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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第七編 夏の活劇
190/220

総集編 真っ赤に染まった恋信号 2.ブリュンヒルデの歌のもと、


(……なにしてんだろ、あたし)


 ライブ会場へ向かう途中、窓の外に広がる横浜の海を眺めながら電車に揺られる少女がいた。

 その瞳はどこか茫洋としており、焦点が定まっていない。

 ここではないどこかを、遠くにいる誰かの背中をぼんやりと見つめているような、そんな瞳だった。


(今さら、隣になったところで意味ないし)


 茶髪をポニーテールにまとめた少女の胸中を埋め尽くすのは、劣等感と敗北感、虚無感に無力感に自己嫌悪と様々であった。

 少女はある日、ひとりの少年と出会った。

 少女はその少年を嫌って、だけど彼に助けられて、そしてその魂の輝きや美しさに惹かれてしまい、簡単に恋に落ちてしまった。


 四宮凛は今でも覚えている。

 あの時の彼の叫びを。

 己を見当違いの罪で罵倒し、身勝手な怒りをぶつけて来た少女を救うために、血みどろになって立ち上がり、一歩でも近づこうと必死に走る少年の姿を。

 腹に剣を刺されて、炎に腕を焼かれて、冷気に身を凍らされて、鉄球に体を打たれて。

 それでもなお、自身と何の関係もない少女を助けようと足掻く少年の魂を。


 でも、だけど――


(あたしには、資格がないんだから)


 胸の奥でじんわりと広がる痛み。

 これは彼の笑顔を見た時にいつも現れていた、心臓がきゅっと縮むような甘酸っぱくて幸せなあたたかい痛みではない。

 体温のない死人の手で握り潰されるような激痛だった。息が止まって倒れてしまうような苦しい痛み。

 安堵友介という少年を知れば知るほどに、想えば想うほどに、その痛みは増していく。

 自分はいつかこの痛みに殺されるかしれない。

 そんな不吉な予感すら抱かせる痛みだった。


「痛い……っ……」


 諦めたのに、どうしてこんなに痛いのだろう。

 凛には、その意味が全くわからなかった。


☆ ☆ ☆


 渋谷にあるとあるマンションの一室で、妖艶な声がくすりと笑っていた。


「…………このアプリの制作会社、もう倒産しているのね」


 痣波蜜希。

 それも気弱な少女の方ではない。

 知識王メーティスとしての情報技術(ちから)を自由自在自儘気のままに振るう、もう一人の少女の痣波蜜希である。


 少女が現在潜っているのはハワイが『先端科学研究都市』として独立してから設立された企業のリストが記載されているデータベース。


 ここ最近テレビや世間で話題になっている電磁パルスを放つことで相手の脳に衝撃を加え気絶させる『マジックバスター』というアプリが、確かな効果のわりに無料であるという事実を知り、ふと気になって調べ始めたのがそのきっかけ。

 別に得体の知れない危機感に背中を押されたわけではない。ただの好奇心。少し気になっていたし、暇だから調べてみよう――そんな軽い気持ちから始めたハッキングだ。

制作会社の企業体質、『マジックバスター』以前の事業や従業員数、そして帰属国である総米連邦からの補助金の額など、隅々までつまびらかにするつもりだった。


 しかし――


「制作会社である『アウターサイエンス』はすでに倒産。総米連邦からの援助金は公式記録には残っていない。ただし個人名義から数千万ドルが引き落とされている。……んふふ、まさかこれだけの援助を受けている企業が、そう簡単に倒産するものかしら」


 この時点で明らかに妖しい。

 だがそれでは終わらない。

 蜜希の操る触手がさらに深い所まで潜っていき、事実が明らかになるたびに謎が濃く重く暗くなっていく。


「これだけの援助を受けていた企業が、アプリ配信の三日後に倒産。それを受けて共同開発を行っていた『NDOA研究所』も閉鎖処分……。先端科学研究都市による救済措置はなし。それにしても、うふっ……まさか、ハワイの企業とは思わなかったわ」


 カタカタとキーボードを叩く音がさらに速く、そして強くなっていった。

 デスクトップには数々の警告ウィンドウが真っ赤な光を撒き散らして蜜希の進軍を止めようとしているが、その全てを破壊し、すり抜け、真っ当からは程遠い方法でアンロックして奥へ奥へと潜り込んでいく。


「アウターサイエンスの起業日は三年前ね。ちょうどMセンサーが実用化され始めた時期かしらあ? 企業理念は隙間の神を追放し、再び……ここはいらないわね。そもそもからして端末アプリを創る企業であったことは間違いないのかしら。そして、どれもこれも、脳に影響を及ぼす電磁波を端末から発信させるためのもの」


 彼女の侵入は矛先を変えてさらに続く。


「NDOA研究所。詳細不明。アウターサイエンスの起業の二週間後に立ちあげられた、か……」


 偶然のようにも思えるし、何らかの意図も感じる。

 いずれにせよ、このマジックバスターには何かがある。しかしそこまでわかっておきながら、その内容まではわからない。重箱の隅までつついてみたというのに、大したものは得られなかったのだ。

