第四章 少年・涼太 6.素直じゃない純粋さ
その掌底は、洋館を真上からプレス機のように押し潰すにとどまらず、地面をまるごとひっくり返すようにめくり上げた。爆発でもしたかのように大量の土が舞い上がる。
たった一発。
地面に這いつくばる虫を払うような気軽さ。にもかかわらず、草加草次も、痣波蜜希も、そして謎の爆発で土蜘蛛の弱点を一つ残らず破壊してみせた、あの川上千矢さえも意識を手放してしまっていた。
ただ一人。
土御門字音だけが意識を保っていた。
もしかしたら、彼女一人だけは気絶しないように力加減を調節したのかもしれない。
辺りで気絶している草次や蜜希達を庇うように立ちながら、しかしその足は震えていた。
「なんだ? 恐いのか。だったら大丈夫だぜえ。どうせすぐ楽になる」
彼の目は酷く血走っており、冷静さを失っていることが容易に分かった。
「……いや、だ……」
「どうして?」
「だって、私はまだ何もやり遂げてない。何も達成できてない。何一つとして誇るべき物を残せていない! それなのに、こんな所で死ぬなんて、そんなの、いっ、嫌だ!」
「はあ? なんで。俺は、俺は……」
「なんで……? 何でそんなのになっちゃったの……?」
「なんでってそりゃあ……」
そこで、涼太の言葉が途切れた。コテン、と可愛らしく小首を傾げながら、少年は顔中に脂汗を浮かべながらこう答えた。
「そ、そんなの今は関係ねえだろ……? と、とっとにかく俺はお前を殺せたらそれで良いんだ! だから、死ね。死ね死ね死ね死ね、死ねええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」
少年の声が震えていることに気付いた。
「お前は、お前は何も達成できない! 才能のないお前は、何も! 何一つとして! お前は! お前はあ!! あ、あぁああっ! 何だ……何だよこれええええッ!?」
涼太の様子がおかしい。呼吸も荒くなっているし、目尻には涙すら溜めている。口元は引き攣った笑みの形を作っており、脂汗がこれでもかというほど浮かび上がっていた。
「クソッ! 何だこれ!? ああっ!! へへっはあはは! あ、があああああっ! なんで、なんで、何で俺は字音ちゃんを殺そうとしてるんだ!? え!? ああ、そうか。字音を殺すことこそが俺の価値だからだ。それにしか意味がない。そうだ、だから殺さないと。そう言ってた。あの人もそう言ってた!! あの人。あの人って誰だ!? そいつは俺の知り合いか? つうか俺は誰だ!? 僕は、僕は? 僕は何でこんな事してるんだよ!? 今すぐ、今すぐ字音ちゃんを助けなくちゃいけないのに……」
「りょう、た……?」
「ひひっ! 助けないと! あの悪魔から。僕が助けないと……そうだ。助けるためだ! 助けるために!! あの悪魔から! 狩真から字音ちゃんを助げないと!! そのためにはどうしたら良い!? そうだ。殺せば良い。字音ちゃんを殺せば狩真の魔の手から字音ちゃんを守れる。そうだ。だから殺そう!! 殺そう。殺そう殺そう殺そう!! コロサないと。殺す。いや、嫌だ殺したくない!! 死なないで。今助けるから!! だから死んで!! 死ね。いや、違う違う違う違う違う!! 俺はそんなの望んでない!! じゃあ何だ? 何を望んでるんだ? 僕は。僕は!?」
その異様な光景に、字音は恐怖すら通り越し、頭を真っ白にした。今、あの少年は何をしているのだ?
