのか?」

「時間がありませんでしたし、いくら同じ顔とはいえ、話の内容や口調でわかるかと」

「お姉さま方、残念でしたね。彼らは何一つ理解できていないようですよ」


 レイとルーラは、ただただ呆けていた。そこにレーゼたちから槍のような術式が飛んできた。はっ、とするひよこSP。

「レーゼだろ、痛いよ」

「そうだよ、僕に術式掛けたのはヴェキ?スーニャ?」

 レーゼが代表して答える。

「アンタたちがのほほんと構えているからじゃない、シャキッとしなさいよ」

「わかってるよ、ところでレーゼ、話し方・・・」

「あら、やだっっ!」

 暫しの沈黙。

 誰から笑いが漏れてきたのだろう。部屋の中は笑い声に包まれた。

 エレノアらしき人が、レーゼ、ヴェキ、スーニャを前に立たせる。

 レイとルーラは、3人が言葉遣いについて罰を受けるのでは、とハラハラした。

 エレノアが真ん中に居るヴェキの前に立ち、三人の肩に手を触れた

 エレノア先生、どうしようっていうのですか?と心で問いかけるレイ。

 3人のエレノアが次々と意見する。

「お前たちは別に、男系言葉を使わなくてもいいんじゃないか?そのままでもギア・チェンジ後の能力は格段に変化した。驚異的なことだ。我が星始まって以来かもしれない」

「そうそう、マックスになったら私を超えるんじゃないか」

「そうです。言葉遣いで態度を変えるような輩など、話す価値すらありませんし」


 最後に広報室のサラサリーヌ室長がまとめた。

「そうだな、了解も得た。レーゼ、ヴェキ、スーニャ。ただいまをもって、男系言語での戦闘能力を解く。今後戦闘能力は如何なる言語であっても発動可能とする。しかし以前のような黒い意識など出せば、今度は罰を与える。覚悟するように」

