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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第四編 戯曲 序
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第六章 科学侵攻 7.逆境

「あなた達は後から続いて!」

「了解!」


 草次の返事に満足したのか、唯可が風を纏って飛び立とうとする。

 しかしそれを、草次が直前で引き留めた。


「あの、ごめん……」

「え?」


 突然の謝罪に面喰った唯可は、少しつんのめるようにして聖堂を書けて飛翔を中断した。不思議そうな瞳を草次に向けながら、可愛らしく首を傾げた。対して、草次は重苦しい声でこう告げた。


「ほんとは、俺が助けるつもりなのに、こんな風に前線で戦わせちゃって」


 その謝罪に、唯可は一瞬ぽかんと呆けたように口を開けて、


「いや、なんで謝るのッ? あなたは私を助けてくれた恩人だよ! 一緒に戦ってくれるだけでも心強いよ!」


 一転、輝くような笑顔で返した。


「ま、眩しい!」

「…………まるで聖母だな」

『安堵くんみたいなカリカリしてる人に見せたら、浄化されちゃうかもしれないわね』

「あの、蜜希ちゃん本当にキャラ変わり過ぎだって!」


 そんな風にあーだこーだ言っている三人(一人?)を、頬を掻きながら苦笑して眺める唯可。


「じゃ、先に行くね」


 そしてすぐに表情を引き締めた唯可が、草次に視線を一つ送り、


「分かった。俺たちも後で追いつくよ」


 草次もそれに応えた。

 唯可は風を纏って浮遊すると、暴風を巻き起こしながらジブリルフォードの飛んだ方向へ飛翔した。

 それを認めた草次も準備にかかる。


「千矢くん捕まって!」

「は、ちょっ、待て。まだ俺は準備が、」


 千矢が何かごねていたが、草次は無視してその肩をひっつかみ、直後人間には到底出せないような速度で地を駆けた。


「ちょ、っ、おい……ウオオオオオオオオ! だから待てって言ってるだろうがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ……おぷっ」

「大丈夫? 吐きそうになってるよ!」

「お、お前のせいだ……」


 ともあれ草次は、ジブリルフォードが墜落したであろう場所の近くへ辿り着くと、千矢を降ろして彼に耳打ちした。


「んじゃ、こっからは別行動で。俺は今から牽制したり、隙を見て狙撃したりするから。千矢君は付かず離れずの距離で爆破をお願い!」

「了解」

「ほんと、いつになくやる気だね」

「まあな。俺にも事情というものがある」


 言って二人はそれぞれ反対の方角へ向かって走り出した。

 走りながら草次は周囲の地形を確認する。

 乱立するビル群に、瓦礫の数々。逃げ遅れた人間は皆無。おそらく唯可が意図的に人のいない方角へジブリルフォードを吹き飛ばし、なおかつ人払いの魔術でもほどこしたのだろう。今さら人払いも何もないように感じるが、そこはそれ。念のためというやつかもしれない。


