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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第三編 鬼の影
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第四章  日常崩壊://狂乱 1.予兆

 橙色の陽光が渋谷の街を照らす。どこか哀愁を漂わせる夕刻の日は、地上で暮らす人々全てに一日の終わりを告げていた。

 けれど街の活気が消えることはない。

 帰路につくサラリーマンもいるが、むしろこれからが本番とばかりにオシャレをして街へ繰り出す若者の方が多いようにも見える。ディナーへ向かうカップルは周囲へ自分たちの愛を見せつけているし、それを見て牙を剥き出しにして嫉妬している男集団もいる。

 周囲の喧騒を聞き流しながら、幽鬼のような足取りで街を徘徊する二人の少女の姿があった。


「ういーっ、見つかんないねーっ」

「はい……、安堵友介は本当に渋谷にいるのでしょうか……」

「確かにそこから怪しくなってきたよね……」


 二人してため息を吐く。

 実は今日、昼前にちょこっと買い物をした後、午後をまるまる友介探しに当てていたのだが、日が沈みかける今になっても何の情報も出てきていないのだ。


(こんなことなら、ナタリーと遊んでる間にも友介の情報を集めておくんだった……。楽しむことに夢中になってたよぉ……)


 とは言え後悔した所で後の祭り。昼前までの自分を忌々しく思いながらも、唯可は諦めずに捜索を続けた。

 だが……。


「うぅーっ、何で誰も知らないのさーっ。一人くらい知ってても良いじゃんっ」


 ぷくっと頬を膨らませてご立腹の唯可。

 頭の上に乗っている魔女帽子をいじりながら、半ばやけくそ気味にあっちこっちを見渡す。が、当然近くに友介がいるなんてご都合主義があるわけもなく、唯可はますます頬を膨らませ、肩をぷんぷんと怒らせて歩き出した。


「姫、これからどうするんですか?」

「探す」

「具体的には?」

「聞き込み」

「あの……」


 珍しいことに、今日の唯可は不機嫌を隠そうともしていなかった。いつもはニコニコと人の良い笑顔を浮かべている彼女がここまで不機嫌になるのも珍しい。安堵友介が絡むと感情の起伏が激しくなるのかもしれない。そう言えば初めて会った時、ナタリーが友介に刃を差し向けた瞬間こちらに敵意を向けてきていたことを思い出す。


(本当に好きなんですね……)


 ナタリーはそんな唯可を少し羨ましく思う。幼い頃から余計なものを削ぎ落として育てられてきたナタリーには理解できない感情だったからだ。


「んだー! もう! 何で誰も友介のことを知らないのさーっ! 誰か一人くらいは知ってても良いじゃんっ!」


 彼女は渋谷の真ん中で叫ぶことがどれだけ恥ずかしい行為なのかも知らず、唯可は魔女帽子の下に手を入れて髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き乱した。

 膝に手を当ててゼエゼエと疲れたように息を吐く少女を、道を歩く人々が奇異の視線で見てくるが、唯可にはそれらが目に入っていない。


(うぅーっ! 会いたい会いたい会いたい! 会いたい!!)


 もう念じればなんとかなるのではとか考え始めている辺り本当に末期だと自分でも思う。


「姫、もうそろそろ場所を……」


 ナタリーが場所を変えようと提案しようとした、その時だった。


「あの」


 歳若い……おそらく唯可と同い年くらいの少女から声が掛かった。


「え、あ、はい?」


 我に返ってちょっと恥ずかしくなった唯可が若干顔を赤くして、声のした方へ向き直った。

 髪を茶色く染め、ポニーテールに纏めた少女だった。制服を改造し、バッグにはじゃらじゃらとキーホルダーが。スカートも相当短く折っている。彼女を一言で表現するのならば、『イマドキ』というのが最も適切であろう。

