第四章 安堵友介 1.戦闘
戦う理由を見つけた安堵友介。
ついに正真正銘の殺し合いが始まった。
バトルです! 楽しんでもらえれば嬉しいです!!
ダンッ! と。
安堵友介は一際大きく地を蹴って横へ跳んだ。両の拳銃をヴァイスに向け、立て続けに引き金を引く。弾丸は正確な軌道を描いてヴァイス=テンプレートへ殺到した。
対するヴァイスは、虚空から魚の面を取り出して顔に被った。瞬きの間に七つの水塊がヴァイスの周囲に浮き上がる。彼はそれらの内の一つを使い、友介の放った全ての弾丸を受け切った。返す刀で、防御に使った水塊を友介に差し向ける。
「——ッ」
一瞬にして視界いっぱいに水色が広がった。彼は体を大きく仰け反らせ、間一髪の所で水塊をやり過ごした。
————が。
視界の端に小さな男の子の体が映った。
獅子の面を被り、右腕を後方へ一杯に伸ばしている。
(ま、ず……!!)
一閃。達人の剣筋よりもさらに鋭い一撃が友介の首目掛けて飛んできた。
「お、ォォオオオオオオオオオオオオオオ!?」
友介は体重をさらに後ろへかけて、仰け反らせていた体をより後方へ。結果、彼は背中から地面へ倒れることとなる。
友介はその体勢のまま、ヴァイスが立っているであろう方向へ引き金を引いた。しかし手応えは返ってこない。
彼は両手を地面に突き、上半身のバネを利用して立ち上がった。地に足を付け、すぐさま周囲を観察する。が、目に見える範囲にはいない。
つまり……
(後ろか!)
勢い良く背後を振り返った。見れば、ヴァイスは唯可を人質に取ろうと近付こうとしている所だった。
「ったく、戦闘もゲスだな」
適当に鉛玉をバラ撒いて牽制する。ヴァイスはそれらを避けながら後ろへ下がった。そうしながら、さらに面を取り替えて水塊を侍らせる。再度、彼の周囲に七つの水塊が浮上。彼はそれら全てを射出し、友介と唯可の二人を物量で潰しにいく。
「ぐ……っ!」
友介はそれら全てを拳銃で迎え撃ったが、それで全てを防ぐことなど当然不可能だ。友介は全ての水塊を撃墜する戦法を諦め、唯可を守ることに専念した。彼女に駆け寄り、その身でもって水塊から守る。
ドガッ! ドガガガッ!! ドッ!! と。友介の全身に膨大な質量の水がぶつけられた。
「ごあっ!?」
唯可を庇うようにして立ち、それら全てを受けた友介が膝を折りそうになる。
「……ッ!!」
ギリギリのところで踏ん張ると、キッと目の前に立つ敵を睨んだ。
「動作が遅いぞ、安堵友介」
「っ!?」
言われて、ヴァイスを睨んでいた目を周囲に向けた。
「なんだ、これ……?」
ずざざざぞざぞぞぞぞぞっ! と。
友介を襲った末ヴァイスの制御を外れたはずの水が、友介と唯可の周囲で渦巻いていることに気が付いた。水流の速度はぐんぐんと上がっていく。このままでは抜け出せなくなってしまうだろう。
「唯可!」
大声で名前を呼ぶと、ぺたんと座り込んでいた唯可がピクリと顔を上げた。
「走るぞ!」
そう言って手を引いて走り出す。短く返事をした唯可も付いて来た。
幸いにも、水の竜巻は未だ完全と言うべきものではないようで、水の壁には所々に隙間が空いていた。友介はすぐ近くの壁へ銃弾を叩き込む。隙間を穴と呼べるほどの大きさにし、塞がる前に唯可と共に渦から抜け出た。
だが。
抜けた先。水の渦から出てすぐ目の前に、十のチャクラムが浮かんでいた。
チャクラム。
直径二十センチ程度のドーナツ型の円盤に無数の刃が取り付けられている手裏剣のような武器だ。本来なら投げて敵に当てるような武器だが、今目の前にある物は違う。魔術の力による補助を受けているためか、チャクラムはひとりでに高速で回転していた。回転する無数の刃が、残像によって一つの円となって見えるほどの速度だ。
しばらく空中で停滞していたチャクラムは、
「やれ」
その一言によって一斉に友介と唯可へ殺到してきた。
「下がれ!」
それら全てを正確に撃ち落とす友介。
だが一息つく間もなく、背後からキィイイイン……という金属が擦れ合う音のようなものが聞こえてきた。
「まさか……っ!」
背後を振り返ると、そこには百を超えるチャクラムが浮かんでいた。
「ああクソ!」
「……っ!」
友介がそれを迎撃しようとするが、その前に唯可が魔術で大きな土塊を作り出し、それを思い切り投げつけた。全てのチャクラムを破壊した。
同時。
さっき抜け出た水の竜巻が完成したのか。ズアッ!! という轟音と共に、友介と唯可を巻き込もうとひとりでに動き出した。
(逃げられるか……!? いや、逃げなきゃ死ぬ!)