「さってと……俺はどっから攻撃しようかな」


 少し離れた箇所から爆音が轟いてきているが、音を聞く限りでも唯可が劣勢に立たされていることは確実であろう。

 援護をする必要があるが、しかし、さきほどの水竜の突進を受けてなおダメージを受けていない男に、たかが対物狙撃銃で打撃を与えられるのだろうか。


『大丈夫』

「うおっ」


 突然インカム越しに囁いた蜜希の声に、草次の心臓が思わず跳ねた。そんなことをつゆほども頓着せず、蜜希がさらに言う。


『草加くんの感じてる疑問はもっともだけど、きちんと穴はあるから』

「穴……? 弱点ってこと? それともアナ、」

『一生デートしないよ』

「ごめん冗談勘弁してください」


 はあ、とイヤホンの向こうでため息をつく少女は、やはり常と違った雰囲気を醸し出していた。


「ようは魔術に弱点があるってことだよね。でもさ、あんな魔術に弱点なんかあるの? だってそもそも、攻撃が通らないんだぜ」

『あるわ、絶対。だって人の妄想は完璧じゃないし、心象世界には絶対に綻びがあるんだから』

「頭がパンクした」

『馬鹿』

「もっと言って」

『…………』

「……黙らないで」


 無駄話を続けている間にも、戦闘の音はより激しく、より熾烈になっていく。


「と、とにかく俺はその弱点を突いて攻撃すればいいの?」

『ええ、まあそうね。でも私としては見つけてくれるだけでもいいのよ』

「了解。じゃあ行ってくる」

『死なないでね』

「またデートに行ってくれるのを約束してくれるなら」

『……もう』


 その最後の一言だけは、常の恥ずかしがり屋で引っ込み思案なあの可愛らしい蜜希と同じ声色だったような気がして、草次は少し嬉しくなった。

 会話を切ると草次はすぐさま走り出す。狙撃銃を持っているが、別に高所を取ったり隠れ家を見つける必要はない。むしろ彼の利点は、火力と機動力にこそあるのだから。

 そしてこの立ち回り方は、チーム戦において無類の強さを発揮すると草次は自負していた。


「行くかな」


 壁に背を預け、覗き込むように唯可とジブリルフォードの戦闘を眺めた。

 彼我の距離はおおよそ五十メートル。敵が唯可との戦闘に夢中でなければ気付かれていただろう。

 現在重水の霧は敷かれていない。というよりも、あれはすでに封殺したと見て良いだろう。

 まるでアサルトライフルを扱うかのように大質量の銃器を軽々と操る草次。


(無敵に思える魔術の弱点……いったいなんだ?)


 例えば低温物質ならば水分が凝固して攻撃が通るのだろうか。あるいは電気を通せば大打撃を与えられるのか……。


「どっちにしても今の俺の手札じゃ無理か」


 ならばいま戦っている少女ならばどうか。あの魔女ならば、水を凍らせる魔術を使ってもおかしくはないだろう。

 とはいえそれを伝える術がない。

 ゆえに今は、彼女がその可能性に至ることを信じるほかないだろう。


「別方面から、か」


 そう、もう一つの可能性としては。


「ありがちに、多方面からの攻撃をさばききることは不可能、とかねッ!」


 呟いて、彼は二丁の対物狙撃銃を神話の体現者たる魔術へ向け躊躇なく発砲した。二つの鉛玉は音速を遥かに超えてジブリルフォードへ到達する。




 対して唯可も、いくつか試すべき案を思いついていた。

 一つは草次も思い至ったある仮説。凝固させれば攻撃が通るのではというものだ。

 しかし敵の扱う魔術は全て海水がベースとなっており、ジブリルフォードが体を水分に変換する際も、その全身は水ではなく厳密には海水になっているはず。つまり溶液中の塩化物イオンとナトリウムイオンによって凝固点降下――要は0度よりも低い温度で物質が融けること――が生じており、あくまで〝水〟を扱う唯可では凍らせて攻撃というのは難しい。


 ならばどうするか。

 唯可はもう一つの仮説を立てていた。

 雷ならば聞くであろう、と。

 敵の魔術師は体を海に変換している。周知のとおり、海水とはすなわち塩水の事。諸々その他の不純物も含まれているだろうがここでは除外する。そして先にも述べた通り、塩水とはすなわち塩化物イオンとナトリウムイオンの存在する電解液である。簡単に言えば、海水は電気を通しやすいのだ。それは水などよりも遥かに。


(試す価値は、十二分にある)


 あとは雷を生み出せばいいだけ。

 そして、その下準備はすでに終えていた。

 その証拠に、ぽつり、とジブリルフォードの頬に水滴が落ちた。


「雨か……ずいぶんと急ではないか」

「そうだね。なんでだろ」


 前かがみになって両手を後ろに回し、ぺろ、と可愛らしく舌を出す唯可は、着々と仕上げに移っていた。

 火炎によって生まれた熱波は全て、彼女の風の力で地上からほど遠くない位置に留まり続けていた。火炎で攻撃薄るたびに彼の体が、あるいは展開された海の盾が蒸発するので水分には困らない。戦闘の余波により土埃が待っているため帯電するべき粒子に事欠くこともない。


「たぶん、私が準備してたからだろうね!」


 瞬間、ジブリルフォードと唯可の戦闘域と同程度の面積の積乱雲が、二人の頭上二十メートルの位置に出現した。

 紫電を散らすその積乱雲が何のために生み出されたのかなど論じるまでもない。

 唯可は飽和を迎える寸前の積乱雲へ向け、摩擦によって微々たる静電気を蓄積した杖を投げつけた。

 刹那。

 自然発生による雷には遠く及ばないまでも、人ひとりを殺傷するには十分な落雷がジブリルフォードへ降り注いだ。




 二発の弾丸を発砲した草次は、そのデタラメぶりに不服を漏らした。


「雷ってッッ! それじゃあ同時着弾は無理じゃん……ッ!」


 草次の作戦は同時攻撃による水化の突破だった。もちろん確証はなかったが、とにかく可能性のある殺し方を一つでも多く試すために、唯可の攻撃と草次の攻撃は全くの同時でなければならなかったのだ。

