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4.十一人殺し

登校途中で織は眼帯をした学校のマドンナ「山上 天照」に遭遇。彼女の冷たく辛辣な態度に苛立ちながらも彼女の落とし物を渡そうとした時だった。






*今回は長めで、会話シーンが多いです。


 「―――どっちなの?」


 織はどきりとした。「何者だ?」や「何をしたのだ?」などではない、「どっちだ?」という問い。織に対して二つの選択肢を聞くという事は、彼の人生の核となりつつあるアレに気付いている可能性が高い。


(怨霊(アレ)は普通の人には見えないはずだ……シラを切るか)

「あの~言っている意味がよく分からんのですが」

「その右手」


 天照は指をさした。その先には織の右腕があった。織は心拍数が上がり耳まで聞こえる鼓動が苦痛で仕方がなかった。


「感じるわ……強烈な邪気を」


 彼女の表情がまるで業物の刀の様に、冷たく鋭くなっていった。そして織は感じ取っていた。彼女の冷たい瞳の奥から伝わる、殺気を。


 天照は左手で素早く竹刀袋を開けると黒い柄が出てきた。そして柄を掴んだ瞬間、銀色の光が僅かに漏れた。それを見た織は目をかっと開いた。


(真剣!?)


 織は考えるよりも先に体が動いた。一気に詰め寄り彼女の右手首を押さえつけ、肘に手を添えた。


「ちょちょ、ちょっと待ってくだいよ。白昼堂々刀なんてどこのヤクザですか……」


 織は苦笑いをしながらも押さえた手首だけは決して力を抜かなかった。

 天照はびくともしない腕を無理に動かす事を諦め、カクンと体を沈め織の体勢を崩した。そのまま頭突きで織の頭部を鈍く響かせた。


「がっ!!」


 堪らず織は仰け反り手で顔を覆った。天照は自由になった手で抜刀しようとしたがそれも失敗した。織が刀の柄頭を踏みつけるように足を突き出していたのだ。ひるんでいても抜刀だけは妨げていた。


(鋭い反応ね)


 天照は手で織の足を掴むと残った片足を蹴り上げ、背中から地面に叩きつけた。織が背中から伝わる振動に呻く時には天照は馬乗りになっていた。そして鞘を払うと刀が全貌をさらした。


(―――赤い!?)


 正確には違った。まるで生き物の様に、刀全体に血管の様な紅い筋が張り廻らされていて、しかも時折脈打っている。そして天照がその刀の切っ先を織の顔面に向け、真っ直ぐに刀を突きだした。

 今度は天照が目を見開いた。織が両手で刀を白刃取りしていたのだ。力と刀がぶつかり合いガチガチと音を立てていた。

 天照は内心舌を巻いた。つい先ほどもそうだった。殺気にいち早く気づき刀の間合いの内側に入るだけでなく、手首と肘関節を抑えて抜刀させないようにしていた。もはや考えてできる動作ではない、完全に『慣れている』。危険な状況下に身を置いた経験があるとしか思えなかった。


「やっぱりあんた―――普通じゃない」

「落とし物を拾った初対面に刃物向ける方がどうかと思いますけどね!!」




 ―――殺シテヤル



 織は悪寒を感じた。擦れた声で脳裏に響き渡った黒い言葉。冷たい深海に沈んでいくように全身が冷たくなって行く。


(やばい、またアレが!!)


 織は右手に目をやると変化が現れ、天照もその変化に気付いた。織の右腕が見る見る内に変色して青紫の禍々しい瘴気が立ち昇った。織にとっては『三度目』の、天照にとっては初めての光景だった。天照が織の右腕に釘付けになっていた。その視線と驚愕の表情から確信した。彼女にはこの光景が見えている。


「早く、早くどいてください!!」

「何なの、これ?」

「いいからはやくどいて!! じゃないと―――」






 『そこまでよ!!』






 威勢良く響いてきた別の声に身を縮こませ、ふと振り向くと織と天照を見下ろす様に仁王立ちしている女性がいた。


 「やっぱり、『鬼哭』と変な妖力が感じたから来て見れば。何してるの天照ちゃん? 刀納めて」

 「神楽坂……」

 「先生をつけなさい」


 天照は力を抜いて刀を引いた。立ち上がって刀を納めると織の右腕がもとに戻っていった。ビデオの逆再生の様に変色が戻り、瘴気が止まった。


(止まった、良かったあ……)


 織は安心感から大の字に寝た。神楽坂と呼ばれた女性が織の顔を覗き込むようにしゃがんだ。黒縁眼鏡をしている若い女性だ。


「いやあ、悪いネ少年。招待した早々ひどい目に遭わせちゃって。彼女も悪気があってやったわけじゃないの、許してほしい」


 神楽坂がポケットティッシュを取り出し、紙を丸めて織の鼻に詰めて鼻血を止めた。


「悪気は無くても殺気は感じましたがね……で、誰ですか?」

「申し遅れた。香久山高校の高等部担任をやっている神楽坂 燈(かぐらざか あかり)。君に手紙を出したのも先生よ、八重河 織君」

「あなたが?」


 目の前に手紙の張本人が現れた事に驚いたが、それ以上に警戒心があふれ出た。何故か彼女は織の経歴と右腕の事を知っている。知らず知らずのうちに織は目が鋭くなっていた。神楽坂はジャージの上からでもわかるボリューミーな胸を揺らしながら笑った。


