第三章 少女・字音 4.合流
「アンタこんな所で何してんの?」
馬鹿にしたような口調。呆れるような目を向けて、少女は言ってきた。
しかしその後すぐに友介の怪我に気付くと、顔色を変えて詰め寄ってきた。
「ちょっアンタその怪我どうしたの? 誰にやられた? 一体何があったの!?」
「おい近えよ……。てか手当もいらねえ」
「うるっさい静かにしてろ」
「だからいらねえって——」
「黙ってろハゲ!」
「は……!? ハゲてねえわ!」
カルラの理不尽な罵倒に猛抗議を上げる友介。カルラは近くでやかましく騒ぎ立てる友介を無視してぽんぽんと友介の全身を触って怪我をしている所がないか調べる。
「服脱いで」
「下か?」
「切り落として欲しいの?」
カルラの右手に握られた長刀のギラリとした光に顔を青くしながら、友介はすごすごと上着を脱ぐ。埃と己の血で汚れたTシャツをその辺へ投げ捨てると、そこに真っ青に変色した腹があった。
「こんな……っ」
字音の顔がたちまち青白くなっていく。
目に見える位置に怪我はなかったが、あの骸骨の攻撃は確実に彼の体を破壊していたのだ。
友介は、己の腹にできた大きな青痣を見て脳が痛みを自覚した。再び激痛がぶり返してきた。
カルラもまた顔をしかめながらペタペタと局部を触る。
「……内蔵に異常は無いみたいね。良かったわ。命に別状はない。内出血も止まっているみたいだし心配ないわ」
はあ、と一つ大きく息を吐いて立ち上がるカルラ。
「それで? 何があったの? その女の子の正体も含めて、私達が今置かれてる状況を説明してもらえるかしら」
「ああ。でもその前に、どこかの部屋に隠れたい」
「追われてるの?」
「まあな」
友介は痛みに顔をしかめながらゆっくりと立ち上がると、壁に手を突いてゆっくりと歩き始めた。
「得物も欲しいし、服も欲しい。シャワーも浴びてえ。とりあえず俺の部屋まで一緒に来てくれ」
「了解」
「一応聞いとくけど、部屋には誰にもいねえよな」
「草加草次がいるはずよ」
「そうか。ならなんとかなる。あいつは馬鹿だけど真っ直ぐだ。正直に話せば信じてくれるだろ」
「それはどうでしょうね」
「あ、あの……」
そこで、友介とカルラの間に言葉を挟む声があった。字音のものだった。
「私はどうすれば?」
「お前も来てくれ。お前がいないと、安倍涼太のこととかがちゃんと説明できねえ。それから一つ頼みがある」
「なに?」
カルラの方へ向き直りながら、
「他の奴らも集めてくれ。状況は思ってる以上に切迫してる。何も知らないままだと、おそらく命を落とすことになるぞ」
☆ ☆ ☆
部屋に戻ると、そこには退屈そうな様子で友介が生み出した大穴を眺める茶髪の少年がいた。彼は扉の音に気付いて背後を振り向き友介の姿を認めた瞬間ぎょっとした顔になった。
「待って。こいつは犯人じゃないかもしれない」
「あれ、結局友介くんは犯人じゃねえの?」
「さあね。それを今から話してもらうのよ。まあでも、私が見た感じだと、嘘を吐いていた可能性は大分低いけど」
「そっちの子は?」
「土御門字音だ」
答えた友介の言葉に、今度こそ草次が肩に提げたアサルトライフルの銃口を跳ね上げた。
「友介くん、離れてくれ!」
「おい、それをしまえ。こいつも敵じゃない。むしろ被害者だ」
「どういう意味? 嘘を吐いてる訳でもなさそうだけど」
「そのままの意味だよ。ただ、その前に少し待ってくれ。シャワーを浴びたい。他の奴らが来たらここで待つように伝えてくれ」
「分かったわ。出来るだけ早くしなさい」
シャワーを浴び終え制服に着替えた友介は、部屋に戻ると彼らに事件の真相を語る前に自分の得物である二丁の拳銃を探した。
「あれ、これ探してんの?」
いち早く友介の意志を汲み取った草次が懐から拳銃を取り出した。黒い拳銃と白い拳銃。間違いない。友介のものだ。
友介はその自分の得物にごく自然な調子で手を伸ばしたが、触れる直前、ひょいと手の中から消えた。
「……おい」
