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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第二編  陰陽の死角
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第三章 少女・字音 1.ちっぽけな謎解き

「チッ……逃げられたか」


 忌々しそうに舌を打つ千矢は、突然現れた大穴を眺めていた。前兆などなかった。建物そのものも蹴っただけで床が抜けるような脆い構造をしていないはずだ。ならば今しがたの現象は何だったのか。答えは出ない。ただ単純に、『逃げられた』という結果だけがそこにはあった。


「逃げられたわね」


 悔しそうに歯噛みする千矢の背中へ、長刀を携えたカルラが言葉を投げる。


「アンタの言う通り、アイツはあの死体に見覚えが合ったらしいけど、だからってアイツが犯人だって証拠になるの?」

「いや、見覚えがあること自体は証拠とはなり得ねえよ」

「だったら」

「ただ、あの死体の腹にはくっきりと靴跡が残っていたんだ」

「靴跡?」

「ああ。思い切り踏んだか、あるいは靴の裏で蹴り飛ばしたのかは知らねえがな」


 カルラ達には知る(よし)もないが、それは友介が昨夜あの屍人達と激闘を繰り広げた末にできた、友介の蹴りの跡だった。


「現場にあいつがいたっていう証拠があったんだ。なら、アイツが最も怪しい」

「…………そうね」


 少しの間を開け、カルラが首肯する。


「けど、殺すのは反対よ」


 しかし、続けて放たれた言葉には強い拒絶の意志が込められていた。


「怪しいって理由だけで殺すのは反対。たとえアイツが犯人だとしても、アイツに何の償いもさせないまま、ただ殺して終わりだなんての絶対に認めないわ」

「油断してたらのど笛に噛み付かれるぞ?」

「大丈夫よ」


 チリチリとカルラと千矢の間で火花が散る。

 近くでその様子を傍観していた草次はおろおろと両者を見比べながら口を開いた。


「ま、まあまあ。それよりも、今からもう一度現場に行かね? 他にも何か分かるかもだし」

「勝手にやってろ。俺は安堵を探す」


 カルラも草次に返事を返さないということは、千矢と同意見なのだろう。


「じゃあ二手に分かれよっか。千矢くんとカルラちゃんは友介くん探し。俺と蜜希ちゃんはもう一回現場を探すってのでどう?」

「良いんじゃない」

「じゃ、そういうことで」


 そのまま草次は廊下へ出た。外では蜜希が青い顔をして待機していた。おそらく、さきほどの崩落音がよほど恐かったんだろう。草次は適当にそう当たりを付け、彼女を促した。


「現場に行こう」


 蜜希がこくりと頷き、草次に追従した。


☆ ☆ ☆


 扉を開け放ち廊下へ出た友介。彼はそのまま左へ方向転換し、力の限り地を蹴って駆け出した。

 しかし。

 どんっ、と何かにぶつかった。柔らかくもしっかりとした感覚……人間にぶつかったのだとすぐに気付いた。


「うおわ!」

「きゃ!」


 甲高い悲鳴が友介の耳に届いた。聞き覚えのない声だった。女の子の声。


「誰、だ……?」


 起き上がり、ぶつかった人間の姿をその目に収めた。

 そこに、巫女服を着た少女が倒れていた。長い黒髪は束ねられることはなく、まるで扇のように床に広がっている。端正な顔立ち。美少女、というよりも美女という言葉の方が似合いそうな風貌だった。

 ただし、全体的にどこか薄汚いという印象を与えてくる少女だった。巫女服は所々が擦り切れてしまっているし、本来なら美しいはずの黒髪も痛んでしまっている。女の子としての矜持を感じられなかった。


「いつつ……」


 少女は腰をさすりながらゆっくりと顔を上げた。友介と目が合う。

 すると少女は、怯えたような目を友介に向け、弾かれたように立ち上がってその場から駆け出そうとした。友介は反射的に手を出して少女の手首を掴んでしまう。


「待て、何で逃げるんだ」

「きゃ、嫌だ! 離して! 痛い!!」

「うお、悪い!」


 とっさに手を離す友介。そうすることで、少女の手首にある青痣がはっきりと視界に入った。


「…………」


 何も言葉を発しない友介に対し、少女は訝しげな視線を送り続けてくる。

 なんとなく居心地が悪い友介は、会話の種を探そうと適当に質問した。


「あ、アンタ名前は?」

「土御門字音、です」

「——なっ!」


 抑揚のない、あまり感情を感じさせない声音で、予期せぬ答えを返された友介は、背中に脂汗がぶわっと浮かんだのが分かった。


「お前……が?」

「?」

「本当に、土御門字音なのか……?」

「はい……」


 彼女は友介とあまり目を合わせようとしない。男の人が恐いのか、あるいは友介から何か害意のようなものを感じたのか。とにかく、土御門字音と名乗った少女は友介を避けているように思えた。


