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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第六編 鏖殺の果て
162/220

第七章 小さくも大きな意志 ――Sirs Camelot vs Island Church 6.推参

 草加草次と川上千矢、そして安倍涼太の三人は、ボニー・コースター=ガウェインという彼らの最大戦力を奪われてからも、まだ敗北していなかった。状況は限りなく劣性ではあるものの、蜜希の機転と涼太の巧みな糸さばきにより、断崖の一歩手前で踏みとどまっている。

 大きな負傷を負った草次も涼太のカバーによって未だに倒れていない。

 亜光速の剣閃、そして炎熱の斬撃が雨あられと降り掛かる中、三人は紙一重のところで避け続けていた。


「――――づァッ!」


 斬撃の驟雨の間隙を縫い、草次が激痛を押し殺して対物ライフルをぶちかます。大轟音がホール内を揺るがすと、乗用車一台は軽くひしゃげさせる程のエネルギーを内包した弾丸が、二人の騎士を操る主へと急襲する。

 しかしそれは、読まれていたのか、敵に操られ寝返ってしまったボニーの炎によって打ち落とされてしまう。


「ぐ……ッ! ならァッ!」


 対物ライフルを背中のギグケースにしまうと重機関銃と取り換えた。


「ぶっ飛べ――、っ!?」


 射撃準備を終え、引き金を引かんとしたその刹那。

 上階から凄まじい衝撃が走り、城全体を揺るがした。


(この衝撃は……っ)


 身に覚えのある破壊の余波を涼太が訝しんでいると、さらなる異常が彼らを襲う。


「な……っ、何だよこ、れ……熱……?」

『上階から……誰かがこの上で火でも付けたかッっ?』


 三人が同時に上を向く。高い位置にある天井は赤熱しており、今にも解け落ちんとしていた。


「は……? なに、これ……?」


 草次が戦慄に言葉を失う。

 城塞の役割も兼ねるこの城は、どう考えても耐久性が優れているはず。耐熱一つとっても、そこらの住宅とは比べるべくもない。魔術的な防護も施されているため、単純な火力で溶かすとなると非常識なまでの熱量が必要となってくるだろう。

 故に、この光景はありえないはずなのだ。

 しかし実際、天井は逆さにした餅のようにその中心が球状に膨れ上がり、赤化は留まることを知らぬとばかりに進行していく。


(誰かが、戦っている……?)


 涼太は当然の結論に至り、さらに思考は加速する。


(誰が……? 考えるまでもない。ここまでケタの外れた化け物は、枢機卿と葬禍王以外に存在しないはずです。では……相対しているのは……ッ、……ま、さか……)


 そこでようやく少年は、教会が表舞台に立つ前に、この城へと真っ先に向かった少女のことを思い出す。

 同じアノニマスの一員、サリア=バートリー。


「まず、い……」


 恐怖は自然に喉から漏れていた。

 あの少女は基本的に自制の利かないバーサーカーだ。理性が無いというよりも、――どういう理由があってかは不明だが――意図的に理性を抑え、狂気的に振る舞っている。その謎のこだわりは戦闘中にも発揮され、とにかく手当たり次第に暴れ散らかし、周囲の人間に必要以上の恐怖と嫌悪感を与えることを望んで行う節がある。

 先の震動は、おそらくサリアの重場暴虐嵐装腕が引き起こしたものだろう。

 そして、当然ながらそれに相対した敵もまた応戦し――あの熱は、おそらく敵のもの。

 ならば――


(サリアちゃんが危ない……?)


 アノニマスのメンバーは、誰も彼もが人格に欠陥を持った破綻者ではあるが、涼太は彼らに少なくない仲間意識を持っている。特にサリアはバートリー家の血を引いているということもあり、あまり無理をさせないように気を付けていた。

 そもそも、今回サリアを友介の元へ行かせたのだって、彼の近くにいれば何とかなると涼太が判断したからだ。

 だが、その目論見はおそらく外れた。あの様子だと友介は敗北したかここにいないかのどちらかだろう。彼の染色をもってすれば、たとえ城を溶かす炎であろうと破壊できるのだから。


 そして、問題はサリアの身の危険だけではない。

あれほどの炎を操る敵がいるとなれば、近くにいるであろうカルラの身も危険に晒されているはずだ。

 サリア、カルラ……二人の少女の姿を思い起こし、彼はすぐさま行動に移る。


「草加さん、川上さん! 無理を承知でお願いします! 上へ向かってください! 僕の仲間と、そして、風代さんが危ない! すぐに加勢へ向かってくださいッ! お願いします!」