血が滲むのも構わず、ガリガリと己の首を掻きむしる。それに留まらない。彼は自らの舌を噛んでいた。ドボドボと血が止めどなく口から溢れる。
「やめて! 涼太、それ以上は!!」
「うるざい!! 黙れ。お前は僕が殺すんだ。だから黙れ。黙って殺されろぉ!!」
「でも、そのままじゃ死んじゃう!!」
「ウ、ルじゃアアアあああああああああああああああああああああぎいいいいいいッ!!」
涼太の苦しみに呼応するかのように、がしゃどくろもまた無作為に辺りを破壊し始めた。声帯などないはずなのに、地獄で責め苦を受ける罪人のうめき声のようなものが、数百にも数千にも重なった。それらは調和することなく、不気味な音を作り出していく。
すでに洋館などただの瓦礫と化してしまっていた。跡形もない。このどこかに友介や他の人々もいるのだろうが、おそらく生きてはいないだろう。
荒く浅い息を吐き続ける安倍涼太は、今や目や鼻からも血を流していた。顔中に浮かんだ汗を拭おうともせず、ただ馬鹿みたいに大声で喚き続ける。
やがて彼の精神が限界に達したのか。
がしゃどくろと呼称される骸骨の妖怪が、その圧倒的に巨大な手を拳の形に変えて字音に向かって一直線に振り下ろした。
まず最初に空気の圧が少女を襲い、次に質量を持つ力の塊が少女を押し潰す。
土御門字音は目尻に涙を浮かべて両目をぎゅっとつむり、やがて訪れるであろう死の瞬間を待った。
(嫌だ……)
少女の剥き出しの感情が鎌首をもたげてくる。どうしようもないほど単純で、愚かで、そして当たり前の感情が。
(死にたくない……。助けて、誰か——)
巨大な影が少女の目の前まで迫る。
「私の幼馴染みを、助けて......っ!」
「そっちかよ……」
幻聴があった。次に、幻覚を見た。
誰かの声が。聞いた事のある声が聞こえてきたかと思うと、少女とがしゃどくろの拳の間に割り込むように影が身を躍らせてきた。
その幻覚はどこかの制服を着ていて。
その幻覚は両手に二丁の拳銃を持っていた。
どこか馬鹿にしたように半笑いで彼女の言葉に応えた少年。ついさっきまで一緒に謎のゾンビから逃げていた少年。ビビりでチキンで口が悪くてデリカシーもない、好かれる要素の方が少ないような少年が。
内から湧き出る恐怖を必死に押さえつけながら、極大の力の塊の前へその身を踊らせた。
「だ——」
静止の声を掛ける間もなかった。
大質量の塊が少年を襲った。
しかし。
ガラスにヒビが入るような音を聞いた。
そして、次の瞬間。
銃弾を受けたがしゃどくろの片手が粉々に砕け散った。礫となった骨の残骸が字音の頭上にあられのごとく降り注ぐ。
痛みを感じる機構でもあるのか、がしゃどくろは一度痛そうに身を捩る。
転じて、もう片方の手で字音と少年を叩き潰そうと腕を大きく振り抜いた。
横一線に震われたその掌底。まるで地に這う虫を払うような気軽な調子で放たれた攻撃。空を切り、大気を押し潰すような一撃が真横から迫る。その様子は、巨大な壁が猛スピードで突き進んできているかのような異様な印象を与えてくる。
さきほど字音を危機から救ってくれた少年は、握った拳銃を持ち変えると、跳ねるような挙動で拳銃を真横へ向けた。引き金を引き、銃弾を射出するまでの間に僅かなラグが生じてしまう。
そのラグが致命的となった。
少年が指を動かすその直前に、真横からの一撃が字音を襲う——!