 三人のエクスが歓喜の声をあげたのは言うまでもない。

「ありがと―――――――――――♪」

「エレノア一族って話が分かるのね」

「あー、あの男系言葉、結構疲れるのよ、たまに言い方忘れちゃうしー」


 サラサリーヌが、大きく咳払いをした。レイもルーラもその意味は直ぐに理解した。理解していないのは目の前のお姉様だけだ。

 レイが3人を諭す。

「おいっ、いくらなんでもここでそんなに寛いでどうする!自分たちのデスクでやれよ」

 美人に変身した3人がじろりと睨む。美人の睨みは怖すぎる。

「何よ。アタシ達が元通りに話せた方がやり易いでしょう?」

「そうだけど。場所を弁えろよ」

 サラサリーヌもレイに加勢する。

「そうだな、お前たち。仮にもCPOの前では正式語を使うべきだろう。TPOとはそういうものではないのか?」

 サラサリーヌが放つ正論。エクス達もTPOに反応し、どうやら反省したようだった。

「申し訳ございません、以後気を付けます。お許しください」


 レイとルーラは、確かに聞こえたよな、と言わんばかりにお互いを蹴った。

「CPO?」


◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇


 三人のエレノアが誰彼構わず話し出す。一体誰が誰に何を話しているのかわからない。

「そうそう、お二人には事情が飲み込めていませんでしたね。では、わたくしから」

「お前の言葉で全て話されたら、今後がまた大変だろう。私が話すのが一番自然だ」

「あら、残念ですこと。わたくし若人と触れ合う機会を逃しましたわ」

「今は機会とかそういう問題ではないだろう」

「なーにが。向こういったら、若いの侍らせているだろがっ」

「そこで話を戻さないように」

「あらお姉さま。あれはSPですから」

「だからSPに話をしなければいけないだろう」

「お姉さまもSPを置かれては如何です?」

「いらん」

 と、三つ子喧嘩にプチッとキレた、伝説の鉄女史サラサリーヌ。

「みなさん同じ顔で主役の取り合いになるのであれば、私が話します。はい、決まり」


 サラサリーヌが前代未聞の超絶難問を解き明かしてくれた。

「そこにいる三つ子は、エレノアと、エレノアの姉エルドラ、そしてエレノアの妹エルフィーヌ。エレノアが術式学校の教師であり軍事指揮官であることは知っているな?」

「はい、存じ上げております」

「で、あとの二人の正体だ」

「正体とは、悪者みたいな言い草だな」

「失礼ですわ」

 二人のエレノアモドキの文句を耳に入れることなく、サラサリーヌの話は続く。

「エレノアより言葉が綺麗なのが、エレノアの妹で現在インベース星CPO、エルフィーヌだ」

「初めまして。よろしくね、みなさま」

「で、最後に残った超言葉の悪いエレノアモドキが、このクラスト星CPO、エルドラだ」

「やっと紹介してもらえたか。待ちに待ったぞ」

 レイとルーラは、エクス達の方を見た。三人とも、どこ吹く風。

「お前ら、知ってたな」

「秘匿事項だしー」

「気付かないレイもとんちんかんだしー」

「さ、CPOの御前である。姿勢を正せ!」

 鉄女史サラサリーヌはお冠だ。

「おい3人娘。ふざけるのもいい加減にしろ」

「広報室長、すみません。悪意があるわけではないのです」

「まあいい。これからさらりと経緯をはなすから、お前たちは口出ししないように」

 サラサリーヌは続けた。

 4人は同期だ。エルドラたちは3つ子のエクスとしてクラストに星を受けた。生命の樹が眩く直視できないほど光り輝いたと当時を知る者はいう。果たして、生命の樹が反応したとおり、エルドラは当時のクラストで肩を並べる者さえいなかった。その力は、宇宙の果てまで見渡し、相手が優秀な意識体なら意識干渉できるほどだ。学校卒業後は統括部に採用され、やがてCPOとして星を導く役割を担うことを誓った。しかし普段は姿を隠し、エレノアのふりをして星の中を堂々と歩き回っている、というわけだ。

 

 エルドラと呼ばれたCPOが口を開く。

「CPOを望んでいたわけでもないし、たまたまそうなっただけだ。ジジイどもに無理矢理誓わされたという方が正しい」

「それを言ったら総督が怒るぞ、さ、話を続ける」

 エルフィーヌもエレノアに劣らない能力の持ち主だ。エルフィーヌは聴覚が想像を絶するほどに発達しており、何億光年離れていても、意識体の声に耳が反応するのだという。隣星インベースにて統治者が亡くなったのち、乞われてインべースに渡った。現在はCPOとして任務を果たしている。

 

 ふふっと笑うエルフィーヌ。

「今は里帰りなのよ」

 サラサリーヌからレイ、ルーラへの説明は続く。

「お前たち、エレノアの黒意識消去術式を見ただろう?」

 エレノアは普段能力を殆ど使っていない。軍事指揮官と言いながら、顔すら出さないからあの事件ともいえるが。なぜ軍事に携わらないか疑問に思わなかったのか。エレノアの能力は軍事に使う能力ではないからだ。緊急時に置いて、クラストとインベースでは相互に扶翼できるよう協定を締結している。どちらかの星府CPOに万が一の事故等ありし場合は、エレノアがその任に就き、公務にあたる所存である旨の書面がある。だから統括部にも所属しない。

 エルドラと鉢合わせさせると混乱を招く恐れがある。それで学校という自由な場所からいつでも動けるようにしている。ダミナスでの兵士事件のスパイに関しても、エレノアの能力があればこそ行けたのであって、通常の能力しかない者だったら行かせられなかった。向こうで捕まるのは目に見えていた、という裏話。


 成程、スパイ事件、と納得するレイ。あの時のエレノアは綺麗な女性語を話していた。一方、ルーラは其処に居なかった。エレノア先生、万が一あったとしてインベースに行っても大丈夫なのか?エルフィーヌCPOと比べると、やや、いや、かなり男らしい話し方が気になる。レイとルーラの心理は違う。

