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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第六編 鏖殺の果て
150/220

第六章 枢機卿、稼働 ――Cardinal error―― 6.嵐の前の小休止

「今、のは……」


 あまりに唐突な事態に誰もが言葉を失くした。

そんな中、状況の急変により沸騰していた脳が冷やされ、草加草次は冷静さを取り戻していた。目の前で繰り広げられる天地を砕かんばかりの力の乱舞を前に、先まで暴走していた少年は、呆けたように息を吐くことしかできずにいる。


「俺、は……」

『草加くんッッ!』

「どわっ……!」


 力なくつぶやいたすぐ後に、聞き慣れた――けれど久方ぶりに聞いたような――少女の怒声が耳元で響いた。

声そのものではなく、蜜希がこれまで出したこともないような大きな声を出した事実に草次は面食らう。


『草加くんのばか! バカバカバカバカバカバカ! ばかああ!』

「あ、う……ちょっ、蜜希ちゃんっ?」

『死んだらどうするつもりだったの!? 勝手に一人で突っ込んで! ばか、ばかぁ!』

「お、怒りすぎっ――」

『怒るよっ!』


 一息ついた草次へ、インカム越しに少女が泣き叫んできた。


『ほんとに、ほんとにばかだよ草加くんは! ううう……もう、もう!』

「も、もうちょい冷静に……!」

『うるさい!』

「うっ」


 草次の知っている蜜希には絶対に出せないような声だった。内気で、人と話すのが苦手で、未だにカルラや友介にすら、噛み噛みでしか会話の出来ないコミュニケーションが苦手な少女。

 そんな彼女が、心が叫ぶままに草次へ向かって怒鳴っていた。


『ばかああああああああああああ! 』

「いや、もうちょっと怒り方とか……!」


 草次のツッコミは聞き入れられない。

 そんな時、枢機卿同士の戦いに巻き込れないよう、先まで何処(いずこ)かに潜伏していた千矢が戻ってきた。彼は隠蔽の魔術を解くと、責めるように草次を見る。

 が、まだ蜜希の説教が終わっていないことを察し黙っておくことにしたのか、口を開くことなく厳しく睨んでいた。


『ほんとに、ほんとに……草加くんは……女の子のことになったらすぐに見境なくして……。普通の男の子なんだから、もっと……もっと、自分のことも大切にしてよぉ……』

「――……」

『いなくなって、欲しくないもん……。一人で、どこかに行かないで……』

「……っ、ごめん」


 話しているうちにいつもの清涼まで戻ってしまった蜜希の声で、草次はようやく己の愚挙を反省した。

 あまりに短絡的で思慮の欠けた行動だった。自身の命はおろか、草次を死なさぬようフォローしていた仲間までが危機にさらされるところだったと今さらになって気づく。

 そして何より、心配をかけた。あのまま戦い続けていれば確実に命を落としていただろう。草次を大切に思い守ろうとする人たちのことも考えず、目先の怒りに捕らわれた結果、大切な仲間を泣かせてしまうところだった。


「ごめん、ほんと……これからは気を付ける」

『うん……そっ、その約束、だから……。次、勝手な事したら、その、ゆるさない……っ』

「う、うん……」

『…………』

「…………」


 蜜希は言いたいことを吐き出し終えたのか、それ以上は何も言わなかった。

妙な沈黙が生まれ、その間に草次は、先の蜜希の思いやりに溢れた言葉を思い出してしまう。それだけでなぜか頬が火照り、むずがゆい気持ちが胸の真ん中に居座り始めた。そのむずゆさをごまかすようにえりあしを撫でるも、速まった動機がおさまる気配はない。

 蜜希にしてもそれは同様で、マイク越しであるため草次と千矢の二人に気取られてはいないが、心臓の早鐘も熱を帯びる頬ももはや自分ではどうしようも出来ず、締め付けるような――けれど嫌な気持ちではない――胸の痛みを持て余していた。

 気まずい雰囲気が漂い、草次も蜜希も言葉を紡げない。

 そして、千矢は言った。


「いちゃつくのは結構だが、後でやれ」

「『い、いちゃついてないから!』」


 見事に声が重なった二人に千矢が微妙な表情を向けた。

そんな折、隙を見て二人の枢機卿が殺し合う戦場からうまく抜け出した涼太が合流する。先までと異なり少し砕けた空気が流れているのを感じ、千矢に尋ねた。


「草加さんは心を落ち着かれたようですが……」

「ああ。痣波のおかげでな」

「そうですか。……館でも思いましたが、お二人の関係って……」

「ちょっ、いや! 俺r別にそんなんじゃっ――!」

「えと、えと。えとえとえとえと……っ」


 何やらあたふたしている様子を見るに、草次はいったんの落ち着きを取り戻したらしい。もちろん完璧に吹っ切れたわけではないだろうし、彼が先の悲劇に向き合うべきはいつか来るだろうが、先のように暴走することはないだろう。怒りも引いて、涼太の言っていた通り今は落ち着いている。


