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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第五編 楽園侵食
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第二章 光のアイドル 4.降下

 そして迎えた土曜日。時刻は午前九時。友介は都外の駅で茶髪の少女を待っていた。


「眠い……暑い……っ」


 ただ、常とは異なり、休日であるにもかかわらず早起きした友介の体調は当然優れない。まぶたが重く、気を緩めれば近くのベンチへ腰かけそのまま惰眠を貪ってしまうだろう。とはいえ仮にも女性を待っている男として、その態度は許容できない。男としての矜持も当然そうだが、今日の目的が四宮凛の傷付いた心を癒すことであるのだから、友介には彼女を楽しませてやる義務がある。間違っても適当な態度で接して良いはずがない。


 だが、この暑さだ。既に七月に入っており、季節は既に夏の最中。セミが鳴き始め、人を殺しかねない太陽の熱射が容赦なく友介を貫いており、ベンチで寝るとはいかずとも、どこか影には入りたい所であった。


「それにしても、なんであいつはいちいち俺と行くなんて言ったんだ?」


 別に友介でなくとも、彼女と休日を共にしたいと思う良い男は、学校にも相当数いるだろうに――そう考える友介は、全く乙女心を理解していなかった。

 しかしそれを咎める者は誰もいない。彼は永遠に見つからぬ答えを一人で探し続ける。

 そこへ。


「あ、安堵、ごめん待ったぁ?」


 明るくもどこか軽薄な、喜色の滲んだ朗らかな声が友介の耳を撫でた。

 そちらを見れば、胸元を開けたTシャツにホットパンツという、シンプルながらも女としての魅力を叩き付けるかのような出で立ちの少女が、小走りで友介の元へ向かってきていた。


 今日は染めた茶髪をポニーテールにまとめており、少女のうなじと鎖骨があらわとなって、どこか背徳的な気分にさせられる。

 緑色のTシャツは彼女のめりはりのある体に密着しており、制服姿では着やせして分かりにくい、彼女の胸部の女性的なふくらみが周囲へ見せつけるように強調されていた。デザインなのだろう――Vネックになっているため、色香を放つ少女の谷間が惜しげもなく晒されている。シャツは降ろされることなく、脇腹の辺りで裾が縛られている。――つまり、くびれのある腹とどこか色香を匂わせるへそが友介の目の前にあった。

 ジーンズのホットパンツは、彼女のすらりとした脚の魅力を存分に高めている。白いふとももは、否応なく男どもの視線を集めること間違いないだろう。


 総じて、安堵友介の評価は――。


(――来て良かったかもしれねえな)


 遠い地に懸想する少女がいるにもかかわらず、だ。

 控えめに言って最低であった。


「別に待ってねえよ。いま来た所だ」

「いや、あの……そんな汗だくで言われても説得力ないわー」

「ほっとけ」


 友介はぶっきらぼうに言ってもたれ掛かっていた手すりから背を離した。


「そんで、ライブは昼からだってのになんで朝から集合なんだよ」

「いやー、それはなんつーの? ちょっとでも長く一緒にいたいじゃん?」

「いや、別に俺はそんなことはねえけど」

「いや、安堵がどう思うとかじゃねーし! あたしが思ってるってこと! つーか地味にひどくないッ?」


 あの屋上でのやり取り以降、友介と凛の間にある距離はどんどんと縮まり、二人の在り方は今や友人と呼べるものとなっていた。最初はぎこちなかった彼女の口調も、どうやら遠慮がなくなるにつれて彼女本来のそれへと変わっていき、既に仲間のギャルと話すときと同じような口調で友介と接していた。

 そして友介は、その彼女の態度があまり得意ではない。とは言えそれも当然だった。これまで彼はギャルなどという概念は、遥か高みで己を見下ろす、よく分からないビッチという印象でしかなかった。つまりは、初めて出会うタイプの人間と、どのような距離間でいればいいのか分からないのだ。