 彼女は唯可の全身を眺め、怪しげな人間を見るような目を向けてくる。が、唯可自身実際に怪しい人間なので何も言い返せなかった。

 それからしばし沈黙が流れ、そして少女が口を開ける。


「あなたが探してる『ゆうすけ』って男、名字は?」

「へ? え、えと……安堵、です。安堵友介」

「やっぱり……っ」


 すると彼女は、露骨に顔をしかめて唯かに敵意の眼差(まなざ)しを送ってきた。何が何だか分からない唯可は、小さく笑って誤摩化そうとして——。



「空夜唯可。あなたに聞きたいことあんだけど」



 己の名を言い当てられた。心臓が小さく跳ねたのが分かる。

 唯可のその反応を見て彼女も確信したのだろう。少女はゆっくりと一歩近付くと、『魔女』である唯可に何一つ物怖じした様子もなく敵意と怒りの目を向けてきた。


「私の名前は四宮凛。教えろよ……私の友達の最後を。秋田みなの死に様を」

「秋田……みな……?」


 その名前を聞いた瞬間、唯可の頭の中が真っ白になった。

 ああ、思い出す。思い出してしまう。あの日の光景を。安堵友介と共に経験した恐怖を。ヴァイス=テンプレートという名の化物を。


「あなた……一体……」

「知ってんだよ。おい、テメエが転校してきたその日に、あの事件があったんだろ? なあ……おい!!」

「あ、……う……?」


 嫌だ、嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。あれは、救えなかった少女だ。失敗の思い出だ。目の前で取りこぼした物だ。あれを、あの、勝田匠の最後を、思い出すことは、嫌だ。それは、ああ。ダメだ。涙があふれてくる。

 今まで友介のことを考えていたことで幸せな気持ちで一杯だったのが、全てぶち壊された。天国から地獄に叩き落とされた気分だった。


「だから……魔女よぉ……『異端殺し』の片割れさんよぉ、殺させてくれよ。お前の絶望見せてくれよお」


 少女が何かを振りかぶる。鈍く光る刃の切っ先。それは果物ナイフだった。

 殺される。分かっていても何も出来ない。彼女には唯可を殺し権利がある。

 笑みが引き裂かれる。嗜虐のそれへと。


(……死ぬ……)


 そして、刃が煌めき————


「姫、ソイツは今『呪い』に掛かっています!! まともじゃないんです!!」


 突如目の前に現れた氷の盾によって阻まれた。

 銀髪の少女が唯可の前へ躍り出た。


「気をしっかり持って下さい!! 安堵友介に会う前に死んだらどうするんですか!?」

「で、でも……」


『チッ、バレたか』


 少女の喉から全く異なる少年の声が響いてきた。


「誰……!? その子に何をした!?」


 立ち上がりながら唯可が怒りを隠そうともせずに、少女の奥にいる者へ語りかける。だが……、


『言うかよ、バーカ。俺ぁ魔女にゃぁ興味ねえんだ。テメエに近付きゃあ『異端殺し』に近付けるかと思ったんだがよぉ、ダメだなこりゃ。拍子抜けだ。さっさと退散させてもらうぜ』

