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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第四編 戯曲 序
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第六章 科学侵攻 8.染色

 その様子を眺めていたカルラは、何が何だかわからないというように口を開けて呆けていた。


「なに、これ……?」


 どこかで魔術師同士が戦っていることはなんとなく察していたし、規模が凄まじいことも予想していたことだった。しかしそれでも、この規模は異常という他ない。

 さらに加えて、カルラと戦っていたはずの黒騎士まで戦いに参入する始末。

 そこへ……


「カルラちゃん!」


 茶色い髪の少年がやってきた。

 声のした方を振り返ると、服をボロボロに汚した草加草次が片手を上げながらやって来ていた。

 さらに遅れて、空から唯可がゆっくりと降りてくる。

 彼女はカルラの姿を認めると、


「あの、さっきは助けてくれてありがとう。とっても助かりました!」


 礼儀良くお礼をする唯可に、何が何だかわからないカルラは、とりあえず曖昧な返事をしておいた。


「それで」


 それからカルラは草次へ向き直り、


「この人は誰?」

「えっと……あ、名前聞いてない」

「ああー、確かに……非常時だったから仕方ないと言えばそうだけど……」


 どうやら自己紹介もせずに共闘したいたらしく、カルラは呆れたとばかりに息を吐いた。

 唯可とカルラ、そして草次が自己紹介をし、ついでにここにはいない蜜希と千矢のことも口頭で伝えると、今度こそカルラへ状況の説明をしてあげることにした。

 草次がたまたまこの場に居合わせて、その場のノリで助太刀してしまったと白状すれば、


「なんで……私の周りには馬鹿な男しかいないのかしら」


 などと言ってため息をついていた。

 唯可は「あはは」と苦笑いをしながら、まあまあとカルラをなだめていた。

 話もひと段落したところで、三人は未だ街の真ん中で燃え盛る業火の方を見た。


「まーじでギリギリだったね……カルラちゃん達が来なかったらと思うとゾッとする……」

「うん……だけど、あの人まで巻き込んじゃったよ……っ。関係ないのに」


 唯可が言っているのは悪夢(ルーザー)のことだ。関係のない人間を巻き込むのは不本意だったのだろう。悲しそうに目を伏せる唯可は、内では見た目以上に自分を責めていた。


 こんなもの、空夜唯可が望む結末ではなかった。当然あの魔術師を撃破する必要はあったし、最悪の場合は殺さなければならなかっただろうが、それでも殺人という安易な方法で終わらせたくはなかったのだ。


 しかし現実は、関係のない人間まで巻き込むというおおよそ最悪な物であり、唯可はそれがどうしても許せなかった。

 自分がもっと強く、頭が良ければもっといい結末があったはずだと、そう心の中で悔いている。


「仕方ないわよ」


 気落ちする唯可に、カルラが励ますように告げた。


「ああするしかなかったんでしょ。私はよくわかってないけど、それでもアナタ達が切羽詰まっていたことくらいは分かるわ。だからそう気落ちする必要はないわよ。……あの黒騎士だって、救えるか分からないくらい壊れていたのだし」


