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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第四編 戯曲 序
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第六章 科学侵攻 4.二手

「逃げられた」


 どこかでテロでもあったのか、蜂の巣を突いたように人々が恐慌の声を上げる大通りに、短い金色の髪を逆立てた少年が呟いた。無数の人々が逃げ惑う方向とは逆へ逆へと、少年は歩みを進める。


「キヒ、キハハ……クハハハハ」


 まんまと逃げおおせられたというのに、サングラスの奥で光る凶暴な双眸の瞳には、明らかな愉悦の色が浮かんでいた。

 逃げ惑う人々に幾度となく肩をぶつけられたが、少年は特に気分を害した様子はない。

 自己の内に没頭し過ぎるがゆえに外へ意識を向けている暇がないのだ。


「ああ、うん……おもしれえ、おもしれえよ……あいつは良い。あいつならふさわしィ。あいつは俺に愛されるだけの価値があるかもしれない」


 僅かに緩んだ頬は紅潮しており、口元の笑みは凄惨な三日月というよりも、むしろふやけ切ったそれに見える。

 まるで、恋をする乙女のような表情であった。


「早く会いてえよ異端殺し……お前なら、お前なら俺の渇きを潤してくれるかもしれねェんだよ……早く出て来いよ」


 クツクツと肩を震わせて笑う少年に、保身でいっぱいになった愚者たちは気付かない。

 ここに、彼らが恐怖しているモノよりもなお恐ろしい邪悪がいることに。目に見える事象にしか興味を示さない愚か者たちは、今この瞬間こそが命の危機である子に気付かない。

 彼の横を何事もなく素通り出来た人間は、百五十六人。

 そして、百五十七人目が彼の横を通り過ぎようとしたその瞬間に、それは起きた。


「ギヒヒヒヒハハハハハハハハハハハハハッ! んじゃあまあ、派手に皆殺しでもするかァッ! こんなゴミでも百人殺せばテメエの方から来てくれるよなァぁあああああああッッ! ヒはハハハハハハハハハハハハハ、ハハッ、ギャハハハハハハハハハハハハハハハッ! オラオラオラァッ! 死ねモブ共ォ! 真なる英傑を引き立てる。そのための赤い華として散らせてやるから泣いて喜べェッ! その声が、あいつをここに呼ぶんだからなァッッ!」


 顕現する黒檀の鬼――だけではない。

 赤銅色の鬼。白い髪を持つ老婆のような鬼。腐臭を放つ糞尿に塗れた鬼。その他六体の鬼を虚空から召喚した陰陽師は総勢十の鬼を率いて、狂った哄笑を上げながら血の宴会を開いた。