 ここまでリスキーな侵入を繰り返し、知識王メーティスとしての力を手加減なしで好き勝手に振り回したというのに、得られた成果はゼロに等しい。


「まあいいわ」


 しかし少女の笑みに焦りはない。愉悦を滲ませ、艶美に笑ってデスクトップの表示を切り替えた。

 春日井・H・アリアがライブを行うという、横浜の街へと。


☆ ☆ ☆


第九神父(ノーヴェ・カルディナーレ)、『霧牢の海神(エーギル)』ライアン・イェソド・ジブリルフォード……これらの単語や名前に聞き覚えはないか?」


 そう尋ねたリリスの後ろをついて歩きながら、友介はその質問に答える。


「ああ、ある。確か土御門狩真の野郎が渋谷で暴れてた時、同じように渋谷で大暴れしてた枢機卿だろ? 草次と蜜希、千矢が戦ったって聞いたぞ」


 それから唯可も――と心の中で付け加える。


「水……いや、海を象徴とした描画師だったか。染色の弱点は水中に溶けている塩化物イオンとナトリウムイオンを、塩化ナトリウムへと結合させること。奴は淡水(へいわ)に混じった(いぶつ)だ。そいつを生成して実態を与えることで、ようやく本体を引きずり出してぶっ飛ばせる」

「上々だ。しかしまあ、弱点まで知られているとは。描画師としては最悪の気分だろうな。私にはわからないが、染色における弱点とは、お前たち描画師のトラウマや諦観、憎悪……つまるところは汚点。負の側面なんだろう?」

「……ああそうだな」

「だとすれば、それを知られることは、戦術的な意味以上に重い事実を表しているはずだ」


 友介は答えない。悪趣味な問答に付き合うつもりはない。

 くだらない雑談は捨て置いてさっさと本題に移ってほしい友介だったが、リリスにその気は全くない。彼女は上機嫌に描画師の触れてほしくない部分をつまびらかにした。


「――自分の弱みを握られている」


 染色とは心象風景の具現化だ。深層心理をそのまま世界に適応し、異界の法則を打ち込んで世界を己の色に染め上げる。その能力は当然心の形に依存している。心の形が能力になる。

 それだけならばまだいいだろう。


 問題はその後。


 染色が具現化するものは、信念や覚悟、矜持だけではない。

 己の諦観やトラウマ、憎悪や敗北、どうしようもない恐怖。そうした負の側面までも具現化し、染色の弱点として機能してしまう。

 心と力が密接に繋がっている。想いの在り方が心を表している。

 汚点と弱点もまた同様だ。

 染色の弱点を知られているということは、その汚点までも連鎖的に想像できてしまうということなのだ。


「まあ、ジブリルフォードの諦観が何だったのかというところまで追及するつもりはない。デリカシーに欠けるというものだからな」


 腕を組みながら歩道を歩くリリスは、そこで首だけを動かして後ろを歩く友介を振り返り、その頬に意地悪な笑みを浮かべて、


「とはいえやはり、未だその弱点が見えてこないお前の心が気になるというのは、仕方のないことだとは思わないか?」

「あん?」

「安堵友介、お前の染色は少しおかしい」

「待て、その前に何で俺の染色を知ってるか教えてもらおうか」

「私がノースブリテンのブレインだからだよ」


 それだけで全てを察した。あの街にはノースブリテン製の監視カメラがあったはずだ。国の事実上のトップならば、その映像を知ることもできるだろう。

 いいやそもそも、楽園教会を敵視するこの少女が、枢機卿と全面戦争をして生き残った安堵友介という描画師をチェックしていないはずがない。


「話が逸れたな。……まあ今はこの話はいいだろう。いずれお前自身の前に立ちふさがる問題なのかもしれんしな」


 少女はひらひらと手を振ると首を戻して、


「ジブリルフォードのことだ」

「どうして今さら死んだ奴のことを掘り返す? もうあいつはいねえ。何もできねえぞ。それに草次が言うには、奴の発言はどこか教会を敵視したものだとも聞いた。たとえまだ生きてるとしても、俺たちの敵に回るとは思えねえ」

