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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第四編 戯曲 序
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第七章 真の騎士。真の番 1.問答

 安堵友介が相対するは、一人の狂人と、クラスメイトであった。

 狂人の方は土御門狩真。

 クラスメイトの方は四宮凛と呼ばれる少女だ。友介を疎ましく思う人間の一人で、彼に直接の恨みを持つ女の子。

「さァて……なあ一つ聞いてもいいか?」

「何をだよ……」

「お前この女をどう思ってる?」

「……嫌いだよ」

「嘘はいけねえなァッ! ああーダメダメ! ぜーんぜんダメっ! ゼロ点でぇーす!」


 下卑た笑みを浮かべて楽しそうに笑う狩真は、凛の髪の毛を引っ掴むと、思い切り投げた。少女の体は抵抗できずに地面を転がり、そこへ狩真が蹴りを叩き入れた。


「がはっ! あ、……ッ!」

「おい、テメエッ!」

「はーい黙るぅ! テメエが嘘ついたのが悪いんだろ? 異端殺し君、君がきちんと僕チンの質問に答えていればこの女の子は蹴られずに済んだのに……なッ!」


 さらに一発蹴りを入れると、えずく凛を無視して髪の毛を掴んで無理やり立たせた。


「ンじゃあもう一回聞くぞぉ? テメエよ、この女のこの事、どう思ってんだ?」

「だから……ッ!」

「だから?」

「だから、嫌いだつってんだろ……危害を加えてくる人間を好きになれるわけ、」

「次嘘言ったら首を掻っ捌いてテメエの目の前でこいつの血を貪るぞ。ああ、それかテメエの前で犯してもいいかもなあ! ヒヒヒヒヒハハハハハハハハハッ! え、どうする? 楽しそうだからやる? じゃあ今からこいつ脱がすわあッ! ヒャハハは――、」


 言い切る前に、狩真の頬のすぐ側を銃弾が掠めた。


「殺すぞ」

「それでいい」


 キヒヒヒと不快な音を発して笑う狩真に殺意を膨らませながら、照準を狩真の眉間に合わせた。だが……


「ああ待て待て。今は置いとけ。それしまえ。いい子だからよ。今はそういうのじゃねえんだよ。ちょっと考えればわかるだろ?」

「…………」

「テメエも気付いてんだろ? 俺が人質を――それも弱い女を――盾にして戦うような下種でねえことくらいよ」


 友介はしばしの逡巡の後、拳銃を降ろした。


「んじゃ、もっかい聞くけどよ。テメエ、こいつのことどう思ってんだ?」


 それに対し友介は、苦虫をかみつぶしたかのような表情で、


「好きでは、ない……それは事実だ。こいつは実際、俺の事をただの殺人鬼だと思ってるし、そのせいでそもそも好きな部類の人間じゃない。……ただそいつには申し訳ないことしたとは思ってる。そいつの友達を守れなかったし救えなかった。そこに負い目を感じてる」

「よろしい」

「……ッ」


 狩真の上からの物言いにイライラしつつも、友介は先を促す。

 どうせこの一問だけで凛が解放されるとは思っていない。騒がずに大人しく彼に従うべきだ。


「じゃあ次の質問。テメエよお、じゃあその負い目とやらの為に今ここで俺を殺すことを踏み止まってんのか?」

「あん?」

「だからよ、なんでお前は俺を殺さずそこで待ってる? 別にこの女がどうでもいい存在なら、俺の言うこと聞かずに銃で殺せばいいだろ。抵抗して俺がこいつを殺したところでお前は困らねえだろうが。だってのによ、律儀に犬みてえに俺に従ってんのはなんでだ? そんなに大事か? こいつが」


 その質問に、友介は答えられなかった。

 なぜ自分は好きでない、どちらかといえば嫌いな人間の為に、律儀に敵の言葉に従っているのか。

 彼女に懸想している? ――まさか。繰り返すが、友介は凛を好ましく思っていない。

 では、罪の意識から待っているのか? ――これは大いにあるだろう。実際二年前の地獄は、責任の一端は友介にあるようなものだし、それを除いてもその場にいた友介には秋田みなを救うことが出来る立場にいたのだ。

