第一章 科学と魔術 1.出会い
はい、遅れてすみません!
水曜日になってしまいましたが、一話投稿です! 全話は零話だとでも思っていてください!
けたたましい目覚まし時計のアラーム音で、少年——安堵友介は目を覚ました。彼は緩慢な動作でアラームを止めると、ゆっくりとベッドから起き上がる。両腕を上へと伸ばし、軽く身を捻る。ある程度の柔軟体操を終えると、ようやくベッドから下りて洗面所へと向かった。
洗面所には先客がいたらしく、小柄な女の子がシャカシャカと歯を磨いていた。
もうすでに髪の手入れは終えてしまったのか、茶色い髪を左右対称の綺麗なツインテールに纏めている。
彼女の名は河合杏里。小学五年生で、友介が居候している家の一人娘だ。夜中に一人でオンラインゲームをしては、よく母親に怒られている。
杏里は後ろに立つ友介に気付き、歯磨きを終わらせて口の中をきれいに洗うと、彼に向き直った。
「おっはよー」
まだ眠気が残っているのか、あまり活力の感じられない挨拶だった。大方夜中遅くまでゲームをして寝不足なのだろうと予想しながら、友介も朝の挨拶を告げておく。
「おう、おはよう」
適当な挨拶を終えると、友介も歯磨きを開始。シャカシャカと歯を磨いていく。磨きながら、さっき見た夢のことを思い出していた。
あれは記憶。
四年前、友介が暮らしていた街で起きた悲劇——あるいは地獄だ。
街の名は『中立の村』。とある理由から、あの街はそう呼ばれていた。
あの地獄の夢は三日に一度くらいの頻度で見るのだが、その朝はいつも吐き気が酷い。今だってこうして歯を磨くことで吐き気を無理矢理どこかへ押しやろうとしているのだ。
「はあ……」
疲れたように息を吐くと、歯ブラシを抜いて口の中をすすぐ。歯磨きを完了させ、洗顔も終わらせると、彼は鏡に映る自分の顔を見た。
「ひでえ顔だな」
若干青ざめた自分の顔を見てそう漏らす友介。それから視線は己の両眼に注がれる。
「ふーん、いつ見ても綺麗なオッドアイよね」
「うおっ、何だお前かよ……先にリビング行ってたんじゃねえのかよ」
「あんまりにも遅いから見にきたのよ。どうせ今日もあの夢見たんでしょ? 顔が真っ青よ。大丈夫?」
「ああ、心配すんな」
友介は片手をひらひらと振りながら万全をアピールする。
「それなら良いけど。……にしても、なんでそんな綺麗なオッドアイが存在するのか、私には全く理解不能なんだけど」
「俺だってそうだっつうの」
友介の目は左右で色が違う。右目は黒色なのだが、左目は綺麗な青色している。人の手の加えられていない大洋のような青色だ。
「確か、右目が義眼なんだったよね。ええと、ごかん……何だったっけ」
「『五感拡張計画』だ。それがどうした?」
「別に。ただそうだとしたら、友介って元々青色の瞳を持ってたってことだよね?」
「そうだな」
「ふーん、変なのー」
といえ、物心ついたときからこんな変な目だったので、そこまで珍しいことだとも思えない。
杏里と雑談をしてすっかり気分も戻った友介は、ダイニングへ向かった。食卓にはすでに料理が並んでおり、それを見た杏里が目を輝かせていた。
「わーい! ホットケーキだー!」
ツインテールを揺らしながらはしゃぐ杏里を尻目に、友介はキッチンにナイフとフォークを取りに行く。
「あら、あはよう友介ちゃん」
「あ、おはようございます」
言いながら杏里と友介の弁当を作っているのは河合夕子。杏里の母だ。
中立の村から命からがら逃げ出し、ここ『科学圏東日本国』に亡命した友介を引き取ると言ってくれた女性で、友介の恩人だ。身寄りの無い、それどころか厄介事を抱えた友介を引き取ってくれたことからも予想できる通り、とても優しい人だ。
「ちょっと杏里、いつまでもはしゃいでないで早く席につきなさい」
「はーい」
大人しく言うことを聞く杏里。友介は杏里の前にナイフとフォークを置いてやり、自分も席につくと静かに手を合わせて、
「いただきます」
「いただきます」
そう言ってホットケーキを口に運び始める。
弁当の支度が終わったのか、夕子も自分のホットケーキをテーブルにおいてそれを食し始めた。
「あ、そうだ。あたし、今日は早めに出るからよろしくー」
「はいよ。大丈夫か? 迷子にならねえか?」
「ならんわ!」
「ちょっと、二人とも口の中に食べ物入れたまま喋らないの」
「あ、はい」
「ごめんなさーい」
「まったく……」
夕子はそう言うと、近くにあったリモコンを取って、テレビの電源を点けた。数秒経つと朝のニュースが流れてくる。
