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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第二編  陰陽の死角
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第一章 五人 4.魔術師瀬川ミユ

 玄関まで歩き、カルラがトントンと扉を叩いた。ノック音に気付いた中の誰かが小走りでこちらへ走ってくる足音が聞こえてきた。


「はいはーい!」


 鉄製の扉が両開きにされた。

 中から現れたのは、とても可愛らしい容姿の少年だった。短髪ではあるが、中世的な印象を与えてくる顔だ。白い袴を着ていて、身長は友介の顔の半分くらいまでしかない。邪気のない可愛らしい笑顔で客人を迎える少年は、


「僕の名前は安倍涼太! ここの主人でございます!」

「私は風代カルラ。あなたに招待されてやって来たものです」


 先頭に立っていたカルラが招待状代わりのカードを見せると、安倍涼太と名乗った少年は、ぱあっ! と顔を綻ばせた。可愛かった。


「あ、光鳥さんのおともだちですね! 良かったです。今か今かとお待ちしておりました! どうぞこちらへ」


 少年の招きによって、友介達はカルラを先頭にして洋館に踏み込んだ。

 中は、とても美しかった。

 広いロビーの床には気品のある絨毯が敷かれており、壁には絵画がかけられていた。正面には階段が存在し、踊り場から左右対称にさらに階段が続いている。


「もう一人お客様が来ているんですが、そちらのお方は先に二階の食事場で朝のお食事をされております。皆さんはすでに朝はすませてきたのでしょうか?」

「ええ、私は」

「(……俺のだがな)」

「…………」


 友介の呟きが聞こえたのか、カルラが黙り込んだ。


「俺もかな」

「わ、私も……」

「俺は貰って良いかな! 腹減ってまともに動けねえよ」

「そうですか。では……ええと」

「草加草次!」

「草加様ですか。もしよろしければ、草加様は瀬川様と一緒にお食事されてはどうでしょうか」

「いいね。それって美人?」

「はい、それはもう!」

「ぜひ!! ……ってうわ!」


 歩き出そうとする草次を、友介が肩を持って止めた。


「なんだよー」

「自重しろ。人ん家だぞ」

「そんな。遠慮なさらずに」


 安倍の言葉に、しかし友介はやんわりと断った。


「いえいえ。俺たちは昼食を楽しみにしておくことにしますよ」

「そうですか」


 しゅんと肩を落とす安倍涼太。


「それでは、皆さんの部屋へ先にご案内しますね」


 一転、可愛らしい笑顔で部屋へ案内してくれた。


☆ ☆ ☆


「おお! スッゲーッ!」


 あてがわれた部屋に入るや否や、草次が馬鹿みたいに目を輝かせて三つあるベッドのうちの一つに勢いよくダイブした。

 ベッドは三つ並んでおり、一番奥のベッドの真正面にはテレビが置かれていた。一般的なホテルの一室を想像してもらえば分かるだろうか。


「ひゃっほー! ふっかふか! ほら、なっ!!」


 友介と千矢はそんな草次の様子を遠巻きに見つめながら、大して騒ぐこともなく各々ベッドの上に鞄を置いた。


「さて、と。んじゃあ、探すか」

「ええー、ちょっとゆっくりしてこうぜー。あんな森を歩いてきたんだから、友介君だって疲れてるっしょ?」

「俺も草加に賛成だな。疲れて仕事する気にならない。あと眠たい」


 友介の提案に、草次と千矢が反対の声を上げた。

 友介としては、こんな見知らぬ人間の家でゆっくりしようとは全く思えないのだが、他二人はそうでもないらしい。


(ここには魔術師もいるかもしれねえってのに……)


 というか、ターゲットが魔術師だ。寝ている間に襲われるかもしれないとは思わないのだろうか。

 とはいえ、疲れていたのは事実だった。

 二人に習ってベッドの上に腰掛けているうちに、まるでまぶたの上に鉛がのしかかったみたいな睡魔がやって来た。

 このままでは本当に眠ってしまうと危惧した友介は、洗面所へ向かうと顔を洗って眠気を飛ばした。


「はぁー……っ」


 まだ昼前だというのに。

 友介が洗面所から戻ると、すでに二人は寝息を上げていた。


「マジかよ……」


 呆れ気味に呟いた友介は、仕方なく部屋を出た。


(オートロックだし、鍵持っとかねえとな)


 そのまま絨毯敷の床をゆっくりと歩きながら、友介はダイニングへ向かった。

 別に昼食を摂るつもりはないのだが、どんな所なのか少し興味があったのだ。


(ついでに色々な所を見て回ろう)