「ん?私の話し方は、そんなに男らしいか?」

 エレノア先生も読心術を使えたのか・・。

 仕方なくルーラが答える。

「読まれていましたか。先ほどのインベースCPOのお話を拝聴する限り、エレノア先生がインベースに行ったら、人が変わったように見えると思うのですが」

 エルフィーヌが微笑む。

「大丈夫。お姉さまの前だから大人しいだけですよ。インベースにいけば、鬼より怖いCPOと噂されていますから」

「我が妹はな、一番五月蝿かったのだ、昔。何度口を塞がれそうになったことか」

「お姉さま方よりも大人しかったはすですが?」

「そうか?あの頃の何か残ってないか?」

「サラが持っているかもしれん。私たちが3つ子でサラが良く一緒に居たから、クールビューティ4人組と呼ばれたものだ、はっはっは」


 いや、どっちだかわからないけど、「はっはっは」じゃないっすよ!レイは何故かハラハラしている。

 と。エルドラから話しかけられた。

「私はエルドラだ。一度お前たちと千里眼の話したことがあるんだが、覚えているか?」

 地球の図書館の話だ。あの時、エレノア先生にしては言動がどこかチグハグな感じを受けたのは。そして、何より総督をマルスと呼び捨てにしたり。お前、面白いななんて、初めて会ったような言い草をしたり。

 何かこう、ピースがハマらないパズルのような気分だった。やっとハマったピース。

「あの時は失礼しました。言い回しとか少しギャップあるのは気付いたのですが、ここにいるのはエレノア先生、という固定観念に捉われていて、細かい部分をチェックしていませんでした」

「細かい部分というと・・・バストサイズとか?足の細さとか?洋服のセンスとか?」

「ちっ、違いますっ。話が通じるかどうかです!」

「からかって悪いな。許せ」


 総督たちが入ってきた。

「CPO。星府にお戻りの時間です。ミス・インベースもそろそろお戻りにならないと。エレノア先生も、たまには軍部に顔出してくださいよ」

 マルス総督がジョン隊長に命じる。

「ジョン、各隊員に命じ、ミス・インベースCPOとクラストCPOをお送りするように。レイ、ルーラ。こちらでの勉強は明日からになる。何も心配はいらない。SPになる覚悟だけ持ってきなさい」

「承知しました。明日からよろしくお願いします!」


◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇


 翌日から統括部に顔を出したレイとルーラ。僕ら、今日は何をするのだろうと、戦々恐々だ。そんな二人に声が掛かる。

「二人にはCPO特製の禁止術式一覧表を渡すよう指示があった。こちらがそれだ」

「意識訓練は毎晩。昼は禁止術式とそれ以外を区別して勉強せよとの命令だ」

「不明な術式については聞いて欲しい」

「読心術は、のちほどジョン隊長から直々に指南される」

 見かけレディと化したエクスたちからの指示である。

 レイとルーラは、やはり「いづい」。

 いづいとは、地球は日本の、とある地方で使われている方言である。世界各国に方言はあるのだが、標準語に置き換えることのできない方言は珍しい。いづいを近い言葉で表現するとすれば、「しっくりこない」「違和感」みたいになるらしいのだが、地元民に言わせると、どれも違うのだという。

 言葉とは不思議なもので、今の状態を即座に「いづい!」とレイ、ルーラの二人が考えたことは想像に難くない。

 多分、的を言い当てている言葉だと思う。レイが聞く。

「おい、普段の言葉に戻ったんじゃないのか」

 3人は揃って振り向いた。

「TPOを弁えろって命令だから。大人しくしてるだけ~」

「勉強は後で見てあげるから」

「最初から飛ばすと疲れるからね、そのうち一気に取り込めるようになるから」


 翌日から、術式訓練と読心術の会得を目標とする修練が始まった。

 昼は、学校時代に習っていない攻撃系、或いは護衛系の術式から始まった。なぜ禁止術式を総て並行して行わないのだ?と不思議に思った二人だったが、直ぐにその意味を論理的に説明された。

