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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第六編 鏖殺の果て
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第六章 枢機卿、稼働 ――Cardinal error―― 2.世界雲理論

 円卓の騎士の物語には、原典がない。


 彼らの物語はあらゆる伝承や言い伝え、複数の吟遊詩人の詩を統合した結果に生まれたもので、とある男が一つの本を書き上げるまではしっかりとした伝説や伝承、記述、真説などは存在しなかった。

 もっとも、その前提として一つの問題が存在することを忘れてはならない。

 つまり、円卓の騎士を始めとした、この世に数多存在する神話伝承は真実したことなのだろうか、と。


 結論から述べれば、世界雲理論を用いてしまえば神の時代――いわゆる『黎明歴』の実在は否定されることはない。

 神々――厳密には『法の眷属』――や英雄のような規格外の存在であれば、その逸話が可能性の海を超え、あらゆる世界にその痕跡を残すことは可能であろう。

 それはどのような神話であっても例外ではない。


 終末戦争も、

 カリ・ユガも、

 エヌマ・エリシュも、

 国産みも、

 天地開闢も、

 総審判も、


 全て、どこかの『世界』で存在し、それらが可能性の海を振動させた。その波があらゆる『世界』へと波及し影響を及ぼすことによって、神話伝承が生まれる。

 もっともこれは、一説でしかない。可能性世界の存在を証明することもできなければ、神話の科学的かつ魔術的な証拠も存在しない以上、これが机上の空論である可能性は否めないのだ。

 しかし、魔術圏における数多の神話研究分野においてこの説が最も有用なものだと考えられていることもまた、厳然たる事実である。

 そして原典とは、そうした可能性の波で影響を及ぼされた結果、それら数多の可能性宇宙に歪みや圧力が掛かり、その結果それぞれの可能性世界のどこかに『落ちる』ものなのだ。それが本としての形を取っているのか、あるいは口伝なのかはさておき、だ。


 ならば、円卓の騎士の物語はどうであろうか。

 これもやはり、どこかの世界で存在した彼らの物語が、今友介たちが生きている世界へと波及してきたのだろう。

 だが、前述したように円卓の物語には原典がない。というよりも、あまりにも伝承が多すぎるのだ。

 ならば、考えられる可能性としては『全てがどこかの世界で実際に起きた』という可能性が最も高いであろう。

 一つの世界を中心に放射状に広がっていく波ではなく。

 複数の世界から波が発生し、それらが干渉し合い節と腹が複雑な様相を呈した末、誰にもその真実が見えなくなった。数多の伝承が存在することとなり、原典が無数に存在してしまったというもの。

 事実、原典が複数ある神話は少なくない。エジプト神話や北欧神話などがその例だ。

 これが一つ目の可能性。一つの真相の仮説。


 では、ここでもう一つの可能性を投じよう。

 それは『原典は別にあるが、何らかの理由で見つかっていない』という可能性だ。

 それは本の形をしているのかもしれないし、石碑として残っているのかもしれなければ、先祖代々口伝えで連綿と語り継がれているのかもしれない。

 何にせよ、その原典を見つけなければ話にならないだろう。


 さて。

 ここで、少し話題を変え、円卓に座った者のうち、とある五人の騎士へと視点を当ててみる。


 アーサー王。アーサー・ペンドラゴン。

 岩に刺さった(カリバーン)を抜きブリテンの王となった彼は、その後聖剣(エクスカリバー)を持って数多の戦いを潜り抜けた。

 しかし、彼は実は、円卓の騎士の物語において花とも言える『聖杯の伝説』においては活躍しない。

 また、王妃グィネヴィアを部下であり親友でもあったサー・ランスロットによって奪われたことで有名であるが、一説には彼は二人の仲を知っており、しかし二人を不幸にはさせまいとして気付かないふりをしていた――という解釈もある。

 人の心が分からないと言われた彼だが、しかし――実際には、その心を押し殺して誰にも見せまいとしていただけなのかもしれない。法を重んじ、法を立て過ぎた彼は、理想と友情との間で板挟みになった末、断腸の思いで法を優先しただけに過ぎない、哀れな弱者だった。


