行間三
才能がなかった。
それでも少女は努力をやめなかった。才能がない事は諦める理由にはならない。才能がないからと言って全てが否定される訳ではない。未来における成功が存在しないとは限らない。
『そんなことを本気で思っているのかよ? ましてや字音姉ちゃん、あんたは星読みを専門にする陰陽師だぜ? 自分の未来すら見通せないなんてどうかしてるぜ? 俺ぁよ、未来を視る事も確定させる事も出来ねえけどさ、それでも自分がどれだけ成長できるかぐらいは分かるぜ。姉ちゃん、率直に言ってあんたは大成しねえ。諦めろ』
そんなことは言われるまでもなく分かっていた。自分には才能がなくて、未来において自分が成功しているビジョンも思い浮かばない。
分かっていたのだ。これからもう十年努力した所でどうにもならないということも。その先に待っているのが挫折だけだということも。
だけど止まれなかった。
だって、好きだったのだ。
陰陽術が。星読みの魔術が。例えば、未来を自分の望む物に変えられたらどれだけ楽しいだろう。別に世界の在り方そのものを帰るつもりはない。戦争を起こすつもりも、恒久的な平和を望んでいる訳でもない。自分の明日を見たい訳ですらなかった。魔術を習得した後の事なんて考えていなかった。
ただ、好きなものなんだから、上達させたい。
それだけだったのだ。
大層な矜持も、盛大な計画もない。
どこにでもいるような子供達と同じように、好きなものには本気で取り組みたかった。
『別に私に才能が無いのならそれでも良い。そんなことが理由で私はすきなことをやめたりはしないし、好きである事をやめたりできない』
涙でグシャグシャにした顔で、彼女はそう言った。
『もし私に才能が無いのなら……、運命が私の成功を阻むと言うのなら、それでも構わない。それを真っ向からぶっ壊してやる。そして最後に、こんなクソッタレな世界を、ざまあ見ろと舌を出して笑ってやる』
少女の瞳はとても綺麗で、自信に満ち溢れていた。
彼女は、挫折も失敗も、楽しんでいた。悔しさに涙を滲ませながらも、それでも少女は楽しいと思っていた。
けれど、そんなある日。
彼女の運命を変えるような出来事が起こってしまった。
彼女の弟が人を殺している姿を目撃してしまった。
いつものように涼太の洋服を彼と一緒に買いに行った帰りの事だった。
そいつは、白昼、道のど真ん中で一人の女の子を刀で滅多刺しにしていた。
つまらなさそうに。
くだらなさそうに。
面倒くさそうに。
やがてこちらに気付いた少年は、いつものようにふざけた笑顔を浮かべながらこんなことを言ってきた。
『何だ姉ちゃん、見ちまったのかよぉ。ったく、やめてくれよなあ。まあ良いや。姉ちゃんもそろそろ自分の才能に絶望し始めた時期だったろ? だからその苦しみから解放してやる』
本当に、唐突だった。
命がけのかくれんぼが始まった。
彼女はその日から家に帰る事は無かった。科学圏にあるという土御門家の別荘に身を隠すことにした。あそこなら勝手が分かっているから、身を隠す魔術だって使える。
それから半年、涼太が来るまでの間、彼女は殺人鬼の影に怯えながら暮らしていた。
『あの子は……おかしい』
歯の根が合わずガチガチと震える口でそんなことを呟いたのを覚えている。
一目見ただけで分かった。彼はきっと、人を殺し慣れている。人殺しに罪悪感を覚えない。人殺しが当たり前になっている——つまり生活の一部になってしまっている。
変人ぞろいの土御門家の中でも断突に狂っている。
様子が変わってしまってしまった涼太がやって来てからさらに半年。
一年もの間、字音はこの館で一人孤独に暮らしていた。
大切な幼馴染みに命を狙われながら。
弟に狂わされた幼馴染を救うために。




