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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第八編 狂騒の理想都市
213/220

DAY1――Ⅰ Light Atlantis 7.their Promise

[October 27, 16 : 14 : 36 at 〝Engineering〟 in Atlantis]



 周囲360度前面を星の瞬く無限の宇宙に刻まれたその空間で、邪悪な兄妹が己が道理を叫び上げる。


「神や仏がこの世に善を敷こうとも!」

「我ら天魔の走狗が左道を歌うっ!」


 兄である土御門狩真の叫びに続き、妹である土御門愛花が若干舌足らずな口調で不遜かつ不穏な誓いを掲げた。


「屍山血河を生む果てに!」

「無謬の闇が宇宙を照らすっ!」

「悪しき心を誇りと仰ぎ!」

厭魅(えんみ)の術で我欲を満たせっ!」


 邪悪極まる前口上を言い終えた二人は、ギチリと悪党そのものの凶悪な笑みを相貌に刻み、ここに絶対の勝利宣言を敵へと告げる。

 なぜならこれこそ、闇と悪で繋がった彼ら兄妹の絆の力であるゆえに。




「「外道合体ッッ!」」




 括目せよ、恐れおののけ。

 これより始まる醜悪なる悪鬼の本領に、物皆すべて屍体と朽ちよ――




「「宇宙装甲〝闇夜ノ土御門(ダークセーマン)〟――――ッッ!」」




 狭いコクピットに喧しい絶叫が響き渡り、反射や共鳴を経て鼓膜と脳をぐわんぐわんと叩き揺らしたが、そんなものは物ともしない様子で兄妹揃って仲良く高笑いを上げていた。


「ふははははは! カハハハハハハハ! ははははははははははははは! 死ね、死ね、死んじまええええええええええええええええ! 正義のヒーロー土御門狩真様のお通りだぁあああああ!」

「うはははははははは! 私たち兄妹に勝とうなんて百年早いんだかわぁ! 私たちの絆は壊れないっ! 愛の力で宇宙を血と臓物で満たされた真っ赤な地獄に変えてくれるわあーっ! わははははははははははははは!」


 巧みな操縦テクニックで迫り来るミサイルの嵐を全て回避し、お返しとばかりに視界を埋め尽く数のミサイルを発射。放物線を描いて敵機へと飛翔した。

 しかし敵も何もせず攻撃を受けてくれるはずもなく、弾かれたように回避挙動を取った。武加工ではあるが、ひとまず爆撃範囲から逃れられたはずだ――そう油断したその時、ミサイルに異変が起きた。

 バシュッ――と戦端が花のように開き、そこからさらに大量のミサイルが。


「カッハハハハァッ! 残念だったなァ! こいつァ多弾頭ミサイルだ! いまの今まで温存して隠してたんだよォッ!」


 聞こえるはずもないが、狩真は頓着せず上機嫌で種明かしをした。

 敵の意表を突いた奇襲は見事決まり、大量のミサイルが敵性機体を炎で包む。


「まずは一人だねぇ、お兄ちゃぁああん……っ」

「あァっ!」


 兄と同じく乗って来た愛花が瞳に危険な色を宿し、口元を三日月に歪め裂いた。その迫力たるや、常人が見れば大の大人であろうとも戦慄に動けなくなるほど。

 しかし同じように邪悪な心を持つ兄にはそんなものは皆無であり、


「クハっ! くははははは! 俺の正義が世界を救う! 悪の目論見をくじいてやるぜェ! けひっ、キハハハハハハハハっ!」


 妹に負けず劣らずの邪悪っぷりで他の機体を蹂躙していく。

 狩真一人によって消し飛ばされるロボの数々。その光景は、現実で彼が人間相手にやっていることとあまり変わらなかった。


「殺すぜ殺すぜ殺すぜぇ! 宇宙の平和を守るため、不肖この土御門狩真、全身全霊をもって悪のロボットを蹂躙していくぜェェええええええ!」

「うふふ、うふふふはははは……お兄ちゃんカッコイイ……」


 五分後、狩真と愛花はたった一人で全ての敵を虐殺し尽して勝利を収めた。



[October 27, 16 : 21 : 11 at 〝Engineering〟 in Atlantis]



