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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第七編 夏の活劇
198/220

世界法則の異常性、および楽園教会に関する事実と考察


 まず最初に、私はこの文書を『教会』の敵たるものに向けて書いていることを示しておく。

 これより語るのは、宇宙に隠された真実の一旦に過ぎない。私が知り、諸君らに教えられることは本当に限られてはいるが、それでもこれが平和の礎となっていることを願うばかりである。


 ここに辿り着いた者ならば、すでにこの世界の歯車が正常に回っていないことには察しているだろう。

 目に見えない世界の歪み、それに気づいている者ならば、これから私が語る『教会』の特異性に理解を示してくれるはずだ。


 以下に私が得た情報と、それを踏まえた考察を簡単に語っておこう。






・心象侵食、および旧神の肉体移植による染色強化


 楽園教会の働き蜂とも言える我々『枢機卿』が有する戦闘能力は、一介の魔術師や描画師を遥かに凌ぐ域にある。

 一騎当千、万夫不当。

 一人一人が一国を滅ぼすに足る力を有しており、堅牢な力の城砦を砕き、命の核へ刃を届かせることは不可能に近い。

 加えて、枢機卿には特別な弱点という者はない。当然ながら描画師特有の諦観やトラウマを元とした急所は存在するが、枢機卿のみがその力の代償に押し付けられた弱点などという都合の良いものも皆無なのだ。

 彼らは、ただただ強い。

 ゆえ、これより語るのはなぜこれほど桁の異なる力を得たのかだ。

『心象侵食』と『儀式』の二つに分けて説明する。




 そも、染色とは何か。

 これは心象世界も発露であり、己の心で世界の色を染め上げる行為である。

 その詳しい原理については魔術的な解釈だけでなく、量子論を主とした科学の分野にまで手を伸ばさねばならなくなるため切り上げ、ここでは魔術分野をほんの少しかじる程度に説明する。

 染色とは、この宇宙の限定領域座標において一種の神となる行為である。

 己の心を絶対とし、その法則を宇宙世界に強制させる傲慢なる力。

 描画師を『偽神』と呼ぶ者がいることからも、これが一般的な見解からそう遠くない主張だとわかるだろう。


 そこで本題に入る。

 上に記した通り、描画師は紛い物なれど神と同種の力を振るう。染色を発現した者は誰もが皆、一人の例外なく神の領域へと片足を沈め、魂の格が一つ上げる。誰もが平等に。

 そう、本来描画師という存在は皆が皆偽神であり、そこに格の差や隔たりなどは存在しないはずなのだ。

 しかし、既に承知の通り枢機卿の染色は一介の描画師とはモノが違う。

 これはつまり、描画師と描画師の間にも格の違いが存在し得るということを示しており、即ちここに枢機卿の圧倒的な力の源泉があると言える。

 その鍵となる語が――『心象侵食』である。

 心象侵食とは読んで字如く、染色の源泉たる心象世界・深層心理の衝動に、自我を含めた心の全てを侵食されていく現象のことだ。

 これはおそらく、心象世界の侵食が進み、個我を心の原風景に侵されれば侵されるほどに心のありようが純なるものへと変じるからだろう。

 本来人間は、たとえ描画師であろうとも複数様々な思いを抱えて生きている。身近な例を上げるならば、ある人間を憎んでいたとしても、ふとした瞬間にその者の善性に触れ憎悪に迷いが生じる時など。これはその憎悪が弱いわけではなく、ただ人間の本質として備わっている機能というだけの話だ。