「それだ」


 ピンっ、と人差し指を立てたリリスは、ビルとビルの隙間にある小さな道へと身を滑らせていく。目的地を知らされていない友介もそれに続いた。

友介が追い付いたことを足音で理解すると、リリスは説明を始めた。


「ライアン・イェソド・ジブリルフォードは枢機卿でありながら、楽園教会のやり方に反感を覚え、謀反を企てた」

「いつだよ」

「あの襲撃がそうだ」

「んだと? あいつは唯可を捕えようとして草次たちを傷付けた。どう見ても敵だろうが」

「もう少し頭を使うんだな。腕っぷしだけでは『教会』との戦いに生き残れんぞ。……あの『邪悪』に翻弄されたお前なら、そんなことは理解しているはずだろう?」


 リリスは嘲るように息を吐くと、裏路地を抜けてまた大通りに出た。途中、コンビニに寄ってアイスクリームを友介にせがんで買わせた。

 友介と同じ棒アイスを口に含みながら、


「敵の敵が味方だとは限らない。ジブリルフォードは楽園教会の敵であり、お前たちの敵でもあった。奴には奴の目的があり、そのためにお前たちと戦ったというだけだ」


 まあ、大局的に見ればジブリルフォードはお前たちの味方ということになるのだろうがな、と少女はつぶやき、


「しかしまあ、奴の謀反は半分成功し、半分失敗したわけだ」

「その失敗ってのは?」

「死んだこと。そのせいで、お前たちグレゴリオと――特にお前、安堵友介と、協力関係を築けなかったことだ」

「協力関係だァ?」

「ああ。本来なら、あの後ジブリルフォードは『教会』の情報を持ち出して光鳥感那に売り渡し、お前たちの側についた上でブリテンで枢機卿と戦っていたはず。奴のシナリオの中におけるブリテンの戦いでは、おそらくもう一人枢機卿がコールタールの元から消えるはずだった。それもおそらく、死という形でな。そうだな……セイス・ヴァン・グレイプニルあたりか。ジブリルフォード自身が参戦したとして、あの場にいた枢機卿で奴が殺されずに殺せる相手はあの魔獣の主くらいだろう。それ以外は少し相性が悪い」


 セイス・ヴァン・グレイプニル。

 魔獣の主と呼ばれていることから、ブリテンにおける魔犬や九体の神獣を召還した枢機卿のことだろう。どんな奴かは知らないが、ろくでもない奴であることは想像に難くない。


「実際、あの戦いではどう考えてもピースが足りていなかったと思わないか? 枢機卿が六人に対して、円卓を含めたお前たち側の描画師はたったの三人。しかもそのうちの二人はどこかに雲隠れして呑気に修行をしていたわけだ」

「……ッ」

「そう怖い顔をするなよ。別に揶揄しているわけでも責めているわけでもない。ただの事実だ」


 敵意を隠そうともしない友介の視線をのらりくらりと受け流して、


「途中二人が寝返ったが、それでもまだ二人残っている。加えて、ブリテンに唯一の残っていたディリアス・アークスメント=アーサーは、枢機卿よりもさらに大物――葬禍王『異界卿(マルケーゼアヴァロン)』デモニア・ブリージアに惨殺された。どう考えても戦力が足りない。ジブリルフォードはこれを見越していた。近いうちに風代カルラが『教会』の手に落ち、それを取り返すためにお前たちが……お前がブリテンに乗り込み、圧倒的不利の中奴ら楽園教会と正面からかち合うことまでな」


 だから――動いた。

 たとえ時期が早まり、安堵友介が枢機卿と戦えるレベルになっていない段階でブリテンに乗り込むことになろうとも、枢機卿という特大の戦力を彼らに保持させることで、勝率を少しでも上げるために。

 そして、彼はあの時さらに保険をかけていた。


「あの時、ジブリルフォードは安堵友介と空夜唯可を狙うという情報を意図的に西日本国に流し、土御門狩真がお前にぶつかるようあえて調整していた。奴がお前に執着し、徹底的にいたぶり、お前の底を曝け出させて『染色』を発現させるように、奴が仕組んだ」

「……なるほど。何もかもその顔も知らねえ誰かの手のひらの上だってか」

「ああ、概ねはそうだろう。だがあいつは万能じゃない。神でもなければ王ですらない。あそこでお前と風代カルラの関係が進展したのは嬉しい誤算だっただろうな」

「別に仕組まれてようがそうじゃなかろうが、関係ねえよ。どっちにしろ俺はあいつに人生を捧げることになっただろうよ」

「そんなことはわかっている。いちいち言うな気色が悪い」

「ちっ……。んで、続きは?」


 鬱陶しげに罵倒するリリスに、友介は舌打ちをしつつ先を促す。


「ああ。奴は結果的に目的の半分は達成した。……いや、保険だな。保険を掛けることには成功したわけだ。だが――本命は逃した」


 本命――すなわち、己の命。

 安堵友介と枢機卿の、共同戦線。


「それも誤算ってやつか?」

「奴にとってはな。だが必然の敗北でもあった。奴は西日本帝国で安堵友介を狙うという情報を流していた。しかし、あの時の帝王は『魔神』――いいや、『統神(ライブラモナルカ)』コールタール・ゼルフォースが収めていた。楽園教会の事実上のトップだ。当時、ジブリルフォードは記憶を改竄されていた。『邪悪』の進言さ。追光の歌姫(ブリュンヒルデ)を使って脳にある記憶を改竄されたんだよ。『楽園教会とは、枢機卿同士の接触は禁止され、己のボスも知らされていない謎の結社』という風にな。そして、コールタールが動き、ジブリルフォードを殺した」