友介は唯可を突き飛ばし、竜巻の進行方向から逃がした。
彼自身も横へ思い切り飛んで水の竜巻の軌道から抜け出る。
コンクリートを破壊しながら進む竜巻は、友介と唯可を襲うことはなく、屋上の縁に辿り着いた瞬間に虚空へと消えた。
(まずい、あいつを見失った……)
が、視界からヴァイスを見失ってしまった。
それは致命的な————
刹那。
ふっ——と。脇腹の当たりに小さな足を見つけた。背後に立つ何者かが横っ腹へ蹴りを入れようとしているのだと、少し遅れて気付いた。
一体誰が?
考えるまでもない。
どっ、と全身から嫌な汗が溢れ出た。直感的に横へ飛んで少しでも蹴りの衝撃を逃がそうとする。
しかし。
全身を走り抜けた衝撃は、内蔵を掻き回しているかのような激痛を友介の体に刻み込んだ。
「あ、ご、がァああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
そのまま派手に吹っ飛ばされる。体をもみくちゃに回転させながら、勢い余って屋上の縁から空へと投げ出された。
(し、ぬ……っ!)
必死に手を伸ばすが、そもそも自分がどちらを向いているのかも分からない。伸ばした手は当然空を切り、不快な浮遊感が友介を襲う。
「うわああああああああああああああっ!」
情けなく悲鳴を上げる友介。そこへ平行するようにヴァイスが飛んできた。
「おいおい。まだまだ足りねえよ。勝手に死んでんじゃねえ」
ゾッとするほど冷たい声で告げられ、友介は一瞬硬直してしまう。直後、風を切る音が途切れ、代わりにゴバンッ!! という岩を砕くような轟音が友介の耳を叩いた。左半身に軽自動車が思い切りぶつかったかのような衝撃が走り、激痛に喘ぐ。まともに息が出来ない。体が鞭打ちにされる。壁に叩き付けられたのだと気付くのに、三秒ほど時間が必要だった。
そしてきっかり三秒経った後、
「い、ぎ……っ!」
さらにもう一発。今度は右脇腹に小さな拳が叩き入れられた。どぼっ! と。意図せずして、友介の口から赤黒い液体の塊が吐き出される。技術省の壁に派手に血を塗りたくり、友介は一瞬意識を手放しそうになった。
それをなんとか引き止め、友介は拳銃の引き金を引いてヴァイスに鉛玉をぶち込む。
「ぐ……っ!」
魔術師のうめき声が聞こえる。
だが、それだけ。
決定打にはならない。
そもそも、友介を壁に縫い付けているヴァイスを引き離してしまえば、自分だって百メートルの高さから地面に真っ逆さまだ。
「はっ」
ヴァイスが小さく笑い、顔に付けた面を取り替えた。面の柄は……イノシシだ。
やはり見事な手際だった。家で戦ったときよりもさらに数段速かった。これが、遊びをやめた実力ということだろうか。
(次は一体……)
どんな魔術だ——と考える間もなく、変化は訪れた。
友介が縫い付けられていた壁に大穴が空いたのだ。支えを失った友介は、突然の浮遊感と共に技術省の建物の中へ転がり入る。背中から床へ叩き付けられ、軽く呼吸困難に陥る。
「いっつ……」
軽く周囲を見渡して、状況を確認した。
場所は、当然だが建物の壁際だった。真正面に長い廊下があり、左右にも廊下が続いていた。大穴が空いた壁でT字路になっている。