 私はここで世界が性善説と性悪説のどちらで成り立っているかを論じたいわけではない。より単純な話で、ブレない人間などいないということを伝えたいのだ。

 しかし、この人間だからこそ存在する『ブレ』を、心象侵食という現象は消し去ってしまう。



 破壊の法を振るう者ならば、その破壊に躊躇がなくなるように。


 赫怒の炎を燃やす者ならば、その憤怒に異物が混ざらぬように。


 復讐の闇を纏わう者ならば、その憎悪に終焉が訪れないように。



 心が原風景に染まれば染まるほど、染色は強化される。


 ただし、この心象侵食には一つ欠点――というよりも、あるリスクが存在する。

 それは、心象世界に心が完全に飲まれた場合、最終的に自我が消え人間としての生を失うことだ。


 元来、この心象侵食の進行速度は遅い。染色の使用回数に比例するものの、魔術師としての代償である短い寿命を鑑みれば影響するほどのものではないはずである。

 だが、この心象侵食を急激に進行させる方法が二つ存在する。

 一つは、精神に多大な負荷がかかるなりし、より純に己が心の世界を求め、熱望するなどした場合である。

 心象侵食の進行は急激に加速し、瞬く間に染色は強化され、自我は消えていく。

 そして、一度取り込まれてしまえば、もう二度と元に戻ることはできない。

 即ち、死なのである。


 しかし――だ。

 私が知る限り、染色を発現して以降の彼らが、そうした場面に出くわしたことはない。

 そこで語らねばならないのが二つ目の強化方法――即ち『儀式』である。

 この儀式の内容は、単純な表現をすれば『己の心象風景と酷似した神の肉体の一部を己に埋め込む』というもの。


 染色の多くは神話伝承になぞらえられている。

 そもそもの心象風景が、神話の背景と重なっていることや、魂の底より湧き出る染色の〝名〟が神話の用語を用いたものであることが多いことも特徴だろう。

 その染色のモデルとなった神の一部を、己が肉体に移植するのだ。


 我々枢機卿の一部は楽園教会の正式な団員として認められた後、姿形の揺らめく謎の存在により、この宇宙にあるとは思えぬ異質な星へ連れられ、そこで己と同種の心象を有する神と対峙し、戦う。

 勝つことは不可能。故、我々は彼らに傷を負わせ、その肉体の一部を〝城〟に持ち帰ることを目的として戦う。

 城に帰ったあとは移植手術のように胸を開き、肋骨に守られている心臓にその神の肉体を植え込むことで、染色やその出来損ないたる魔術の規模が格段に跳ね上がる。これにより強化を果たしたのが、バルトルート・オーバーレイ、土御門率也、ジークハイル・グルース、そして私……ライアン・イェソド・ジブリルフォードの四人だ。

 ……これだけ長々と語ったというのに申し訳ないが、この方法で染色を強化したのは枢機卿の半分にも満たない。風代カルラは数えないとしても、他の五人は真正の傑物であり、化け物であり、異質である。

 彼らについては理屈がわからない。おそらくそうあるものであり、初めから人間の枠を超えている存在なのかもしれない。彼らについては協力者により深く探ってもらうとしよう。






・神性界に対する見解


 魔術結社『蒼穹の曙光(B∴D∴)』を初めとして、魔術師による研究では黎明暦に存在したと言われる神々は皆こことは異なる可能性世界――すなわち世界雲にかつて存在し、その存在の余波が可能性の海を渡ったことで原典として世に影響を及ぼし、知覚されたと考えている。


 しかし、おそらくだが――これは間違いだ。


 そもそも私たち枢機卿は〝神〟に会っており、彼らは未だ健在であった。

 神は未だ生きており、この瞬間もどこかで己が神威を撒き散らしている。

 ならば、生命の一切が存在しない〝ここ〟以外の可能性世界に、神だけは存在するという道理はないだろう。


 楽園教会はかの神々が存在する、この宇宙とは全く異なる法則で回っている世界のことを『神性界』と呼んでいる。

『神性界』をあえて理解できる言葉へと落とし込むのだとすれば、並行世界、可能性世界ではなく、どちらかといえば別世界や異世界とでも言うべきかもしれない。私が感じた印象としてはそれすらも少し異なっているようにも感じたが、少なくともこの世界に神性界が存在しないことは確かだろう。

 あれは、あの世界は――私が連れられ訪れたあの場所は、宇宙そのものが染色の法の影響を受けていた。

星の外にまで大海が広がっており、何一つ争いなど存在しない太平の世。

 海の宇宙。

 大洋の世界。

 私が求めた世界が、宇宙全てに広がっていた。


 あれは人類の選択の結果生まれた世界などでは断じてありえない。宇宙そのものが神に屈服している人類の可能性世界などありえるはずがないだろう。そんなものは『人々の選択によってあり得たかもしれない可能性』とは言わない。

 推測するに、あれは染色の侵食領域が宇宙全体に拡大した異世界と呼ぶべきものなのであろうが、それ以外のことは皆目見当もつかない。神性界がどこにあるのか。あんなものを創り出した旧神とは何者なのか。そもそもなぜ神々が未だ存在し、我々人類に手を出さず見ているだけなのか……


