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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第一編 法則戦争
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終章Ⅰ 魔眼と魔女

 ヴァイスを殴り飛ばした友介は、失血によりその場で派手な音を立てて倒れてしまった。

 友介が走った後には、血が道を作っていた。まだ死んでいないのが奇跡なぐらいだった。

 決着が付くや否や、唯可は慌てて友介へ駆け寄った。自分の指が全て折られ、右手の爪は全て剥がされている。だが、唯可にとっては自分の体などよりも友介の生死の方が重要だ。


「友介!? 大丈夫? 死なないで! お願い……」


 どうすれば……。

 折れた指では、応急措置をしたくても出来ない。

 この場にはヴァイスと唯可と友介以外の人間はいない。

 そしてヴァイスは気絶している。そもそも、この男が起きてしまえば、友介は今度こそ殺されるかもしれない。


(でも……どうすれば……)


「ぐ……」


 ————と。

 小さな、身じろ気をするような音と、甲高い少年の声が聞こえてきた。

 友介のものではない。

 ということは……。


「ま、けたな……」


 友介に殴り飛ばされたはずのヴァイス=テンプレートが目を覚ました。

 彼は右手だけで器用に立ち上がると、近くに落ちていた拳銃を拾い友介へと歩み寄る。気絶する彼の前に立つと、その額に照準を合わせた。


「……ッ」


 恐れていた事態が起きてしまった。

 唯可は友介の上に覆い被さるようにして彼を守ろうとする。


「やめて……」


 怨嗟に満ちた声をヴァイスに叩き付ける唯可。


「やめて。友介は殺させない。そんなことはさせない」


 ヴァイスはその様子を下らなさそうに見つめる。


「何を言ってるのか……。確かに僕は負けたよ。だが、それだけだ。僕がこいつを殺すことに変わりはない」


 脳裏には、家族の顔が思い浮かぶ。

 彼らの笑顔を思い出すたびに、あの男への、そして奴の子孫への憎しみが増していった。


「まあお前が死を選ぶならそれでも良い。二人一緒に地獄に堕ちればいいさ」


 そして、引き金を引く——。その、直前。



 ズグン!! と。

 ヴァイスの腹から巨大な岩錐が生え出た。



「は……?」


 恐怖や痛みよりも先に感じたのは、“疑問”だった。

 魔術師の口から間の抜けた声が漏れ出た。


「なん、だ……これ……?」


 言葉の尻に重なるように、さらに四つの岩錐がヴァイスの全身に突き刺さった。

 鮮血を舞わせ、ヴァイス=テンプレートは無様に地面に崩れ落ちる。

 それに留まらない。

 岩錐はさらに生み出され、絶命したヴァイスを何十回と貫き続けた。


 やがて原形をとどめないほどにグズグズに崩れたヴァイス=テンプレートは、もう、蘇ることはなかった。後には、血溜まりと、申し訳程度に肉片が散らばっているだけだった。


 そして、静寂が場を支配する。

 唯可は悲鳴を上げることもなく、呆然とその光景を見ていた。理解が追い付かない。

 危険が近付いているのは分かるが、現実にピントが合ってくれない。

 ————と。



 カツン、と

 何者かが地面を踏む音が唯可の耳に届いてきた。



「————ッ」


 唯可の息が詰まる。

 何者かが、闇の向こうから歩いてきていた。おそらく、これをやったであろう人間が。


「え?」


 果たして、粉塵の向こうから現れたのは、小学生高学年か中学生くらいの少女だった。銀色の髪に褐色の肌。瞳の色は赤なのだが、そこに生物的な輝きは無く、無機質で機械のような印象を与えてくる。服装は赤を基調としたネグリジェのようなもの。だが、そのボロボロに擦り切れたネグリジェからは、あまり色気というものが感じられない。


「……」


 唯可は僅かに目を細めた。

 今のアレを、この少女がやったのか……?

 少し信じ難いことだった。

 彼女は静かに、けれど僅かに敵意のこもった声で少女に問う。


「誰?」

「あ、姫」


 唯可をその言葉で呼ぶということは、彼女は魔術師であるということ。それも、かなり深い位置にいる魔術師だ。

 彼女は無機質な目を唯可に向けながら、


「お、おむかえに、上がりまし、た。……えっと、私と……ん? わたしと一緒に来て下さい……」


 少女は手に持ったボロボロの紙を見ながら、途切れ途切れに言葉を紡いでいく。

 あのボロボロの紙は……カンペ、だろうか。


「あの、君、名前は……?」

「あ、すみません……。私はナタリー=サーカス。神話級魔術師です」


 どくん、と唯可の心臓が僅かに跳ねる。


「その、あなたをお迎えに参ったのですが……少し後にした方が良かったかもしれないですか……?」


 どんな日本語だ、と突っ込むのを我慢して、唯可はこくんと頷いた。


「そうなの……あの、ナタリーちゃんは友介を治せる魔術とかあるっ?」


 彼女が味方なのか敵なのかは分からない。だが、今この場では彼女以外に頼れる人間はいない。

 それに、唯可を『姫』と呼ぶということは、彼女が唯可の側の人間である可能性は大いに高い。もちろん、さっきのヴァイスのような奴もいるだろうが、アレは例外中の例外だ。魔女を信奉する人間以外に唯可のことを姫と呼ぶ人間はいない。