「————ッ」
鋭く息を吸い、死を覚悟する。
しかしやはり、その瞬間は訪れない。
さらにもう一つ、字音と巨大な壁の間に割り込む人間の姿があった。
小柄な体を持つ女の子だった。赤い長髪をたなびかせ、身の丈程もある日本刀を自在に操る少女。
彼女は迷うことなくその身を前へ。顔のすぐ近くで柄を固定させ、切っ先は正面へ向けたまま動かさない。
「ふっ——!」
短い呼気と共に、少女が長刀を突き出した。迫る巨人の手と地面の間に存在する僅かな隙間へ、そのちっぽけな武器を滑り込ませる。
二つのタンバリンを擦り合わせたような甲高い音と共に、振るわれたがしゃどくろの腕の軌道がわずかに逸れる。
上へ。少女が突き出した刀の表面を伝うように、少しずつ、少しずつ、字音を叩き潰す軌道からズレていく。
迫る壁のような手を、カルラは上半身を真横に大きく倒すことで回避した。刀の角度も足の立ち位置も一寸たりとも動いていない。真上で豪風が吹き荒れる。しかし、巨大な物体が顔のすぐ近くを猛スピードで通過したというのに、少女の表情は恐怖を浮かべることもない。
がしゃどくろの一撃を回避した赤髪の少女は、そのまま刀を跳ね上げた。それにより、掌底の一撃は目測を大きく外れ、字音の遥か上方を通過しただけだった。
虚しく空を切ったがしゃどくろの片腕を、少年が拳銃で撃ち抜いた。
瞬間、撃ち抜かれた腕全体にヒビが入り、ガラスが砕けるような音と共にがしゃどくろの片腕が完膚なきまでに破壊された。
「なんとか間に合ったわね」
「だな。屋敷が押し潰されたときはさすがに死んだかと思ったけど、なんとか生き残ったな」
「…………」
字音は目まぐるしく動く現在の状況に思考を追い付かせることが出来なかった。ただ、生き残ったという事実だけが、字音の中でストンと理解出来た。
「よお土御門。無事だったみてえだな」
「あ……」
振り向いた少年——安堵友介は、全身血まみれで、今なお肩やら脇腹やらからドクドクと血を流していた。左目には流血の跡が残っている。今も少しだけ、血の涙を流していた。
「それで? あの悪趣味な殺人鬼くんを助けろってのがお前の望みかよ?」
「……、う、ん」
字音は小さく頷いた。その表情には恐怖と、不安と——そして僅かな期待が混じっていた。
友介は彼女の心情を、願いを一度胸の中で反芻した上で、こう答えた。
「やなこった」
「へ……?」
「なんで俺がそんな事しなきゃなんねえんだよ。こっちは殺されかけてんの。さっきなんか生きたまま喰われる所だったんだぜ。なのに、そんなアイツを助けろだ? 冗談じゃねえ」
友介は、がしゃどくろの肩の上でもがき苦しむ安倍涼太を苛立たしげな目で一瞥する。
字音は自分を助けてくれたもう一人の少女——風代カルラへ視線を送ったが、彼女は首を横に振っただけだった。
(そん、な……)
目の前が真っ暗になってしまったような気がした。確かに安倍涼太は殺人鬼だ。
(でも。だけど……)
けれどそれは、彼だけが糾弾されるべきことではない。その裏で、何一つ手を汚すことなく、特等席でこんな悪趣味な茶番を見て楽しんでいるゲスがいるのだ。字音の予想通り、安倍涼太はおそらく洗脳を受けていた。きっと、彼は己の意志とは無関係にあんな残忍なことをさせられていたのだ。
「だけどな」
そこで、さらに声が聞こえた。その声が、とても腹立たしかった。筋違いな怒りであることなんて承知している。安堵友介は被害者だ。安倍涼太は安堵友介を殺そうとした。
でも。
それでも、怒りを感じずにはいられなかった。
「生け捕りにすることくらいは出来る」
「え?」
一瞬、己の耳を疑った。聞こえるはずのないことを聞いた気がする。
「俺はアイツを救う気はねえ。そんなこと絶対にしたくねえ。けど別に、あいつを殺したい程憎いわけでもねえんだよ。だからまあ、アレだ。俺がアイツをぶっ倒しとく。それからお前が、ゆっくり時間をかけてアイツを助ければ良いんじゃねえのか」
僅かに目を逸らしながら、友介は少しばつが悪そうに言葉を濁した。
「なんだ、アンタ結構優しいんじゃない」