『邪悪』――そう呼称される存在を、安堵友介は一人だけ知っている。

 ヴァイス・テンプレートのように光を奪われ闇の道に走ったのでもない。

 土御門狩真のように純正の破綻者でもない。

 ただ、あるがままに邪悪。

 人の心を理解し、操り、弄んで希望を与えて叩き落として遊ぶ。

 ある意味で、人の心を何よりも愛する『邪悪』。

 己のシナリオの破綻にすらも狂喜する、人間を玩具としか見ていない汚泥のようなあの男。


「ともかく、土御門狩真とライアン・イェソド・ジブリルフォードの襲撃の裏には、こうした一幕が、やり取りがあったわけだ」


 これが全貌。

 安堵友介が風代カルラを愛するキッカケになった事件が発生し、空夜唯可とともに染色を手にすることとなった事件の裏側だった。


「それだけか?」


 そして、そうした諸々を聞き終えた友介の反応はそんなものだった。

 悲劇は仕組まれたものだった。手にした力は誰かが意図してそうなるように仕向けていた。


 だが、だからどうした?


 仕組まれていようと、衝動に任せたものであろうと、悲劇であることに変わりはない。多くの人が命を落とし、大切な者の死に泣き叫び、喪失の痛みに悶え苦しみ、心に刻み付けられた恐怖に変わりはない。

 命に貴賤はないように、悲劇にだって貴賤があるわけがない。

 あってはいけないのだ。

 計画的な殺人であろうと、怒りに任せた犯行であろうと、殺人は殺人だ。

 もしもそれを許すのならば、突発的に起きた悲劇によって命を落とした人間の死は、大きな陰謀に巻き込まれた人間の死よりも軽いということになる。

 口論の末に衝動に任せて殺された男の妻の慟哭が、計画殺人で夫を失った女性の嘆きよりも軽いのか?

 そんなわけがない。


 死は重い。

 死は等価。

 死は絶対。


 人の命が誰しも平等である以上、死もまた平等であり、ゆえに命を奪った悲劇にもまた、差別があってはならない。


「俺はこの程度で感情を揺さぶられない。何があろうとも、起きたことは事実だろうが。今さらジブリルフォードとかいうのをさらに糾弾するつもりはねえよ。奴は人を殺した。土御門狩真も呼んだ。それだけで、俺の沸点をぶっちぎるには十分すぎるんだよ」


 くだらないことを聞くなとリリスを瞳で糾弾する。

 五つ以上は年の離れている男から敵意のこもった視線を向けられたリリスだがった、やはり彼女は飄々とした調子で言葉を紡いだ。


「別にそんなことを言いたいわけじゃない。起きた悲劇に死んだ人間、これらを掘り返したところで何にもならないことは、この私が一番よく知っている(・・・・・・・・・)。重要なのはそんな犬のエサにもならん事実確認ではない。その先だ。つまり――ジブリルフォードが光鳥感那に渡そうとしていた『楽園教会が秘する真実(ブラックボックス)』さ」


 そう言って立ち止まった二人の前には、先ほどまでの美しい横浜の景観はなかった。

 薄汚れた繁華街を歩くガラの悪いスーツの男。あるいは道端に段ボールを敷いて何事かを呟いているホームレス。

 薄汚れた横浜の裏側が、そこにはあった。


☆ ☆ ☆


「あ、リン来た! もうー遅いって!」

「あーごめんごめん。ちょっと昨日夜遅くってさあー。昼くらいまで寝ちゃってたわー」

「寝ちゃってたわーじゃないっしょ! もう、せっかく写真とか撮りたかったのにぃー! もう今とろとろっ! ほらヒカリも!」


 凛が会場に着くと、正面玄関前の広場でたむろしていた彼女の友人の一人、金髪巨乳ギャル甘屋美夏が凛の姿に気付き、可愛らしく抗議をした。凛はそれにいつも通りの調子で受け応えるも、やはり心はどこか上の空だった。

 黒髪ギャルのヒカリが凛の腕を取ってくっ付いてくるも、沈んだ心は治らない。友達を不快にさせないため表面上は明るく振る舞ってはいるが、こんなものいつまで続くのだろう。