「あぁー楽しかった」

「ね、またやりたいね」

「そうだな。合体熱かったしな」

「また外道合体しようね」


 宇宙対戦ロボゲームをプレイできるカプセル型の筐体から降りた二人は、危険極まりない互いに笑顔を浮かべながらそんなことを言っていた。


 現在狩真と愛花がいるのはRACロイヤル・アトランティス・センターのアミューズメント施設である。

 それもただのゲームセンターではない。


 機械工学領(エンジニアリング)を中心として、物理学領(フィジックス)情報学領(インフォーメイション)などの研究機関が協力し合い、アトランティスの『表』の技術の粋を結集して作り上げた、最新の技術を用いられたゲームの数々が存在する。


 先ほどまで狩真と愛花が遊んでいた球体型の筐体もそうした最新型ゲームの一つ。

 中はロボットアニメのコクピットのようになっており、それでいて周囲全面がステージ(基本的には宇宙空間であり、ステージの違いは恒星や惑星の配置、加えてブラックホールの有無などである)を映すという形になっている。

 ミサイル発射や攻撃を受けた時に振動や熱気が発生し、急な加速を行えばGが掛かったり疑似的な無重力状態に晒されたりなど、真に迫る演出が多いのだ。


 そして何よりも、このゲームの真髄と言えば合体である。

 そもそもこのゲームは二人一組でチームとなって戦う四組のバトルロワイヤルであり、筐体も上下二つで一セットとなっている。この際、チーム同士の連携やコミュニケーションは備え付けの内線で行う。そして合体ゲージが満タンになれば合体可能となるのだ。

 合体すれば、上筐体の床とした筐体の天井が開き、下筐体の椅子が上がってくる。ようはひとつの筐体に二人が入ることになる(そのため上筐体は下の二倍ほどあり、相当広くなっている)。

 ちなみに余談というか捕捉だが、合体する際に先ほどの狩真たちがしたような前口上のようなものはしなくていい。ただ、このゲームで遊ぶ男たちの間では、なぜか合体前にこうした口上を叫ぶことが流儀というかお約束になっているようで、そこに狩真と愛花も乗っかった形だ。


「カハハハッ。それにしてもここのゲーセンは楽しいなあ。一応戦時中なはずだからこんなもんに金注ぎこんでる暇ねぇと思うんだけど……まぁ楽しいからいいか」

「ねえお兄ちゃん。次は何するの?」

「あー、じゃああの車のやつやるか」

「わかったぁー」


 先ほど狩真と二人で前口上をノリノリで叫んだときとは打って変わり、今の愛花はいつもの静かで淡々とした話し方に戻っている。が、その声音の中にある弾んだ調子は依然消えておらず、兄とのひと時を楽しんでいるようだった。

 狩真は今も若干調子を狂わされているが、あまり気にせずゲームを楽しむことで意識から外している。

 レースゲーム、シューティングゲーム、そしてホッケー(これだけは戦争前の時からほとんど変わっていない)をやり、一通り遊び尽した。


「お兄ちゃん」

「あぁー?」

「楽しい?」

「ああ、楽しいね。楽しすぎて泣けてくる。カハハっ」

「そっか。よかったぁ」


 茫洋とした瞳で遠いところを眺めていた愛花が、ふへっとだらしない笑みを浮かべた。

 その呑気な様にまた殺意がぶり返しそうになったが、何とか堪えつつカハハと笑って、


「ま、喜色悪ぃ妹がいなかったら最高だったが」

「……お兄ちゃん?」

「カハハハ! そう怒んなよ。仕方ねえじゃん。だってさあ、普通に考えてくれよ。思春期真っ只中の男子が妹とゲーセン来るって地獄だろこれ」


 この状況を知り合いにでも見られたらどうすんだよ、俺はクラスメイトにどう説明すればいいんだよ――と訳のわからないことを口にする狩真。そもそも学校に通っていないし、知り合いはだいたい軒並み死んでいるか敵しかいないので、この状況を見られて困るようなことはない。というか、実際のところ狩真はそんなことを気にする人間ではない。