 禁止術式は、読んで字の如く、禁じられた術式である。飛んだり跳ねたりの術式とは違う。相手の命を奪ったり、記憶を消し去ったり、相当シビアな内容を伴うと想定される。そんな術式が、少しばかりの頭脳と少しばかりの体力で習得できるだろうか。普通に生きている人間では到底習得できないからこその、禁止術式なのである。

 まずは、意識の集中から始まる。何度三人娘にポカっとされたことか。しかしそのうち徐々にではあるが、意識集中のコツが掴めてきた新人SP二名。毎日毎晩、訓練に訓練を重ねて、ようやく読心術と禁止術式を覚えていくレイとルーラ。

「あ、レイ、今部屋に帰りたいって思っただろ」

「そっちはセーラやマーズに会いたいって思ってるだろ」

 お互いに見つめ合う。

「当ったりー」

「簡単な思考くらいなら読めるようになってきた」

「じゃあ、今度は別の共助者探さないと」

「そうだね、誰に頼むかな」

 

 その背後から忍び寄る影。意識を集中すればわかる。レーゼとスーニャだ。

「じゃ――――――――――――――――――――ん!」

「アタシ達がお手伝いするわよー?」

 レイは冷たい。

「無理。だってさ、お前らの考えって単純だからすぐわかるんだもん」

 高飛車にでるレーゼ。今、自分が考えていることを当ててみろと迫る。決まりきったことだとレイは溜息を吐きながら応対しておく。

「ジョン隊長に会いたいからコイツら出汁に使っちゃえ、だろ?」

「あら、それなら意識集中しなくても分かりきったことじゃない。別の事」

 3人組の考えでは意識集中や読心術には向かない、かといって、統括部のメンバーでは敷居が高過ぎる。

 スーニャに、軍部での意識集中を薦められた。軍部では、レイとルーラが統括部に配属になった事しか知らない。仕事の内容などしらばくれればいいのだ、と。

 レイとルーラにとって軍部は嫌味の巣窟でもある。訓練もせずに御託ばかりの先輩が多い。さて、今度はどんな嫌味が待ち受けているのやら。特にレイはメンタルが少し弱いのでスーニャも付いて来てくれると言う。黒いオーラ事件だけは絶対に避けたいスーニャだが、ギア・チェンジしたことで心の内部に余裕ができたのだろうか。細かいことで激怒するようなことは無くなっていた。

「アタシも聞いててさ、嫌味言った奴をぶっ飛ばしてあげるから」

「お前が言うと冗談に聞こえないから困るんだよ」

「状況次第よ、黒い霧は出さないから安心して。アタシたちも成長したのよ」

 軍部を訪ねたレイ・ルーラとスーニャ。

「失礼します」

 兵役組の部屋に入る。当然、皆がこちらを見る。

 以前の「おおっ」という声とはニュアンスが違うのを感じた。元エクスがギア・チェンジして美女になったからか。

 スーニャがアドバイスする。言葉は聞いちゃダメ、ガンガン耳に入ってくるけどね、と。

 そのとおり、人並みに挨拶してくる者、嫌味を言う者、見ながらも無視する者と様々な上に、彼らの心の中から聞こえてくる本音がドロドロと渦巻く。笑顔で挨拶しながらも心の中では罵詈雑言の嵐。頭がぐらぐらしてきた二人。一度ガードの外に出る。

「これからも、どっか人のいるところに顔出して、耳から入れるの」

「ジョン隊長が言ってた、最初は聞こえすぎて大変だって」

「らしいわね、アタシ達とは違うとは聞いたわ、でも、慣れよ!」

 

 攻撃術式と保身術式の基礎を習得したレイとルーラは、本格的な禁止術式、それも高等禁止術式と呼ばれる上級者専用術式を習得するため、日夜訓練に余念がない。訓練が終わると、読心術会得のため構内をふらふらする毎日である。

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