「な、ちょ……っ、じゃあ涼太くんはどうすんのッッ? 一人で戦う気?」

「僕は一人で大丈夫です。むしろ、上にいる敵の方がはるかに危険でしょう。直接的な暴力ならば、上にいる人間は最悪でしょうから……ッ」

「でも……っ。ここで戦ってる敵だって似たもんじゃないの? あいつだって枢機卿なんだ。一人で戦って勝てるとは……ッ」

「いえ、何とか耐えてみせます。時間稼ぎならば、なんとか……ッ」

「……っ」


 草次はしばらく口を引き結ぶと、何かを考えるように数秒押し黙り――


「蜜希ちゃん! 予定変更だ! ここに涼太君を置いて行く! 今すぐ上にいる涼太君の仲間と、何より――」

『カルラちゃんね。賛成よ。――川上くん、聞こえたかしら?』

「ああ……問題ない」

『分かったわ。すぐに向かって』


 蜜希の返事に強く頷き、草次は銃を担いで千矢とともに走り出した。


「涼太くん、俺は今から上へ向かう! あとは任せたよ!」


 涼太は言葉の真意を全て理解した末に、強く叫び返す。


「はい! ここは僕たちにお任せください! あなたは上へッ!」


☆ ☆ ☆


 涼太の援護もあり苦も無くホールを抜けた草次と千矢は、並んで走りながらこれからの方針を語り合う。今は敵影もないため千矢は魔術を解いている。余計な魔力を使う必要はないということだろう。


「二手に分かれようと思うんだけど、どうかな?」

「賛成だな」

「じゃあ、俺が涼太くんの仲間の援護に向かうから、千矢くんはこっそりカルラちゃんを拉致っといて」

「了解した」


 瞬間、千矢の姿が溶けるように消えた。気配が消え、草次は一人ひた走る。


「蜜希ちゃん」

『なにかしら?』

「今の状況って把握できてる?」

『私を誰だと思って? と、言いたいところだったけれど、ほとんど分からないわね』

「その言い方だと、ちょっとは分かるの……?」

『ええ、まあ』

「でもどうやって? この城の中に監視カメラは……」

『監視カメラがなくとも、内部を知る方法はいくらだってあるわ。というか、草加くんの髪の中に蚊サイズのカメラを忍ばせてあったんだけど、気付かなかった?』

「マジでッ!? なんかかゆいと思った!」

『そういうのいらないから。――とにかく、草加くんは全力で上へと向かって。熱源の方向へ向かえば、おそらく敵がいる』

「なるほどね」


 草次は全身から噴き出す汗をぬぐいながら、小さく笑った。

 既に城内は蒸し風呂のような状態となっていた。闘神種創造計画によって肉体を改造されている草次や、魔術で身を守れる千矢でなければ絶叫を上げてしまってもおかしくないほどの高温だ。もはやこの城は常人が立ち入っていい場所ではない。正真正銘の地獄……人の身を超越した魔人にしか入場許可は下りていない。


「じゃあ、カルラちゃんの方は千矢くんに任せるとして……俺も俺で、男を魅せるとするかッ!」


☆ ☆ ☆


 バルトルート・オーバーレイとサリア=バートリーの戦いは、開始から一分と経たずして、その優劣がはっきりとした。


「ァアアアアアアアアアアァァァァアアアアッッ!」


 激昂しながらサリアが竜爪(ジャダマハル)を打ち下ろすも、バルトルートの皮膚を覆う薄皮の如き『膜』に触れた瞬間、攻撃の威力と同等のエネルギーが爆発という形でもって、反射のように少女を襲う。少女の強靭な武装は既にズタズタに引き裂かれ、あまりの熱量にドロドロと溶解を始めている。


「ならァッ! あなたなんてこれで消えちゃえばいいんだあアッッ!」


 背中に展開した無数の重火器が火を噴く。しかし、当然ながら弾丸は全て反射され、無為に爆炎が広がっていくだけ。


「だからァ!」


 視界を奪ったその瞬間、サリアは火炎放射器でもってバルトルートを焼かんとした。

 サリアも馬鹿ではない。圧倒的な敵を前に、ただ同じ手を何度も何度も打っていたわけではなかった。戦闘の最中つぶさに敵を観察し、そして一つの答えを得た。

 バルトルートは業火を操る手合いでありながら炎が弱点らしい。

 先ほどから機関銃やライフルをぶち込んでも身じろぎ一つせぬくせに、火炎放射だけは全て避けるのだ。

 敵のミスリードという可能性もあるが、おそらく低いとサリアの勘は告げていた。

 赤い炎が床を焦がしてバルトルートへと迫る。彼は自らが発した爆炎によって視界を防がれており、状況を把握しきれていないはずだ。

 サリアの炎は、進行方向上にある、バルトルートが生み出した炎の全てを呑み込み突き進む。

 しかし――――


「それが炎だと? 笑わせるな」


 部屋を埋め尽くしかねない爆炎が、天井より落ちた。サリアの炎はより巨大な炎に呑み込まれる形で奪われる。

 さらに。

 炎はその勢いを止めることなく、床をそのエネルギーでもって消し飛ばし、その下の床も、さらに下も――次々と破壊して階下へと落ちていく。やがて床が受け止められるほどに炎が弱まってなお、業火は大理石を融かし続ける。