 しかしここにその作戦は失敗する。草次が引き金を引く方が幾ばくが早かったが、電気は光のおおよそ十分の一の速度を誇るのだ。たかが音速で飛翔する弾丸程度では話にならない。


 落雷がジブリルフォードを直撃するが、その表情に苦悶の色は一つとして見られない。遅れて襲い来る弾丸を水塊で弾き飛ばすと、己の周囲に水の渦を発生させた。地で渦巻いていたそれらは、やがて徐々に隆起していき、ジブリルフォードの周囲に壁のように屹立していた。

 草次はそれを認識すると、すぐさま背を向けて走り出した。


「く、そ……ッ!」

『草加くん、一度大きく撤退するのよ』

「今やってるよ! ヤバいのが来る!」


 切羽詰まったように告げる草次は、次に起きるであろう現象を想像して身震いしていた。

 対してジブリルフォードは、逃げるウサギに頓着するようなことはせず、己の魔術を着々と完成させていた。

 水壁の表面に棘のようなものが浮き出ると、直後。周囲三百六十度全方向へ、無数の水の槍が射出された。


「なっ、うぅ!」


 全方向隙間なく、かつ永続的に射出され続ける攻撃に、唯可は己の身をマグマの盾で守るということしかできなかった。


「そんなことをしたところで無駄だと思うのだが、どうかね?」

「うる、さい……っ!」


 水の槍は溶岩の盾に接触すると、その瞬間から蒸発している。しかし当時に、それら大量の水は溶岩から熱量を奪ってもいるのだ。


 結果どうなるか、起きる現象は単純だ。

 溶岩はただの巨大な火成岩となり、焼き石に水も限度を超えれば意味を持つ。火成岩が百度を下回った瞬間、凄まじい力の連続に耐え切れず盾が決壊した。


 水の槍、そして盾の破壊により生じた瓦礫が唯可の全身を叩いた。

 血反吐を吐きながら地面を転がっていく。

 対してジブリルフォードは、そんな少女の痛々しい姿に何ら感じ入るそぶりもなく、機械的とすら言える精密さで次なる一手に出ようと右手を掲げた。


 そこで――、


「あんまダサいことしてんなッ!」


 掲げた右手の手首を、一発の弾丸が貫いた。しかしまき散らされるのは透明の雫であって、出血している様子はない。辺りを見渡すが、狙撃手の姿はなかった。


「また君か。さっきから良い所で割り込むね」

「本当はもうちょい隠れてるつもりだったけどさ、女の子に手上げようとする奴がいれば出て行くしかないっしょ」


 声の出所がつかめない。声をビルに反響させることであえて出所を探らせないようにしているのか。


「そうか、だがそれは愚挙と言わざるを得ないね」

「それを決めるのはあんたじゃねえ!」

「では誰かな?」


 皮肉の混じった質問を投げると同時、彼が生み出した水の盾が外から内へ向けて爆発した。


「それは」

「――――ッ」


 直後、声は背後から。それも一メートルも離れていない所から聞こえていた。


(な、にが……ッ?)

「俺の、彼女だよッ!」


 瞬間、爆弾を押し付けられたかのような衝撃が背を中心に全身へ広がった。辛うじて小面積の水の盾を生み出して防御に徹したものの、衝撃を完全に殺しきることはできなかった。


「ぐ、うっ、ぉ……っ!」


 衝撃に吹っ飛び、地面を転がる。魔術師が初めて地面を舐めた瞬間だった。

 それを無視して、草次は未だ引き金を引き続けていた。彼が今手にしているのは重機関銃であり、先ほどの対物ライフルよりも重量はあるものの高威力の銃撃を連続で行える代物であった。

 地面を転がる魔術師へ必要以上に銃弾を浴びせかける。だが、それら全てが水の盾に阻まれる。


「ぐ、クソ、が……っ!」


 どうにか狙いを微調整して弾丸を当てようと努めるが、銃撃を受けながらも盾の領域を広げるジブリルフォードは冷静であった。盾を徐々に展開する傍ら、展開中の盾の隙間を縫うように飛来する弾丸全てにも、小さな盾を生み出すことで対処する。


