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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第七編 夏の活劇
188/220

届かなかった小さなうめき

 あたしは特別じゃない。

 やっとわかった。

 安堵友介にとって、四宮凛という女は取るに足らない『友達』の一人でしかない。あいつが守るべき弱者でしかなく、すでに助けてしまった一般人でしかない。


 彼にとっての特別はただ二人。


 一人は言うまでもなく風代カルラ。

 あのひねくれた馬鹿が『愛している』と公言して憚らない、彼にとっての家族のようでありながら、しかしきっとそうじゃない女の子。

 かつてあたしが捕まった時に安堵を立ち上がらせて、彼女が楽園教会っていうのに捕まった時には、あの子を助けるためだけにサウスブリテンの騎士を丸ごと敵に回したとか。


 もう一人は――空夜唯可。

 彼女とは一度会っている。あの気持ち悪い土御門狩真っていう奴に操られて彼女に話しかける前から、すでに彼女のことは知っていた。安堵と同じく、みなの同級生だった男。あの子が転校してきたその日に、あたしの幼馴染は死んだのだったか。

 ……別に今さらそれを掘り返すつもりはない。というか、彼女はおそらく悪人ではない。

 だって、空夜唯可は安堵友介の想い人なのだから。あいつが好きになった女の子が、人を殺したりするはずがない。


 安堵友介にとっての特別な二人。ただ二人しかいない、彼のメインヒロイン。


 あたしは当然……そこに入っていない。

 安堵友介の心の中にある四宮凛の席は小さかった。

 小さかったけど、でも――それでもあたしは、この恋を諦めなかった。

 今はまだ二人には遠く及ばない、小さな存在なのかもしれない。

 安堵にしてみればあたしなんてただのうるさいクラスメイトでしかなくて、四宮凛の価値なんて凡人の域を出ないのかもしれない。


 でも、だけど――だったら。

 あたしはそれを覆す。安堵友介にとっての特別が空夜唯可と風代カルラしかいないのなら、あたしは三人目に名前を連ねてやる。……違う。あたしが一番になる。

 今あいつの心の中を占有している女二人から、彼の心を奪ってみせる。

 四宮凛が、そんな前提をぶっ壊して、安堵友介の心を独り占めにしてやる。

 だから今はせいぜい、余裕ぶってイチャイチャしときな。



 ――――そんな風に、思っていたのだ。



 だけど、でも、それなのに。でも。だけど――――

 あたしは知ってしまったんだ。

 あいつの友達を初めて知って。

 あいつの在り方を深く知って。

 安堵友介という男をほんの少し掘り下げただけで。

 あの少年の周りに集まる少女たちや、普段彼が友達に取っている態度。

 そして、安堵友介という男の生き方を、生き様を、理念を、信念を、道のりを、道行きを、そして真実の一端を垣間見て。




 四宮凛は、安堵友介の特別になれない――そんな当たり前すぎることに、今さらになってようやく気が付いた。




 特別になれると思っていたのに、それは幻想だと気付かされた。

 あたしがあいつとの間にあると思っていた絆のようなものは、ただの錯覚だったと思い知らされた。

 確かにあたしにとって安堵友介は特別だ。

 彼はこれまでの男たちとは全然違う。何が違うのか、どこに惹かれるのかはまだ自覚できていないけれど、あたしにとって彼は特別だった。人生で最も好きになった人だった。

 命を救ってもらった。あたしを捕えて逃がさなかった、冷たい悪意と嘲笑の牢獄から連れ出してもらった。

 あたしは安堵にいろんなものを貰って、いつしか彼はあたしにとってかけがえのない存在になっていた。


 でも、安堵あいつにとってはそうじゃなかった。

 あいつにとって、あたしは守るべき人間でしかなかった。

 そこら辺にいる一般人と変わらない。

 安堵が自分の信念に基づいて守るだけの存在。彼の正しさによって守られる存在。

 間違っても大切だからとか、好きだからとか、そんな理由で守られているのではない。


 だって。

 だって――




 四宮凛にとって安堵友介に助けられたことは特別な出来事だったのだとしても。

 安堵友介にとって、それは当たり前のことでしかないんだから。




 あたしじゃなくても、あいつは助けていた。救っていた。ふざけるなって、大声を上げて走っていたはずだった。

 実際、あたしより前には土御門字音って子が救われていた。安堵の優しさで救われた少女はいたんだ。


 あたしがトイレから帰って来たとき、安堵と二人きりになった字音ちゃんはこんなことを言っていた。

