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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第六編 鏖殺の果て
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第六章 枢機卿、稼働 ――Cardinal error―― 8-3.赫怒と情――参

 バルトルート・オーバーレイの握り締めた拳の奥から、炎のように苛烈な赤の血が流れていた。

 その血が何を意味するのかなど、推理するまでもなく明らかであろう。

 今にも染色を発動し、目の前で起きている地獄を止めんとする衝動が全身を貫くが、彼はそれをギリギリで押し留めた。


「――――ッッッ!」


 ガキッ、と口の中で嫌な音が鳴った。

 彼は忌々しげな表情で折れた歯を吐き出す。床に血の混じった白い欠片が落ち、それを身の内を焦がす炎を右手から吐き出して灰にする。


「ようよう、荒れてるじゃねぇか、バルトルート」

「――っッ!」


 気を抜けば絶叫しかねないほどの赫怒を寸前で抑え込み、彼はゆっくりと振り向いた。


「なんだ、デモニア」

「いやいや、後ろから見ててツラそうだったからよ。少し声を掛けてみたんだ。やっぱ部下のメンタルケアも上司の仕事だろ? ほら、言ってみろよ。何をそんなにイライラしてんだ?」


 頭蓋の奥が漂白するほどの怒りが再燃し、彼の心象が沸騰した。――が、それすらも抑え付ける。

 拳を握ったままでは殴りかかりかねないことを危惧した紅蓮の王は、手を解き、一度深呼吸した後にデモニアの親切を断った。


「遠慮する。貴様に話すことなど無いし、貴様と口を聞くこともありえない」

「ハッハァ、こりゃまた嫌われたもんだな。それなら、まあいいけどよ」


 ニヤニヤと悪魔の笑みを浮かべたまま、彼はバルトルートの横に並んでそっと耳打ちした。


「でもよう、お前、大切な妹があんな苦しんでるのに助けなくていいのか?」

「――――ッッ」


 三度の激怒――しかしそれすらも、バルトルートは抑える。


「ああ……俺は決めたからな。何を犠牲にし、誰を炎にくべようとも、この世界を変えてみせる。あの方の理想を、夢を、そして楽園を手に入れるまで」


 その言葉に込められた切実な思いも、デモニアには伝わっていない。そも、この男に何かを告げた所で意味などない。全ては無駄。全ては無意味。この男は人類の汚点。話す価値すらどこにもない。故に彼の言葉は、おそらく会話というよりも独白に近かった。


「たとえ家族であろうとも、俺は切り捨てる」

「そうかい」


 デモニアは興味深そうに頷くと、話題を変えた。これ以上は面白い反応を見られないと悟ったのだ。


「こいつが精神を保っていられるのは、長くても夜明けまでってことぐれえ、お前も察してるよな」

「ああ。そこまで()つかも微妙だとは思うがな」

「その通り。事実俺様は、鏖殺の騎士(ホロコースト)の心を、空が白むまでに潰すつもりだ」


 デモニアの愉悦に塗れた声がバルトルートの耳をギシギシと軋ませた。


「それ故に俺様は、今回裏方に回るつもりだ。人の心を木っ端微塵に砕くには、色々と準備がいるからなァ。つまり何を言いてえかというと、だ」

「それ以上言わずとも理解している。あの黙示録の処刑人を始末するのは俺の仕事だと、そう言いたいのだろう」

「ご明察」


 デモニアはにやりと笑って、


「これは一種の代理戦争なんだよ。互いの駒と駒をぶつけ合う、間接的な戦争」


 つまり――


「これは俺様と女狐の戦争なんだよ。女狐は黙示録の処刑人を利用して、俺様はバルトルートを利用して、それぞれ自らの駒に戦わせて風代カルラというカードを奪い合う。それがこの戦いの本質だ」


 目を合わすこともなく聞きながら、バルトルートはその言葉に違和感があることに気付いていた。


 ――こいつが戦わない理由がない。


 光鳥感那が戦わない理由なら簡単に推測できた。あの女は既に満身創痍。どういうわけか体を弱めており、葬禍王と正面切って戦うことなど不可能だ。

 だが、隣に立つ人類汚点は、力に制限などされていないはず。

そして、認めたくはないが、この男の力はそこらの描画師などとは一線を画すレベルにある。ならば自ら動いた方が早いに決まっている。

 だが――


(考えただけ無駄だな)


 デモニア=ブリージアが求めている者はあくまで娯楽。人が己の手のひらの上で踊り、滑稽に破滅していく様を楽しむ外道の中の外道だ。

 ならば、おそらく戦わないだけの理由があるはず。

 この男の脳を理解しようとすることほど無意味で無価値な行為はないと改めて気づき、バルトルートはこれ以上デモニアと同じ空気を吸いたくないという理由で、その場を後にする。


「おいおいどこ行くんだよ。もう少し見て行こうや」

「断る。貴様の顔など、本来ならば焼き焦がして凹凸を消してやりたいぐらいだ。二度と俺の前に姿を現すな」

「そいつァ無理な話だ。ま、せいぜい休憩してな」


 背中にかかる不快な声を無視して、赤髪の少年は闇に消えた。


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