序章 『混沌』
『混沌』という言葉を聞いてどのようなものを連想するだろうか?
ある者は鉄火飛び交う戦場を。
ある者は子供たちが騒ぐ教室を。
ある者は性の乱れた娼館街を。
ある者は大量の人間で溢れた都心を。
ある者は理論で説明のつかない現象あるいは数式を。
またある者は、生物という存在あるいは概念をそう定義するのかもしれない。
これらは皆正しい。それら全て混沌であり、否を唱えられる道理はない。
さて――。
諸君……各々、自らの思う混沌を連想してくれたかな?
では次だ。
仮定として、今この瞬間に、世界全人類が各々の混沌の定義を連想してくれたとしよう。
それら全ての混沌の定義を、否定せず、肯定に肯定を重ねてそれら全てを複合させた場合、混沌とはどのようなものを表すことになるだろうか?
答えは明確だろう。
――――世界だ。
つまりこの『世界』こそが『混沌』であるということ。
少し納得のいかない者も多くいるかもしれない。
だが、一度考え直して貰おう。
いつか、善行をしたというのに不運な目に遭ったことはないだろうか。
あるいは、何もしていないのに辛い目に遭ったことはないだろうか。
少し良い目を見た直後に、それを全て台無しにするような不幸な目に遭ったことは?
今上げた例は負の事象に過ぎないが、逆もまた然りだ。同じように、悪行を重ねているというのに、あるいは特に何か能動的に動いたわけでもないのに、福が舞い込んできたこともあるだろう。
例を挙げればきりがない。
つまり私がここで言いたいことは、因果関係の存在しない事象とは、すなわち全て混沌故の結果であるということ。
少し意味の不明な表現をすれば、『混沌という法則によって起こる事象』ということ。
……すまない、少し意地が悪かったな。性分でね。俺は俺の事情を知って欲しいが故、こうして人を不快にさせる悪癖があるんだよ。
……あぁ、口調が変わってしまったか。
少し待っていてくれ。『元』に戻す。
……
…………
……………………
待たせたね。こちらにも少し事情があってね。久方ぶりの『発作』で私も驚いてしまった。
さて、これで混沌というものについての理解は深まってくれただろうか。
これ以上は特に私から言うことはない。
ただ、これだけは覚えておいてくれ。
この世の誰一人として、混沌を笑顔のまま受け入れることなどありえないということを。