 サー・ランスロット。

 言わずと知れた円卓最高の騎士にして、円卓崩壊の引き金を引いた男。

 しかして彼は、あまりに英雄過ぎた。

 王妃グィネヴィアとの不倫故に神から見放され、聖杯の神秘をただ見ることしか出来なかった彼だが、しかしそれでも王妃を愛すことを止められなかった。

 王妃のあらゆる苦難、あらゆる危険の際に必ず現れ、王という立場ゆえ王妃へと肩入れできない彼女を、代わりに守った。

 たとえ王妃からどのような非難を受けようとも、王妃と円卓の平和のために王妃から離れ、しかし王妃が窮地に立たされた際には必ず助けに入った。

 最後まで報われず、最後まで結ばれなかった二人の恋は、しかし視点を変えてしまえば、美しい悲恋の物語とも言えるだろう。


 サー・ガウェイン。

 彼は最後までアーサー王の忠臣であった。

 しかし彼は、死してなお後悔に苛まれることとなる。

 弟であるサー・ガレスとサー・ガヘリスをランスロットにより失った彼は、何度も何度もランスロットと戦うように王に進言した。それはもう、呪いのように何度も、何度も。

 その結果王都においてはモルドレッドが付け入る隙を見つけ、クーデターが始動。

 カムランの戦いに至るまでの円卓の崩壊を演出した。


 サー・ガラハッド。

 先にも触れたが、彼は完璧な騎士であった。穢れはなく、世界の真実を見た末に、天に召されるほどの心の持ち主であった。

 再度問題を提起しよう。

 彼は、他の円卓の騎士をどう思っていたのだろうか。


 サー・モルドレッド。

 彼は生まれた時から、アーサー王の敵だった。

 言わずと知れた叛逆の騎士モルドレッド。ランスロットを嵌め、ガウェインを唆し、アグラウェインを捨て駒にし、グィネヴィアを追い立てた。

 しかし、その根底にあったのは本当に憎悪だけだったのだろうか。

 彼は、王になりたいと言った。

 それがどういう意味なのか、考えたことはあるだろうか。


☆ ☆ ☆


「並行、世界……?」


 光鳥感那が告げたその用語を、友介は最初、比喩か何かだと勘違いした。ディアも何を言っているのか全く分かっていない様子で、怪訝な表情で感那を見つめていた。ジークハイルはこの手の話題には興味がないのか、あるいはあらかじめ知らされていたのか、一人離れた所で建物を壊し尽くし始めていた。


「ああ。時間がないから出来るだけ手短に話すね。……まず、君たちは『世界雲理論』というものを知っているかい?」

「世界雲、理論……? 雲って、こと、か……?」

「ご名答。その通りだ。雲。すなわち、この世界は雲のように様々な世界の可能性が存在するというわけさ」


 意味不明であった。


「はは、さすがにバカとアホの二人じゃあこの説明じゃあ理解できないよね」


 さらっと友介とディアを馬鹿にした感那は、愉快そうに笑うと、指を立てながら順を追って説明をし始めた。


「じゃあまずは一つ尋ねたいんだけれど、友介くん、いいかな?」

「ああ、いいぜ」

「よし、じゃあ一つ目の質問。……君は、宇宙が何個あると思う?」

「宇宙が、何個……?」


 おそらく例え話や分かりにくい比喩の話ではなく、額面通りの意味だろう。

 すなわち、この広大な宇宙はこの世界にいくつあるのかという質問。


「一つ……だと思ってたけど、世の中には『宇宙はブドウの房みたいに、いくつも存在する』ってのを聞いたことがあったな」

「なるほどね。まあ、当たらずとも近からずだね」

「近くねえのかよ」

「お前バカなんだな」

「俺がバカならさっきのアホはお前のことだからな」


 茶々を入れてきたディアと軽口を交わす友介を無視して、感那は話を進めた。時間がない。


「まあ行ってしまえば宇宙の数は無限だ。文字通りね。宇宙の数は無限と言えるほど多い。だが、それらの宇宙は全て、僕らのいるこの宇宙と同じなんだ」

「……それが、可能性世界か?」

「そういうこと」


 潮騒の音を聞きながら、感那が微笑む。


「僕らの生きるこの〝場〟である『世界』と『宇宙』は同じモノを指し示す。ただ、その意味合いが少し違うだけなんだ。物理的な意味を持つ言葉が宇宙。概念的に言い表されるのが世界。そう覚えておいてくれ」

「意味不明だが理解した」

「同じく」

「よろしい」


 彼方でビルが倒壊しているのをぼんやりと眺めながら、友介とディアはは感那の講義に耳を傾ける。


「世界雲理論とは、この世界のあらゆる可能性――即ち『if』が、雲のように全方向へと広がっている説のことを言う。マルチバース――多元宇宙論とも言われるんだけど、聞いたことはない?」


 二人は揃って首を振った。

 感那は露骨にため息をつくと、ホットパンツのポケットからチョークを取り出した。それをひび割れたアスファルトへと擦り付け、小さな点を打つ。


「これが僕たちのいる世界」


 すると彼女は、さらにもう一つ、その隣に点を打つ。


「これは、もう一つの可能性。〝あるかもしれない世界〟だ」


 そう言って、次から次へと点を増やしていく。いつしかその数は数えるのも不可能なほど増殖し、そして一つの雲のような絵へと変わった。

 縦、横、そして奥行きまで表現されたそれは、雲のようであり、あるいは銀河のようにも見え、球体でもある。けれど――何よりも、


「まだ高校生の君たちは見たことがないかもしれないけれど、この絵、すごく量子力学の本に載っている原子構造の絵に似てないかい?」

「知らねえよ」

「まあそうだろうね」


 そう言って、感那はさらに懐からあるものを取り出す。手にあるのは、端が破れた一枚の紙きれ。化学の参考書のとある一ページであった。

 そこには一つの絵が載っている。真ん中に元素記号が記され、その周りを薄い水色の球体が包んだようなものだった。


「友介くん、ディアくん。まず、電子というものは確率的でしかその位置を求められないことを知っているかい?」

「はあ? 何言ってんだお前? 今は別に電子は関係ねえだろ」

「ははは、ムカつく言い方だなあ。めっちゃ殺してえ。……まあいいか。電子っていうのはね、観測していない時は原子核の周りに、確率的に霧や雲のように広がっているとされているんだ」