 結果、ジブリルフォードは盾を完璧に展開することに成功。草次は千載一遇の機会を逃したことになる。

 なおも諦め悪く銃弾を吐かせ続ける草次に、ジブリルフォードは落胆したように息をつくと、


「まったく……そろそろ学習してほしいな」


 言って、ジブリルフォードが右手を草次へ突き出した。

 そして、


「それでは英雄として足りないよ」

「ぐっ――!」

『もう良いわ、一旦隠れて。これ以上は意味がない』

「了解!」


 蜜希の声がインカムを通して耳に流れ込み、草次は反駁するでも謝罪するでもなく、素直に従った。

 小銃をその場に捨て一目散に逃げていく。


「敵に背を向けるのは感心しないよ」


 揶揄するような声を無視して。草次はマイクに声を入れる。


「どうだった! 二人とも何か分かったッ?」

『予想通り、あの水化の魔術は発動後インターバルがあるわ。さらに言えば瞬間的にしか発動しない魔術だと推測されるわね』

『ついでに、あの魔術はおそらく自動で発動する類のものだな。どこかも分からないお前の狙撃に対応できたのはそういうことだろう』


 口々に推論を述べてくる蜜希と千矢に付いて行けず、草次が待ったをかけた。


「つまり何? 結局はまだ何も分かって――、うわっ!」


 背後で戦う唯可とジブリルフォードの魔術の衝突の余波が草次を襲い、風にあおられて吹っ飛んだ。


「ぐえっ!」


 正面から地面に叩きつけられ変な声を上げる草次は、しかしすぐさま立ち上がると次の射撃ポイントへと急いだ。


『大丈夫っ?』


 蜜希の切迫した声が聞こえてくる。こういう草次や仲間を気遣う時は地が出てしまうあたり、一流の軍人や魔術師からしてみれば、この天才もぬるく映ってしまうのだろうか。先ほども蜜希のことを彼女だと言ったら真っ赤な顔が想像できるほどイヤホンの向こうで慌てていたし。


 そんな益体もない考えを全て放棄して、草次は蜜希が指示を出す通りにビル街を走り続けた。

 草次に与えられた任は二つ。

 一つはジブリルフォードの水化の魔術の攻略方法を見つけ出す手引きをすること。

 もう一つは囮となって千矢の存在を気取らせないこと。

 川上千也の存在抹消の魔術はこの戦闘において決定打ともなるものだ。今この段階で敵に知られるわけにはいかない。場をひっかきまわし、弱者だが無視できない存在として己の存在を刷り込ませること――それが草次の役割だ。


「で、次はどうしたらいい?」

『そうね……遠隔操作できる銃器とかない、わよね』

「さすがに……」


 声は既に先ほどの妖艶な調子に戻っている。


「単発のどでかい攻撃を定期的にしていけばいいの?」

『そうよ』

「だったら空のあれ使えば、」

『馬鹿か。あれでは奇襲にならんだろうが』


 千矢の馬鹿にしたような聞こえてきて、草次はむっとする。


「じゃあどうすんのさ。千矢君はまだ使えないし、あの子とは、その……」


 草次は離れた場所から聞こえてくる戦闘音に耳を傾けて、


「…………絶対話す機会なんてないよ」

『別に足並みをそろえる必要はないと思うけれど?』

「どういうこと?」

『魔女だってあの魔術の欠点に気付いているでしょう。つまり、彼女もあの魔術の攻略に頭を使っているはずじゃないかしら』

「だったら……」

『そうだな。今まで通り魔女が矢面に立って攻め立て、草加が隙を突くように単発の狙撃を続けていけばそう遠くない内にぼろが出るだろう』

『狙撃ポイントとタイミングは私が指示を出すから、草加くんは指示に従って』

「了解」


 草次の返事を皮切りに通話が終了し、三人は再びそれぞれの戦いへと赴いて行く。




 水面下で静かに戦う草次たちとは反対に、空夜唯可の戦いは苛烈なものだった。

 まさしく超常の域にある戦闘。火力と火力のぶつかり合いは、安穏に日常を暮らしていた人間が見れば地獄の再現か何かのように映ったかもしれない。

 風の加護を受けながら空を自由に飛び回り、同じく空に浮くジブリルフォードへ向けて多角的な攻撃に専念する唯可。彼女の狙いは、水化の魔術を発動してから、次に発動するまでの間隔を調べる事だ。


 つい先ほどの攻防において、この男は落雷を平然と受けていたというのに、草次の狙撃は水塊で払っていた。

 もしも水化の魔術に何ら制約がないのならば先の行動に説明がつかない。水となり自動で回避できるのにもかかわらず、あえて弾いたなどという無駄なことをするとは思えないし、相手をいたぶる趣味の悪い人間にも見えない故、嘘のヒントを与えたということもあるまい。

 故に唯可もこの仮説に辿り着いたのだが、しかし……。


(もう、こっちが気付いていることなんて了承済みってわけか……!)