『それでは朝のニュースの時間です。二週間ほど前から発生している連続失踪事件ですが、未だ被害者・犯人共に情報が不足しており、操作は難航を極めております。本事件の被害者は全て録命中学校の生徒であり、警察は犯人と録命中学校に何らかの繋がりがあると睨んでいる模様です』
「恐いわねえ……録命中学って友介ちゃんが通っている学校じゃない。
「確かに……休校になんねえかなあ……」
「なに。友介あんた、学校が嫌なの? もしかして虐められてるんじゃないでしょうね。どこの誰? あたしが殴り飛ばしてやるから家に連れてきなさい」
「失礼な奴だな。虐められてねえよ。てかお前は俺の保護者か」
「そうよ。出来の悪い兄を持つと妹は苦労するのよ」
「へいへい」
兄——血のつながりのない年下の女の子からそんな風に呼ばれても、友介は大した疑問を持った様子もなく返事を返した。
一緒に暮らした年月は四年と短い。しかし、二人の間には確かな絆が存在していた。
『では次のニュースです。中立の村跡で続いていた戦闘に決着が終了した模様です。結果は我々科学圏の勝利で終えました』
「相変わらず物騒だな……」
「そうね。まあ私達には関係無いでしょ」
「だと良いけど」
二人は朝食を食べ終わり、食器をシンクに置いて各々支度を始めた。とはいっても、今朝は早く出ると言っていた杏里の方はすでに支度を終えていたようで、適当にパパッと着替えを終えると、赤いランドセルを背負って玄関へ駆け出していった。
「それじゃあ行ってきまーす!」
「忘れ物はないー?」
「ないないー」
「いってらー」
「はーい。行ってきまーす!」
ガチャンと扉が閉まり、扉の奥から聞こえてくるパタパタという可愛らしい足音が遠のいて行く。
「あんな急いで……事故すんなよ」
「そうねー」
頬に手を当てておっとりとした調子で返事を返す夕子を見返して、友介ははたと気付く。
「あいつ……弁当忘れていきやがった……」
「あらーホントだわー。でも、学校に購買もあるみたいだし大丈夫でしょ」
「なら良いですけど」
「んふ、ありがとうね、友介ちゃん」
「? 何がです?」
「いつも杏里の面倒見てくれてるじゃない。あの子、しっかりしてるようで、根はまだまだ子供だから、誰かに甘えたい年頃なのよね」
「それはまあ、見てれば分かります……」
友介も支度を終え——ちゃんと弁当を鞄に入れて——玄関へ向かった。靴を履いていると、後ろに夕子が立つ気配があった。
「それじゃあ友介ちゃん、いってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
と、そこで友介は何かに気付いたように、
「そうだおばさん。何か買ってくるもんとかあります? 油とか切れてたら、帰りに買ってきますけど」
「ううん、大丈夫よ。真っ直ぐ帰って来てらっしゃい」
河合家は小さな武具店を営んでいる。拳銃やナイフはもちろん、ライフルやロケットランチャーまで取り扱っている、割と危険な店だ。
居候させてもらっている友介は、たまにお使いを頼まれては放課後にちょっと危険な物を買って帰るのだが、今日は特に無いらしい。
「はーい」
友介は軽く返事を返して家を出た。
四年前に全てを失った友介だが、今は「いってらっしゃい」を行ってくれる家族がいる。そんな単純なことに、毎朝涙が出そうになるのだった。
彼——安堵友介は現在中学二年生だ。
彼の通う学校は渋谷区にあり、友介が暮らしている港区から歩ける距離ではないので毎朝電車通学している。渋谷区で地下鉄に乗り換えて二つ向こうの駅が最寄り駅なのだが、その間ずっと満員電車の中に押し込まれている。始めの半年などは学校に通うのが面倒くさくなるくらいにウンザリしていたが、さすがに一年通っていれば慣れてしまった。
眠そうにあくびをしながら、ふと近くに立っている男性のスマホの画面を眺めてみた。男性はイヤホンをしているため音声は聞こえないが、映像だけでもそのニュースが何について報じているのかが分かった。
渋谷区で起きている連蔵失踪事件、中立の村跡での戦闘の勝利、そして三つ目が——
(魔術圏で魔女が行方不明ときたか……)
どのニュースも物騒な物ばかりだ。
あまり長い間他人のスマホの中を覗くのもあれなので、友介は視線を外して握っているつり革に目をやった。
眠そうに右目をこすりながら、僅かに揺れるつり革を目で追っていく。
————と。
「ん?」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、つり革の取っ手のある一点に、小さな黒点のようなものが見えた気がした。
(なんだ、これ……?)