 そう告げるカルラも、また彼女と同じように暗い表情だった。

 カルラもまた、人死にを許せない性質の人間だ。友介をして、彼女は優しいと評するほどなのだ。


「せめて、私達がその死体に責任を持つくらいはするべきね」


 苦しそうに告げるカルラと、辛そうにうなずく唯可を見て、ついに草次が耐え切れなくなった。


「ああもう! 暗いの禁止! はい終わり! 命あっただけましじゃん、だから今は喜ぶまではいかずとも、命があったことに感謝しようぜ!」

『……そうやって、すぐ女の子の前で良い格好する』

「いや、あの蜜希ちゃん……嫉妬? 可愛いなあ……」

『ちっ、ちちち、違うもん! そそ、そんなわけ、な、な……ないんだから!』


 戦闘が終わり蜜希も元のオドオドとした女の子に戻ったようで、草次の頬が少し緩んだ。


「きも」

「ひどい!」


 それを見たカルラが一言で切り捨て、草次が涙目で抗議した。当然だが無視された。

 しくしくと悲しむ草次は、逃げるように再度炎へと視線を向けた。


 先ほどはああ言ったが、実際は草次も忸怩たる思いだ。

 草次もまた友介やカルラと同じように、彼らに出会う前は裏社会で生きており、その時に殺人に手を染めたこともあった。

 しかし、いや……だからか。

 だからこそ、草次は人を殺すことに躊躇していた。


 人を殺した後に残るのは罪悪感と罪の意識。絶対なる悪なのだ。

 誰にだって人生があり、大切な人がいて、譲れない信念がある。殺人とは、そうしたものを全て台無しにする最悪な行為であり、何よりも許されない業なのだ。


「…………っ」


 一瞬だけ俯き、そして顔を上げる。その時にはもう、その表情に暗いものはなかった。


「んじゃ、そろそろ行こっか」

「そうねあの馬鹿を助けに行く必要があるし」

「え、何かあったの……?」

「まあね。道中話すから付いて、」


 だが。

 カルラが全てを言い切る前に。



 業火が、内から爆ぜるように膨張した大量の水によって鎮火された。



「――――っ」

「な、に……ッ」

「うそ、でしょ……?」


 カルラが絶句し、草次と唯可が呆けた声を上げた。


『――ク、ソ……が』


 珍しく――本当に珍しく、千矢が怒声を上げていた。地獄の底から響いてくる怨嗟のような声だった。いったいどれほどの憎しみを抱けば、あれほどの声を出せるのか。

 これだけで、今この瞬間のこれだけで、千矢が何がしかの重大な秘密を抱えていると、インカムを付けていた草次と蜜希だけが理解した。


「くくく……」


 焼け焦げたアスファルトを踏みしめ、熱気渦巻く煙の中から、その男は姿を現した。

 青い背広はボロボロとなり、肌の所々が黒く焦げていた。息も荒く、一目見てあの男が無事ではないと、その場にいる全員が理解できた。

 だというのに。


「くははははははははははははははははは!」


 心底楽しげに、まるで童心に帰ったかのように神話級魔術師は豪快に笑った。


「ああ、素晴らしい、素晴らしいぞ君たちは。いったいどれほど、どれほどこの時を待ちわびたか……」


 その哄笑は、カルラが先ほど聞いた土御門狩真の物とは似て非なる物だった。歓喜からの笑い。しかしそこに狂気はない。あるのはただ純粋な喜び。

ようやく果てせる。ついにこの時が来たか。


「ああ、そうだ。待っていた。君たちのような強者を待っていたのだよ。化け物でもなく、狂人でもない。神など無縁の、真なる英雄を」


 彼らこそが鍵。唯可とカルラを除いた三人こそが、道を開く。

 そして……。


「まさか……まさかここに『変性』の資質者と『救済者』が揃うとは」

「変性……?」

「救済者、ですって……?」


 それぞれ視線で射抜かれた唯可とカルラが訝しげな声を返した。しかしそれに応えることなく、ジブリルフォードは優雅に笑って朗々と語る。


「君たち二人は殺し合う。それは男を巡ってか、あるいは譲れぬ信念の果てのものか。ともかく、君たち二人は互いを認め合うことが出来ない。絶対に、絶対に殺し合うだろう。ゆえになるほど……これは面白い。興味深い。是非ともここで確かめたい」


 告げられ、互いに顔を見合わせる唯可とカルラ。だが、お互い見つめ合ったところで殺意など湧くわけもなく、二人そろって首を傾げた。

 そして――。


「ハッ、馬鹿らしいわね。予言者ぶるのも結構だけど、外れたらダサいわよ」

「ああ、自覚しているとも」

「つうかさっきからよく分かんないことを一人で言ってどういうつもりなんよ。俺って馬鹿だからさ、分かりやすく言ってくれないと分かんないよ」

『草加君、気を付けなさい。なにか――とても嫌な予感がするわ』

「――わかった……」


 戦闘モードに戻った蜜希の変化に、草次はほんの一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに平静を取り戻して返事を返し、小銃を構えた。それに倣ってカルラと唯可、そして姿を見せない千矢が各々戦闘の態勢に戻った。