「は? お前本気で言ってる?」
またも、友介とカルラの間で罵り合いが始まった。
その様子を心ここにあらずな様子で見ながら、土御門字音はもう一度こう尋ねた。
「助けて、くれるの……? 涼太を、私の幼馴染みを……」
すると、二人は口論をやめた。友介がこちらを向き、真面目くさった顔でこう断言した。
「違う。俺が助けるんじゃねえ。お前が助けるんだよ。そのためのお膳立てはいくらだってしてやる。だからそれまで俺らの後ろで縮こまってろ。すぐに終わらせてくるから。うろちょろされると目障りなんだよ」
友介とカルラの二人が、さらに一歩踏み出した。
二人で字音を救うような格好で、がしゃどくろに対峙する。
背後で、ありがとう、と聞こえた気がしたが、二人は聞こえないフリをした。
その言葉を聞くのは、今じゃない。
☆ ☆ ☆
「……どういう心境の変化なのかしら? あんたってそういうの嫌いそうだけど」
「別に。ただ……」
ただ、安堵友介は知っている。
誰かを助けたくて、必死で手を伸ばして——それでも届かなかった時の苦しみを知っている。それは後悔を呼び、そしてその後の人生を縛ってしまう。
「お前には関係ねえよ」
「あっそ」
安堵友介という弱い人間の中に存在する僅かな温もり。ビビりで、器が小さくて、デリカシーの欠片もない少年だけど。六年前のあの地獄では生き残るために他人を蹴落としたけれど。
それでも、どこかの誰かに誇れる部分があった。心の中には暖かいものがまだ残っていて、その感情に従って動ける程の純粋さも忘れてはいなかった。
「まあアンタの心境の変化なんか私の知ったことじゃないしね。さっさと仕事を終わらせるわよ」
「そうだ——うおっ!?」
友介が答えようとしたその時だった。
苦しげなうめき声を上げていたがしゃどくろが動いた。破壊したはずの腕はすでに回復しており、その巨腕でもって友介とカルラを叩き潰そうと拳を突き出した。
風を切る轟音は竜巻にも似ていた。拳というよりも壁が迫っているような感覚。
しかしそんな圧倒的なスケールの力を前にしても、友介とカルラの二人に動じている様子はなかった。
「遅えな」
「そうね。すでに読めてる」
友介は左目の魔眼でがしゃどくろの右膝に『急所』を刻み、右手に握る拳銃で撃ち抜いた。炸裂音の数瞬後に、ガラスの破砕音にも似た音が辺りに鳴り響いた。
膝を正確に破壊されバランスを崩す骨の化物。全く見当違いの方向へ拳が飛ぶ。土が舞い上がり、木が根元から抉り取られるが、誰かが巻き込まれるようなことはない。
「お前はあっちだ! 腕を伝って安倍涼太を無力化しろ!!」
「アンタは!?」
「ここで時間を稼ぐ。いや——」
そこで彼は一旦言葉を切った。
がしゃどくろの胸の中心部。ちょうど、心臓がのようなもの収まっている場所へ目を向けた。
「あそこだけ他と構成が違う。無数の骨が溶け固まって一つの人間の形を作っているのに、あそこだけは三つの骸骨が規則的に互いに噛み合わさったような作りになってる。アレをぶっ壊して、がしゃどくろの動きを止める。術者の無力化か核の破壊。どっちか一方でも果たすことが出来れば俺たちの勝ちだ!」
友介は手の中の拳銃をくるりと回すと、
「行け!! もう起き上がるぞ!!」
がしゃどくろが起き上がろうと、腕に力を込めて立ち上がろうともがく。友介は再度その膝に『急所』を刻み、破壊した。
(ぐ……っ!! ダメだ……、限界が近い。『急所』で破壊できる範囲がどんどん小さくなってやがる)
景色が一瞬ぐにゃりと曲がったのが分かった。脳そのものが激痛を訴えていた。平衡感覚が狂い、たまらずたたらを踏んだ。
「安堵!!」
「良いから行け、この馬鹿!!」
「チッ!! 心配して損した!!」
吐き捨てるように言い残すと、カルラは友介から離れて、がしゃどくろの拳まで走った。
勢いを乗せた跳躍で手の甲に乗ると、そのまま一気に駆け抜けた。
「あああああああああああああああああ!! ぎ、ぎぃああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?」