 もっとも、ここ最近はカルラと同じように扱うと主導権を握ることが出来ると判明したため、そこまで重要な問題となっていない。


「そんで、実際はどこ行くんだよ」

「うーん……個人的にはショッピングだけど、安堵くんってそんな感じじゃないしねー」

「そうだな。あんま金もねえし、財布に優しいことをしたい」

「じゃあラブホ行く?」

「いや、病院に行くぞ。金の心配してる場合じゃねえ。お前の頭が心配だ」

「ああー! ちょーウソウソ! 嘘だってば! 本気で憐れんだ目で見ないで! あと引きずらないッ! なに本気で病院に連れて行こうとしてんのよッッ!」


 などと下らないやり取りを交わしながら二人が向かった先は、駅から徒歩十分の位置にある水族館だ。


「お前、ギャルのくせにチョイスが中学生みてえだな」

「うるさいなー。デートしたこともないくせに」

「返す言葉もねえな」


 などと軽口を叩きながら中へ入っていく。常の如く気だるげな友介とは対照的に、凛の頬はだらしなく緩んでいた。


☆ ☆ ☆


「さて、会談の時間だ」


 凶暴に口角を吊り上げた狩真が口を開く。


 彼が案内された場所は施設内の簡素な個室であった。四方が無骨な灰色のコンクリートで覆われた立方体の空間。その中央にテーブルが置かれ、二人の少年が背後に看守を伴って真っ向から対峙する。

 金髪の鬼。その背中に注がれる二人の看守の視線にこもる感情は恐怖と疑念。先日の奇行。どれほどのことがあろうと、この男は人を喰う鬼であり、一度英雄に敗北しようとも、畜生の根幹は揺るがない。彼はどこまでもどこまでも人からかけ離れている。

 その眼光、まさしく鬼の如し。視界に映る全て我が腹に捧げる供物であると、下卑た笑みを浮かべる愉悦の表情。


 その人ならざる者の視線を受け止めるは、眼前の少年と同じく中性的な顔立ちをした中学生くらいの少年であった。ひとたび笑顔を振りまけば女の母性をくすぐるであろうその美貌は、しかし――今やくたびれた亡者の如き様を呈している。


 安倍涼太(りょうた)。土御門分家の伝承級魔術師。狩真の実姉、土御門字音の弟分のような少年であった。


「狩真……今さら僕の目の前に現れて何のつもりだい……? 君が僕に施した呪いは既に解いてあるんだ。これ以上君のお遊びに乗るつもりはないよ。これ以上、字音(あざね)ちゃんに危害を加えるつもりなら、刺し違えてでも君を殺す」

「ハハッ、怖えなおい。そうカッカすんなって。俺も別に、誰彼構わず人の尊厳を踏みにじりたいわけじゃねえ」

「どの口が……ッ!」

「ハッ、本音なんだよ、信じてくれよ」


 ケラケラ、ケタケタ。邪悪な笑みを浮かべる少年は、涼太から見ても真剣であった。だからこそ、彼は目の前の悪鬼のふざけた言葉を容認できない。衝動の赴くままに死を振り撒くこの男がどの口で言うのか。


「だからよォ」


 彼は中性的でありつつも、凶悪な目つきをさらに細めて、口端をさらに吊り上げる。


「俺は殺すことは好きだが、それ以上もそれ以下もねえ。殺せればいい。そこに憎悪も嫉妬も嫌悪も侮蔑も希望も期待も憧憬も諦観も――なーに一つ存在しやしねえ。何か余計なことをするとしたら、そりゃァ大望のためだな」