「そうだね」


 対して。

 ライアン・イェソド・ジブリルフォードは。

 相も変わらず余裕の笑みを崩さず、ボロボロの体をさらけ出すように両手を広げると。


「では、真の試練を与えよう。魔術師としてではなく、神話級としてではなく。ライアン・イェソド・ジブリルフォードという一人の人間として、君たちに私の意志を託そうと思う」

「――――」


 場の空気が凍る。

 覆せない何かが起ころうとしているのが、相対する全員が理解した。


「では、」

『やらせないでッ!』

「おうッ!」


 その直前に蜜希が声を張り上げ。草次が両手で持つ機関銃の引き金を力の限り引いた。無数の弾丸が音よりも速く空を飛び、ジブリルフォードを射抜いた。

 唯可が溶岩の巨竜を編み上げ、ジブリルフォードへ差し向けた。

 千矢が爆札をばら撒き逃げ場を無くし、蜜希の指示で機関砲とミサイルが空から降った。

 その間隙を縫うように駆けるカルラが長刀を走らせ、同じタイミングで、無傷だったらしい悪夢(ルーザー)が粉塵から飛び出すや双剣を魔術師の首目掛けて振るった。


 神話級魔術師といえども人ひとり殺すにはあまりに巨大な火力。人どころか街一つ消えてもおかしくない暴力を、たった一人の魔術へ差し向けた。

 しかし……。


「ああ、甘い。弱い、ぬるく脆い。その程度で枢機卿に届くものか。君たち『葬禍王』を前にただ潰れるだけの卑小な蟻のまま生きていくつもりかい?」

「黙れェッ!」


 その言葉に、誰よりも激昂したのは意外なことに川上千也であった。隠蔽の魔術に綻びが生まれ、声が漏れ出ていることに少年は気付いていない。


「黙れ、黙れ黙れ黙れえッ! 貴様が……貴様らが正論らしいことを口にするな汚らわしいッ! お前たち教会が、下種と外道と塵屑の集まりが何をほざいているッッ! 力を持って賢げな言葉を使えば超越者になれるとでも思っているのか不能者どもがァ!」


 誰よりも冷静で、今まで底の見えなかった千矢が、口調を乱し、己が魔術の瓦解すら厭わず口汚く魔術師を(そし)る様に、草次、そして蜜希が言葉を失った。カルラだけがぴくりと眉を動かしただけで、まるで表情を消そうとしているかのようだった。


「お前たちのせいで涙を流した人間がどれだけいると思うッ! 大切な人を奪われた人間が、大切な陽だまりを失った弱者が何人いると思っているんだッ!」


 すでに彼の身を隠す魔術は効果を失っている。彼はただがむしゃらに爆札を投げ、魔術師を爆殺せんと猛っていた。

 だが……、


「こいつ……水になって攻撃が通らないッ!」

「なんで……! 瞬間的な発動だったんじゃ……ッ」


 カルラと草次が歯軋りし、唯可が焦燥から規模も考えずに巨竜を召喚し続けた。

 しかし戦況は変わらない。誰の攻撃も通らない。先ほどまでの戦いが茶番でしかなかったとでも言うように、ジブリルフォードは笑っていた。


 だが、当の彼はそのことを何ら特別なこととは思っていないようだった。唯可も草次もカルラも無視して、彼はただ一人――川上千也だけを見ていた。

 そうして、一言。


「弱いから奪われるのだよ。あるいは白痴であるから守れないし取り返せない」

「この……異常者がァアアアアアアアアアアッッ!」

「おや、命が惜しくないのかい? ここで死ねば何もかもおしまいだと思うのだが」


 そこで魔術師は「あるいは」と前置きし、

「ここで死ねば楽になれると、そう思っているのかな?」

「ち、違うッ! 俺は(ゆき)を……雪を助けて、」

「そうとは思えないね。なぜなら……君の戦い方は、勝つためのものではない。つまり、怖いのだろう? ――いいや、私は良いと思うよ。無辜の民は、立ち向かわずに震えているものだろう?」