「その、何でこんな所に?」

「それは……」


 言葉を濁す字音は、そこではっと顔を上げると友介の右手を掴んだ。


「こっちです。きて!」

「は? ちょ、おい!」


 反論も許されないまま手を引かれた友介は、導かれるままにとある部屋に入った。扉を閉め、字音はドアに耳を付けて外の様子に聞き耳を立てる。

「おい、一体何なんだ。ていうか、お前本当に土御門字音なのかっ?」


「…………」


 しかし、字音は答えない。目つきを鋭くして呼吸を潜めていた。


「なあ、おい」

「静かに」


 人差し指をピンと立てて静止を促された。

 カツン、カツン、カツン。

 ゆったりとした歩調の足音が一つ。何者かがこの一階のフロアをゆっくりと歩いていたのだ。


『ほうらぁ。どこにいんだよ。出て来いよ。どっかにいるのは分かってんだよ、字音ぇ』


 扉の向こうから聞こえてくるのは、甲高い声。声変わりしていないかのような声だった。聞いているだけでこちらの神経を逆なでしてくるかのような声だ。


「…………?」

『ほらほらぁ。どこだよ』


 しかも、この声にはどこか聞き覚えがある。つい最近聞いたはずだ。あれは一体どこだったか。

 真剣な表情で聞き耳を立てる字音に続いて、友介もよく耳を澄ました。——当然、字音が突然襲ってきたりしないか右眼で注意深く観察しておくのも忘れない。


 ゆっくりとした歩調。改めて外の様子に注意を向けると、足音は一つだけではないことが分かった。他に五人ほどがペタペタと足音を立てて廊下を闊歩している。

 しばらくその体勢のまま廊下を歩く何者かが過ぎ去るのを待った。何事もなく聞きは通り過ぎる。ふぅー、と字音が息を()いて脱力する。


「おい」


 一段落着いたことを悟った友介は、近くで脱力する少女へ責めるような声色の言葉を投げかけた。


「お前は自分を土御門字音だと名乗ったな」

「…………」


 コクリと、友介と顔を合わせないまま頷いた。


「なら、アレをやったのもお前なのか?」

「あれ……?」


 友介の質問に対し、字音は初めてこちらへ視線を向けた——が、すぐに目を逸らしてしまう。


「赤川みかこと瀬川ミユの殺害」


 端的な事実を告げた。もったいぶる理由もごまかす必要もない。ただ一つの事実に対して、目の前の少女がどのような反応を返してくるのかを見極める。

 少女はしばらく黙りこくると、やがてとても悲しそうな色をその瞳にたたえた。


「そっか。まだ解けてないんだね……」


 聞き逃してしまいそうなほど細い声。


(解けて……ない……? 一体何が?)


 しかし、字音はそれ以上何を言おうとはしなかった。一人で勝手に話を完結させてしまう。

 彼女はドアノブに手を掛けゆっくりと回した。音を立てないよう忍び足で廊下へ出る。友介が出るのを待って、彼女は口を開いた。


「あなたはここに招待されて来たの?」

「ああ」

「本当の目的は私を殺すこと?」

「…………っ」

「隠さなくて良いよ。もう知ってるから」


 冷や汗が全身を包んだ。友介達がこの館で彼女に吐いて嗅ぎ回っていたことがターゲットに筒抜けだったことに、友介は静かに絶望した。

 この少女はすでに、こちらを敵と認識している。

 丸腰の状態で、こちらを敵視している魔術師とかち合ってしまった。光鳥感那は土御門字音を強くないと評していたが、それは素手でも倒せるという意味ではないだろう。腐っても魔術師。おそらく友介はここで死ぬ。

 そう思っていたのだが、続く字音の言葉は友介の予想とは全く違うものだった。


「一つ言っとくと、私を殺した所であまり意味はないと思う。それどころか、私を殺せば『本家』のお兄ちゃん達が総出で科学圏を落としにかかるはずだから、殺さない方が良い」

「本家?」

「そう。土御門家の『本家』。陰陽体系を支配する、西日本最大の魔術結社とも言われてるよ」


 土御門家。

 友介は魔術圏の内部事情は知らないが、その西日本帝国最強の魔術結社が科学圏に攻め込んでくればどうなるぐらいは容易に想像できた。

 その上で、友介は厳しく問う。


「だから殺すなって言うつもりか?」

「ううん。私は殺すことに意味がないって言ってるの。私は強い魔術師じゃないし、科学圏に特別強い憎しみを持っている訳でもないし。殺したければ殺せば良いと思うよ。……私なんて、いてもいなくても一緒なんだから」

「どういう意味だ」

「特に意味はないよ。つまり、私を殺す方が、デメリットが大きいっていうことが分かってれば、それで良い」


 目の前の少女の言動に、さきほどから友介は内心首を傾げっぱなしだった。友介の中にある魔術師のイメージから、この少女はさらに乖離し過ぎている。

 空夜唯可にしろ、ヴァイス=テンプレートにしろ、瀬川ミユにしろ、彼らには己に対する絶対的な自信のようなものが存在していたように思える。だが、土御門字音は違う。その希望を見ていないかのような暗い瞳を見ても分かる通り、彼女は己に対する自信がない。というよりも、自分は取るに足らない存在であるという一種の確信のようなものを持っているように思える。