 唯可の攻撃を、ジブリルフォードは全て弾いていた。己の体を水と化して難なく回避できるというのにもかかわらず、海を司る神話級魔術師は涼しい顔で唯可の魔術をいちいち防御していた。その意味するところは一つ――発動する術と術の間隔を悟らせないこと。


 故に。

 彼方から飛来する弾丸にも完璧に対応してみせた。

 死角からジブリルフォードのうなじ目掛けて飛ぶ弾丸は、あらかじめ首元に展開されていた小さな盾に阻まれてしまう。


(ま、ずい……)


 おそらく同じ調子で戦ったところで、最終的にこちらが出し抜かれて負けるだろう。すでに主導権はあちらが握っているのだ。

 ジブリルフォードが水化の魔術をしようしないのは、疲弊した唯可に決定的な隙を作るため。使うべき時まで温存しているに過ぎない。


(どうすれば……ッ!)


 歯軋りする唯可の背後から、唯可に掠らないギリギリの位置を通過して弾丸がジブリルフォードを襲った。しかしこれも防がれる。

 どういうわけか、ジブリルフォードは草次の動きする把握していた。

 この業炎渦巻く戦場の只中で、音もなく命を狙うハンターの居場所を特定し、射撃のタイミングを知る手段を持っていた。


(多分……そういう霧を張ってるんだろうね……っ)


 ますます勝ち目がない。

 未だ目に見えず実感も出来ないが、すでに唯可達は詰まれている。


「う、ぁあああああああああああああああッ!」


 その事実を覆そうと、唯可がさらに杖を振るう。業火が水の盾を蒸発させ、うねる岩塊がジブリルフォードを横から叩こうと迫る。

 しかしそれを、ジブリルフォードは難なく躱す。一歩後ろへ下がり、正面から風を受け止め、流れる岩肌を眺めるジブリルフォードの表情は、すでに勝利を確信した笑みであり――、何かを諦めたような笑みでもあった。


 岩塊がアスファルトを叩き瓦礫と粉塵を飛び散らせた。

 唯可とジブリルフォードの視界を覆う土色のベールにより、草次も狙撃のタイミングを逸する。

 そして。


「……少し、期待していたのだけどね」


 小さな嘆きの呟きを漏らして、


「終わりにしよう。ご苦労だった。英雄となれずとも、君たちは誇るべき勇気を持っていたと私は覚えておこう」


 男の背後に無数の水の棘が生まれた。甲高い音を立てて回転する。砂塵を含んだそれらは、鉄をも穿つ掘削機となった。


「さようなら」


 そして、それら全てが射出される。

 その、直前。



 二つの流星が、空からジブリルフォード目掛けて突っ込んだ。



「え……?」

「な、にが……ッッ?」


 額から血を流し、すでにボロボロとなった唯可が呆けた声を上げた。唐突に振ってきた二つの塊に激突され、ジブリルフォード含めた三つの塊がもみくちゃになりながら地面へと突っ込んでいく。それと共に展開していた無数の棘が霧散していく。


 思わぬイレギュラーの乱入にしばし思考を出来ずにいた唯可だったが、すぐさま正気に戻った。同時、全身に電撃が走ったかのように動き出す。


 これはチャンス。ジブリルフォードを崩す千載一遇の機会だった。

 どうやら振ってきたのは二人の人間らしかった。黒いコートを纏った騎士風のコスプレをした小学生くらいの少女と、全身を漆黒の鎧で身を包んだ男か女かも分からない禍々しい風貌のコスプレイヤーだ。どこの誰かは知らないが、この状況を作ってくれたことに唯可は感謝を抱き、杖を携えて飛翔する。