頭を抱えながら悶え苦しむ安倍涼太を正眼に捉え、風代カルラは刀を構える。
足場は悪くない。角度が多少あるものの、この程度ならば取るに足らない。肘の辺りまで一気に駆け抜けて——そこで異変が起きた。
真っ白で平らながしゃどくろの腕の表面がもぞりと蠢き出し、突起物のような物が生まれた。それらはさらに形を変え、のそりと盛り上がる。最終的に人の形をした骸骨となる。数は六か七には届くだろうか。
「またアンタらね」
対するカルラには躊躇いも恐怖もなかった。
一閃。
警戒も何もなくただ突っ込んできた四体の骸骨を、長刀を真一文字に振り払って切断した。
さらに前へ。
残る骸骨も難なく退け、安倍涼太との距離が五メートルを切った。
カルラが順調にがしゃどくろの腕を伝っていっているのを横目で捉えていた友介は、彼女とは対照的に満身創痍で、いつ倒れてもおかしくないような状況だった。
脳が破裂しそうなほどの激痛が襲ってくる。血管が膨張しているかのような感覚。明瞭だった意識は時が経つごとに薄ぼやけていった。
「……づ……ッ!!」
頭痛だけではない。左目の奥で疼く激痛もまた彼の神経を炙る。これ以上の魔眼の使用は危険過ぎる。いつ脳の回路が焼き切れてもおかしくない。
それでも彼は、『崩呪の眼』の力を使い続けた。『急所』を破壊し、がしゃどくろの注意を引きつける。
(く、そ……破壊の範囲がどんどん小さくなってきてやがる……)
引き金を引き、正確にがしゃどくろの体に風穴を開けていく友介。しかし『崩呪の眼』の効果は時を追うごとに弱まっていた。効率的な魔力精製の方法を知らない弊害だ。魔術師でない友介は魔力の練り方を知らない。生命力を魔力に変換する方法を教わっていないのだ。魔眼の使用は完全なフィーリングで行っている。己の体からどの程度の生命力が魔力に変換されているか、友介は知らない。何も考えずがむしゃらに魔眼を使っているので、おそらく必要量以上の魔力が使用されているのだろう。その結果待っているのはガス欠。そしてそれに伴う、今この状況のような身体の消耗だ。
「か、はっ……はあっ!!」
荒く浅い呼吸が続く。肺が上手く酸素を吸収してくれない。酸欠によるものなのか思考能力も低下していく。鼻の穴からぬるりと生暖かい液体が垂れているのが分かった。手元が震え、上手に照準を合わせられない。両手から銃が滑り落ち、両の膝からするすると力が抜けていった。
「ぁ……」
地面がすぐ目の前に迫り、気付いた時には顔面を強打していた。
苦痛の声を上げる余裕もない。
(あの妖怪を倒すとか啖呵切っといて、このザマかよ……)
自重気味に唇を歪める。首を僅かだけ動かして視界の先でがしゃどくろの腕を駆け上がる風代カルラを見上げた。
「だいぶ不本意だけどよ……」
脳の中心をガリガリと削るような激痛に顔を歪めながら、それでも顔を笑みの形に留めようと口の端を吊り上げる。
「悪い。後はお前に任せるわ」
そして。
風代カルラは己の間合いに安倍涼太を捉えた。
刀を持ち替える。峰で涼太を叩き意識を叩き切るために、長刀にあらん限りの力と思いを込める。
「待ってなさい。今からアンタを、救う」
もはや絶叫すら通り越した高音を発しながら、安倍涼太が風代カルラを迎え撃った。安倍涼太の周囲に数体の骸骨が現れ、カルラへ襲いかかる。
「——ふっ!!」
短い呼気と共に放たれた一閃は、それら全ての間をすり抜けて少年の腹を正確に捉えた。
交差。一拍置いて刀を仕舞う。示し合わせたように少年の体が崩れ落ち、己の存在を維持する主人が倒れたことで、がしゃどくろの体が瓦解した。足から順に砂へと変じていく。
足場がぐらつくのも気にせず、カルラは近くで倒れている安倍涼太を抱え上げてもと来た道を戻るように地上へと降りた。
近くで僅かに笑う友介の前まで来ると、右手を差し伸べてこう言った。
「アイス」
「あん?」
「よろしくねっ」
意地の悪い笑みを浮かべるカルラを、友介は心底性格が悪いと思った。