 四宮凛では救えなかったのかもしれないが、安堵友介には救うことが出来た。


「たぶん、そうだ……」

「なるほどなるほど」


 対して狩真は、ニヤニヤと笑みを浮かべ続けている。


「まあ嘘は言ってなさそうだな。んじゃ、次」


 狩真は笑いを隠そうともしない。心底愉快だと言わんばかりに言葉を紡いでいく。


「この女が俺にボコられんのがどうして許せなかった?」

「…………っ」

「さっき俺がこいつを蹴ったとき、そんで犯そうとしとき、テメエはぶち切れたろ。なんでだ? 負い目を感じてるのはまあ分かる。だからこいつの命や貞操を守ろうとするのは分かるんだが……ここが分からねえ。なんでテメエは、この女のために怒れるんだ」


 それもまた、答えに窮する問いだった。

 なぜ自分はあの少女を傷付けられれば感情が高まってしまうのか。どうして友介は、あの少女を救おうと躍起になっているのか。

 周知の事実だが、安堵友介は聖人君子でなければ誰彼構わず救ってしまうようなヒーローでも、悪竜に一人立ち向かえる蛮勇を持つ勇者でもない。彼は紛れもなく凡人であり、その精神は年相応の未成熟なものである。


 ならば、その根底には何か理由があるはずなのだ。


「あらゆる行動の根源には理由がある――それが人間だ。譲れない風景が、とどめておきたい景色が、手に入れるべき光景が……人間ってのはな、非論理的に見えてその実ひどく論理的な生き物だ。なぜならそこに感情があるんだからな。思考で動くのも、感情で動くのも、どちらも同じ。『原因』と『結果』が結びついていれば、そこに当然法則が生まれる」

「……だったら俺の行動にも――」

「――当然理由があるはずだ」


 ならば、安堵友介の理由とは……、


「――――ッ」


 その瞬間、脳の奥で小さな声が響いた。



 ――お前の原点は、六年前だろう?



「だれ、だ……ッ!」



 ――知る必要はねえ。

 ――それは然るべき時に、お前が自らの手で手繰り寄せられる程度の些事でしかない。

 ――今は、己に没頭しろ、■■が。



 そう言い残して、影が消えた。


「それで? 答えはなんだよ」


 原因不明の頭痛に悩まされていた友介は、狩真の声でようやく正気に戻った。彼には先の声は聞こえていなかったようで、早くしろと友介に先を促していた。


「俺、は……」


 六年前。そう、六年前。

 全ての始まり。原初の罪。最初の恐怖で、彼の『幸せ』が終わった、『当たり前』の最後の日だ。

 それだけで、あの日を思い出しただけで、総身が震え上がり、声が出なくなっていた。何もできない。何も考えられない。安堵友介は確かにこの瞬間、この一瞬だけ、死んでいた。無になっていた。時を超えて地獄へ戻り、阿鼻叫喚に全身を突き刺された。


