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3.眼帯の美女

 何故か右腕に取り憑く怨霊を知ってる香久山高校に織は不安を感じつつも入学する事を決意する。彼の物語が始まろうとしていた。

織は夢を見ていた。その夢の内容はいつも同じだった。

 空は灰色の曇天が世界を覆い、地は世紀末を表現しているかのような荒野が広がっている。朽ち果て木が数本見えるだけで生命と言えるものは無かった。そんな無駄に広いだけの世界で織は一人ぽつんと立つすくんでいた。

 突如としてあちこちで地面が盛り上がり、不気味に蠢く何かが這い出てきた―――人間だった。でも少し違う。姿形はほぼ人間だが、数人は腕や足が折れているかもげている。所々体の一部の肉が腐り落ちて骨が見えたり、眼球が無く果てしない暗闇の双眸を持っている者もいる。織はそんな死にぞこない(死霊)の群れに囲まれている。逃げ出そうとした時には足首がピクリとも動かなくなっていた。見てみると血みどろになった何本もの腕が地面から生えていて織の足をがっちりと掴んでいた。死霊たちは動けない織になだれ込んだ。腕を折られ、髪を引きちぎられ、爪で皮を引き裂かれ、肉を喰いちぎられ、目を抉られた。表現しがたいほどの苦痛が織を地獄に連れ込もうとしていた。


 「……はあっ はあ」


 気付けば織は目を覚ましていた。体中に汗をべっとりと掻き、頭が朦朧とするなか、いつも近くに置いてあるペットボトルを掴み水を一気に飲んだ。大きく息をつき、胸を落ち着かせるとちらりと右腕を見た。

 右腕に不気味な髑髏の形をした痣が浮かび上がってからずっと同じ夢を見ている。最近は週に一度や二度程度だったが、それが二日に一度ぐらいまで増えてきている。少年院で過ごした時にもらった薬を服用したが全く効果が得られなかったため服用をやめた。

布団から起きると支度を始めた。汗が染みた服を脱ぎ捨て下着一枚になると洗面所で水を浴びた。塩気がある顔面を冷たい水道水で洗い流すのは堪らなく心地よかった。


 「……いつになったら消えるんだよ、まったく」


 独り言をつぶやきながら、右腕に包帯を巻き始めた。もちろん痣を隠すためだ。

 織は昨日の手紙の内容に不信感を抱いていたが、僅かながらの期待があったのも事実だった。彼は少年院へ送られたため、高校がどういう所なのか、中学とどう違うのかはぼんやりとしたイメージしか持っていなかった。一度自分の目で確かめてみたいと言う希望は心の奥底で小さく、確実に実在した。

 そんな彼は今日、手紙に書かれた香久山高校と言う中高一貫の高校に向かう事になっている。制服など持っているわけがないので、派手すぎないカジュアルな服装に着替えると財布と鍵を持ってアパートを出た。


 「ははっ 何だかんだ、ノリノリだな俺」


 外は快晴で出かけるにはうってつけな天候だった。

 いつもの信号を渡り切り、『居酒屋おぼろ』の引き戸をがらりと開けた。中ではいつものように朧が厨房に立って食材の仕込みをしていた。織に気付くと肩の力が抜けそうな優しい笑みで迎えた。