「では今一度、僕たちがこれからどう動くか――」


 考えましょう――そう言おうとした涼太の足首を、誰かが緩く握っていた。


「……?」


 視線を落とせば、先ほど第八神父(オクト・カルディナーレ)風化英雄(ノーネーム)』に腹を抉られる致命傷を受け倒れた、ウィリアム・オーフェウス・ガラハッドが、瞳に確かな感情を灯してこちらを見上げてきていた。

 反射的に糸を用いて拘束しようと指を微動させた涼太だったが、その熱――あるいは自我――のこもった瞳を見るや、その手を止めた。彼は何も言わず、無言で先を促す。草次や千矢が、そしてインカムの向こうでは蜜希が固唾を飲み、つい先ほどまで死闘を演じていた相手を見つめていた。


「すま、ない……」


 擦れ切った、けれど確かな力のこもった声がその喉から発される。


「頼みが、あるんだ……っ! 聞いて、欲しい……はあ、ぁっ!」


 口を開くことすら苦痛になるのか、ごぼりっ、と大量の血を吐き出した。


「ちょっ!」

「大丈夫だ……」


 駆け寄ろうとする草次を片手で制する。


「あの男は、どうやら……はあっ、手加減してくれたようで、ね……」

「ああーちょっ、いいから! 喋らなくていい! 千矢くん、どうにかなんない!?」

「先ほどまで戦っていたというのに、お節介な奴だな」


 文句を垂れながらも、千矢はウィリアムに近付き簡単な治療魔術を施す。ウィリアムはそれも拒否しようとしたが、千矢は聞かなかった。


「それでどうしたの?」

「ああ……その前に、その……一つ聞かせてほしい。君たちは、今から……どうするつもりなんだ……?」

「どうするって……」


 草次は複雑な表情で、彼方にて激戦を繰り広げる枢機卿たちを見た。

 あの戦いに割って入ることができるとは思えない。だが、だからと言ってこのまま指をくわえて見ているという選択肢も、彼の中ではありえなかった。


(止めないと……)


 先のように怒りに振り回されることはないが、それでも目の前で繰り広げる破壊を前に何もしないという選択肢はありえなかった。

 血が流れている。

 悲鳴が轟いている。

 涙が地面を濡らしている。


「……俺たちは、この騒乱を止めたい」

「そう、か……」


 白髪の少年は草次の言葉に安心したように息をつくと、瞳を真摯なものに変えて懇願した。


「こんなことを言える義理じゃないことは分かっている。でも、すまない……頼みがあるんだ……。僕を、バッキンガム宮殿まで、連れて行ってほしい……。この争いを止めるために、はあ……っ、君たちの、力を……僕ら『円卓の残滓(サーズ・キャメロット)』に貸して欲しいんだ……!」


☆ ☆ ☆


 重火器の驟雨によって焦がされたロンドンの街を、草次と千矢、そして涼太は出しうる全力の速度で駆けていた。


「クソ、こいつら、邪魔!」


 草次がヤケクソ気味に叫びながら、飛び掛かってきたヘルハウンドを銃器で殴り、その首を折った。

 セイスが放ったとみられる黒い犬の魔獣は、街のいたる場所に潜んでおり、事あるごとに三人の進行を阻んでくる。

 ヘルハウンドの一匹一匹の戦闘力は進行にさしたる影響を与えてはいない。闘神種創造計画によって底上げされた彼の膂力の前では敵ではない。しかし、それが二十回、三十回と続けば話は変わってくる。体力的な問題も当然あるが、深刻なのは精神への負担だ。人間を襲い食い散らかすような魔獣とはいえ、その容姿はそこらの大型犬と変わらない。それを何十度と撲殺しているとなれば、さすがに精神的摩耗は蓄積されていくというもの。


 だがそれでも草次は心を奮い立たせて、襲い来る魔犬の群れを悉く殺していく。ともすれば、その姿はまるで、嫌な映像を振り払っている子供のようにも見える。表面上は落ち着いているようでも、心の奥底では未だセイスと彼の召喚獣による理不尽に決着をつけられていないのだ。