「あの時、見捨てたから……? あの時……あの日、多くの人間を見捨てたから。だから、だからこんな風に……罪滅ぼしを……」


 弱々しい声。まるで子供のような芯のないセリフ。

 だが、仕方ないだろう? 怖いのだ。あの日の恐怖が心を蝕んで離さないのだ。

 自分が何者かなんて分からない。なぜなら、あの場所で、安堵友介はすでに死んでいるのだから。


 どこからか、ため息が聞こえてきた気がした。

 目の前の狩真も、呆れたような表情を向けていた。

 どうしてそんなことも分からない。自分の事だろうに、なぜお前は、己の根底にある『理由』を答えられないのだと。呆れて物も言えないと、失望していた。


「――腑抜けが」


 そして、土御門狩真が発したその言葉には、確かな怒りが滲んでいた。

 あの狂人には似つかない、ただの人間のような声だった。


「俺の勘違いだったのか。お前も、ただのバカだったてのかよ」

「…………ッ」

「気に食わねえ。何でどいつもこいつも……雑魚しかいねえ……ッ! ふざけんな……ふざけんなァッ!」


 怒号は、友介だけに向けられたものではない。まるで、そう。世界そのものの理不尽に怒っているようで、それがどうしてか、共感できてしまった。

 それがどうしても気持ち悪くて、友介は己の不甲斐なさを振り払うように銃口を狩真に突き付けた。


「お前が……生きる価値のない奴だってのに変わりは、」

「黙ってろォッ! テメエに用はねえよ。この女と、テメエの妹と一緒に死んどけカス。カス……カスがカスがカスが……ッッ」


 狩真のその姿は、まるで泣いているように見えた。

 おもちゃを買ってもらえない子供のような、そんな幼く悲痛な表情だった。


(なんで……ッ)


 それを見た友介は、愕然とする。

 狩真がそんな表情をすることにではない。その狩真に、どうしようもなく共感できてしまう自分がいることに。


「もういいわ……お前もいらねえ。こんなんだったら格上とやってる方がマシだ。同格なんて、得られねえんだよ、どうせ……」


 なぜだ。なぜ誰も俺を攫ってくれない。どうして誰も愛せない。俺に愛されるだけの資格のある人間が欲しい。

 ただ、それだけだというのに。


「……全員死ね」


 そう言って、狩真は鬼の口となった大剣を振るった。友介は為す術なく吹っ飛ばされる。手心を加えられたのか、出血はなかったが、すでに心が折れかかっていた。

 凛を連れて歩く狩真の後ろ姿に手を伸ばす。


(行くな……ッ、そいつは、関係ないだろうが……っ!)


 声にならない嘆願が聞き入れられることはない。そもそも、声になったところで黙れと一蹴されるのがオチであろう。

 友介の意識は沈んでいき、やがて力尽きる。

 せめて、彼女に降りかかる理不尽を何としても壊したいと、そう思うも――精神と肉体の限界によって、少年の意識は闇の底へと沈んでいった。


☆ ☆ ☆


 広大な水の世界の中で漂うカルラは、しかしその時死の予感とは全く別の危機感を抱いていた。

 それがどういった現象に対する警告なのか、己の第六感が何に警鐘を鳴らしているのか、風代カルラは分からないでいた。


「が、ば……ッ、ぷはっ!」


 海の牢獄に囚われ呼吸が出来ずにいたカルラは、突然顔の周りに生まれた大きな気泡によって窮地を救われた。


「これは……?」

『私の風の力を応用して作ったものだよっ』

「……ッ、どこから?」

『ああー、それは気泡を振動させて音を作り出してるだけだから警戒しないで』

「あ、そう。あなたは--空夜唯可だったわよね」

『うん』

「あなた、あいつの言い分どう思ってる?」

『私達が殺し合うっていうやつ?』

「そうよ」


 現状、気になることは大量にある。

 しかしその中でも特に引っかかりを覚えたことが、カルラと唯可は絶対に殺し合うという言葉だ。

 そもそもカルラは、殺人を忌避し嫌悪し憎悪する。それはもう、空夜唯可よりもなお強く拒絶する。

 そんな彼女が、どうして唯可のような優しく正義感に溢れた少女と殺し合うというのだろうか。


 そしてもう一つ。

 千矢はあの男を教会の人間だと言った。

 だとするならば……

 思案に耽っていたカルラは、またも原因不明の寒気に襲われた。


(なに、これ……ッ)


 早く、早くここからでなければならない。

 この場から離脱して、『あの馬鹿』の元へと走らなければ――。

 そんな衝動が、カルラの奥深く。何者にも犯されることのない深層から発せられるのを自覚していた。


「これは……ッ」


 よく分からないが、〝安堵友介に危険が迫っている〟ことが理解できた。


(意味、分かんない……は? なに? なにこれ……)