  宇宙創世以降、この宇宙のどこかに本当に神々がいたのか、いたのならばいつどこに存在したのか、いなかったのならば――では神とは何者なのか。

 疑問は尽きず、しかし現状の情報量ではもはやこれらの謎を解くことは出来ない。よってこの資料を読んでいるものには、まず黎明暦について調査を行ってほしいと考えている。






・裏混城からの乱数的疑似時空跳躍、およびデモニア・ブリージアの特異性


1.裏混城(りこんじょう)

 通常、楽園教会員はこの地球上には存在しない裏混城と呼ばれる〝城〟に住んでいる。城の広さは広大。おそらく単純な三次元的幾何学では説明できぬ法則が絡んでおり、外から見た形とは全く一致せず、加えて外の世界は黒と白と灰のマーブルで構成された奇怪極まる異空間であり、我々以外に生命体が存在する気配はない。

 この城が世界雲の彼方にあるものなのか、あるいは神性界のように全く異なる宇宙なのかは私にも判断できない。ただ、城の外の世界が我々の地球文明の名残を残している(倒壊しているものの見知った建造物も存在している)ことから、世界雲のどこかにあるのではないかと推測している。城の詳しい座標は不明。立てられた時期もわからない。おそらく奇襲は不可能であろう。



2.乱数的疑似時空跳躍

 そして、この裏混城の特異性として最たるものが『乱数的疑似時空跳躍』の存在であろう。

 乱数的疑似時空跳躍とは、裏混城の可能性世界(以後、裏混界と呼ぶ)正史たる可能性世界(以後、正史界と呼ぶ)へと飛んだ際、その位置と時間の座標が狂う現象のことである。

 具体例を述べれば、跳躍の際、〝裏混界〟では〝2044年〟だとしても、跳躍した先の〝正史界〟における時間座標は中世以前であることなど珍しくもなんともないのだ。


 元来、魔術師であろうと描画師であろうと枢機卿であろうと成すことの出来ぬ、絶対不可侵たる三つの原則――


 生死操作の不可能

 時間跳躍の不可能

 歴史改変の不可能


 人間がどうあっても思い浮かべられない事象群。人が人である限り絶対に想像することができず、諦観という言葉すら生ぬるい圧倒的な『不可能』として君臨する三つの事象。


 これら三種の不可能のうちの一つ――『時間跳躍の不可能』を不完全な形であるとはいえ、楽園教会は超越してしまっているのだ。

 そして、この不完全性すらも塵のように超越してしまう存在――それこそが、楽園教会が五の主柱たる『葬禍王(そうかおう)』――その第二席『異界卿(マルケーゼ・アヴァロン)』デモニア・ブリージアである。

 かの『邪悪』はどういうわけか、乱数的疑似時空跳躍における時間座標のランダム性を超越し、望んだ時代、望んだ時間へと個人を飛ばすことができるのだ。

 我々楽園教会はこの乱数的疑似時空跳躍とデモニア・ブリージアの能力を利用して、各時間座標の各地へ赴き、意図的に大きな戦いや殺し合い、大虐殺を引き起こし、魔術師と魔術師、あるいは描画師と描画師の一斉衝突を誘発させている。楽園教会の出現報告が過去四千年以上前から現在にまで偏在していることには、こういう原因があったのだ。

 これが『邪悪』たる彼の力の本質に由来するものなのか、はたまた全く別の要因ゆえのものなのかは不明であるが、いずれにせよ条理を超えた事態であることに変わりはない。


 とはいえこの時空跳躍にもいくつかの制約がある。まず無尽蔵、自由自在に跳躍できるわけではなく、一度跳躍した時間座標に再度飛ぶことは不可能。また、2044年現在よりも未来への跳躍もまた不可能である。加えて、歴史改変の不可能までは超越できていないため、たとえ人類誕生の瞬間に立ち会い、文明の起こりを阻止せんとしようとも、世界の〝今〟は変わらず地獄のままである。







 私が教会で得られた情報はこれだけである。これらの情報は協力者に渡し、彼に調査を続けてもらいつつ、より深い真実を暴いてもらいたいと願っている。

(※以下に補足資料として協力機関から提出された報告書のURLを貼っておく。ただし閲覧規制が成されているため、深い情報を得ることは不可能であろう)



・報告書Ⅰ

https://ncode.syosetu.com/n8641cx/109/


・報告書Ⅱ

https://ncode.syosetu.com/n8641cx/116/


・報告書Ⅲおよび追加資料

https://ncode.syosetu.com/n8641cx/121/

https://ncode.syosetu.com/n8641cx/122/


ここに示したもので、私から伝えられることは以上である。




               ライアン・イェソド・ジブリルフォード

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