 つまり適当に言っているだけだった。


「に、してもだ」


 つい、とずっとセンター内を見ていた狩真の視線が、外へと向いた。


「とんでもねえ時期に来ちまったなァ」

「ハロウィン……だっけ。確かに陰陽師としては肩身が狭いね」

「何でも31日にゃぁ馬鹿騒ぎがあるって聞くしな。行くか?」

「お兄ちゃんは行ったらだめだと思う。いっぱい人が死んじゃうよ」

「殺しに行くからな!」

「絶対行かせなぁい」


 言いながら、愛花がするりと両腕を伸ばし狩真の体に絡みつこうとする。が、対する狩真は頭を叩いて難を逃れる。

 不服そうに頬を膨らませる愛花は元の位置に戻って、


「けどお兄ちゃん。別にハロウィンが私たちとは全く関係のないお祭りかというと、そうでもないんだよ」

「ほぇー、そうなのかよ」

「うん、実はね」

「いや、別に興味ねえから説明しなくていいぜ」

「ハロウィンって言うのは、あの世とこの世が繋がって、死者や悪霊が現世に戻って来るんだって」

「カハハ。お構いなしで無視かよ。俺は兄だぜ?」

「かぼちゃの被り物とか焚き火は、そういう悪霊や魔女なんかを追い払うためのものなんだって」

「なるほどなー。うん、すごいすごい」

「私や率也お兄ちゃんはそういう死んだ人とお話したり、力を借りたりするものだから、結構注目してるんだよ」

「ふーん。びっくりだー」

「聞いてる?」

「世界一聞いているぜ?」


 絶対に聞いていなかった。

 が、その返事だけで愛花は気を良くしたのか、するりと両腕を伸ばし絡まろうとして、やはり頭を叩かれて失敗した。短時間で二度である。

 むぅ、とこれまた二度目の膨れっ面を浮かべる愛花。

 しかし、ふとその焦点を狩真から彼の奥へと合わせた。狩真もつられてそちらを見ると……


「……おい」


 ヒクっ、狩真の口の端が痙攣したが、もはや愛花は頓着しない。

 先ほどまでとはまるで異なる種類の動きを見せて、軟体動物か何かのように狩真の腕に絡みついた愛花が、抵抗させぬ間に兄の腕を引き走り、向かった先は人が何人か入れそうな大きさのボックスだった。

 カラフルな柄や不自然なほどに顔が白い女の子が写されており、中はカーテンで隠されていた。


「……お兄ちゃん」

「おいおい。これ、プリクラとかいうやつだろ? 正気か? 頭イってんじゃねえのか?」

「お兄ちゃんには言われたくない」

「辛辣ゥー」


 カハハ、と笑いつつその場から離れようとする狩真を、愛花は絶対離さないとばかりに抑え付けた。

 絶妙な力の入れ具合と、おかしな腕の組み方をされているという状況により、なぜか一歩も動けない。首を絞めるなり顔を殴るなりして離れようと思うのだが、それすらできない。