 悲鳴という言葉すら生ぬるい絶叫の嵐が渋谷の街を覆った。


 無辜の民が。

 何も知らない愚者たちが。

 ただ一人の身勝手によってその尊い命を散らせていく。

 鮮血のシャワーを浴びる少年は、恍惚の表情を浮かべて言葉を吐く。


「あぁ……気持ち良いなぁ……これだけは本当にやめらんねェ……」


 皆殺し。

 それを体現すべく、人類最悪の邪悪が無邪気に人間(玩具)を殺して(壊して)いく。



☆ ☆ ☆


「お前も――絶対殺す」


 額に青筋を浮かべ鬼の形相を浮かべる安堵友介が、獲物の間合いも関係なく黒騎士――光鳥感那から悪夢(ルーザー)と呼ばれていた謎の騎士――へ突っ込もうとした。


「バカッ、ちょっとは冷静になりなさい!」


 策などのない無謀の特攻を寸前で止めたのは、赤い髪を揺らす小柄な少女――風代カルラだった。

 彼女は長刀を握っていない左手で友介の襟首を掴むと、すかさず手元へ引き寄せた。なお抵抗する友介を抑えるため、カルラは日ごろの恨みも込めて彼の喉にチョップを入れた。


「ぐぇっ!」

「カエルみたいな声ね」

「誰のせいだと思ってんだ」

「はいはい。それより冷静になった?」


 カルラの問いかけに、友介が不機嫌を隠そうともせずに首を振った。


「そんなわけあるかよ。目の前であんだけ殺されたんだ。お前はよく冷静でいられるな」


 友介の視線の先には悪夢(ルーザー)がいる。

 友介が彼を、憎悪すら滲ませた瞳で睨むのには理由があった。

 大量の人間が殺された。

 狂気に身を狩られながら友介たちを追うあの騎士は。進行方向にいる人間が老若男女関係なく殺し尽くしたのだ。

 まるで、目の前に落ちる石ころを脇に除けるような気軽な感覚で、すでに五十人以上もの人間が殺された。

 すでに人の消えた大通りの真ん中で、友介とカルラは油断なく黒騎士を睨んでいた。


「まさか。私だってはらわた煮えくり返ってるわよ。今すぐあいつを叩き潰したいくらいよ。でも頭に血が上ってちゃ助けられる人も助けられなくなるじゃない。そんなの、嫌」

「…………」

「熱くなって私が死ぬのは構わないわ。だけどそれで救えない人間が生まれることを許したくないの」


 友介カルラの鬼気迫った表情に言葉を失った。人を救うことに何らかの強迫観念のようなものあるのだろうか。その瞳にはいっそ狂的なまでの光が宿っていた。

 とはいえ、確かに彼女の言う通りだ。ここで冷静さを失えば、救えるはずの人間すらあの凶刃に倒れてしまうのかもしれない。


 だが。

 既に殺されてしまった人たちはどうなるのだ? 彼らの想いは、願いは、祈りは。生きたいという希望は全て無視してもいいのか?


(俺は……)


 彼らは巻き込まれただけだった。友介を追う黒騎士によってゴミのように殺された。

 それほどの理不尽。どこまでも不条理。絶対的な不幸に見舞われた人々の気持ちは汲まずに前だけを見ろと言うのか?


「うだうだ考えてる暇ないわよ! すぐ来る!」


 思考の底に没頭しそうになった友介を、聞き慣れた少女の叱咤が現実に引き戻した。


「アンタが何考えてるのはだいたい分かる。でも今は前! 生きなきゃ何も為せないわよッ!」

「ちぃッ!」


 黒塗りの刃が凄まじい速度で振り抜かれた。常人には視認すら不可能な一撃は、しかし『眼』を持つ友介には届かない。

 そう、一撃ならば。

 半歩退いて斬撃をやり過ごした友介だったが、続けざまに振るわれる三十もの斬撃を捌ききることは不可能であった。

 三十の斬撃の内二十を完全回避したその動体視力と胆力は称賛に値する戦果だ。残り十撃も直撃を避け軽傷にとどめたこともさすがという他ない。


 だが、悪夢(ルーザー)はその遥か先を行っていた。

 一秒のインターバルを挟んだのちに繰り出されるさらなる斬撃には、さしもの友介も対応しきれなかった。

 最初の二撃を半身になって躱したところで、狙いすましたかのように繰り出される五連撃。バックステップでなんとか掠るだけにとどめたものの、その数瞬後に懐へ潜り込んでいた黒騎士に反応することは不可能だった。


 つまり。

 先の五連撃はブラフ。斬るつもりのない殺気のない剣。

 一見狂しているようにも見えるこの騎士は、その実凄まじく狡猾な戦法を取っていた。

 遅まきながらそれを自覚し、彼我の力量差をしっかりと理解した。


「風代っ!」

「分かってる! いちいち指図しないでッ!」


 声は友介の後方から。先ほどと同じように襟首を引っ張り無理やり前衛と後衛を交代した。友介を逆袈裟に断とうと振り抜かれた刃は、赤髪の少女の長刀によって勢いを流され見当違いの方向へ。


