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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第二編  陰陽の死角
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第一章 五人 5.遺骸

「おや、あなたは安堵友介様ですか?」


 瀬川から意味深な言葉を投げられ、しばらくその場を動けずにいた友介は、いつまでも突っ立っていても疲れるだけだと判断し、先ほど瀬川が座っていた椅子に腰掛けていた。

 座ってからもずっと考え事をしていた友介は、ロビーの端の方から声をかけられ、驚いて変な声を上げてしまった。


 そこにいたのは、メイドだった。

 秋葉原にいるような『萌え萌え』なメイドではない。どこか気品の漂う衣装を着た少女だ。涼太自身は執事だとか言っていたが、それも違うような気がする。一般的な『萌え』なメイドではないが、執事と呼ぶには可愛らし過ぎる。

 つまり何が言いたいかというと、あの服をいつか唯可にも着せたいということだった。


(……何を考えてんだ俺は……)


「あの、どうかしましたか?」

「うおわ!」


 自分の頭の悪さに絶望していると、メイドさんがこちらを心配そうに覗き込んでいた。

 突然顔を近づけられ、素っ頓狂な声を上げる友介。そんな友介の様子に、メイドさんは、


「ふふ」


 と、少し面白そうに微笑んだ。


「変な声」

「ぐ……」


 だいぶ恥ずかしい場面を見られてしまったようだ。

 メイドさんは微笑みを浮かべたまま、一歩引き下がると、ゆっくりと綺麗なお辞儀をした。


「わたくし、涼太様の身の回りをさせていただいております、赤川みかこと申す者です。涼太様のお客様のお世話もさせていただきますので、よろしくお願いします」

「あ、どうも。安堵友介です」

「知っていますよ。というか、先ほど名前をお呼びしたのですが」

「確かにそうでしたね……」


 どうやら相当疲れが溜まっているらしい。


「ていうか、どうして俺の名前を?」

「先ほどお部屋へ挨拶に行った折、草加様や川上様からお名前をお伺いしていましたので」


 なるほど、と心の中で納得する友介。

 どうせなので、一階の構造について少し尋ねることにする。友介はここに来た目的を忘れてはいない。


「そうだ。一階ってどんな感じなんですか? さっき二階と三階は見て回ったんですけど、もう体力が……」

「それが、私にも分からないんですよ……。私も、つい二週間前に雇われた身ですので」


 シュンと肩を落とすみかこ。


「いや、別に自分で見に行けば良いだけですしね」


 そう言って歩き出そうとした時。


「あ、いましたいました! 安堵さん! 昼食ですがどういたしますか? 他の方達はすでにお席についておりますが!」


 階段の上から声をかけてきたのは、この館の主人である安倍涼太だった。

 友介はつい先ほど嗅いだパスタの匂いを思い出した。あの時はおにぎりを食べたばかりであまりお腹は減っていなかったのだが、さんざん歩き回ったのもあって、今は完全に胃が食料を求めていた。


「じゃあ、お言葉に甘えて」

「本当ですか! それは良かったです!」


 友介は階段を上って食事場へ向かう。後ろから、みかこも同じように付いてきた。


「では全員揃っての食事ですね!」


 嬉しそうにはしゃぐ涼太を眺めながら、友介は密かに疑念を抱いていた。


(今の、タイミング……)


 まるで、友介が一階を歩き回るのを阻止するようなタイミングで声をかけてきた。

 が、それも根拠のない憶測でしかない。

 今は空腹を満たすことに意識を傾けようと思い、友介は大人しく涼太の後に続いた。


☆ ☆ ☆


 昼食は予想通りパスタだった。

 カルラの隣の席をあてがわれた友介は、終始不機嫌なカルラとやいやいとやかましく言い合いながら食事を摂る。

 昼食を終え、本格的に土御門字音の捜索を始めようという事になり、五人は女子部屋に集まっていた。


「ったく、女子部屋だからって盛んないでよね」

「はあ? お前自意識過剰にもほどがあるだろ。冗談は絶壁の胸だけにしてくれ」

「人の胸を冗談呼ばわりしてんじゃねえ!」

「まあまあ、友介君もカルラちゃんもちょっと落ち着いて、な?」


 いつまでも話が始まらないと危惧した草次がどうどうと二人を落ち着かせ、本題に入る。


「じゃあまず、土御門字音さんの居所だけど……」

「順当にいけば、今ある全ての部屋を調べていけば良いんじゃない?」

「馬鹿かよ。あの安倍って奴が客人として招いてんのは俺たち五人と瀬川ミユって魔術師だけだぞ。アイツが土御門字音について言及していねえ以上、客間にいると考えるのは脳みそが筋肉で出来てる奴か、小学生ぐらいだろ」

「死ね。一応しといた方が良いてことよ。……でもまあ、確かにそうね」


 カルラは薄い胸を張るように背筋を伸ばすと、


「もっとも、土御門字音については何の情報もないのが痛いわ。顔写真さえないとなると、あの三人の中の誰かが偽名を名乗っているだけの可能性もあるし」

「現段階では憶測の域を出ねえな。とりあえず、各自で館の中を調べ回るか。あんまり動き回ると疑われるかもしれねえけど、それはまあ、あれだ。本人の裁量に任せる」

「そうね。しくった奴は五時間正座で良いんじゃない?」


 カルラの悪魔のような提案に友介他三人が戦慄する。カルラはそれに気付いていない様子で、


「じゃ、とりあえず解散ね。男子は今すぐここから立ち去ること」

「おっけー」


 草次の返事と共に、その場はお開きとなった。


☆ ☆ ☆


 午後の間、二階と三階の全ての客間を隅々まで調べたり、涼太とみかこにそれとなく探りを入れてみたが、(かんば)しい結果は得られなかった。これで、客間にいるという可能性と、あの三人の内の誰かが土御門字音であるという可能性は完全に消えてしまった。