「――――ッ」


 それが、引き金だった。

 脳の回路が焼き切れたか。


「き……っさまァァアアああああああああああああああああああああああッッ!」

「真に勝利を欲するならば、そもそも私の前に現れないはずだと思うのだけどね」


 そうして千矢を業炎渦巻く戦場から弾き出し、その他の少年少女もまた吹き飛ばした。

 そうして、起こる。


「では始めよう。私から君たちに贈る最後の試練だ」


 極大の異常。

 起こってはいけない〝わがまま〟。


「君たちは、この『壁』を超えなければならない」


 ジブリルフォードは自己の奥深くへと潜行する。己が求めた世界は何か。確固たる自分を構成する原初の風景を思い出す。


(ああ、そうだ。そのために私はここにいるのだから)


 男が求めたものは、笑顔と光に溢れた安穏とした太平。絶望がない悠久の平穏。繰り返すような日常を、その男は作り出そうとした。

 いつだって誰かが泣いていた。あらゆる不条理が渦巻いていた。それらは善人も悪人も罪人も聖人も関係なく人々を絶望へ落としていった。


(認めない、認めない。このような世界は唾棄すべきものだ)


 自分はそういう世界に生まれたかった。

 何もないのではない。

 小さな非日常(波))がたまに転がっているような、大海のような世界の一部でありたかった。


 そうだ、それこそが唯一の世界。

 男が求めた風景で。

 彼が求める理想郷。

 それは日常と呼ばれるもの。

 戦争を終わらせて、多くの人間が退屈でありながらも当たり前の日常を過ごせる――そんな日々を作り出そう。


 ああ、分かっている。そんなものはありえず、自分がその世界の一部になることなどできないなど。

 太平洋は生まれない。必ずどこかに亀裂が生まれ、人々はそれに巻き込まれて傷を負う。


 綻びがある。

 そのような世界が出来たとして、しかし私がその世界の一部になることなどできない。永劫、異物として漂い続けなければならない。


 それでも、必ず、その世界を作り出そう。

 そのために、ああ、越えておくれ、若人たちよ。

 これが。これこそ我が――


「――『染色(アウローラ)』――」


 我が世界。

 これより私の理にて――

この世界を『私の色で染め上げる』。


「――――『太平築く(ソトマリーノ)水底の海神(エーギル)』――――」

 瞬間、ジブリルフォードの体が爆ぜた。


 否、広がった。

 人型を取っていた一つの神話が、ついにその姿を現す。

 それは海。

 広大かつ底なしに広がる太平洋。波一つ存在しない凪いだ水の世界であった。

 それが、ジブリルフォードが立っていた場所を中心に展開されたのだ。廃ビルを呑み込み瓦礫を押し流していく。当然その場にいた唯可達も、その煽りを受け、訳も分からぬまま激流に流されていった。

 空気を奪われ、その場の誰もが死を予感した。

 海の広がりは二百メートルほどで止まった。


「がぼ……っ!」


 流されながらも状況把握に精を出していたカルラは、端まで流されたのち、己の身に降ってきた事態に困惑の表情を作った。


(これ、は……ッ)


 カルラの体は海の外に弾き出されず、強力な負荷が掛かり中へと引き戻されたのだ。

 その現象の正体を探るカルラは、ほかに流された者たちの姿を認めた瞬間答えに辿り着いた。


(渦か……っ! だとしたらここから逃れる術はない……ッ)


