表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪の残像  作者: Motoki
8/17

 驚いて振り向く男に、僕は紙コップを差し出した。

「はい」

 微笑む僕と湯気の昇る紙コップとを交互に見つめた彼は、半ば引き気味に声を洩らした。

「なんですか、これは」

「ココアです」

 彼に強引に紙コップを押し付け、もう一つのそれを口に運ぶ。平日で閉園時間も迫っているから、もうお客は殆どいない。既に止まっている観覧車の柵に寄りかかった僕に、男の怪訝な視線が向けられた。

「じゃなくて。どうしてこれを俺に渡すんですか?」

「さっき声かけてくれたから、ですけど」

「は?」

 静かな沈黙。更に眉間に皺を寄せた男に、僕はハッとして言った。

「もしかして、甘いの苦手ですか?」

 シマッタ、と思う。これ位の年の人なら、ココアじゃなくコーヒーか。


 だって僕は、恩返しがしたかったんだ。


 この人は、あの時の天使様ではないけれど。違うと判っているけれど。あの時と同じ、僕に声をかけてくれた唯一の人だったから。

 あの時の天使様の言葉を、心に鮮明に甦らせてくれた人だったから……。

「ええ、まぁ――って。いえ、問題はそこじゃないです。それに俺、まだ仕事中ですし」

「あ、ごめ――」

 謝りかけた僕を制して、彼はフワリと微笑んだ。

「でもこれくらいでクビになったりはしないので、ありがたく戴きます」

 眼鏡の奥のやさしげな目を伏せた彼は、紙コップに口をつけた。

「それで……」

 白い息と共に、静かな声がその口から吐き出される。

「どうしてまた、あんなトコで泣いてたんです? 迷子でもないのに」

 視線は下げられたまま、紙コップのココアに注がれている。その声は独り言のように微かで、「どうして」と問いかけておきながら、答えを求めてはいなかった。

 その響きは軽く僕の体をすり抜け、風にさらわれる。だから僕も、風に乗せて吐息と共に言葉を吐き出した。

「大好きな人と、別れたから…」

 自分の台詞に、今更ながら落ち込む。

 ――一弥、つらそうだった、僕といる時。

 とてもイラついて。でも必死にそれを隠そうとしてて……。無理矢理に笑ったりしてた。


 きっともう、それに疲れてしまったんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