 安堵友介が救ってくれたから、今こうして普通に幸せを知ることができたと。

 安堵友介が変えてくれた。安堵友介が新しい世界を教えてくれた。

 だから今度はそのお返しがしたい、だなんて――

 近くの曲がり角で息を潜めて、そんな言葉を聞いた。

 そして、知った。


 ああ、やっぱりあたしだけじゃないんだな――って。


 でも。

 あたしを打ちのめす事実はさらに続く。


 この前のプールの帰り際のこと。

 夕景を眺めながら、二人でベンチに座って寄り添う二人。静かな場所で、絶対に立ち入ることなんてできないような、どこか神聖さすら感じる逢瀬を見た。

 そして、こんな声がするりと滑り込んできた。


『お前を幸せにする。一生を懸けてお前を救う』


 ああ。

 無理だ。

 これは無理だ。

 これはもう、絶対に覆せない。

 四宮凛は、風代カルラにとって代わることなんてできない。

 あたしみたいな凡庸で下らない女じゃ、彼にこれを言わせられない。

 絶対に覆せない。

 あたしは負けた。

 女としての魅力とか、駆け引きとかテクニックとかではない。

 当然だけど出会った順番も関係ない。

 風代カルラが風代カルラであるということ。

 私では想像もできない、あの小生意気な赤髪の少女の歩んできた人生が、彼女の在り方が、彼女の心が、彼女の全てが、安堵友介の心をどうしようもなく動かしてしまうのだ。


 恋だ愛だと騒いでいるあたしとは違う次元にいる。

 追い付くとか奪うとか、なんて馬鹿なことを考えていたんだろう。

 どれだけ無駄な努力をしていたのだろう。なんて滑稽な空回り。

 あいつの前で可愛く振る舞おうとしたことも、少しでも気に入ってもらえるように服を選んだりしたことも、チャットが届くたびに一喜一憂したことも、自分からメッセを送るときにドキドキしたことも、全部全部何もかも無駄だった。

 無駄だったよ……

 自分一人で舞い上がって、ほんと馬鹿みたい……ッ。

 彼からくるメッセージの一文字一文字に目を通しては頬を緩めて、この言葉にはどんな意味があるのかなとか、何か隠してることはあるかなとか、向こうはどんなふうに思ってるのかなとか、楽しんでるのかなとか。

 楽しかったのに。思わず口から気持ち悪い声が出るくらい、それくらい好きだったのに。

 次の日に彼と会えると思うと、それだけで布団の中に潜っては彼の顔を思い浮かべて喜んでいた。

 でも……どれもこれも、ほんと、全部無駄なことだった。


 いいやきっと、そもそもそんな風に勘違いしているあたしが馬鹿だったんだろう。

 だって、思い返してみればいい。

 あたしは安堵に何をしていた? どんな態度を取っていた?

 秋田みなを見殺しにしたという勝手な憶測で糾弾し、悪だと決めつけた。巻き込まれたあいつがどれほど怖かったのかも考えないで罵った。

 そんな自分が、どうしてあいつの心を振り向かせられるだろうか? 何で心を射止められるだなんて勘違いしたんだろう。

 そもそも、きっと好きになる資格すらないのに。


 嫌いに決まってるじゃん。ウザいに決まってる。ずっとずっと自分を嫌っていたくせに、いざ助けてもらったら手のひら返して好きですって……都合がいいにもほどがある。

 しかもあたしはそのことをまだ謝っていない。


 ミーちゃんが、自分には草加草次に告白する資格がないとあたしに告げた時まで、ずっとずっと忘れていた。

 当たり前な顔をしてあいつに恋心を抱いていた。

 自分のやってきたことを棚に上げて、当たり前のように恋愛ごっこに興じていた。


 最低だ。

 自分がやったことのケジメもつけず、そのくせ相手には求めてばかり。

 こんなあたしに安堵を好きになる資格はない。カルラちゃんから幸せを奪っていい理由はない。


 だから。


 だから。


 だから。


 だから、諦めよう。


 もう、この恋を終わらせよう。


 告白もしてない失恋だけど、こんなことはこれまでもいっぱいあったし。


 だから、最後にあいつに謝って、それで終わり。


 あいつは明日もまた誰かを守るために戦って、


 あたしは今日と同じように呑気な顔してカズや美夏みたいな友達と馬鹿やって生きる。


 だから、これでさようなら。


 この恋も、結局本気じゃなかったってことかな。


 寂しいけど、仕方ない。


 素敵な思い出をありがとう。


 あんたはあんたで、きちんと幸せになってね――。










 ああ、でも。




























 なんか、とても大切なことを忘れてる気がする。


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