「させると思うんですか?」

『させてくれねぇなら、こいつの喉を掻っ切るぞ?』


 そう言われてしまうとナタリーは動けなくなってしまう。あんな少女はどうでも良いが、唯可は違う。彼女には人が死ぬことを極端に嫌う性質がある。

 おそらく六年前の地獄に起因しているのだろう。

 とにもかくにも、彼女の部下として忠誠を誓っている身であるナタリーは勝手な行動が出来ない。そしてうかつに動けないのは唯可も同じ。

 結局。


『ははっ』


 少女は雑踏の中へと消えていってしまった。


☆☆☆


「さってさてー、じゃあ今日もいっちょ仕事と行きますかー!」


 底抜けに明るい調子で他二人に呼びかけるのは草加草次だ。

 彼らは今新宿にある高級マンションにやって来ていた。

 先日とは異なり建物の中にすんなり入った後、現場まで直行していたのだ。

 現場の部屋の前にはテープが貼られている。草次を始めとした三人はテープの間をくぐり抜け、現場の検証をしている警察官達に声を掛けた。


「あの、すいません!」

「はい」

「えっと、光鳥感那さんの依頼でここに来たんですけど、捜査に協力させてくれるんでしょうか?」

「ええ、もちろんですよ」


 もっと子供扱いされたりして反対されるかもと思ったが、存外に優しい対応だった。

 とは言え、この場では草次はあまり役に立たない。映像の解析を蜜希に任せ、現場の検証を千矢に任せた。


「俺は魔術が使われた痕跡がないか探ってみる」

「魔力を探る的な?」

「いいや、そうじゃない。というよりも、魔力というのは人間に感知出来るものではないんだ。たとえ魔術師であってもな」

「ありゃ、そうなの?」

「当たり前だろう? 魔力とは言わば寿命だぞ? 寿命を感じ取れる人間などいるものか」


 ならばどうやって探すのだ、と思わないでもないが、結局全て任せてしまうことにした。魔術師には魔術師なりの技術があるのだろう。

 男と二人でいてもつまらないので、草次は蜜希へ付いて行くことにした。彼女が向かった先はモニタールーム。どうやら監視カメラの映像を調べようという腹らしい。

 草次は蜜希の邪魔をしないように後ろで静かに立ちながら、その可愛らしい後ろ姿を眺めた。


「なあなあ、こんなこと聞くのはあれだけどさ、犯人は魔術師なんしょ? だったら監視カメラの映像とか無駄なんじゃね? それに権限とかプライベート的なあれでちゃんとは見れないと思うんだけど」

「たたた、たた、確かに、見れない、かもし、ししれないけど……。でも、私なら出来る。それに、魔術師って言っても、に、人間だから。カメラには映ると思う……か、かか川上くんみたいな人なら別かも、だけど……」


 なるほどねー、と適当な返事を返す草次。とりあえずこの場は口を挟まずただ見ているだけに徹しようと考える草次だった。




 それから十分ほど蜜希の手際を見ていたが、それはもう鮮やかと言う他なかった。パソコンを全く触らない草次からしてみればそのタイピング速度すら驚異的なものであると言うのに、彼女はどうやったのか住人の部屋の中に取り付けられた監視カメラの記録までを盗んだのだ。


「すっげぇー」

「そ、そそそ、それほどでも……てへへっ」


(あ、今ちょっとキュンときた)


 兎にも角にも、まずは捜査だ。被害者宅の監視映を映したモニターを眺める。日付は六月二日。最後の毒殺事件の日付だ。午前零時から早送りで映像を進めていく。

 午前七時に起きて朝食を摂った後、午後六時半に帰ってきた。その間目立った動きはなし。というよりも、彼が帰宅してからが本番だ。

 草次はこれから起こるであろう悲劇を想像し、生唾を呑み込んだ。蜜希も草次の動揺に釣られたように体を小刻みに震わせていた。


「蜜希ちゃん……もしかしたらショッキングな映像になるかもだから見ない方が良いかもだぜ……」


 そう忠告する草次に、しかし蜜希は。


「だ、だだだ、大丈、夫……なはず」


 震える声をでそう答えた。そして彼女が望む以上、草次にそれを止める権利はない。

 二人してモニターに顔を近付けて、見落としの無いよう孔が空くほど映像を見つめ続ける。

 そして、時刻が午後十時半を過ぎた頃だ。

 エントランスホールを映す監視カメラの映像に、謎の男が映し出された。


「蜜希ちゃん!」

「う、うん!」


 蜜希が映像を一端停止させた。が、男はカメラとは全く異なる方向を向いており、映像ではその表情は窺い知れない。

 蜜希と草次はがっかりしたように息を吐き、すぐに気持ちを切り替えてさらに映像を進めた。

 だが、映像を進めていくうちに、突然靄(もや)がかかったかのように画質が悪くなった。それも、その怪しい男が通った通路と、被害者の部屋にだけ。

 靄はみるみるうちに濃くなっていき、とうとう何も映せないほどになってしまっていた。

 そして——。

 靄が消えた後には、被害者が苦悶の表情を浮かべて地面に崩れている場面が続いているだけだった。

 当然、男の姿などどこにもなかった。

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