 妹に好き勝手にされる情けない兄の図が完成していた。


「は、カハハ……終わったら殺そう」


 苛立ちが増す。しかし愛花はそれに気づいているのかいないのか、どこまでもマイペースにことを進めていく。

 兄が闘争を断念したことをいいことに、拘束を緩めて財布から5ドル取り出し、挿入口に入れる。

 キャピキャピとした頭の悪そうなアナウンスが流れた後、愛花は狩真を離して画面を操作し始めた。どうやらフレームや色白効果、目の大きさの調整などをしているらしい。


「あんまり変わらない方が良いよねぇ」

「補正のあるなし関係なく俺はイケメンだから好きにしろよ。きひっ、けひひひひ。つか、そんなことよりいいのかよ」

「なにがぁ?」

「腕放したら俺は逃げるぜ?」


 ニヤリと軽薄な笑みを浮かべる狩真に、しかし愛花はにっこりと笑って、


「地の果てまで追いかけて連れてくるから大丈夫だよ」

「……そうかよ」


 結局、なぜかつまらなくなってしまってそれ以上の抵抗はやめた。

 やれやれ、とでも言いたげに肩を竦めて愛花を待つ。

 その後姿を見ながら、殺せる隙はないかと伺っていたが、


「できた」


 しかしそれよりも早く愛花が準備を終えたらしく、怪しげな笑顔を浮かべて狩真に引っ付いて来た。

 同時、スピーカーから頭の悪そうな音声アナウンスが流れ、カウントを始める。

 10、9、8……カウントダウンのその最中、ずっとレンズへと視線を向けていた愛花がふとその視線を上げた。見上げる格好になって、今も軽薄な笑みを浮かべる兄へと語りかける。


「ねえねえ、お兄ちゃん」

「なんだよ妹ちゃん」

「お兄ちゃんは私のこと嫌い?」

「いいや。大好きだ。愛してると言ってもいいね」


 軽薄に笑い、心無いことをぺらぺらと話す狩真に、愛花は特に気を悪くしたような雰囲気はない。


「でもまあ、目障りではある。殺してえ」

「殺した後はどうするの?」

「別にぃ?」

「別にって言うのは、どういうことかな……?」


 ゾッとするほど暗く深い闇を湛えた瞳が狩真を射抜くが、しかし彼がこの程度で怯むはずもない。生まれながらの殺人鬼という狂った少年はケタケタと笑いながら、


「だからそのままの意味だぜ。出来の悪い妹から解放されて、俺は晴れて自由の身となって今度こそ友介と殺し合うんだよ。本気の本気で、互いの存在が摩耗するくらいにまでなッ。だからお前、目障りだし早く死んでくれよ」


 おおよそ兄が妹へ語る言葉ではない。そこに込められている意味や感情も、何の捻りもなくストレートな要求で、込められた殺意も敵意も陰りはない。

 嫌いで、気持ち悪くて、殺したい。


 邪魔なのだ。


 こんなものがいるから、友介に会いに行くこともできないし、常時監視されているせいで人を殺すこともできない。

 死にそうだ、息苦しい。

 土御門狩真は人を殺さなければ生きて行けない。それは息を止めて生活させられているのと等しいのだ。


 人道、倫理、善悪、社会――総じて全てどうでもいい。


 殺さなければ生きて行けないのだから、殺すのみだ。

 そして、だからこそ友介を求めている。

 彼ならば壊れない。彼ならば愛せる。

 安堵友介ならば、土御門狩真は愛せるのだ。

 彼は壊れないから。彼は強いから。


 力だけの話ではない。

 あの少年は己と言う悪に真正面から堂々と向き合ってくれる。殺害の化身、理不尽の顕現とすら言える己を壊すために、怒りの全てを向けて潰し合ってくれる。


 殺害衝動をぶつけても壊れず、かつ己を見続ける強い少年。この無窮の牢屋から連れ出してくれる白馬の王子さま。

 人を愛したいと願う狩真にとって、唯一無二の存在だから。

 今すぐにでも彼のもとへと向かって、殺し合いたい。


 だから、その邪魔をする愛花は目障りだった。妹などという下らない肩書をぶら下げて唐突に現れ、狩真の全てを縛ろうとする愛花に嫌気がさす。

 だから殺したい。邪魔だから、殺す。


「じゃあ」


 どれほどの間自分の世界にこもっていたのだろう――長考していたようにも思えるのだが、意外にもまだシャッターは切られておらず、カウントは『3』と告げられたところだった。


「ねえ、お兄ちゃん」


『2』――こちらを見上げる愛花の瞳には真摯な輝きが宿っていて、


「お願いがあるんだぁ」


『1』――相貌に浮かぶ笑みは、邪悪でも醜悪でも危険でもなく、包み込むような優しさを湛えた慈愛で溢れていて、


「私を殺したら」


『0』――――




「私のことは――――」


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