 唯可の問いに、ナタリーは嫌な顔一つせずに答えた。


「はい。ありますが」

「本当にっ?」


 唯可が嬉しそうに答える。だが、ナタリーは人差し指を立てて、ただし、と付け加えた。



「私と一緒に魔術圏西日本帝国に帰ってきて、王座に就いてくれれば、というのが条件なんですが」



 ピクン、と唯可の眉が僅かに上がった。


「どういう……意味?」

「えっと、そのままの意味です」


 少女はさっきから表情一つ変えていない。まるで機械のように淡々と唯可に言葉を浴びせる。

 唯可がナタリーを見極めるように見つめていると。

 突然。

 ふっ、と冷気が唯可の総身を包んだ。

 背後を振り返るとそこには、大量の氷柱が宙に浮いたまま、気絶している友介にその切っ先を向けている光景が広がっていた。


「へ……?」


 間抜けな声が唯可の口から漏れる。

 彼女の意図は、すぐに分かった。

 すなわち。


「姫。選んで下さい。この場に残ることを選んで大切な人を殺されるか、私に付いて来て大切な人を助けるか。二つに一つなんです」


 目の前の可愛らしい少女もまた、紛れも無く魔術師だった。

 だが、彼女は今までであってきた魔術師とは根本的に違う点が存在する。そう、あのヴァイス=テンプレートとすら一線を画すほどの違いが。

 それはおそらく、彼女が一切の感情を持たない、という点だろう。

 彼女には自我と言えるようなものが無いように思える。あのカンペといい、無感情な瞳といい、抑揚の無い——まるで誰かに言わされているかのような喋り方といい、『自分』を持たない、人の体をした機械のように思えてきた。


「君……本当に」

「選んで下さい」


 唯可の問いに被せるように放たれた声は、話し合いも交渉もない、と言っているかのような口ぶりだった。

 ク……、と氷柱の群れが僅かに傾く。


「…………ッ」


 彼女に付いて行けば、友介とは離れ離れになってしまうだろう。

 だが——。


(行かなきゃ、友介は死んじゃう……)


 彼女に付いて行けば、友介は確実に助かる。彼女が嘘を付いている可能性もあるにはあるが、限りなくゼロに近いはずだ。

 彼女からは、ヴァイスから感じたような、寒気すら与えてくる邪悪な雰囲気は感じない。

 しかしそれと同時に、ヴァイスを眉一つ動かさずに殺害したのもまた事実。

 つまるところ、唯可には彼女が分からない。

 それでも、可能性があるならそれに賭けたい。友介が助かるしれないのなら、唯可はどこへでも行ってやる。


「わか——」



「ま、て……」



 声が、あった。

 一人の少年の声。

 唯可の大好きな人の声。

 安堵友介が目を覚ましたのだ。


「友介!」


 唯可は思わず振る返って友介に駆け寄ろうとした。

 その、瞬間。

 ずあっ! と氷柱が一斉に友介へと殺到した。


「————ッ」


 唯可が寸前で立ち止まると、氷柱の群れも友介を刺し貫く直前でピタリと静止した。

 彼女は振り返って、キッ、とナタリーを睨んだ。

 対するナタリー=サーカスは、表情を一つも変えない。


「姫、言ったでしょう。私と一緒に来ないなら、あの人を殺すんです、と」

「……」

「選んで下さい、さあ」

「……」


 僅かな逡巡の末——

 こくん、と唯可は頷いた。


「お、い……待て、おい! 俺の知らない所で話を進めるな! おい! 待てって!!」


 友介の問いかけを無視して、ナタリーは何らかの魔術で友介の傷を塞いだ。血を戻すことは出来ないが、これで失血死だけは免れるだろう。

 だが友介にとっては、そんなことはどうでもいい。

 見過ごせないことが目の前で起きている。

 唯可が。大切な少女が——


「唯可!」


 連れて行かれ……、



「ばいばい、また会おうね。——————、友介」



 その笑顔は。

 まるで、最期の別れを惜しむような。

 涙で塗りつぶされた、悲しみの笑顔だった。

 彼女が最後に何を告げたのか、安堵友介には分からなかった。


「ふざけんなふざけんなふざけんな……!」


 そして、唯可と褐色の肌の少女が友介の目の前から消えた。



「返せえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!」

 絶叫がこだました。




 ジジ、ジジジ、ジジ、ジ、ジざざざザざジジジザざザザざザザザザ!!


