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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第四編 戯曲 序
62/220

間章Ⅰ  とある兄妹の出会い

 安堵友介と河合杏里の出会いは、おおよそ最低と呼べるものであった。


「これから私があなたの家族になる河合杏里だよっ!」


 底抜けに明るい少女だった。闇を知らない、地獄を知らない女の子。自分とは違い光の世界に生きた、汚れのない聖人。

 それが、たまらなく憎かった。


「……ぃ」

「うん?」

「……うる、さい……」


 どうして目の前の少女は幸せなのだ。どうして今ここに居る自分は不幸なのだ。

 光の人間を、闇の人間が好むはずがない。

 安堵友介という闇が、河合杏里という光を許容できるはずもなかった。


 この手は汚れている。

 人を殺した。

 無数の助けを無視し、自分だけ生き延びた。


 だから、安堵友介は手を差し伸べられるべき人間ではない。間違っても光の世界の人間と共存するべきではない。

 それは、許されない。見捨てた者たちへの裏切りだ。あの街で死んでいった総ての人々への冒涜に他ならない。


 そして、差し出された手を払った。

 純粋で、曇りがなく、人に愛されるために生まれてきたかのような平々凡々な少女。

 地獄で苦しむ人間が、天国で幸せを享受している人間を受け入れるはずもなかった。

 この少女を地獄に引きずり込んでやろうと思わなかっただけ、安堵友介の心はまだましというものだろう。


 十歳にして希望を失った少年は、そうして己に降ってわいた幸せになるチャンスを自らの手で捨てた。捨てるべきだと思ったし、今さら幸せになりたいなどと思うはずもなかった。

 だから。


「――ぁ」


 だから、三歳も下の少女に優しく抱きしめられて、



「幸せになっていいんだよ」



 そんな言葉を投げかけられて。



「ゆうすけは、幸せになっていい。私が幸せにしてあげる」



 意味が分からなかった。理由を知りたい。何が起きているのかすらも分からない。

 安堵友介は断罪されるべき悪だ。

 罰を与えられるべき邪悪であり、責め苦を受けるべき咎人。

 残り八十年近い余生を償いに捧げるべき人間である。


「俺、は……」


 だから、それを言おうとした。

 自分は咎人であるのだと。

 永遠に罪を償い続ける旅人であるべきであると。

 だが――、


「ゆうすけはさ、ただ自分が助かろうとしただけ。私は知らないけど……きっとゆうすけは、そうしないと生きられなかったんでしょ?」

「でも、俺はあの地獄を生き延びたから……」

「生きることは、罪なんかじゃないよ」

「ぁ、ぁ……っ」


 安堵友介を抱きしめる力が一層強くなる。河合杏里という少女の優しさが流れ込んでくる。


「ねえ、あの地獄はなんで起きたの? ゆうすけのせい? 違うでしょ。たくさんの人間が死んだのは何で? ゆうすけが殺したの? 違うでしょ! 戦争が起きたのも、人が死んだのも、助けを呼んだのに死んでしまったことも、ゆうすけのせいなんかじゃない! そんなの知ったことじゃないよッ! なんでそんなことでゆうすけが苦しまなきゃいけないのッッ!」


 安堵友介と河合杏里は、これが初対面だ。

 だというのに、河合杏里は安堵友介のために泣いていた。


「なに、泣いてんだよ……」

「な、泣いてない……っ!」


 ああ、だから。

 仕方ない。

 この泣き虫のために。

 こんな訳の分からない男のために泣いてくれる少女のために。



(お前の兄になって、幸せになる努力をしてみるよ)



 それが、安堵友介と河合杏里の出会い。

 大切な家族との最初の思い出だった。


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