 大望――それを涼太は知る由もないだろう。彼の真なる想いを聞いた者はこの世でただ二人、安堵友介と風代カルラの二人だけ故に。


「そんでまあ、いつまでもぶーぶー文句垂れてても仕方ねえってのはテメエだって分かってんだろ、涼太」

「……ッ、なにを、言っている……?」

「キハハ、ハハッ、ああ……やっぱお前はすげえよ涼太。羨ましい、俺は心底羨ましいぜ」

「だから何を――」

「なァ――」


 不審がる涼太を放って、狩真はゆっくりと口を開いた。

 それは地獄の窯の蓋が開いた音か。

 あるいは、パンドラの函が開かれる音か。


「お前はよぉ。字音姉ちゃんの為に死ねるか?」

「それは、分からない。愛しているわけではないから」


 言いながら、彼は今の問答に違和感を覚える。


 ――なんだこれは、おかしい。そうではない。これは、これはそう……これは、洗脳されていたときと全く同じ答えだ。


「んじゃあよ」


 いつかの夏の日。とある遊園地で交わした問答。


「もしもその大切な幼馴染を、自分の手で傷付けたら……」


 違う。違う。違う違う違う違う。

 洗脳されていたときのものではない。そう、これは――。


「あるいは殺してしまったら、テメエはどうなっちまうんだろうなあ?」


 転げ落ちる。無知という名の天国から、理不尽蔓延る現実へ。血と闘争が不条理をまき散らす現世へと堕ちていく。幸福な悠久は終わり、不幸漂う刹那へ。


 奈落行きのジェットコースターは凄まじい勢いで降下した。


☆ ☆ ☆


 幻想的な青色の天蓋の下を歩きながら、四宮凛は喜色満面の声を放った。


「うわぁー、ちょーかわいいじゃん! 見て見て、ほら!」

「おい、あんま騒ぐなよ、ガキじゃねえってのに」

「いいじゃんせっかくのデートなんだしっ。気にすんなっての!」


 そう言って凛は友介の手を掴み、あっちこっちへ引っ張っていく。心の赴くまま、幻想的な青の世界を、その胸の内で新しく咲いた花を胸に少女は無邪気に駆けていく。


「だから走るなって」


 しかし友介にその気持ちは伝わらない。当然だ。今の少女の中にこの気持ちを伝えたいという想いはない。それ以前にやらなけれならないことが多くあると知っている。

 傷付けた。何も知らないままに罵倒を放って、この優しい少年を傷付けてしまった。


 まだ真相を聞かされたわけではない。

 それでも、少女は思うのだ。

 この少年は、きっと、秋田みなを救えなかったことを後悔していると。間に合わなかったことに涙し、心の底で慟哭しているのだと――そう思う。


 だから、そう。


 私が気持ちを伝えるのは、この負い目みたいな気持ちが無くなったときだ。

 胸の奥から罪悪感が消えて、真実、愛だけが残ったその時に、私は気持ちを伝えたい。

 だから、今は――

 いま伝えるべき言葉は――


「ねー、あのさ――ってきゃっ!」

「――っと」


 彼女が何か言葉を口にしようと口を開きかけた時のことだった。足元を確認もせず勝手気ままに走り回っていたせいか。何かにつまずき、凛はバランスを崩してしまう。

受け身も取れずに地面へと向かい、転倒する――その直前、ふわりと誰かが優しく抱き止めた。


「ぁ……」

「ほら見たことかよ。高校生にもなって馬鹿みてえにはしゃいでるからそうなんだよ」

「うん、その……ありがとう……」


 先ほど伝えようとした言葉を、意図せぬ形で伝えることになってしまう。

 身体を抱きしめる両腕の温かさに包まれて、少女は耳まで真っ赤になってしまう。たかがこの程度で、心臓が激しく鐘を打ち、思考が綺麗に漂白される。


 ただ、抱き止められただけ。

 それでも、薄い布越しに伝わる少年の熱がどうしようもなく少女を焼き焦がす。


 ――ああ、これはやっぱり恋なんだ。


 至極簡単な真理が少女の心を優しく溶かしていく。


「えへへ、お姫様みたい」

「いや、お前はそんなガラじゃねえよ」


 顔が熱い。胸が疼く。

 至近から見た友介の顔は目つきが悪く、あまりタイプでないというのに。

 顔だけを見れば、彼よりも魅力的な男などいくらでもいるだろう。

 身もふたもない言い方をすれば、前に着き合っていた彼氏の方がルックスは上だ。

 けれど、彼女は違うと心の中で首を振る。


 ――こういう、分かりやすい部分なんかじゃないんだ。


 それは、確かに、紛れもなく初めての感覚だった。

 今まで感じてきた『好き』とは全く違う。

 少女はまるで、この恋が初恋であるかのように、一人の少年をひたすら見つめる。


「うん、あたしやっぱ馬鹿だわ」

「知ってるっつぅーの」


 そう言って、友介は凛を離そうと腕から力を抜いた。

 だが、凛としてはたまったものではない。今日は彼と二人きり。こんな特別を、みすみす手放してたまるものか。そして、少女は浅ましい(可愛い)行為を躊躇なく行う。

 気持ちを伝える気はなくとも。

 それを仄めかすくらいは、女としては当たり前の戦術だと言うかのように。


「もうちょっと、このままが良いな」

「無理、重い」

「はっ、えッ?」


 しかし彼女の思惑は外れてしまう。もう少し体温を感じていたかったというのに、少年は彼女を立たせてすたすたと先へ行ってしまった。


「って重いって何よ、重いって!」


 結果は惨敗。

 しかしその程度で諦めるほど彼女は賢くはない。

 何度でもアピールして、最後には自分のことしか思えないようにしてやる。

 それが、普通の少女の、普通の戦い方だった。


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