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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第二編  陰陽の死角
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第二章 怪談・字音 3.疑惑の矛先

 自室に戻り布団に潜った後も、恐怖からか、友介はしばらく眠りにつくことが出来なかった。疲労が溜まり眠たいはずなのに。だが、いつ彼らがもう一度追ってくるか分からない以上、安易に眠りにつくことなど出来るはずもなかった(自分が見張り当番であることは、一連の事件のせいで当然忘れてしまっている)。意識が完全に落ちたのは、空が白み始める頃になってから。夢を見なかったことがせめてもの救いで、大した睡眠が取れていないにもかかわらず寝起きの体調はさほど悪くはなかった。


「おい、起きろ」


 友介を起こす声。昨夜も聞いた、川上千矢の声だった。

 彼は呆れたような視線を友介に向けながら、ため息を吐いた。


「朝が弱いタイプか。ママに迷惑かけるタイプだな」

「ほっとけ」


 千矢の軽口を適当にあしらい、友介は洗面所へ。顔を洗い、意識を覚醒させる。その間も、千矢は友介に言葉を投げ続ける。


「俺達の中にはまだ被害者がいないな。それだけでも僥倖という所か」

「? どういう意味だ?」


 千矢の言葉を背中に受けながら、友介は適当に返事を打つ。そう、ただの返事。だから、その質問に大した意味はなかった。気軽な、挨拶程度の気持ちではなったものでしかなかった。

 けれど。


「今起きたばかりだから知らないのか。あるいはとぼけているのか」


 寝起きで頭が働いていないせいだろうか。彼の言葉はどこか要領を得なかった。


「なんだよ、もったいぶんな。さっさと言え」


 続く言葉は、そんな甘い考えを簡単に吹き飛ばした。



「赤川みかこが遺体で発見された。自室で大量の骨に全身を貫かれた状態でな」



「————は?」


 音が右から左へ抜けていっているかのような錯覚を覚えた。何を言っているのか分からない。意味が不明だった。

 殺された? 誰に? なぜ?

 疑問が脳を埋め尽くすが、現実感の乏しい言葉がさらに友介を襲った。


「そして、俺たち四人の中では、犯人はお前なのではないかと考えてる」

「はぁ!?」


 千矢からのあらぬ疑いに、友介は目を剥いて反論した。


「待て待て待て! 俺が? 何で俺がそんな事しなくちゃならねえッ!」

「知るか。ただ、もうお前がやったというのが俺たちの共通認識なのだ」

「クソが! 意味分かんねえこと言ってんじゃねえ! 俺は何もしてねえよ。それとも何だ? 何か証拠みたいのが出てきたのか」

「証拠ねえ。まあ、状況証拠も、物的証拠も出てるな」

「何だと……?」


 友介は大きく目を見開いて眼前にいる敵を見つめた。


「待て……。俺は赤川さんの部屋になんて行ってない! 俺は……」

「じゃあ昨夜、どこ行ってたんだ? 俺に起こされて見張り当番を代わった後だよ」

「そんなもん、ずっと部屋で……ッ」


 口から出た大声を、しかし友介は途中で切ってしまった。


(いや)


「どうした? どこに行ってたんだ?」

「…………っ」

「答えられないのか?」

「……それは……」


 昨夜のことを思い出した。否、そもそも忘れてなどいなかった。あんな恐怖を忘れられるはずがなかった。


(正直に話すべきか?)