「――シッ!」


 返す刀で刃を横一文字に一閃。しかし悪夢(ルーザー)は、空振りの勢いを利用し体を横へ流した。それにより黒騎士はカルラの間合いから逃れ、美しい弧を描いた銀の軌跡は悪夢(ルーザー)の纏う鎧を掠めるにとどまった。鈴の音のような澄んだ音色とは裏腹に、両者の闘気を宿したかのような火花が微かに瞬いた。


 果てして、カルラの胴はがら空きとなった。

 攻守交替。

 狂した黒の騎士は好機とばかりに殺気を膨らませ、カルラを細切れにせんと双刃を振るう――その直前、カルラの背後から飛来した三発の鉛玉に胴を叩かれた。鎧は特殊な合金でも使用されているのか、命中した箇所が陥没しているものの貫通には至っていない。

 凄まじい衝撃が黒騎士を襲ったが、彼はその動きを僅かだけ鈍らせるに留め、構わず追撃を仕掛けた。


「ほんっと化け物……ッ!」


 苛立ちを隠そうともせず舌を打つカルラ。

 鎧越しとはいえ、銃弾を受けておきながら止まりもしない。確実に人間の域を超えているだろう。

 とはいえ、新たな隙は出来た。ここで一発大打撃を与えてやろう。

 たとえ銃弾を受けてもけろりとしていようと、カルラからしてみれば一瞬動きが乱れただけでも十分な成果であった。虐められっ子のクセに役に立っているな、と少し嬉しそうに口元を綻ばせるが、彼女自身は全く気付いていない。

 やがてその表情もどこかへ消え、覚悟の決めた凛々しい顔がそこにはあった。


「足元!」

「分かってる! いちいち指図すんなペチャパイ!」


 ぶちんっ! と頭の中で何かが切れた音がしたが、今は捨て置いた。あとで殺そうと胸に誓いながら、その殺意すら刃に乗せてカルラは黒騎士を間合いに収めた。

 腰の辺りで、まるで力を溜めるように刀を構えた少女は、過剰なまでに体を半身にして、すり足を用いてもう半歩だけ距離を詰めた。

 直後、少女の脇腹から不可視の斬撃が放たれる。超能力で刀を隠しただとか、人間の膂力の限界を超えた速度で放っただとかではない。己の体を盾にして隠しただけだ。たったそれだけの行為だが、周囲の情報の八十パーセントを視覚に頼る人間が相手ならば、これの効果は絶大だっただろう。


 しかし。

 黒騎士は、身体を脅威的な速度で縮めることで完璧に躱してみせた。

 常人ならば筋繊維がボロボロに千切れてもおかしくないような速度と挙動でもって、読み合いによる不利を無理やり覆したのだ。

 とある少女に『敗者』と呼ばれたその騎士は、鎧の奥の眼光を殺意に光らせた。左右の直剣を後方へ大きく引き――カルラの腹部目掛けて凄まじい速度でもって振るった。まるで鋏で断ち切るかのように。

 だが、直後に起きた地割れによってバランスを崩したことにより、その軌道が大きくずれた。剣は鈍り、冴えが無くなる。


「はァアッ!」


 すかさず叩き込まれる峰打ち。 

 カルラの長刀は何に阻まれることもなく、悪夢(ルーザー)のこめかみを打ち据えた。甲高い金属音が響き渡る。

 そして、それまで絶大な強さを誇っていた悪夢が確実に揺らいだこの瞬間、戦況は大きく変わった。


「ったァッ!」


 カルラの右脚が飛び、黒騎士の兜の中央を叩いた。悪夢の体が仰け反り、さらなる隙を晒す。

 そこへすかさず友介が銃弾を撃ち込んだ。立て続けに五発の弾丸をプレゼントすると、その全てが鎧に直撃した。内一発は先ほどの友介の銃撃によって付けられたへこみへ吸い込まれていき――その奥にある肉を食い破った。


