第二章 光のアイドル 6.変化
ライブの開幕は閃光のように過ぎ去った。
ロック調のイントロから始まり、歌詞へ入るその直前、キャノン砲が放たれ観客のボルテージを天井知らずにぶち上げる。
腹の底を震わすほどの大音量は、友介を始めとした、会場内にいる全ての人々の魂を殴りつけ、その心に炎を灯した。
「ま、じか……っ」
そして眩い光の中心に立つ金髪の少女。豪奢な衣装に身を包む彼女は、まさしく光そのものだった。
太陽の笑顔を浮かべた少女は、まるでこの場にいる観客全員を見ているかのような堂々たる笑顔を浮かべていた。
声を爆発させ、魂を撃ち放ち、光で心を照らしていく。
アイドルというものにさして詳しくもなく、ライブも初めてである友介だが、それでも友介はこう感じた。
「すげえ……」
会場は小さく、当然観客は少ない。歌もまだまだ、ミリオンを叩き出す『Only Your Stars』には及ばないのかもしれない。
しかし満員の会場と、人の心を――友介の心を掴むその情熱と魂のこもった歌声は、テレビで聞いた彼女たちの歌よりも友介の心を揺さぶるものに感じられた。
一曲目の閃光のような激しくも力強い曲が終わると、アップテンポの可愛らしい曲、そして観客と共に楽しむライブ専用曲と二曲続けて熱唱し、少女はとても楽しそうな表情でポーズを決めた。
またも爆発のように湧き上がる会場。その様子に感極まったように満面の笑みを浮かべた少女が――
『今日はっ!』
一言。
『私がッ! 一番っ! 楽しむぞぉお――――――――――――――――ッッッ!』
そんな宣言をした。
『みんなも楽しむのが嬉しいけど! でも! 私が一番楽しみたいっッ!』
ダンスと歌を完璧にこなして体力も大きく消耗しただろうに、その笑顔はこの場の誰よりも輝いていた。
「すっごい……安堵、アリアちゃん、ほんと凄い!」
「そうだな。すげえわ」
その後も光のアイドルの躍動は止まらない。
その剥き出しの彼女の魂を、とてもきれいだと思った。
「ね、安堵……」
「あん?」
「来てよかった!」
「ああ、俺もそう思う」
それからの二時間は、まさに光のように過ぎ去った。
☆ ☆ ☆
「いやー良かった良かった!」
「そうだな」
結論から言って、ライブは大成功で終わった。未だデビューしたてのため大きな会場ではなかったが、それでもこのマイナーな時期から追いかけているファンたちは熱狂的であり、友介も凛もその熱量に圧倒されてしまった。凛など、圧倒された末、空気に呑まれ、他のファン達と同様に悲鳴か奇声かも分からぬ声を上げ、途中からは着席すらしていなかった。
「あたし、もうすっかりファンだわ!」
「良かったな。そりゃ春日井さんも喜ぶだろうよ」
帰りの電車、少し人の多い列車の中、二人じゃ並び合って座りながらライブの感想を適当に述べていた。
「あんたはどうだったの?」
「俺か? そうだな、まあ俺もファンになったかもな」
凛ほどではないが、友介もまた春日井アリアという少女に好印象を持っていた。
あれほど真っ直ぐな少女はなかなかいない。明るく、夢に向かって邁進していることが、歌から分かり、それが友介の目には快く映った。
これほど理不尽な世界が溢れる世界で、それでも己を見失わず、夢へ向かって走る姿は眩しく輝いていた。
「でもさー、なんか凄いよね、あの人の歌声」
「そう、だな……」
凛の言葉を受け、友介は少し声を落とした。
それは、友介がずっと気になっていたことだからだ。
確かに春日井アリアの歌声は素晴らしい。歌唱力もあり、人を魅了する力を持っているだろう。故にあの会場の盛り上がり方もおかしなものではない。
友介にはそう楽観的に結論付けることができずにいた。
理由は分からない。ただ、心の奥底で『あれは違う』という念が渦巻いて消えないのだ。
歌声そのものに納得がいかないわけでがない。むしろ、あの歌はまさに、掛け値なしに素晴らしいものだと感じている。
故に、彼が疑問視しているのは受け手の方――つまりファンたちであった。
あそこまで熱狂的に――一種の狂信とも思えるほどに、一人のアイドルだけを見続けることなど出来るだろうか。
(みんな……まるで休むってことを知らねえみたいだったな)
とはいえ、ライブとは元来そういうものだと言われてしまえばそれで終わりだ。
友介自身、そう考えているフシもあり、結局深く考えることはしなかった。
そんな友介の思案も他所に、凛が楽しそうに声を上げる。
「ま、今度CD出たら買うかな。そしたらあたしー、流行の最先端っしょ。パリコレも夢じゃないっつーの?」
「知るかよ。ま、その内すぐに有名になるだろうし、今からファンですって言っといたらデケエ顔も出来るだろ」
「そうね」
夏の夕日が窓から差し込み、凛の横顔を赤く照らした。頬に当たる夕日の温かさを自覚したのか、彼女は柔らかく微笑んで、
「ね、楽しかった?」
「あん? さっきも言っただろうが」
「そうじゃなくてさ、今日一日。あたしと一緒で、あんたは楽しかった?」
「ああ、そういうこと」
言葉の意味をしっかり理解し、少し悩んだそぶりを見せた後、友介は気だるげな表情でこう言った。
「まあ、普通だな」
いつも通り、ぶっきらぼうに答えた。相手がどう思うが知らぬ存ぜぬと、自らの気持ちを素直に吐く。
「普通って何よ」
そう、これまでと同じように。
「普通は普通だ」
けれど。
「まあでも、そうだな、強いて言うなら――」
ここからは、今までは思ってはいても口にしなかった言葉だった。
「お前が元気そうで良かったわ」
「え……? ぁ――っ」
そこでようやく、少女は友介の真意に気付いた。
少年が少女の何を心配してくれていたのか。彼が凛の我が儘に付き合ってくれた、その本当の意味を。
「そっか……」
そして、それを理解した瞬間、顔から火が出ているのではと言うほど、熱くなった。心が優しい熱でいっぱいになり、自然と口が綻んでしまう。
「ありがと」
「別に礼はいらねえよ」
そんな凛の反応など欠片も知らず、友介は内心で後悔していた。
少しらしくないことをした、別に言う必要のなかったことだ――と。
だが、それでも、彼は口にした。
それもきっと、あの少女のおかげなのだろう。あの赤い少女がこんな自分の慟哭を受け入れてくれたから、こんなちっぽけな優しさを肯定してくれたから、今、安堵友介は少し素直になれたのかもしれない。




