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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第一編 法則戦争
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第一章 科学と魔術 4.狂笑

 大量の首切り死体が友介と唯可の前にあった。

 二人の日常が音を立てて崩れ始める。


 お願いします! あと先に謝っときます! すみません!

「あ、ぁああ……あああああ……っ」

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!」


 床は大量の血で真っ赤に染まっていた。

 当然だ。十五人を超える人間が首を切られて床に放り出されているのだ。もはや元の床の色も分からないほどに真っ赤な血液で満たされてしまっていた。

 首切り死体からは、今もなおドクドクと血がとめどなく流れ出ている。


「な、な、な……何だよ……何だよこれぇ!!」

「ゆうすけ……友介ぇ……嫌だよ……嫌、恐いよぉ!」


 鉄さび臭い液体が床に満たされ、視界には赤色しか映らない。糞尿の臭いが鼻に付く。まるで異界に迷い込んだかのように現実味のない光景だ。


(そ、そうだ! これもきっと幻だ! 朝の時見たいに、気が付けば消えてるはず……!)


 そう決めつけ、友介は一度ぎゅっと目をつむった。痛くなるほどに目をつむり、そして目を開ける。

 だが……。


「クソ……ッ。消えない……消えない……、なんで。何でなんだよお! 消えろよぉ!!」


 今にも腰が抜けそうだった。

 恐い。


(な、何だ……? 一体何が起きてる……?)


 突然、ポン、と腕に何かが巻き付いた。唯可が両腕を友介の腕に巻き付けたのだ。

 彼女は青ざめた顔で、近くに置いてある落とし物入れを指差した。引戸のタイプで、鉄製の枠にはガラスがはめられていた。

 その落とし物入れから、ピチャン……ピチャン……ピチャン……、と等間隔で水の滴る音のような物が聞こえてきていた。


(いいや、違う……水なんかじゃない……あんな赤い水はこの世にない……)


 ならば、あれは血だ。血が滴り落ちているのだ。


「ゆう、すけぇ……」


 唯可の体がガタガタと生まれたての子鹿みたいに震えている。その震えを感じて、友介は自分がしっかりしなければ、と心を引き締める。


「だい、じょうぶだ……」


 そう言って、友介は、落とし物入れの中を直視した。

 そこには——。

 数えるのも面倒なほどの数の生首が綺麗に並べられていた。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!」


 耐えきれず、情けない悲鳴を上げてしまった。

 鎮座された生首の前には、ご丁寧にも値段の書かれた厚紙が立て掛けられており、それがどうしようもなく友介の嫌悪感を引き立てた。


「ぐ……っ!」


 これまで感じたこともないほどの吐き気が友介を襲う。友介はそれをギリギリの所で押しとどめた。


(ていうか、これ……これッ!)