 ダイニングは、本当にただ食事をするためだけにあるような構造だった。大きめのテーブルが真ん中に置かれており、その周りに椅子が十脚ほどあった。

 奥の厨房から香ばしい匂いが漂ってきていた。パスタでも作っているのだろうか? ほのかに香るトマトやチーズの匂いが、友介の鼻孔を刺激した。

 が、ついさきほど杏里のおにぎりを三つほど食べたので、あまり食欲はわいてこない。


 匂いをたっぷり堪能した後、友介はダイニングを出てもう一度廊下へ。

 この洋館は無駄に広い。

 三階建てなのだが、三階は全て客間で、二階は客間と食事場で占拠されている。安倍涼太とその執事である女性は一階にある自室で暮らしているらしい。ロビーの左右にあった通路を真っ直ぐ進むと、それぞれの部屋に辿り着くのだそうだ。贅沢な使い方だな、とどうでもいい感想を思い浮かべる友介。

 客間は二階と三階、それぞれに四十部屋以上あった。


(……いくらなんでも余りすぎだろ)


 人の家のことなので深く突っ込む気はないが。

 それにしても、一階には何があるのだろうか? 自分達の部屋だけで大学棟ほどの建物の一階を占拠するのはさすがに無理があるように思えるのだが……。


「ま、それはそれか」


 友介がいた三階、食事場と女子部屋のある二階を見て回り、今度は一階へと足を向ける。階段を下り、荘厳なロビーに再びやって来た。


「……ん?」


 どうやら先客がいたらしい。

 長い黒髪を持つ大学生くらいの女の子が椅子に座って本を読んでいた。見たことのない本だ。

 彼女はこちらに気付くと、その可愛らしい顔をこちらに向けた。


「こんにちわー。あなたって、今日来た新人さん?」

「あ、どうも。初めまして。そうですよ」

「へー。よろしくね。私は瀬川ミユ。二十歳(はたち)の魔術少女だよ」

「……魔術少女?」

「つまり、魔術師ってこと」


 ゾワ……ッ、と。

 背筋に氷柱を押し付けられたような悪寒が友介を襲った。


(ま、じか……っ!! こんな所にもいやがった)


 こんな、東京の目と鼻の先に魔術師がいるだなんて、この国に住む何人が想像しているだろうか。どうやらこの国は、友介が考えている以上に杜撰(ずさん)な防衛体勢を取っているようだ。

 彼は動揺を隠すように笑みを浮かべると、ゆっくりと右手を差し出した。


「ありゃ?」


 瀬川と名乗った少女はそれを不思議そうに見つめた。


「怖がらないの? 私は魔術師だよ?」

「ええ。今は同じ客人です。いがみ合ってもつまらないでしょう? 仲良くしましょう」


 声は、震えていない。

 少女の方もこちらを怪しく思っている様子はない。

 なんとかごまかせたと安堵していると、瀬川も同じように右手を握ってきた。


「よろしくね」


 胃の底から恐怖がせり上がってくるのが分かる。

 背筋に嫌な汗が滲むが、察されるわけにはいかない。


「本、好きなんですか?」

「ん、これ? まあね」


 やはり見たこともない本だった。


「私は昔から本が好きでね。こうして本を読んでいると心が落ち着くんだよ」

「……」

「まあ、最初の最初は、好きな人が本を読んでいたから……ていうのが理由なんだけど」


 たはは、と照れるように笑う魔術師。その姿は別になんら特別なことはない、普通の女の子のように思えた。


「その人は今はどこかへ消えちゃったんだけどさー。どこで何してんだか」


 少し勘違いしていたのかもしれない。

 魔術師と言う人種について、友介はあまりに知らなさ過ぎた。

 ヴァイス=テンプレートや唯可を連れ去った魔術師の少女、それに六年前の地獄のせいもあって、友介の中では魔術師とは残忍で危険な人種だという考え方が固定観念として存在する。


 だが、きっとそうではないのだ。

 彼にとって大切な少女——空夜唯可に代表されるように、魔術師の中にも色々な人がいる。

 一人の少年を守るために一人危険へ飛び込むような優しい女の子。あるいは、目の前の彼女のように好きな人と同じ話題を持つために読書を始めるような女の子。

 目立っているのが危険な連中ばかりなだけで、こういう普通の人種だっているのだ。


「ふーん。ま、よくわからんが……」


 友介は正直な感想を漏らした。


「へー」


 そんな気の抜けた台詞。だがその調子とは裏腹に、自らを魔術師と名乗った瀬川の瞳が、興味深そうな顔でこちらを覗いていた。


「……?」

「そっちがあなたの素?」

「あ」

「ま、別に良いけどね」


 彼女はそう言うと、立ち上がって自室へ戻ろうと歩き出した。


「君と話せて楽しかったよ。またねー」

「あ、はあ……」


 彼女はひらひらと手を振って立ち去ろうとする。階段に足をかける——その直前。

 彼女は立ち止まってこちらを振り向いた。


「そうだ」

「なんです?」


 友介が問い返すと、彼女は含みのある表情で友介の左目を見た。

 友介の、青い目を。


「カラコン、入れといた方が良いよ。じゃないと——」


 続く魔術師の言葉には、哀れみがあった。



「見つかるよ?」



 その言葉の意味を知るのは、ずっとずっと後になってからだった。


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