 世界が反転する。何もできない。既に自分がどこにいるかも見失い状況把握どころではなくなった。

 しかしそれも内に進むにつれて弱まり……ある程度外壁から離れた所で世界は波も渦もない穏やかな静寂に包まれた。

 しかし安心などできない。なぜならこの世界には空気がないのだから。


『まさか、まだその程度の認識とはね。呆れるよ、「鏖殺(おうさつ)の騎士」……君ともあろうものが、あまりに楽観的すぎるぞ』


 声はどこからともなく聞こえてきた。音の出所云々の前に、そもそも海中で声が通るはずがないというのに、これは一体どういうことか。




『草加草次、君は自己に対する評価を凡人にとどめている。しかし君は理解すべきだ。君が、君こそがあの五人の中で最も貪欲にして異常であり、狂気に囚われているのだと。君はね、永劫戦い続ける運命にあるのだよ。君は誰よりも俗で人間的でありながら、その実最も外れた存在なのだよ』


 まるで草次の知らない心象を理解しているとでも言うように、その男は言葉を並べた。

 草次はそれを否定しようと首を振るが、返ってくるのは微笑する気配のみ。

 姿が見えないというのなら、彼はいったいどこにいるのかと、草次は首を振って辺りを見渡すが、目に

入るのは仲間の姿だけだった。




『君という人間を定義するのは難しい。なぜなら君はあまりに普通過ぎるから。川上千也、君はこの先一度として何かを為すことなどできはしない。永劫、君は端役で終わる』


 奥歯が割れることも厭わずに、川上千也は精一杯に歯を食いしばった。『当事者』である彼が訳知り顔で千矢を語ることに強烈な怒りを覚えた。


『自分が正しいと信じていている。だから何も聞かない。そして何よりも君は――自罰的でない。それは「英雄」の在り方と程遠い。君はそれを理解すべきだ』


 その声は、おそらく千矢にしか聞こえていない。

 すでに千矢は、この声がどこから響いているのか理解していた。




『君を見つけたことは僥倖であったよ。本来ならば安堵友介を攫うか、君を全く異なる方向性へ導くことこそが私の目的であったからね』


 唯可は訳の分からぬ言葉を吐くジブリルフォードに、どうしようもなく恐怖を覚えた。

 単純な力量や魔術の異質さの問題ではない。

 何か。

 自分の知らない所で、取り返しのつかない事態が進行している。

 そして、その中心には空夜唯可という少女の存在がある。

 それが、どうしようもなく、たまらなく怖い。


(なん、なのさ……ッ)


『君はね、この世界の誰よりも価値のある人間なのだよ』


 それは、たかが一人の女の子にはあまりにも重すぎる宣告であった。




『君は……どうしてこの場にいる?』


 投げかけられる疑問に、悪夢(ルーザー)は答える思考を持たない。

 彼の内に存在するのは憎悪と怨嗟、そして殺意のみであり、それ以外は存在しないしそもそも知らない。既に忘れた過去の遺物に過ぎず、無価値な塵だ。


『君は既に脱落しているはずの存在。この場にいることはおかしい。いてはならない存在であるはずなのだが、しかし……』


 詰まる声はしかし、直後に納得したような息遣いと共に消えた。


『なるほど――光鳥感那か。……彼女も酷なことをするね。ああ、好きになれない。彼ら二人は、あの夫婦は本当に好きになれないよ。全く理解できない。こんなことをすれば、彼が傷付くだけであろうに』


 その声に含まれる感情は嫌悪感以外の何物でもなかった。

 この時初めて、ライアン・イェソド・ジブリルフォードは己よりも格上の存在へ言及したのだ。


『君には同情しよう。そしてだからこそ、君は……君だけはここで引導を渡してやるべきだ。そうしなければ、誰も幸せにならない』


 同情されていることに、やはり黒の騎士は気付かない。ただ、ただ一人だけを憎悪するだけであった。





 広がる。流れる。生まれる。解かれる。

 ライアン・イェソド・ジブリルフォードの世界が小さきものを呑み込んでいく。

 これが魔術。

 否、その真の姿『染色』であった。

 染色に至った者を、闇の世界ではこう呼んだ。

描画師(びょうがし)』、あるいは『使徒(しと)』と。


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