「苛烈さが足りん。重みが無い。炎に篭る赫怒が皆無だというのに、どうして俺に届くと思った?」


 投げられる問いと共に爆炎が発される。

 情けなくも敵に背を向け全力で跳躍することで命からがら炎の圏外へと逃れたものの、それに何の意味があろうか。

 弱点を突いたところでそれを力業で捻じ伏せられるのだ。こんな化け物にどう勝てというのか。

 なんだこれは、何なのだ?

 常識外れにもほどがある。世の摂理を九つ飛ばして、十の道理を消し炭にしたような不条理。


 彼の炎に全てが焼き焦がされる。

 もはやこれは、天災だ。

 人の身でありながら単身でこの惑星に癒えぬ傷を植えることのできる化け物。

 ただ、これは何もバルトルートだけが特別というわけでもない。

 指向性の違いはあれど、枢機卿とは皆が皆、この程度の不条理は片手間にやってのける。一国を滅ぼす程度のことは、枢機卿ならば最低ライン。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!」


 激震。

 重力操作により眼前の炎を消し飛ばすが、しかし――


「――――ぅ、ぅうう……ッ」


 炎の奥で冷徹な表情のまま佇む少年の金眼に睨まれただけで、少女の足は竦んでしまう。

 サリア=バートリーは生来の難儀な衝動に抗うために、あえて理性を蒸発させ狂人のふりをしている。人に疎まれるように、嫌われるように……周囲の人間に嫌悪され、遠ざけられるように振る舞っている。

 そしてそれ故に――本物ではないものの――彼女もまた戦闘中は理性を持たない狂人(バーサーカー)であり、戦いの最中に恐怖を感じることなど無いのだが……


「ひ、ぃぁ……ッ」


 バルトルート・オーバーレイの絶対零度の眼光は、蒸発し気化したはずのサリアの理性を、なお焼き焦がすほどの熱を持っていた。

 狂わせたはずの脳が、捨て去ったはずの理性が、告げる。

 ――死にたくない。


「どうした。それで終わりか塵屑。ならばこれ以上恐怖に震えることもない。灰になれ。俺にいたぶる趣味はない。ものを考える間もなく焼却してやる」

「ぐぅぅうううううあああああああああああああああああああああああッ!」


 引き戻された理性。それを振り払うかのように絶叫し、バルトルートを殺さんと駆け出した。


「哀れだな。貴様の恐怖も、何もかも――陛下が背負うだろう」


 同情の言葉と共にバルトルートが右手を振った。瞬間、業火の獣が形作られ、大口を開けてサリアを呑み込まんと咆哮した。

 紅蓮の(あぎと)が視界いっぱいに広がった直後――


「そこまでだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」


 死の間際にいた少女の横っ腹へと、一人の少年が凄まじい勢いで突っ込んだ。衝撃で少女の意識が狩り取られる。

 二人はもんどりうって地面を転がり、紅蓮の顎から逃れることに成功する。


「誰だ」

「――――……」


 訝しむ紅蓮の王の声を聞いた少年は、少女を床へ横たえて、ゆっくりと立ち上がる。

 緑色のジャージ上下。気合を入れたかのように頭にはヘアバンド。背中のギグケースを背負い直し、少年は怒りをあらわにして焦熱地獄の主へと向き直る。


「マジでさあ。マジでほんっと、君たちってどうしようもないよね」


 ギチリと噛んだ奥歯が欠けた。

 ああ、本当にお前らどいつもこいつも進歩がない。男のプライドはないのか?

 楽園教会の使徒ども――


「なんだ? とか。何者だ? とか」


 ――君たちはやっぱり、俺がぶっ飛ばさないといけない。


「何回も聞かないでくれって感じだよ、ほんと」


 格上だろうが偽神だろうが化け物だろうが関係ない。


「でもまあ、教えてやるよ。学習しないんだから仕方ない」


 俺はお前たちを、許さない。




「俺は草加草次。全ての女の子の味方だッッ! 

――――つまりお前の敵だよ、クソ野郎ッッッ!!」




 絶望的な戦力差。

 超えることのできない壁。

 勝算など皆無であり、奇跡が起きようと勝てる道理はない。

 この敵を前にして生き残る可能性など、宇宙の彼方を探そうと見つからない。すなわち絶無。

 それでも、譲れない信念があるから。

 草加草次は立ち向かう。




「覚悟しろよ。今からお前をぶっ飛ばす!」




 敗北の確定した戦いに、草加草次は自ら身を投げる。


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