「いやまあ、俺はまだ完全に友介くんを信用した訳じゃないから。殺人をした疑いのある人に銃を渡したくはないかな」
「チッ」
友介は露骨に舌打ちを打ち、伸ばしていた手を引っ込めた。
近くにあった椅子を引き寄せ適当に座ると、不機嫌さを隠すこともなく静かに事件の真相を語り始めた。
☆ ☆ ☆
「ほーん、そういうわけね」
想像していたよりも遥かに下らない事件の真相に、しかしカルラも草次も脱力したり緊張の糸を切ったりということはしなかった。
原因はもちろん……、
「館を徘徊する大量の屍人……。本当にそんなのがいたの?」
「ああ、いた。腹の怪我だって安倍涼太が使役していた骸骨に殴られてできたものだ」
「……」
カルラも草次も押し黙った。
新たなる驚異に対してどのように手を打つか考えているのだ。
「だったらさ、帰ったら?」
言葉は字音から。
確かにその通りだ。当初の目的を達成した以上、もうこの館に留まり続ける意味はない。もう二度と会うこともないだろうし、何の報告もなく姿を消しても問題ないだろう。……というかそもそも、友介はすでに敵として安倍涼太に認識されている。ならば一刻も早くこの場から逃げることが大切だろう。
「あなたたちの目的はこの事件の犯人を捕まえることじゃない。そうでしょ?」
その通りだ。彼の言葉は核心を突いている。
だが——。
「ダメだ」
「ダメよ」
二つの声が重なった。
友介もカルラも、その瞳の中に全く同じ色を浮かべていた。
「絶対にダメよ。アンタを持ち帰ってあの女に渡した瞬間、多分殺されるか魔術圏への交渉の材料にされる」
「ど、どういう……」
疑問の声を上げたのは草次だ。
「アンタまさか『土御門家』を知らないの? 西日本帝国最小にして最強の魔術結社。構成人数たったの六人にもかかわらず、数十にも及ぶ魔術結社を破壊して回った危険な集団。勝手気侭な気分屋が集まった化物集団。一度鎖が放たれれば敵を喰い尽くすまで止まらない狂人の集まりよ」
「あの……言いすぎじゃ……」
「事実だよ」
カルラの言葉に、他ならない字音が返した。
「私達は全員兄弟なんだけど、誰一人として自分の家族を分かっていない。そもそも分かろうともしない。それにもかかわらず、確かな絆で繋がってる不気味な集団」
台詞とは裏腹に、彼女の声にはどこか誇りが混じっているように感じた。
「とにかく、『土御門家』はあらゆる意味でイレギュラーよ。これほどの力を持ちながら政治には一切介入しない。にもかかわらず、西日本帝国の王家は彼らの機嫌を損ねないようにして政治を行っている」
カルラの『王家』という言葉が出た瞬間、友介の眉がピクリと僅かにだけ動いた。が、誰もその些細な変化には気付かなかった。
「この子は東日本国が西日本帝国に何かを仕掛ける際のキーアイテムになる——つまり外交に使えるのよ。そしてこの子を政治の道具として使う際、おそらくあの胡散臭い女は容赦をしない。爪を剥ぎ、骨を折り、舌を抜いてもおかしくないわ。この子は渡せない。なんとかしてこの子を隠すか逃がすかしないとダメだわ」
「ま、実験に使われる可能性もあるかもな」
科学圏では様々な研究が行われている。特に頭のねじがぶっ飛んでいる科学者に至っては、魔術師を解剖して『科学的に魔術を解析』しようとする科学者も少なくない。Mセンサーなんて代物があるくらいなので、案外他にも表に出ていないだけで、完成している『科学的な魔術』の研究があるのかもしれない。
「でもじゃあ、どうすんだ? このままここで考え続けんの? よく分からないゾンビみたいなのがいるんだろ!? だったらこんな所で悠長に話し合ってる場合はないんじゃないでしょ!! 時間がない。字音ちゃんの身柄をどうするかについて話し合うためにも、まずは落ち着いた状況に身を置く必要があるでしょ!!」
「そうね」
「だから、やることは一つだ」
そこで、安堵友介と風代カルラ——二人の声が、再び重なる。
「「ここであのクソ野郎をぶっ飛ばす」」
やることは決まった。
少年と少女の中で、何かが切り替わった。