「■■■■■■■■■■■――――――――――――――――――――ッッ!」


 激痛か、あるいは赫怒によるものなのか。

 これまでとは比べ物にならないほどの絶叫が友介とカルラの耳をつんざいた。一人の人間の喉から発せられる不協和音に、二人の動きが一瞬鈍る。

 だが、二人が隙を晒している間も、悪夢(ルーザー)は喉が破れんばかりの勢いで金切り声を上げ続けた。やがてその声にも慣れ、友介とカルラが反撃に出ようとした、その瞬間。


「「「「「「「「「「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!」」」」」」」」」」


 あらゆる負の感情を込められた異様な絶叫が、悪夢(ルーザー)の絶叫に重なった。

 次いで轟く獣か何かの咆哮と。

 愉悦に塗れた異常な哄笑。


「土御門狩真かッ!」

「今すぐ行って! 被害を食い止めないとッ!」

「分かった! 先にくたばるなよッ!」

「こっちのセリフよッ!」


 状況を理解するや、すぐさま的確な行動に出る二人。

 ここで二手に分かれてしまえば、両者とも戦闘を不利に進めることになるだろうが……しかしそうも言っていられない。

 このまま狩真を放っておけば、渋谷に暮らす人間全員が殺されてもおかしくはない。特にあの男のことを知っているわけではないのだが、友介は密かに察していた。


「殺しちゃだめよ。聞かなきゃならないことがあるから」

「状況次第だ」

「……ッ」

「……? どうした?」

「なんでもないわ」


 突然不機嫌になったカルラを不審に思いつつも、友介は回れ右して声の聞こえた方向へ走り出した。別れ際カルラに終わったらすぐ駆け付けると言い残した。


 空を見上げてみれば、決して高くない標高でに、無数のヘリが滞空していた。地獄と化した渋谷の夜空に浮かぶそれらは、まるでこちらを観察しているようにも見えて不快だった。

 プロペラの音は地上までしっかり聞こえており、よほどの音でない限り全て遮られてしまう。そんな状況の中で、集団の悲鳴ならばいざ知らず、個人の笑い声が聞こえてきたということは、すなわち狩真がナニカをやっている場所はここからさほど遠くも無いはずだ。

 そもそも、狩真を撒いてからそこまで移動していないのだから、近くに潜んでいるのは当然だった。


「とにかく一刻もはや、」

「気を付けて安堵、そっちに行ったッ!」

「あん? ――って、なっ、」

「■■■■■――――――ッ!」


 振り返ればすでに、黒騎士が友介を間合いに収め、双刃を後方へ大きく引いて友介の首をを断ち切ろうと力を込めていた。


「ちょ、ま――っ、風代テメェッ!」


 振り抜かれる双剣。友介は右眼で黒騎士が振るう刃の軌道を完璧に計算したうえで、頭を後ろへ倒した。

 そうしながら、己の足元に崩呪の眼を用いて黒点を生み出す。右手で握る銃の引き金を引くと、球は寸分違わず『急所』たる黒点を撃ち抜く。


 直後、黒点を中心に半径約五メートルに渡って地面に亀裂が走り――陥没。上手く足場を崩したことによって剣の軌道を逸らしたうえで、友介自身が後方へ倒れた。地面へ頭からぶつかるような危険な倒れ方だったが、拳銃を持った手を上手く地面に突き、腕のばねを使って後方転回。地面を強く押すことにより反転と共に宙に浮いた友介は、二丁拳銃を握り直して黒騎士の鎧へ鉛玉を叩き込んだ。

 黒騎士の動きが若干鈍り、その間にカルラが追いついた。


「おせえよポンコツ!」

「う、うっさいっ!」


 背後からの峰打ちで注意を引き付けたカルラは、少しばつの悪そうな表情で抗議した。

 カルラが悪夢を引き付けている間に友介は今度こそその場から離脱した。

 背後から聞こえる剣戟の音色と、凶戦士の咆哮が友介を振り向かせようとするが、その衝動を何とか抑えて、友介は斃すべき敵の元へと走った。


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