 その現象が何を指し示すのかよりも。

 なぜここにいない友介の危機を確信できているのかが最たる疑問であった。

 出ないと、行かないと。助けないと早く早く早く。


「ああもううるさいッ!」

『へ?』


 唯可の間抜けな声を聞くことなく、カルラは右手にしっかりと握っていた長刀を、苛立ちに任せて無理やり振るっていた。

 そして。

 直後に怒った現象に、その場の誰もが瞠目し絶句した。


「――は?」


 それは誰の声だったのか。誰であっても不自然でないことだけは確かだった。

 海が、裁断された。カルラの浮いている場所から、その出口。さらにはその先にある二棟のビルまでを引き裂いた。

 そしてカルラは、自らの力によって生み出した亀裂から不自由なく外へ出ていた。


「…………」


 少女は、己の起こした現象が何なのか理解していない様子だった。呆然と右手に握る刀を見つめ、ただただ動揺の表情を浮かべた。


 しかし誰よりも、何よりも。当事者である風代カルラよりも。

 ジブリルフォードが、最も目の前のそれを理解することが出来なかった。

 術を破られたことが直接の理由ではない。

 それは、カルラがどういった存在であるかを知っているからこその困惑であった。


(そんな馬鹿な……早すぎる……)


 その思念を拾ったものは、おそらくどこにもいないだろう。


『そうか』


 水の結界の外に出たカルラは、獣のように加齢に着地すると、困惑しながらもこれは好機であると理解しているのか、ジブリルフォードの展開した水の立方体へ向けて険しい視線を向けていた。

 外から見た彼の展開した染色は『箱』であった。

 巨大な水の立方体が、空に浮かんでいる。

 刀を構えるカルラに対して、しかしジブリルフォードは反応を示さなかった。


『まさか、いや……ならばそれは、その感情が一人へ向いたということなのか? ならば、ならば……』


 思案する声は、やがてカルラへの明確な助言となった。


『君はここから去るべきかもしれない。すぐにでも『あの馬鹿』とやらの元へ走るんだ。これは助言であり、かつ懇願でもある』

「……ッ」

『頼む。今彼を失うわけにはいかない。彼が消えれば何もかも水泡に帰してしまう。絶望郷が待っているぞ』

「何さっきから意味分かんないことを……」


 対して、カルラの苛立ちが沸点に達したのか。


「一人でベラベラ納得したみたいに笑ってんのよッ!」


 激昂したカルラが水の結界目掛け長刀を振り抜いた。理由は全く不明だが、先の規模の斬撃を飛ばされというのならば話は変わってくる。

 外からあの海の塊を切り崩してやろう――そう念じ降り抜いた刀は。

 虚しく空を切っただけだった。

 空振りとという言葉すらおこがましい。はたから見たそれは、ただの素振りでしかなかった。


「何でッ?」


 先のような結界を斬り裂きビルを倒壊させるほどの大斬撃が発動する兆しなど皆無であった。

 まるで先の現象そのものが、夢か幻であったかように。


『そういうことだ。今の君では役に立たない。君が誰の隣にいるべきなのか、君は理解するべきだ』

(どういう、こと……?)

『なるほど、騎士……騎士か。言い得て妙だね。その通りだ。君は紛れもなく騎士だよ』

「……バカに、してるのか」

『君がここで出来ることなどもういない。早く行きなさい』

「他の奴らが残ってるのに、置いて行けるわけ、」

『早く行け』

「――――っ」


 これまでで最も強い圧力を伴った言葉に、カルラの総身が竦み上がった。

 その一言だけで、この男が常軌を逸した破格の実力者であることがうかがえた。


「クソッ!」


 そしてカルラもまた、行くべきであると心のどこかで理解していたから。

 彼女は背を向けて一目散に〝あいつ〟の元へと走り出した。


次話、お楽しみに......

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