 ふとした時に胸を締め付ける痛みが強くなる。そのたびにまぶたの奥がジンと熱くなり、喉の奥から嗚咽の卵のようなものがこみ上げてきた。

 それらを必死に押しとどめて、誰にも悟られないように笑顔を振りまく。強がって、心配をかけないようにする。

 自分は大丈夫だと、何も気にしていないと、そんな風に誇示してみせる。


 それがどこかの誰かと似ていることにも気づかずに――


 少女はひたすらいつも通りを振る舞った。


「いっぱい取れたねー。可愛く撮れてる?」

「撮れてる撮れてるー。まじめんこい。うちらマジめんこくない!?」

「もううっさいし美夏。自分で言うなって感じー。でもまあ、あたしが一番かわいいのは明らかってか?」


 三人の中でも落ち着いた調子の恋愛マスター(処女)のヒカリに美夏がハイテンションで続き、凛が自信満々に言い放った。

 それはどこまでも日常の光景。当たり前の毎日。いつも通りのやり取りだった。


「あ、リン来たのかい?」

「おーっ、凛じゃん、ちぃーっす!」

「四宮遅いぞー」

「まったくだ。時間厳守、これ男の鉄則」

「ゴリラ、あたし女だから。男扱いすんなし」


 そこへ合流したのは、最近やたらと友介に構うようになった新谷蹴人を初めとした、凛の男友達だった。


「みんな、もうすぐライブが始まるしそろそろ中に入らないか?」


 凛の合流を待っていたのだろう、蹴人の提案に皆が賛同した。ただ一人、凛だけを除いて。


「リン?」


 美夏が呼びかけるも、凛は答えない。まるで誰かを探すように辺りをきょろきょろと見渡していた。


「どうしたのリン。誰か探してるの?」

「え、いや……別に何でもない。ごめん。行こ」


 そう言って凛は財布に入っていたチケットを手に取った。


「…………――」


 凛は二階席。そしてその隣には友介がいるはずだった。

 終業式の日に確かそんな話が教室の端から飛んできた。

 先週までの凛なら、その状況を喜んでいただろう。大勢の生徒がいる中で、自分と友介が隣同士になった偶然にも、ライブを彼とともに楽しめるということも、恋する乙女にしてみれば天国のように幸せなことだったはずだ。


 だが、今は違う。

 ただただ憂鬱だった。

 謝って全部を終わらせるいい機会だということはわかっている。

 だけどどうしても、気乗りしない。

 彼と一緒にライブを見ることが。

 隣に友介がいると考えただけでどうしようもなく怖くなる。どんな顔をして彼に会えばいいのだろうか。話しかけた方が良いのだろうか。あるいは、話しかけられるのかもしれない。

 そしたら、きっと。

 きっと――


 きっと、簡単に恋心が再燃して、喜んで話し込んでしまうだろうから。


 それは、絶対に避けなければいけないことだ。

 そうだ、席を代わってもらおう。

 誰か、誰でもいい。誰か友介の隣に来てくれないだろうか。


「あー、アリアちゃんのライブ超楽しみだわー」

「そうだねえー」

「いやもう、はしゃぎまくるしかないっしょ!」

「つか知ってた? あたし実はアリアちゃんと話したことあるんだよ?」

「すっご、まじ?」

「リンー、嘘は良くないって」

「嘘じゃねえし!」


 しかし。

 結局、凛はそんな簡単な一言を告げることもできず、ライブ会場へと足を運んでいた。


☆ ☆ ☆


 春日井・H・アリアによるライブが始まる。

 多くの人がそれぞれ悩みや想い、そして期待や不安を抱えている。

 そんな全てを吹き飛ばすような祭りの幕が、上がっていく。


☆ ☆ ☆


 照明が落とされ、演出の都合により非常灯も消える。

 注意事項やライブへの期待を煽るようなアナウンスが会場内に響くと、観客たちのボルテージが突然跳ね上がり、客席から歓声が上がる。

 そして――――




 ――――ッッッゴンッッ!! と。

 最初に、鉄を砕くような重低音があった。


『ねえ――――』


 直後――――――……個人の特定など絶対にできないような。己が声を出しているのかもわからなくなるような。

 そんな大歓声が、爆発した(・・・・)

 響く重低音。楽器の振動が大気を破壊し、その衝撃を押し返さんばかりの勢いで何万という人間によるコールが爆発を広げている。


『みんなは――天国を見たことがあるかぁあああああああああああああああああああッッ!!』


 だが、その爆音の鬩ぎ合いを、一人の少女の叫びが木っ端微塵に砕け散らす。


『私は見たことがないッ! 行ったこともないッッ! だけどッッッ!!』


 ライブの始まりを告げる重低音は、やがて一曲目のイントロへとシフトした。

 始まる。

 始まる。

 始まる、始まる、始まる――


『アリアは――みんなに天国を魅せることならできるっッ! 

なあお前ら――私は今日、みんなを天国に連れて行ってみせるから――――』


 春日井・H・アリアの、独壇場(ライブ)が――


『天の果てまでついて来ォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ――――いッッッ!』


 天へと(きざはし)がかかった。

 人の想いが――殺到する。

 俺が最初に天へ昇ってみせる。いいや、俺が、私が僕がうちがあたしが我こそが――――

 皆が皆、たった一人の少女が創造した歌の階に足を乗せ、自らの思い出彼女の歌をより美しく、より強く、より高らかにするために、声を放つ。想いをぶつける。


『一曲目行くよォおおおおおおおッッ! 夏色CHALLENGER!! さあ、みんな!