 しかしたとえ心に余裕がなかろうと走るしかない。止まればたちどころに魔犬の群れに囲われて死ぬし、何より死は負けを意味する。

 負けるわけにはいかない。斯様な外道共に、人の命をこれ以上弄ばせるわけにはいかないのだ。

 千矢は背にウィリアムと名乗った少年を担ぎ、草次は襲い来る魔犬の群れを薙ぎ払うようにして、ロンドンの街をひた走る。


「痣波! 次はどこへ向かえばいいッ?」

『次の角を右へ。通りにヘルハウンドは見えないわ』


 先ほどまで草次を感情のまま怒鳴っていた〝少女〟は消え、今は〝鬼女〟として脳をフル稼働させ、その知識王として仲間を導いていた。

 電子に変換されていてなお艶美な声が、草次と千矢の耳を優しく撫でていく。今のところ彼女の指示に間違いはない。

 ただ、疑問が一つあった。


「ねえ蜜希ちゃん、何でさっきからそんなに的確な指示を出せるん? 今回は衛星の映像のみで俺らを援護してくれるって話だったじゃん。でもさっきそこのウィルくんと戦ってる時からずっと的確な指示を出せてたけど……蜜希ちゃん、とうとう魔術とか使えるようになったとか?」

『まさか』


 妖艶な声はクスリと笑って、


『どういうわけか、この国……魔術圏だというのに監視カメラが至る所に設置されているの。それも、科学圏の街と――私たちの暮らす東京とそう変わらないほどに。だから、科学圏であるノースブリテンのサーバーに侵入して、そこから探っていくと――』

「なるほど、サウスブリテンの監視プログラムへと侵入できたわけか」

『ええ。不用心すぎるとは思うわ。けれどまあ、そのおかげで二人の援護がし易くなったわ』

「……でも、なんで?」


 草次の問いとは即ち、なぜ魔術圏であるこの国で、科学技術の最たる例の一つである監視カメラが使えるのかというものだ。

 それだけではない。

 魔術によるインフラが死んでなお、しかしロンドンの街の電気が完全に死んだわけではなかった。オフィスビルなどでは非常電源が降りており、先ほど草次が冥狼に吹き飛ばされてビルに突っ込んだ際も、中は明るかった。そして蜜希が現在進行形で使っていることからも容易に推測できるが、各種監視カメラも死んでいない(当然ながら物理的に破壊されたカメラは使えないが)。

 それは即ち、サウスブリテンが魔術だけでなく科学の力をも借りていたことを示すが、それが何を意味するのかまでを考える者は――少なくとも戦っている魔術師や騎士、描画師の中には――いなかった。

 ただ一人、痣波蜜希を除いて。


『さあ、分からないわ。一つ推理があるわ。それを使った『仕掛け』も施しておいたけど……それはあまり二人に関係がないから伏せておくわね。それよりも気を付けて。さっきも言ってあげたようにその通りにヘルハウンドは見当たらないわ。けれど――』


 その先の言葉を聞くまでもなく、二人は数秒後に目撃する景色を幻視した。

 大地を焼く空襲があり、ヘルハウンドという魔獣が大量に召喚されている。

 故に、草次も千矢も涼太も、蜜希の言わんとしていることを察したし、曲がった先に広がる地獄絵図を容易に思い浮かべられた。


「――クソ……ッ!」


 しかし、予想できるということは、何もその光景を受け入れられるという意味ではない。

 眼前に広がる、赤、赤、赤。

 ほんの数時間前までは笑顔を浮かべていた住人たちが、今では形すら判別できぬ肉の塊として路傍に転がっていた。

 体が黒く炭化したものもあれば、四肢を奪われダルマになった遺体もある。草次が踏みしめている足元の炭も、元が無機物だったのか有機物だったのか――その区別すら付かなくなっている。


「……これは、おれ、たちの――」

『違う』


 膝から崩れ落ちそうになる草次の体を、千矢が腕を伸ばして支え、

 絶望に暮れる草次の言葉を、蜜希が強くはっきりした声で否定した。


『違うわ、草加くん。私たちが来ようとも、この悲劇は確実に起きていた。――いいえ。おそらく、私たちですら被害者であり、傀儡なのだと思うわ』


 勘、などではない。

 これは全て、確実に計算された『起こることが約束された悲劇』だ。

 これらの全てがたった一人によって計画されたものなのか、あるいは圧倒的な『力』を持った二人の描画師がぶつかった結果の惨劇なのか、それは蜜希ですら推理できない。

 ただ、これらの事象全てが風代カルラという少女が誘拐された瞬間から決定していた流れだったと――いいや、否。あるいはそれすらも、誰かの仕組んだシナリオの一説でしかないのかもしれない。

 知識王(メーティス)などという大層な異名を持つ蜜希にすら、その背景にある巨大な闇の全貌は計り知れない。


「行くぞ、草加」

「……っ」

「『教会』に憎悪を抱く気持ちも、己の無力さを嘆く思いも、すべて理解できる。だが、だからこそ――進むぞ。生きて、逆襲の瞬間を待つのだ」

「……ああッ」


 絞り出すような声。

 無力な少年はただ、走ることしかできない。

 命題は絶えず少年の耳に選択せよと囁きかけてくる。

 (こたえ)は選べず、(かくご)も決まらない。

 ただ、逃げるように走ることしか、できなかった。


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