行間一 赤の始まり
長い永い旅だった。
その答えを得るために、本当に長い旅をしてきた。
遠回りをしてしまったから、だろうか……。
少女は、無数の屍の上でようやく目覚めた。
『これは、おかしい』
『違う。こんなのは違う』
『こんなモノは、聞かされていない』
それはあるいは、現実逃避のように映るかもしれない。
否。
事実それは逃避以外の何物でもなかった。
屍の上で違う違うと連呼する少女は必死に逃げていた。
何から――?
声だ。足音だ。迫る無数の骸の手が少女の背中を掠めては脅かす。髪を撫ぜる。もう少し手を伸ばせば少女の髪を引き、その醜く汚れた体を八つ裂きに出来るであろうに、骸の山はそれをしない。優しく触れるだけで、復讐を果たそうとも、呪詛の言葉を吐きもしない。
ああ――私を否定し八つ裂きにしてくれればどれだけ救われただろうか。
骸は、罰を与えなかった。
怨念も赫怒も悲嘆も歌わない。ただただ、少女の髪を撫で、その背中に指先を這わすのみ。
お前を恨まない。
ただしお前に『わたし』を忘れさせはしない。
お前に『わたし達』を忘れさせはしない。
お前は呪われる。
それは、『わたし達』にではなく、お前自身がお前を許さないのだ。
赤い。赤い液体が少女の足元に溜まっていた。
全身を赤く染めた少女は骸の上で慟哭する。己の所業を自覚する。鬼畜の所業を回想する。
斬った。
斬った。
斬った。
斬って。
斬って。
斬り刻んだ。
――私は、何をした?
少女の中に疑問が浮かぶ。恒河沙の人形。阿僧祇の骸。那由他の感触。不可思議の叫喚。その果てに待っていたものは――無量大数の恐怖だ。
――私は、なんだ?
――この肉の器は、なんだ?
――この器に収まった魂は、なんだ……?
誰だ。
私は誰だ。
絶叫があった。
あるいはそれは産声だったのかもしれない。
屍を寝床にする人ならざる悪鬼。まつろわぬ外道の住人。
その、産声だったのだ。