 全てが空振りに終わってしまい、くたくたになって部屋に帰ってきた頃には、すでに草次と千矢はベッドの上でスヤスヤと寝息を立ててしまっていた。


(……こいつら、本当に仕事してたんだろうな……)


 客間の調査は五人で手分けしてすることになっていた。瀬川やみかこと少し話をした友介は、客間の捜索に加えて、彼女達に軽く事情を聞いていたので戻ってくるのが遅くなってきたのだ。


 とはいっても、先ほども述べたように友介が事情を聞いたのは涼太とみかこだけで、瀬川には何も聞けなかった。というよりも、探しても見つからなかったのだ。

 彼女も客間を借りているはずだ。ということで、涼太に彼女の部屋を聞いて訪れたのだが、鍵がかかっていた。寝ていたのかもしれない。

 とりあえず、こっちも空振りであることを告げようと思っているのだが、二人とも起きる気配がなかった。


「こいつらさっきも寝てなかったか……?」

「寝てねーぜー」

「そうそう……俺たちはちゃんと起きてる」


 呟きが聞こえていたのか、草次と千矢がもそもそと起き上がりながら眠気マックスの声で返した。


「ただやっぱり……疲れるってー」

「確かに。全ての客間を調べろだなんてとんだブラック企業だ」


 草次が心底疲れたような声で告げ、調子良くそれに千矢が同調した。

 二人の相手をするのが面倒臭くなった友介は、小さくため息を吐きながら部屋を出て行こうとする。ここにいれば、自分まで自堕落になってしまいそうだ。

 友介は回れ右をして、扉のノブに手を掛けた。

 その、瞬間。


「きゃああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 悲鳴が、あった。


「な、なになに!?」

「うるさいな」


 草次が飛び起き、続いて千矢が心底ウンザリしたような顔で体を起こした。

 音源は、少し遠い。

 三階からだろうか。少し音がくぐもって聞こえたが、逆に考えれば、三階からの悲鳴であるにもかかわらず一つ階層の異なる部屋にまで聞こえてきたのだ。ただ事ではないだろう。


「ど、どうする!? なんかやばそうじゃね!?」

「俺は待っているぞ」

「…………」


 草次の問いに、しかし友介は答えられない。

 今の悲鳴は、この屋敷のメイドである赤川みかこのものだった。しかも、ただ驚いただけではない。おそらく、常軌を逸した『何か』が起きてしまっていたのを目撃してしまったのだろう。


「なん、だ……」

「友介君、とりあえず行かね!?」


 草次に促され、友介は外へ出ることに。草次もそれに続いてくる。


「……上、だよね」

「だな」


 廊下を走り、階段を二段飛ばしで昇ると、少し先にある部屋の前で蜜希がおろおろとしていた。

 あの部屋は、瀬川ミユが借りていた部屋だったはずだ。


「おい、痣波」


 友介が名を呼ぶと、ビクッ、と肩を振るわせた蜜希が、恐る恐るという風にこちらへ視線を向けた。彼女は二人の顔を見るや否や、慌てた様子で友介と草次を手招きした。


「き……きて!」


 促されるまま部屋へと足を踏み入れる。


「う……っ!」


 そしてそれを見た瞬間、二人の体内でどうしようもない吐き気が暴れ回った。

 慣れている友介はギリギリの所で押さえることが出来たが、草次には無理だったらしい。彼は口元を押さえながら部屋の洗面台へと駆け込むと、胃の中にあったものを全てぶちまけた。


「げ、げえええッ! お、ご……ッ!! おぶ!!」


 黄色い胃液から何まで全部吐き出す。

 そんな草次を放っておいて、友介はゆっくりとそれに近付いた。

 綱のような白く太い紐のようなもので雁字搦めに縛られ、プラプラと空中でマリオネットのように力なく揺れる体。体中の穴という穴から汚い汁を滲み出させているこの女性は、紛れもなく瀬川ミユだった。

 紐は、蜘蛛の糸のように壁やら天井やらにペタリと貼り付けられていた。部屋にあったはずの調度品や家具は全て徹底的に破壊され、床には瓦礫が散開していた。


 そして。

 彼女の足下には、グズグズに腐敗した人間の右腕が置かれていた。それをペン代わりにでも使っただろうか、一ヶ所だけぽっかりと瓦礫の存在しない場所に、瀬川の体から滲み出した汚水をインクに使って、こんな文字が大きく書かれていた。



『お姉さんの命は貰った。少年の体も預かってます。さて、私はどこにいるでしょーかっ? れたーみゅーじっく』



 れたーみゅーじっく——letter music。

『字』と『音』。

 すなわち、字音(あざね)

 土御門字音。


「い、や……」


 近くから、みかこの怯えるような声が聞こえた。

 ゆっくりと。


「いやああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 狂気が空間を侵蝕し始める。

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