「そう敵意むき出しにしないで、ちゃんと話はするよ。とりあえずここじゃあ生徒の目も多いし応客ルームまで連れて行く。天照ちゃんも来て」

「嫌よ、何で私まで」

「お客さんにいきなり刀を抜いた罰でお茶作って貰うわ。別に嫌ならいいけど、出席日数の件は無しって事で」

「……わかったわよ、行けばいいんでしょ」


 織は立ち上がって砂を払い二人の後をついていった。ざわついている学生たちを後ろ目に学校まで案内された。


「ちなみに八重河君」

「なんですか?」


 神楽坂がにたりと悪意が込められたような笑みを浮かべながら聞いてきた。


「何色だった?」

「は?」

「見えたでしょ、立ち上がった時」


 織は暫く考え込んでいる間に天照がはっとして、耳まで顔を赤くした。


「……ああ。見えましたよ、あれは大人のむ」


 織が口を開いた瞬間、天照の拳が彼の顎をかちあげた。







 「さて、八重河君のかわいい顔に絆創膏が増えたところで本題に入ろうか」

 「かわいいは余計ですよ…」


 織は学校の客間まで招かれた。長机が幾つか並べられ織と神楽坂が向かい合うように座った。天照は部屋の隅に置いてある給湯器のそばでコップをお用意していた。神楽坂は救急箱を閉じると優しく微笑みながら話し始めた。


 「先生は嘘をついたり隠すのが苦手だからズバズバ話を進めるわよ。八重河君、あの手紙の内容をぜひ飲んでほしい」

 「……一応理由を聞きますね」


 織はヒリヒリと痛む顎をさすりながら、昨日受け取った手紙を取り出した。

 天照はコップを二つ机の上に置いた。湯気を立たせるコーヒーがほのかな香りを漂わせていた。


 「まず一つ、君の力がここでは大いに役に立つ可能性がある」

 「どう役に立つのですか?」

 「―――八重河君は、幽霊とか妖怪とか『霊』の存在を信じる?」

 「いいえ。信じたくないと言う方が近いですね。自分の中では」


神楽坂は織の右腕に向かって指さした。


 「実は世の中にはそれが存在する、君自身の体にいる怨霊がその一例ね。人はそれらを『妖』と呼んでいるの」


 織は包帯が巻かれた右腕を見つめたが神楽坂は続けた。


 「それらの中には人間に害を成す者がいるの。天照もそうだけど私達はその害を成す妖を討伐する『術者』と呼ばれていて、その力を持っている」

 「その中に俺も含まれてるって事ですか?」

 「そういうこと」

 「でも、俺が術者かどうかわからないでしょ」

 「―――この刀、どう見える?」


そういうと天照は刀をゆっくりと抜いた。刃が鞘と擦れる音を鳴らしながら、そのぞっとする姿を現した。


 「どうって、すごい業物なんだなあとは思うよ。血管みたいなところは知らないけど―――って、あれ?切っ先が近づいてきてない? さりげなく俺を刺そうとしてないこれ?」

 「八重河君、携帯電話でこの刀の写真を撮ってみて」


 織は首を傾げながらスマートフォンを取り出し、カメラを起動させた。


 「え、なんだこれ!?」


 織は画面と刀を交互に見分けた。何が起こっているのか、画面には血管の様な紅い模様が映っておらず、銀の刃が鈍く光を反射していただけだった。


 「この刀の模様は、術者にしか見えないの」

 「マジかよ」


 織はどこぞのお嬢様が妖を斬り倒すところなど想像できなかった。天照は刀を納めた。


 「話を戻そう。言わば『妖退治』に協力してもらう事で人々の平和に役立つって事」

 「お断りします」


 織の一言でその場が静まり返った。天照は眉をひそめていたが、神楽坂は特に変化を見せず柔らかい態度で問うた。


 「どうして?」

 「闘いは嫌いです。人であれ妖であれ、『殺す』のはもう終わりにしたいんです―――やっぱりこの件は無かった事で。失礼します」


 織が立ち上がり部屋を後にしようとした時、時神楽坂が「あ、そういえば」とわざとらしく口を開いた。


 「近くに『おぼろ』とか言う居酒屋があったなあ。あの店美味しいし、店主は美人だし、常連も多いよねえ。でもその店に大量殺人鬼がバイトしてる事が分かったらたいへんだろうなあ。どう思う? 八重河 織君?」


織はピタリと動きを止めた。


 「八重河 織。警察官の父と医者の母の間に生まれる。父に憧れ小学生の頃から格闘術を習い続ける。十二歳でクラスの女子と恋に落ちて交際を続けるが、八月二十八日の恋人の誕生日の日。恋人が十人の男たちに強姦され、重傷を負う。その後、襲った男たち十人全員を惨殺し―――恋人を絞殺した」

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