「……」
そして廊下の至る所に、無惨に引き裂かれた職員達が横たわっていた。誰がやったかなど、推理するまでもなかった。
「まあ、邪魔者は全員殺すのが得策だろう?」
自身が開けた大穴から、小さな少年の姿をした魔術師がゆっくりと入ってきた。彼は顔面にニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべながら、嗜虐的に問う。
「なんだ。あれだけ啖呵切っといて、手も足も出てないぞ」
「……そっちが素か。キャラが壊れてんぞ」
「もう十分だ。さすがにイライラが溜まってきてな。これ以上丁寧でまともな人間のフリをするのは限界だ」
「お前、自分がまともな人間の演技出来てたとでも思ってたのか……よっ!」
友介は再度駆け出した。
前ではなく、後ろへ。
「ははっ! 逃げられるとでも思ってるのか?」
友介とヴァイスが転がり込んだのは長い廊下だ。左右の壁には扉やら窓やらがあり、窓の向こうには極彩色の景色が広がっていた。
(……くそ)
心の中で毒吐き、走る速度を上げる友介。
と。
背後で岩が砕けるような音がした。
軽く後ろを振り返る。
「————ッ!?」
目を疑った。
ありえない。ありえないありえないありえない!
ヴァイスはT字路の交差点に立っている。その左右の通路から、二匹の、岩でできた大蛇が合流し、融合したのだ。その大きさは廊下全てを埋め尽くすほど。このまま直進されれば、逃げ場はない。圧倒的な質量に押し潰されて、大根おろしみたいにすり潰されるのがオチだ。
友介は全速力で足を動かす。タイムを計れば、おそらく自己最高記録を更新できるであろう。
ただ、走りながら弾倉の交換も行う。左右二つの拳銃をリロードし、もう一度走ることに専念しようとした時には、岩の蛇はもうすぐ側まで迫っていた。
「くそっ!」
少し先にある窓に銃弾を叩き込む。窓が割れ、友介はそこへ飛び込んだ。
直後。
ゴリゴリごりゴリぎぎががががばきぎぎっが!! と。コンクリートを砕きながら、大蛇が凄まじい勢いで、友介がさっきまで走っていた廊下をすり潰していった。
「…………な、あ」
尻餅をつき、その威力に戦慄する。
これが神話級魔術師。
これが異端。
これがヴァイス=テンプレート。
「ひひひひひ。いやいや、本当よく逃げ回ってくれる。そうでないとなあ。テメエら安堵の血は、そうやって無様な最期じゃないとダメだよなあッ!!」
廊下を埋め尽くす大蛇の横腹から、そいつはゆっくりと姿を現した。
顔面にはやはり、あの、見る者全てを不快にさせるような笑顔が張り付いていた。
ただ少し、様子が変だ。
頬、あるいはこめかみの辺りがピクピクと痙攣していた。
歓喜からか。あるいは怒りからか。
とにかく、彼は今、まともな精神状態じゃないような気がする。
「さあ、邪魔者は消えた。今は僕とお前の二人しかいない。思う存分かかって来い。この閉鎖された空間で、恐怖と絶望に震えるお前を見せてくれ、安堵友介ぇ!!」
神の奇跡の一端が、ちっぽけな人間一人を押し潰すためだけに存分に振るわれる。
どうでしたでしょうか?
来週はとうとう、あのお方のお話です。
次もよろしくお願いします!!