 友介はその彼女の人間性には触れず、ただ淡々と質問を重ねる。


「で、だ。お前はここで何をしてたんだ? 俺たちの動きを把握しておきながら、お前は俺たちを野放しにした。命の危機が近付いていることは分かってただろうが。まさか俺たち如きじゃあ相手にもならないってだけか? ……いいや、それ以前に、だ。お前はどうしてこの館にいるんだ」


 今回の件、最初から不可解な点が多過ぎた。


 まず、ターゲットであるはずの土御門字音についての情報が、全くと言って良いほどなかった。分かっていたのは、彼女が規格級魔術師だったということだけだ。顔写真さえないなど、どう考えてもおかしい。

 字音に関する情報がその程度しかなかったにもかかわらず、この洋館にいるというその情報が正確だったというのも怪しいだろう。

 さらに言えば、光鳥感那はどうやってここへの招待券を手に入れたのだ? ただ単に、彼女が安倍涼太と知り合いだった、というだけの話なのだろうか。


 友介から続けざまに放たれた言葉に、字音は一つ一つ丁寧に答えていく。


「私の目的は自分の命を守ることじゃないから。それに、あなた達に見つかることはないとも思っていたし……」

「てことは、俺の行動はイレギュラーだったってことか?」

「……」


 字音は小さく頷いた。


「それから、私がどうしてここにいるのかって質問だけど、こっちには答えられないかな」

「なんでだ」

「言いたくない、から……」

「なんか目的があんのか」

「うん。とっても大切なこと」


 そう告げる少女の声には、やはり覇気がなかった。やり遂げるべきことは視えているのだろう。だが、だからといってそれを達成できるとは思っていない。そんな声色だった。


「じゃあとにかく、お前は俺たちにも、そして科学圏にも害を与えるつもりはない。それで良いか?」

「うん。大丈夫」


 友介は心底面倒くさそうな表情でため息を吐いた。これでは、報酬も給料ももらえないだろう。だってすでに、目の前に立つ、友介と目を合わせようとしない少女を殺す理由は無くなってしまったのだから。彼女を殺すことは、友介が己に定めたちっぽけな誓約に違反する。


「分かった。ただ、一つ協力して欲しいことがある」

「なに?」

「俺はいま命を狙われてる。冤罪を吹っかけられ、刀やらライフルやらを持った狂人達に追われてんだよ」

「その冤罪を晴らして欲しいの?」

「違う……ああいや、最終的にはそうなんだが、そのための証拠が欲しい」

「さっき言ってた殺人事件のことだよね? だったら犯人を引きずり出せば良いんじゃないの……?」

「その犯人が分かれば苦労しねえ」

「なんで?」


 友介の正論に、しかし字音は首を傾げてこう応えた。


「犯人なんて一人しかいないでしょ」

「はあ?」

「涼太だよ。涼太が全員殺したに決まってるじゃない」

「おいおいおい! ちょっと待て! なんだそれ。証拠はっ?」

「証拠はないよ。でも、事実。この屋敷で半年間行われ続けている紛れも無い事実だよ。この館には何人かの客人が呼ばれる。彼らのうちの一人は殺害されてしまう。すると他の客人達は皆それぞれ異なった反応をする。恐怖で泣く人。半狂乱になって暴れる人。正義に反した殺人者を許せないと憤る人……。涼太は、混乱した人間が見せる、人の『本性』を見て楽しむ趣味を持ってるの。当然仕込んでいるのは全て涼太一人。真実は、メイドですら知らないし、時にはメイドすら殺害されてしまい、ゲームの舞台装置として使われてしまう」

「————」


 想像を絶する真実。


「じゃあ、さっきの声は……」

「そうだよ。あれは涼太の声」

「お前はあいつとかくれんぼでもしてんのか」

「うん、命がけのかくれんぼ。見つかれば殺される。そんなかくれんぼをしてる。実は、さっき話したあの子の趣味も、元は私をあぶり出すために行っていたことで、それをおまけ程度の趣味にしているだけ」

「……あんたらはどんな関係だったんだ」

「さあね。何だったんだろ。弟だと思ってたんだけどね」


 彼女は、何かを懐かしむような、もう戻ってはこない優しい時間を思い出すかのような、そんな表情で涼太が歩き去ったであろう方向へ目をやった。


(犯人は分かった。なら、あとは安倍涼太をあいつらの前に引きずり出せば勝ちだ)


 二人がどういう関係だったのかは知らない。だが、友介は自分のために行動させてもらう。


「悪いけど、俺はあの男を殺すつもりだぞ。俺と一緒に来た四人の前に引きずり出して、罪状を全て吐かせる」


 冷たく放つ言葉。目の前の少女にとって安倍涼太という少年はとても大切だっただろう。あるいは、友介にとっての杏里のような存在だったのかもしれない。

 それでも彼女は、


「うん。それ、私も手伝うね」

「……」

「もうあの子に、間違った道を歩ませるわけにはいかない」

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