 しかし、起きたことを馬鹿正直に全て伝えた所で、目の前の男が簡単に信じるだろうか? ただでさえ非現実的な出来事だったのだ。今の友介が話した所で、ただの妄言だと断じられておしまいだろう。

 千矢が一歩こちらへ踏み込んでくる。


「……聞かせろ」

「なんだ?」

「聞かせろっつってんだ。その証拠とやらを」

「良いだろう」


 短く告げると、千矢はポケットからスマートフォンを取り出した。指先で操作しながら、淡々と事実を述べる。


「まずは状況証拠から。これは草加の証言だが、安堵が深夜に部屋を出てどこかへ行っていたと言っていたが……本当か?」

「……事実だ」

「そうか。赤川みかこさんが殺されたのは深夜だから、まずその時点でお前が怪しい」

「けど、そんなの誰だって言えるだろ。俺たちが見てないだけで、他の奴も部屋から出ていたかもしれない」

「そうだな。だが、それは可能性の話だ。現に、お前に関しては目撃証言が出ているんだ。まあ、こちらはそこまで重要ではない」


 彼はスマホを操作していた指を止めると、画面をこちらに向けてきた。


「大切なのはこっちだ」


 そこにあったのは、骨。入り口から部屋の中を取ったのだろうが、見渡す限り骨しかなかった。部屋の床が大量の人骨で覆われ、その真ん中に一人の少女が体から大小様々な骨を生やして倒れていた。

 その中心に大きな血溜まりが出来ている。

 友介は露骨に顔をしかめ、僅かに覚えた嘔吐感を無理矢理誤摩化しつつ先を促した。


「これだよ」


 そう言って千矢の右手が画面の端の方——つまり部屋の奥——にある、緑色の物体を指差した。


(小せえな)


 もっとよく目を凝らしてその緑色の物体を観察する。五秒ほど眺めたがその輪郭すら掴めない。

 だったら、と一つ呟き、千矢はスマートフォンを自分の手に戻して再度操作した。十秒ほど経ってからもう一度画面を見せられる。


「————ッ!」


 瞬間、思わず友介は息を飲んでいた。

 画面に写っている画像は、緑色の物体を近くから撮った写真だった。


「これ……いや、こいつがどうしてここに……?」


 見覚えがあるどころの話ではなかった。そもそも忘れるわけがなかった。あんな恐怖。あんな狂気。

 それは。

 昨夜友介を襲ってきた屍人そのものだった。


「知っているんだな」


 友介はこくりと頷いた。

 直後。

 バン! と扉を開け放って草加草次と風代カルラが部屋へ踏み込んできた。カルラは右手に全長一五〇センチは越えそうな長刀を携えゆらりと構えており、草次は肩にアサルトライフルを提げて、こちらへ銃口を向けていた。


「おい……どういうことだ」

「決まっているだろう」


 感情を押し殺した声で問う。それに対する千矢の声は、どこか軽かった。



「とりあえず殺す」



 そこからの友介の行動は速かった。ガチリとスイッチを切り替えるようにして右眼の機能と、左目に宿る魔眼の力を完全解放。足下に破壊の象徴たる黒点——すなわち『急所』——を生み出し、足で踏み砕いた。黒点にヒビが入り——直後。

 友介の周囲五メートルほどの範囲の床がブロック状に砕け散った。


「な、は——ッ!?」


 呆ける千矢を押し飛ばす。押し戻された千矢は崩落の範囲から安全圏へ。

 対して友介は重力に引かれて階下へ落ちた。千矢達の前から一瞬にして姿を消す。


「あ、おい! 逃げるな!」


 慌てたような千矢の声を無視する。というか、そんなことに気を取られている場合ではない。このまま一階へ落ちてしまえば、瓦礫の下敷きになった末、大根おろしのようにすり潰されかねない。


(だから——!)


 右眼を使う。未来視すら可能なこの目ならば、この崩落から安全に脱する方法も教えてくれる。幸いにも瓦礫という名の足場があるため、ルートさえ定まれば後は走るだけで十分だ。

 ——演算開始……完了。生存のための最も効率的なルートを発見。

 友介は演算の結果視えたルートをなぞるようにして、崩落する瓦礫を蹴って危険域から脱した。


 着地し——同時に破砕音が鳴り響いた。

 天井に空いた穴の向こうから千矢の舌打ちが聞こえてきた。

 友介はそれを無視し、逃走を図る。扉を蹴破り廊下へ躍り出た。


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