 「あ、おはよう……どうしたの?」

 「はい。ちょっと挨拶に来まして」

 「あらそう、わざわざありがとう。何だかんだで、学校行く気だったのね」 

 「そうですね。まだ不信感はぬぐえないですけど、行ってみたいって言う気持ちも燻っていたので」

 「それでいいのよ、八重河くんはまだ子供なんだから」


 織は苦笑いした。


 「ひどいなあ、もう十七ですよ? 十分『大人』です」

 「割ったお皿六枚分の代金をまだ払わず、キャベツの千切りで指を切っちゃうのに?」


 織は苦い表情を浮かべ何も言わなかった。それを見て朧はクスクスと笑った。


 「冗談よ。そうだ、あなたに渡す物があるの」

 「俺に?」


 そういうと朧は厨房の奥へ消えた。しばらくと朧は風呂敷で包まれた四角い箱の様なものを差し出した。


 「はいお弁当。もし午後までかかるようならこれ食べて。まあお店のまかないで作ったものだけど」

 「本当ですか!? ありがとうございます!! 朧さんの作った物なら何だって嬉しいですよ!!」

 「ありがとう。じゃあ気をつけてね」


 織は朧の微笑みを見て体がとろけそうになった。一礼をして店を出ると学校へ向かった。

 織はスマートフォンで地図を見ながら街中を歩いていた。朧に聞いた話だとあの店から数十分ほど西に歩けばあると言う。車の騒音が、BGMとなって通勤ラッシュで行きかうサラリーマンや若者を彩らせていた。

 暫くの間歩道を歩き続けると、制服を着た少年少女がちらほらと見え始めた。


 「そろそろか。結構緊張するもんだなあ」


 いよいよお目当ての学校に着くとなると、少し胸の内部が暑苦しく感じられた。それでも織は歩みを止めず、学生たちの間をすり抜けながら早足で学校へ向かった。

 しばらく続く緩やかな坂を上っていくと、黒いリムジンが目の前を通り過ぎた。整備が良く行き届いているのか表面は艶めいていて汚れやくすみなどは全く見られなかった。織はそのリムジンを目で追っていると数メートル先の歩道のそばで停車した。そして運転席から、黒スーツを着た初老の男性が降りてきた。


 「……おお」


 織は思わず声が漏れた。男性が後部座席の扉を開けると、学生には見えないほどの美女が降りてきたからだ。


 「お嬢様、正門の前まで送り致しますよ?」

 「ここでいいわ。帰りも同じ時間に来て頂戴」


美女が早々と歩き出すと男性は深く礼をして車に乗り、来た道を戻っていった。同時に、周辺にいた学生たちがざわつき始めた。


 「おお、山上さんだ」

 「あの三年の山上 天照(やまがみ あまてる)だろ? 可愛いな!!」

 「ホント美人だよなあ、付き合いてえよ」

 「はは、お前じゃ割に合わねえよ」

 「すごいキレイだよねえ。クールなのがまたかっこいいし、同じ女性でも憧れるわ」

 「スタイルもいいし、髪もきれいだし外国人みたい」

 (……なるほど、マドンナのお出ましか)


抜群のスタイルは制服の上からでもよくわかり、短めのスカートから伸びる長い脚は、白く透き通った肌をしていて程よい肉付きだった。風が吹いて揺れる長い金髪は、黄金の麦畑を連想させた。

 だが織は一つ気になった点があった。その山上 天照と言われる美女は左目に黒い眼帯をしていた。さらに左手には竹刀袋が握られていた。


 (剣道部の人か?)


そのような想像を巡らせていると、彼女の腰元から何かが地面に落ちた。織はそれに気づくと駆け足で寄り拾い上げた。青の薄い機材にイヤフォンが巻かれていた。音楽プレイヤーだった。


 「えっと……山上、さん? 落としましたよ」


美女が振り返り織が手に持っている音楽プレイヤーを見て、軽く目が開いた。ポケットの中をまさぐり、無いことを確認すると、織の方へ歩み寄ってきた。


 「勝手に触らないでくれるかしら」

 「ああ?」


 織は呆気にとられた。人の親切心を微塵も感じ取らない上に触るななどと言うとは想像もしなかったからだ。織が心の奥を苛立ちを覚えているとも知らず、天照は自分の掌を差し出した。


 「ほら、さっさと返して」

 (……泣かすぞホント)


 織は眉間に皺を寄せ、音楽プレイヤーを持った右手を彼女の掌に置いた。


 「―――っ!!」


 途端に天照が瞳をきゅうと細め、飛び退くように驚いた。そして痛がるように手を手で押さえていた。織は呆れるように鼻で笑った。


 「大袈裟ですね、そんなに強く手に置かなかったでしょう?」

 「……あんた一体」


 天照は何かに混迷し、ひどく血相を変えてた。物静かでクールな第一印象とは程遠い雰囲気を醸し出していたため、流石の織も、不安になってきた。


 「―――どっちなの?」


 織はどきりとした。

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