アリアたちの想い(ハート)が夏より(アツ)いってことを、空で輝く太陽に見せつけてやろうぜッッ!」


 轟ッッッ――――! と。

 音が噴火した。

 天女の歌の一曲目、そのテーマは『私の情熱は夏にも負けない』。

 この夢にかける想いは何にも負けない。挫折があっても、敗北に打ちひしがれても、それでも、私はこの情熱が宇宙で一番熱いものだと信じている。

 天女の歌が人に力を与える。一人一人が心の奥にある熱を腹の底から吐き出した。

 会場内は一種の異界と化し、天女と人々が心を通わせて点を形作る。


『みんな超ぉおお――――ッイイ感じぃッ!

 じゃあ次だぁああああ!

 PAST→BREAK行くぞォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!」


 一曲目で限界まで燃え上がった(ボルテージ)に薪をくべるように、さらにアップテンポの歌をぶちかます。

 これまで何に対しても本気で取り組むこともなかった自分を悔いて恥じて、こんな自分じゃ夢を叶えられないんじゃないのか。そんな風に苦しんでいる人に、なら、過去に縛られている自分をぶっ壊そう。過去は過去だ。そんなのに足を引っ張られる必要はない。昔の自分を殴り飛ばせるくらい、今の自分を輝かせよう。

 エールを受けた観客たちが、だったら俺たちも気味を応援したいと、さらに限界を超えて声を張り上げる。

 巨大なステージの上でマイク片手にフリフリの衣装を振り乱して全力で踊るアリアは、その応援に背中を押され、さらに蠕動する全細胞に力を込めた。


『じゃあ次はスタートダッシュ三連発のラストだぁあああああああああああああああっっっ!

 星空☆DREAMッッ!

 みんな夜空に輝く星なんだよ! 誰一人として輝いてない人はいないんだから――!

 お前らの輝きを私に魅せてくれえええええええええええええええええええええええッッッ!」


☆ ☆ ☆


「介入するならこのあたりか」


☆ ☆ ☆


 アリアのライブには不思議な力があり、先ほどまで悩んでいた凛も、その熱気に当てられてアリアに声援を送っていた。

 天女のかけた階が強く美しく高らかに昇っていき、天国へと近づいていく。

 凛もまた、彼女の階を駆け上がる。魂を燃やし、熱を吐き出し、望む世界へ手を伸ばす。

 一曲目から一時間半は経ち、ライブも終盤。

 休みなしでたった一人舞台を踊りまわるアリアは、さすがとしか言いようがなかった。

 疲れが見えない。ずっと笑顔で歌って踊って会場を沸かせる。

 全身から汗をかき、息も相当荒れているはずなのに、少女の全身から発される覇気が衰えることはない。


 凛はそれを見てさらに熱狂する。

 とにかく今は彼女のために熱狂したい。彼女の歌を盛り上げたい。彼女が魅せてくれるという天国へ行きたい。

 それ以外は、もはやどうでもいいとすら思えてきた。

 そう、さっきまで悩んでいたことすらも、もう気にしない。

 今は目の前の熱に全てを込めよう。全部後で考えよう。

 歌に身を任せ、心を奮わせて楽しもう――――


 そう決心し、さらに腹の底から声を吐き出そうとしたその瞬間――



 ばづんッ! と。

 脳の奥で何かが弾けた。



「うっ、え……? ちょ、なに?」


 唐突に脳を刺すような痛みが襲った。どこかで感じたような感覚に脳の中枢を刺激され、不快げな声が漏れる。

 歌が続いている途中だが、こめかみを押さえてシートに座った。


「何よ今の、はぁー……もう、何か冷めちゃったじゃん」


 先ほどまで熱に浮かされているように楽しかったはずなのに、たった一つのアクシデントで何もかもがご破算だ。高かったテンションは下がり、おかげでまたあの悩みがかま首をもたげてきた。

 せっかく忘れていたのに。

 嫌な気分がリフレインする。

 それだけじゃない。今の今まで彼のことなど忘れ、隣にいるはずの友介がいないことすら頭から抜け落ちたまま楽しんでいた自分が恥ずかしくなった。


 こうなったら今の今までの自分の気分を思い出して、もう一度あの歌に熱中するしかない。

 だがそうすれば、またきっと友介のことを忘れるだろう。

 それはもっと嫌だった。

 なぜならそれは最低の逃避だから。たとえどれだけ辛く苦しく残酷なもので、今すぐにでも忘れたいほどの現実だとしても、アリアの歌をそんなことに利用してはいけない。それはきっと、全力で踊り、観客を楽しませるために力いっぱい歌っている彼女の努力や想いを冒涜する行為だ。