 真っ直ぐと、ジブリルフォード目掛けて。



 その様子は、遠方からジブリルフォードへ照準を合わせていた草次にも見えていた。


「カルラちゃん……っ!」


 何者かと彼方から飛んできた己の仲間に戸惑いを覚えるが、


『撃って!』

「お、おう!」


 蜜希の鋭い声で我に返り、再度地に落ちた魔術師へ照準を合わせた。焦燥感を押し殺し、引き金を引く。

 マズルフラッシュが瞬き寸分違わずジブリルフォードの脳天を打ち抜いた。だが、水と化したジブリルフォードの命を取るには至らない。

 しかしそれで十分だった。


「はぁあああああああああああああッ!」


 ペースを崩されたジブリルフォードへ、至近で戦闘に身を投じていた唯可が風の竜を、溶岩の竜を、氷の竜を差し向け怒濤の勢いで攻め立てた。


「ぐ、な、――っ」


 それら全てを、ジブリルフォードは即席の盾で受けるしかない。だがボロボロの、粗だらけの盾では完全な防御など叶うはずもなく、次第に防御が追いつかなくなっていく。その拮抗が数十秒続くと――、ついに攻撃がジブリルフォードへ通った。


「がッ!」

「ちょっ、なにこれ待ちなさいよッッ!」


 ジブリルフォードが吹っ飛び、近くで狙撃やら四属性の竜やらの猛攻を、体を丸めながら避けていたカルラが訳が分からないというように涙目で叫んだ。当然聞いてくれる者などいなかった。

 吹っ飛んだジブリルフォードへ、唯可がさらに攻め立てる。

 三体の竜を差し向ける。属性は土、氷、火。それら全て、彼が盾を展開するより早くジブリルフォードへ到達した。


 最初に到達した火の竜に体を焼かれ、次に到達した氷の竜が彼を凍らせる。そして最後――岩龍が突貫し、氷の彫像と化した彼を破砕する――その直前、氷が融けて水塊となる。岩龍の体当たりは受け流され、とどめの一撃を決められない。

 しかし――、


『二十五秒! 草加くん、手筈通り撃ち続けて! 川上くん、用意しておきなさい』

「おっけいッ!」

『ああ、任せろ』


 それはチェックから一時的に逃れたに過ぎない。

 草次は背中に背負うギグケースから先ほど使用した機関銃とは異なる型の物を取り出す。持っていた対物ライフルは一旦地面に置いておき、主従を握ったままジブリルフォードの背後へ躍り出た。距離は五十メートルほど。近すぎるくらいだ。


「カルラちゃん、しゃがんでて!」

「あ、ちょっと待っ、いやぁあああああああああああああああああああああああああッッ!」


 轟音が響き渡り、無数の弾丸がジブリルフォードへ殺到した。

水の盾を展開することで直撃だけは辛くも防ぐが、別口の唯可の攻撃にまで対処することができない。出来そこないの盾で防御するも、衝撃を殺しきれず、魔術師は苦悶の声を上げる。

 そして――、草次の狙撃から二十五秒経ったその瞬間。


『川上くんッ!』

「――ああ」

「――なっ!」


 ジブリルフォードの背後すぐ至近から、今まで一度も聞いたことのない者の声が聞こえてきた。


(もう一人、伏兵を潜ませていたのか……ッ)


 気付いた時にはもう遅い。ずっと息を潜めていた川上千也が『爆』の文字が書かれた札を背中に張り付け、離脱する――その前に。


「おい、虎ども――窮鼠の恐ろしさを教えてやる。せいぜい決められた椅子でふんぞり返って待っていろ」


 ジブリルフォードにだけ聞こえるようにそう告げた。

 直後、爆砕。

 水飛沫が舞い、そこへ畳みかけるように唯可が五体の竜を差し向ける。


 それだけではない。

 カルラと共に落ちてきた黒甲冑の騎士――すなわち悪夢(ルーザー)が、狂乱したままジブリルフォードへ不可視の速度の斬撃を見舞ったのだ。

 誰にも予想の出来なかった行動に、しかし蜜希だけは冷静に対処した。


『――アクセス。全警護ヘリに告げるわ。目標へ……ライアン・イェソド・ジブリルフォードへ第一の掃射を開始しなさい』


 その声と共に、蜜希に操作された無人兵器軍が重火器を無尽蔵に撒き散らし、盾すら展開できずにいた神話の具現者と、そしてその至近にいた黒騎士を、業炎と爆風、そして音の洪水の中へと叩き込んだ。


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