『ええっと、これで良いのかな? こんな感じか。あれ、魔眼少年君。僕の姿見えてる? いやまあ、声だけでも十分なんだけどさー』


 唯可を奪われ、何かもを失った友介の元に、一人の少女の声が聞こえてきた。とは言っても、これは肉声ではない。スピーカーか何かを通した、機械的な音だった。


『ありゃりゃ。こりゃ聞こえてねえのかね? うむー。私の計算ミスだったか?』

「いや……聞こえてる」

『おお! 何だよ聞こえてるんだったら返事してくれよ!』


 ふざけた調子で友介に話しかけてくる少女。どこのどいつか知らないが、友介には彼女が、たまらなく腹立たしかった。


 いいや、この少女だけではない。

 今やこの世の全てが腹立たしい。

 自分から唯可を奪った理不尽が。

 こんなクソみたいな、救いも何もない世界が、堪らなく憎い。


『聞こえてるんなら良かったよ。映像は……出てないっぽいねえ。まあいいや。じゃあまず自己紹介から。僕の名前は光鳥感那。この国の「総帥」だ』

「そう、すい……?」


 聞いたことのない地位だった。この国の政治における最高責任者は『総理大臣』だったはずだが……。


『まあ、暗部みたいなもんだ。社会には見せられない汚い部分とでも思ってくれたまえ』

「で?」

『うん?』

「それで、その総帥様が今さら何の用だよ。何も出来なかった……魔術師の進行を止めることも出来ず、大量の人間を見殺しにした最高責任者様が今更何の用だよッ!! おい、答えてみろ!! ああん!?」


 友介の中には、国に対する怒りしか無かった。

 この国は、何も出来なかった。

 多くの人が殺されても何の対策も取らず、結果的に事態を沈めたのは安堵友介という一人の人間だった。


「あんたらがもっと完璧な対応が出来てればこんな事にはならなかった! 死なずに済んだ人もいただろうし、唯可も連れ去られなかった! でも——」



『きゃんきゃん吠えるな負け犬。黙って僕の話を聞け』



 そんな一言で、光鳥感那は友介の怒りを切り捨てた。冷たい、温度を感じさせない声だった。


(こいつ……ッ!!)


『僕は君に取引を持ちかけようってだけだ』


 続く言葉には、すでに冷たさは消えていた。あったのは、さっきまでのようなふざけた調子だけ。


『単刀直入に言う。僕の手足となって戦え。魔術師共を皆殺しにしろ。そのために必要なものは僕が全て揃える。兵器も、食料も、君の家族の安全も、そして——仲間も』

「……その条件を呑んで、俺に他のメリットがあるか? 命の危険を冒してまでお前に付く、そのメリットは?」


 なるほど。家族の安全が保障されると言うのなら、それはいい。だが、こんな事態を招いた国家から保証される安全なんて有っても無くても一緒だ。だから、家族は自分で守る。

 友介はもっと直接的なメリットを必要とした。


『メリット? あるじゃあないか』

「……答えろ」

『魔術師を殺していくうちに、君はおそらく『魔女』と出会うことが出来る』

「————」

「その時に、魔女を誘拐するんだ。彼女を誘拐して、こっちで一緒に暮らせばいい。僕は、そのための助力をすると言っている」


 あちら側は友介を戦力として確保できる。

 友介は国家からあらゆるバックアップを受けることが出来る。


「……その言葉は真実か?」

『ああとも。取引で嘘を付くのは馬鹿のすることだろ?』


 迷う理由は、どこにもなかった。


「いいぜ。なら取引成立だ。その代わり、家族の安全は絶対に守ってもらう」

『了解。もし守れなかったら……まあ、僕を煮るなり焼くなりしてくれ』


 そして、物語が動き出す。


(俺はお前に、もう一度会いたい……)


 少年は一人の少女に思いを馳せる。

 彼女を取り戻す。

 二人で過ごした束の間の平穏を、もう一度手に入れるために。



(必ず会いにいく。だから、それまで待っていてくれ)



 法則戦争。

 友介と唯可の平穏を、この世界が否定すると言うのなら。

 その喧嘩、買った。

 世界の理不尽を全て振り切って、たった一つ、大切なものを手に入れてみせる。


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