 自己嫌悪の逃避願望のスパイラルに陥った凛は、結局その間を取って友介のことを思い浮かべつつ、アリアの歌に熱中することにした。


 今彼女が歌っているのは『私が一番君の魅力を知っている』がテーマとなっている『Outset loop』というバラード調の曲だった。

 どれだけが時が流れても、どれだけ君が私以外の誰かを好きになっても、私はあなたのことを愛し続けています。

 私のことを『親友』だと言ってくれた君。その言葉が何よりも私の心を抉った。

 だけど、なぜだろう。


「あ」


 君が失恋して泣き叫ぶたびに、私はそれをチャンスだと思って喜んでいるのに、胸が締め付けられるように痛くなって、悲しみの涙が溢れてくるんだ。


「ああっ、ああああ……」


 そして、一番辛いはずの君よりも泣いている私を見て、君は喜んでくれるんだよね。

 ボロボロの笑顔で、それでも「ありがとう」って言って、救われたような顔をするの。

 でも、違うの。


「う、うぁ、ぁあああ……」


 私が泣いているのはね、君が泣いているからじゃない。

 私が泣いているのはね――



「……ぁ、ああっ……う、ぅう……! ううう、うううううああああ……っ、あああああ! あああああああああっ! あああああああああああああああああああああああああ……っっ!」



 その先の歌詞を聞いた瞬間に。

 四宮凛の中で、何かが決壊した。

 春日井アリアが切なげな表情で口にしたそのワンフレーズが、四宮凛の中にある本当の心に『熱』を叩き込んだ。

 心が震える。


「ああああああああああああああああああああああああああああああ! うううううううううあああああああ! ううう、う、ううぁぁあああああっ、うあああああああああああああっ!」


 優しいピアノの音色に合わせ、透き通ったアリアの声が響き渡る。

 なぜだろう。

 その歌の一節一節が。

 歌詞のひとつひとつが四宮凛の中心に沁み通り、全身を温めるようにじんわりと広がっていく。

 まぶたの奥から隠し続けていた弱さが溢れ出した。喉から漏れ出す嗚咽を抑えきることができず、片手で口を覆うはめになる。もはや立っていることすらできなくなり、ゆっくりとシートに腰を下ろした。


「ひっく、ぅ、う、はっ……うあぁ。うぁあああああああああああ……っ!」


 周囲が立ち上がってペンライトを振り回す中、凛のいる場所だけがぽっかりと穴が空いたような。

 煌びやかで熱狂的な光で満たされた中で彼女が立つその場所だけは。すすり泣くような嗚咽が響いていた。


 どうしてこんなに涙が出てくるのだろう。なぜこんなにも心が温かいのだろう。

 まだ何も変わっていないのに。もう完全に諦めたと思っていたのに。

 心臓の中心から湧き上がってくる感情は喪失感や悔恨や悲哀ではなく、己への叱咤であり無力であることへの焦燥であり、何よりも煮えたぎる使命感だった。


 たった一つのフレーズを聞いただけで、少女の胸の奥で眠っていた熱い何かが刺激され、戦えと命じてくる。何と戦えばいいのか、何を成し、何のために拳を握ればいいのかもわかっていない。

 だというのにその歌詞はじんわりと心に滲み込んでいき、名前も形も理由すらも忘れた少女の最も大切な何かに火をつけたのだ。


 しずくが落ちる。うめきが漏れる。

 理由はわからない。

 だけど――立ち止まっていられない。少女は駆り立てるように立ち上がった。



☆ ☆ ☆


 四宮凛の心に座す何かに火が点き、己でも意味がわかっていない涙を流しているその刹那、同時並行のように、春日井・H・アリアのライブもまた大トリの歌へと差し掛かっていた。

 題は『青色コンティニュー』。

 テーマは『希望は終わらない。今日が終わっても、明日はまた青い空が待っている』というもの。

 別れを惜しむ歌でありながら、寂しさや悲しみに目を向けるのではなく今日得たものを力に変えよう。何より別れを再開の際の楽しみにしよう、それまでみんな頑張って、今日を生きよう。

『寂寥』を『活力』に変えるような歌詞と明るい曲調がファンの心を打ち抜いた、彼女の代表曲とも言える歌だった。


 凛もこの歌は好きだ。アリアの歌の中でも特にお気に入りの歌であり、常日頃から聞いているような歌だ。

 だが――


「な、に……?」


 流れていた涙が止まる。それと共に胸を満たしていた正体のわからない熱が引き、代わりに津波の如く押し寄せる困惑と、火の粉にも満たぬ一抹の恐怖が少女の胸に染みを滲ませた。


「なんで、……」


 凛は知っている。この歌が希望に溢れたものだと知っている。

 事実、大トリということも手伝ってか、アップテンポの歌に観客たちのボルテージは最高潮に達していた。誰も彼もが力強くペンライトを振り、コールを叫んでこの別れを惜しみながらも、明日への活力にしようと叫んでいる。


 なにもおかしくはない。

 この状況は正しい。誰も間違っていない。

 この会場では、これが当たり前だ。

 だというのに、どうして。

 どうして――


「なんで、みんなこんな気持ち悪いってのよ……」


 口にした瞬間、凛はここが現実ではないどこかなのではないかという錯覚に囚われた。

 自分はいま地球にはいなくて、全く異なる法則で動いている、全く異なる星のライブ会場に来ているのではないのかと疑ってしまう。

 言語化はできないが、この場所は確実に何かが歪んでいる。


 歌におかしなところはない。アリアの表情は笑顔。彼女はいつものように笑顔で楽しそう(・・)に歌っているように見える(・・・・・・)