世界がモノクロに変わったような錯覚に陥るほど、その黒点は友介の心を引きつけるような何かを持っていた。
黒点が存在していたのは一秒にも満たない。ふと気付けば、黒点なんてどこにもなかったし、世界がモノクロに変わってもいなかった。
(見間違いだろ……)
友介はそう適当に結論付けて、静かに電車に揺られ続けた。
学校の最寄り駅に電車が停まると、友介は人の波をかきわけて電車を降りた。
「ふー……」
軽く息を整えながら歩く友介。駅から学校までは長い上り坂をただ昇るだけなのだが、これがやけにしんどい。一本道なので学校を目視することが出来るのだが、どれだけ歩いても学校に近付いている気がしないのだ。徒歩十分と言えば聞こえは良いが、こんな坂を十分もの間上り続けるのは帰宅部の友介にしてみれば苦行でしかなかった。運動部に所属している生徒達だって、毎日毎日トレーニングと称してこんな長い坂を走らされて不満がないわけがないだろう。優れている所と言えば、少し高い丘のようになっているため、渋谷区の象徴108や友介暮らしている港区が一望できて景色がきれい、というぐらいだろうか。
(確か夜になると夜景がめっちゃ綺麗なんだよな……)
ふわとあくびをしながら辛気くさい顔で坂を上り続ける友介。
そこへ——
「す、すいません! ちょっと良いですか?」
横合いから遠慮がちな少女の声が聞こえた。
声のした方を見る。するとそこには、とても不思議な風貌の少女が立っていた。
まず目を引くのは、頭に被ったつば広の黒い魔女帽子だ。所々がほつれており、彼女の被った帽子が随分と古い代物であることが見て取れた。元の黒色も色あせてしまっており、随分と使い込んだ物だということが分かる。
帽子の隙間から流れ出る長髪は美しい黒色をしている。こちらは帽子とは違い、人の手の加えられていない森林に広がる夜空のように美しい黒色だ。とても丁寧に手入れされているのだろう。まるで野山を流れる小川のように清く、輝かしく、透き通るような長髪だった。
身に纏った録命中学の制服は彼女が被る魔女帽子に全く合っておらず、へんてこな印象を与えてきた。
身長は友介よりも十センチ低いくらいだろうか。
どこからどう見ても、『変人』と呼ぶべき風貌の少女だった。
友介は胡散臭い占い師を見るような目で少女を見つめる。
彼女はジッとこちらを見つめてくるだけで、口を開こうとはしない。このまま彼女を待っていても仕方がないので、友介は手っ取り早く質問することにした。
「いや、どうしたんすか?」
すると少女は嬉しそうに口元を綻ばせ、目元を隠していた魔女帽子を軽く上げた。
その少女は、端的に言ってとても可愛かった。黒色の髪に碧色の瞳。クリクリとした目と高い鼻を持ち、その色白の肌も相まってどこか日本人離れしている。返事を返してもらえたことがよほど嬉しかったのか、ひまわりのような笑顔を友介に向けながら、魔女っ子少女はトテトテとこちらへ走り寄ってきた。
「な、なんだよ……」
彼女は口を『ω』みたいな形に変えて、ぎゅっ、と彼の手を握ってこう言った。
「私、今日からこの学校に転校することになりました、空夜唯可と言います! 同い年っぽい人がいたので声を掛けてみました! これからよろしくねっ! あ、ちなみに私は中二だよっ」
それが、安堵友介と空夜唯可の出会いだった。
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