 しかも、それら生首の全てに、友介は見覚えがあった。


「行方不明になってた、うちの生徒じゃねえか……」


 うわずった声でそうこぼす友介。

 何が起きている……。

 自分たちは一体何に巻き込まれた。

 そもそも、この学校から生きて出ることが出来るのか。


「こ、こっちだ……!!」


 目の前の視界がグラグラと揺れるが、それを無視して唯可の手を引いた。

 逃げなければいけない。どこでも良い。とにかく、どこでも良いから逃げなければ。


「クソ! クソォ!!」


 しかしその意志に反して、膝がバカみたいに震えていた。それでも、震えを押し殺して廊下をひた走る。


「ちょっ、友介! 待ってよ!」

「何だよ!?」


 怒鳴るように返事を返したが、唯可に怖がっている様子はない。ただ、彼女は泣きそうな顔でこんなことを言ってきたのだ。


「か、勝田君が! 勝田君が教室にいるかも! それにみなちゃんも! みなちゃんの首はあそこにはなかったから!」

「————ッ!!」

「お願い、あの子達を助けさせて!!」

「お前……自分が言ってるのか分かってんのか!? もしかしたら、あれをやった犯人があそこにいるかもしれねえんだぞッ!」

「そんなの分かってる! でも! でも!!」


 そこで唯可は目元に大粒の涙を浮かべて、



「もう、誰かを見捨てて生き延びるなんて嫌だッ!!」



「……っ」


 その言葉を聞いた瞬間、友介の脳裏にあの地獄が思い浮かんだ。そして、友介が見捨てたあの少年の最後の顔が。


「ああもうっ! 付いて来い! 絶対離れんなよ!!」

「う、うんっ」


 友介と唯可は頷き合って三階にある自分たちの教室へ向かった。

 二段飛ばしで階段を上り、廊下に出ると全力疾走した。教室の前でブレーキをかけて立ち止まると、勢いに任せて扉を開け放った。


「勝田! 大丈夫、か……」


 しかし、友介の声は最後まで続かなかった。隣に立つ唯可も、両手で口を押さえて絶句している。

 血に濡れた教室の中央。

 そこに、勝田匠が座り込んでいた。



 切断された秋田みなの生首を抱えて。



「かつ、た……」


 切断されたばかりなのだろうか。生首の断面からは、今もなお大量の血がドクドクと溢れ出していた。勝田は血に汚れるのも構わず、秋田の首を大切そうに両手で抱いている。


「う……うぅ……っ。ごめん、ごめん……!」


 入ってきた友介達に気付いていないのだろうか、彼は小さな声で秋田への謝罪の言葉を何度も呟きながら、肩を震わせて泣いていた。


「……っ!」


 友介が息を飲む音が聞こえたのか、勝田が二人に気付いた。すると彼は目を見開き、痛みを滲ませた表情で叫んだ。


「ば、か……っ! 早く逃げろ! そいつが見えねえのか!?」

「あ、いつ……?」


 勝田の言った言葉の意味が分からずその場で固まってしまう。そんな友介達をじれったく思った勝田は、犬歯を剥き出しにして見たこともないような形相と共に喚き散らす。


「魔術師だよ!! これ全部、そいつがやったんだよッッッ!!」

「そい、つ……? だから誰だよ……その魔術師って——」



「それは(わたくし)のことですよお」



「……ッ!?」


 唐突に、真横から瑞々(みずみず)しい少年の声が聞こえた。

 そこに立っていたのは、声から連想される通り、唯可よりもさらに身長が低い小学生くらいの少年だった。

 ただし。

 目深に被ったフードの奥から覗く両の(まなこ)からは、どす黒い狂気が溢れ出していた。口元は笑みの形に引き裂かれており、何より黒いコートを濡らす赤黒い液体が彼の正体を物語っていた。


(こいつが……)


 ——あれをやったのか?

 正体不明の殺人鬼を前に動けずにいると、彼は静かに口を開いた。


「朝の見世物はお気に召してもらえましたかな? ——安堵友介」

「へ……?」


 何だ?

 なぜ、こいつが友介のことを知っているのだ?


「…………」


 ただ疑問だけが次々と浮かび上がってくる。


(いや……待て……)


 今、こいつは何と言った?

 朝の見世物だと? 

 それはつまり……。


「朝のあれは、お前が……?」

「ええ! ええ! そうですよ! 何だ、ちゃんと見ていてくれたのではないですか! それならそうと教えてくれれば良かったのに」


 逃げなければ。

 逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと——!!

 友介と唯可もあんな無惨な死体に変えられる。本能がそう告げていた。


(動け……頼む、動いてくれ……っ)


 しかし、どれだけ願っても両脚に力がこもらなかった。

 友介が恐怖で動けずにいると、目の前の少年が僅かに体を揺らした。


「——っ!」


 それだけで、身がすくむほどの恐怖を感じる。

 少年はゆっくりと体を勝田の方へ向けると、何の気負いも感じさせない足取りで彼に近付いた。


「おい……お前、何をする気だ……?」

「何、とは?」


 愉悦を含む声で答える。

 少年は勝田の真横で立ち止まると、彼が大切に抱きかかえている秋田みなの生首を無理矢理奪い取った。


「な! おいお前ぇ!! 返せ、返せよお!!」

「ひはは! うるさいですよ、負け犬……さんっ!!」

「な……ッ!!」


 そして信じられないことに、その魔術師は狂った笑みをその顔面に張り付けながら、その生首で勝田の顔面を思い切り殴りつけた。髪の毛を持って、顔面と顔面がちゃんとぶつかるように振り回した。


「ひゃははは! 良かったですねえ! 美人の幼馴染みとキスが出来たじゃないですか」

「あ、ああああ、あああああああああああああ!! お前……お前よくも……よくもぉ!!」


 勝田が激昂して魔術師に掴み掛かった。だが少年は、それをひらりと躱すとさらに勝田の顔を殴った。


「ほらほらぁ……良かったじゃないですかあ。感謝して下さいよお。あなたの大好きな幼馴染みですよ?」

「や、めろ……」


 全く関係のない友介が、恐怖を滲ませた声で言った。手を伸ばし、魂の抜けたような足取りで一歩、また一歩と近付く。

 だが三歩ほど進んだ所で、後ろから誰かに抱きつかれて無理矢理止められた。


「ゆい……か?」

「ダメ! 我慢して!! 無闇に突撃しても殺されるだけだよっ!!」

「でも……!!」


 唯可は目の前で行われている惨劇を見つめる。


「ひゃはははッ!」

「みな! みなぁ! いやだ……頼む、やめてくれ……何で、何でこんな……」


 あの頭のイカレた少年は、今もなお生首で勝田を殴りつけている。もうすでに二十回以上はそれを鈍器として振り回しているからか、秋田みなの顔は原型を留めないほどグチャグチャに潰れてしまっていた。


「あいつぅ……!!」


 腹の底から真っ黒でどす黒い感情が湧き上がってきた。


「お願い、耐えて! 私が……私が勝田君だけは何とかするから!」


 だが、彼女のそんな言葉は友介の耳に届いていなかった。

 頭の中が沸騰しているみたいに熱い。

 怒りのせいか、これまで感じたこともないような頭痛が友介を襲ったが、彼はそれすらもエネルギーに代えて目の前の糞餓鬼を殺すための原動力にしようとする。

 視界が真っ白に染まる。血管の中に熱湯を注ぎ込まれたかのように脳が脈打つ。

 殺してやる。壊してやる。潰してやる。消し去ってやる——!!