 だから、嫌悪感の原因は観客にある。

 笑顔を浮かべ、想いを一つにアリアに感謝を伝え、応援するために声を張り上げる。

 ある者は喉から血を吐きながら。ある者は鼻血に頓着することもなく。ある者は気絶するまで叫び散らかして。

 誰も彼もが、まるで洗脳されているかのように――


「――――ッッ、うっ!」


 瞬間――

 ゾクリ、と。

 凛の背骨をひんやりとした百足が這いあがった。押し寄せる困惑は嫌悪と恐怖に呑み込まれ、これまで感じたこともないような悪寒が中枢から末端の神経までを襲う。普通に生きていれば感じることのない感覚が、物語においてただ磨り潰されるだけのような凡庸極まる少女の全身を鉛の鎖のように縛って毒する。


 いいや――否。

 これは未知の感覚などではない。

 少女は知っている。

 この嫌悪と恐怖を。

 巨大な歯車に磨り潰されるだけの砂粒になったかのような、捕食者を前にした弱者が感じるこの恐怖を、四宮凛は紛れもなく知っている。


 これは既知だ。

 似ている、あまりにも似ている。

 土御門狩真に呪いをかけられたあの感覚と、どうしようもなく酷似していた。


「こ、れ……みんな操られてる……っ!?」


 そして、凛がそう叫んだ直後のことであった。

 ふっ――、と一時間半以上ドーム内を満たしていたアリアの歌声が止まった。大トリの歌も終わり、人々が夢か覚める時が来たのだ。

 舞台の上で力いっぱい踊り歌っていた少女がポーズを決め、笑顔を浮かべていた。

 注がれる歓声と拍手喝采。群体で一つの生き物であるかのような大歓声に包まれて、アリアの笑顔はより明るくなる。


『ありがとう! みんな、ありがとうっっ!』


 素晴らしい光景だ。平時だったらならば、凛だって彼らと同じように歓声と拍手喝采を彼女に送っていたに違いない。

 しかし、今の凛はそんな気分に離れなかった。

 友介がどうこうではない。

 現実問題として、明らかに異常事態が己の身に発生しているというのに、そのことに疑問を抱かない観客たちが恐ろしくて仕方がなかったのだ。


 今すぐにでもこの場から立ち去りたい。一種の異界のようにすら感じてしまうこの空間から、一刻も早く逃げおおせたかった。

 だが――


『うん、ありがとう。ありがとう――でも、だからこそ……っ』


 少女の喜びに満ち溢れた声に、次第に悲哀が滲むようになる。

 罪悪感に自己嫌悪、あるいは抽象的な何かに対する漠然とした怒り。

 そうしたものが、先までの喜びや希望にとって代わって表に出た。

 少女の本質が、あらわになる。


『ごめんなさい。許してとは言わないから――』


 懺悔でもするかのように瞳を閉じて、マイクに苦々しい色を孕んだ声を乗せる。これより起こることに対する負い目、それを成す己の醜悪さに対する嫌悪、何よりかつて己が最も愛し大切にしていたはずの歌を使ってかような狂宴を行うことに対する後悔。

 あらゆる負の念を滲ませた言葉を告げたその直後。


『ただ私のためだけに永劫の戦いに身をやつしてください、私の歌の(エインフェリア)たち』


 スッ――、と。

 閉じられたまぶたが音もなく薄く開かれた。

 そして、美しい碧眼が少女の目の前に広がる全ての人間(コマ)を映して。
















『〝どうか魔法よ、消えてほしい。さあ進め。ここが我らの墓場なり〟』
















 これにてアイドルの物語(ぶたい)は終わり。

 これより魔女による物語(じごく)が始まる。




 楽しい時間は終わりだ。

 さあ黙示録の処刑人よ、最高にくそったれな戦争(ダンス)始め(踊り)ましょう?


☆ ☆ ☆


 楽園教会が動き出した。


 理不尽が来る。


 不条理が襲う。


 不幸が現れる。


 生き残るには、勝つしかない。


 勝つためには、戦うしかない。


 血を吐き歯を噛み涙を殺し、迫り来る地獄を撃ち砕け。




「我が下僕(しもべ)、我に従う英傑の軍団(エインフェリア)よ。

 そなたら五千の魂をもって、かの処刑人を追い立て誘い、エギルの城にて圧殺せよ。

 その果てにこそ、そなたらが望み焦がれた至上の天が待っている」




 安堵友介たった1人に対し、押し寄せるはアリア・■■■の英傑の軍団(エインフェリア)5000人。


 戦力差、5000倍。

 

 絶望的な戦争の幕が上がった。


☆ ☆ ☆





総集編 真っ赤に染まった恋信号 2.ブリュンヒルデの歌のもと、



――――――――斯くてヴァルハラは地上に落ちた。

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