「ぁ、ぁあああ、ぅ、ぁあ、ぁああああああああああッ!」


 けれど。

 その前に。



 勝田匠が壊れた。



 彼は、もう何度目になるか分からない生首による攻撃を受け止めると、それを奪い取って己の額に何度も何度も何度も何度も何度も何度も打ちつけた。

 やがて硬い何かが砕けるような音と共に、勝田は事切れた。

 白目を剥き、涎を垂れ流して、死ぬ。

 死の直前、彼は何かを呟いていた。

 あの、口の、動きは——



「タス……ゲ……テ……」



「うぐ……っ、お……げえぇっ!!」


 耐えきれなかった。腹の中で吐き気が暴れ回り、とうとう吐瀉物を床に撒き散らした。


「友介!?」


 唯可が悲鳴のような声を上げて友介を抱きとめる。


「大丈夫!? ねえ、ねえ友介、しっかりして!」


 大粒の涙を流す唯可が必死に呼びかけてくる。きっと、友介よりも彼女の方が辛いだろう。勝田を助けたいとここに来たはずなのに、何も出来ないまま目の前で無惨に殺されたのだ。感じている罪悪感や無力感は友介のそれとは比較にもならないだろう。

 友介は少女を虚ろな目で見ながら、


「逃げ、よう……」

「う、うん……」


 しかし、彼らの前にいる男はそんな事を許すはずがなかった。


「ダメだ」

 静かに、しかし僅かな怒りを滲ませたような声を放ったその少年は、手に面のような物を持って一歩だけ友介達に近付いた。その一歩に、並々ならぬ激情が込められているのを、友介は確かに感じ取っていた。

 だがその謎の威圧も一瞬で消えた。

 彼はすぐにヘラリと気持ちの悪い笑みを浮かべた。この世の全てが自分のオモチャだとでも思っているような目。友介達をいかにしていたぶってやろうかという愉悦の笑み。


「そうだ。自己紹介がまだでしたね。私の名前はヴァイス=テンプレート。インドを代表する神の力を使う、『神話級魔術師』ですよ」

「神話級……!?」


 友介には理解不能な言葉に、唯可が驚きの声を上げた。


「何だ、唯可……知ってるのか?」

「え、いや……」


 問いかけてみたが、唯可はどこかよそよそしく目を泳がせていた。何か言えないことでもあるのだろうか。

 すると、なぜかヴァイスと名乗った魔術師が不思議そうな声を出した。


「何ですか? 姫、あなたまだ自分の正体を明かしていなかったのですか?」

「しょう……たい……?」


 友介が間の抜けた声を放つ。

 どういうことだ? 何か隠していることがあるのだろうか。

 友介は隣に立つ唯可を見る。

 しかし彼女は何も答えようとはしない。

 代わりに、耳障りな魔術師の声が友介に真実を伝えた。


「彼女は『魔女』ですよ? あなたが最も嫌う魔術師達のその頂点。寿命を消費することなく強大な魔術を使うイレギュラーの存在。あの地獄を引き起こした奴らの親玉……あなたが殺すべき“敵”ですよ」

「な……っ」

「あ、いや、ちが……」

「何が違うと言うのですか? どうせ安堵友介をたぶらかして絶望のどん底に貶めようとしたのでしょう?」

「違う! そんなわけない!」

「いいや、あなたは——」

「黙れ、このクズ!!」


 唯可を追い詰めるヴァイスの言葉を遮ったのは、他でも無い安堵友介だった。彼は憤怒の表情で魔術師を睨みつけながら、


「こいつがそんな事をするわけがねえだろうが」


 その台詞に、ヴァイスは若干表情に不機嫌を滲ませた。


「はあ? 何を——」

「黙れ」


 しかしそれを、友介は言い終わる前に一言で断じる。

 確かに、友介は彼女を一時は疑ったこともある。唯可が勝田を助けようと言わなければ、友介はここに来ることはなかっただろうし、ヴァイス=テンプレートなんていう頭の狂った魔術師と出会うことはなかっただろう。

 けれど。

 けれど——。

 たった半日という短い間だったけれども。


「こいつが人を貶めたり、傷付けたりするような奴じゃないことくらいは分かった。こいつが魔術師だったとしても、こいつは他の奴とは違う! 無抵抗の人間をいたぶって笑えるようなお前とは違う!!」


 そう言いきる友介に、ヴァイスは一瞬露骨に顔に怒りを滲ませたが、すぐにそれを引っ込めると。


「ひはは。ならば……」


 笑みを浮かべ、手に持った面を被った。面の模様は……獅子。


「行動で示してもらいましょうか」


 直後に。死が迫った。

 本当にすみませんでしたああああああああああああ!!

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