 これがいわゆる電子雲というやつさ、と感那は得意げな表情で告げる。


「ただ、その位置を観測するとこの雲は一点に収束する。というか、縮まると言った方がいいかな。この一点こそが電子の位置として確定する」


 そうして彼女は、自ら描いた雲のある一点を指さす。


「実はこの電子の位置というのは、特定の座標とは決まっていない。座標Aの時もあれば、座標Bの時も、あるいは座標Zの時もある」


 ならばどうやってその座標を特定するのか――という疑問に対する答えは、こうである。


「だが、観測を何度も何度も、それこそ幾千回と繰り返せば、どこに電子が存在している確率、あるいは可能性が高いのか――それが分かるのさ。例えば座標Aには50%程度の確率で現れ、座標Bには20%、座標Zに存在する可能性は30%などという具合にね。そして、それを図で表したものがこの電子雲。ほら、よく見たら色の濃いところと薄いところがあるだろう? 色が濃いところほど電子が観測された回数が多く、薄いところが少ないところだ」

「ああー、まあ何となくわかるわ」

「さっぱりだ」


 感那は出来るだけ噛み砕いて説明してはみたが、そこはやはり高校生二人。さすがに完全に理解することは出来ていないらしく、友介は大まかなニュアンスだけは掴んでいた。ディアに関してはもはや脳が熱を発し始めている。

 感那はディアを無視して話を進めた。


「世界雲理論とは、この電子雲の考え方と似ているんだよ。この世界もまた、あらゆる可能性が存在する。世界雲とは可能性の海と呼ばれるんだけど、この可能性の海において、僕らの世界がどの座標に存在するかは、実はあやふやで決まっていない」

「……? つまり俺たちは、一秒後には違う世界の『俺』として生きている可能性があるってことか?」

「いいや、それが少し違うんだよね。そこが電子雲とは異なるところなんだ。僕らの世界は確実に存在する。そして他の可能性の世界もまた存在する。つまりは、それが可能性世界――砕いて言うなら、並行世界だね」


 あったかもしれない未来。

 存在するかもしれない人物。

 あり得たかもしれない歴史。

 全く異なる選択が成された『if』の可能性。

 それら全ては確かに存在しており、それらこそが可能性世界とも呼称される並行世界の真実だと、目の前の女狐は言う。


「まあ今はそこまで深く理解しなくても良い。要はここが並行世界だということだけを理解していればいい。そして――」


 不意に、少女の視線が鋭くなった。


「この可能性世界における時間と、僕たちが元いた世界の時間は完全にリンクしている。さっきの球体の力では可能性の『横』の――即ち世界間の移動は可能だけれど、時間の移動は不可能。つまり――」

「長引けば長引くだけ、あいつが苦しむ――」

「それだけじゃない。彼女には明確なリミットがある」


 言われて、友介は思い出した。

 風代カルラは、自我が崩壊しかけている。

 彼女と再会したあの時、確実にあの少女は安堵友介のことを忘れていた。記憶が抹消されていたなどという生ぬるいものではない。友介の姿を見たことで、一時的にではあるが何とか『自分』を取り戻すことに成功したとはいえ、時間が経てば――あるいは、教会によるカルラへの『教育』がより過激になり続いてしまえば、もう幾ばくも余裕はないだろう。

 友介は再会したカルラを、その目を思い出す。

 あれは確実に、友介の知っているカルラではなかった。


「タイムリミットは夜明けだ。奴らの教育は火が上ると共に完遂するだろうよ。別に特別な意味はない。ただ、純然たる時間の問題として、それ以上はあの子が耐えられないだろうさ」


 感那は言う。

 太陽が昇るまでに風代カルラを救わなければ、取り返しがつかなくなると。

 何しろ、あちらにはデモニア・ブリージアがいる。あの男と相対した時間は三十分にも満たないが、それでもなお、あの男の邪悪さは理解できた。


 あれは、ヴァイス・テンプレートや土御門狩真とは異なる方向の邪悪だ。


 ヴァイス・テンプレートは方向性のぶれない、復讐のためならばあらゆる残虐非道・邪智暴虐の限りを尽くす邪悪。


 土御門狩真は方向性の存在しない、全方位へ己が衝動と本能と生理欲求のままに死を振り撒く邪悪。


 そして。

 デモニア・ブリージアはあらゆる準備と策と罠を仕掛けた上で、人をその絶望の落とし穴へと誘導し、その反応を楽しむ最も理性的な邪悪である。


 故に、あの男は最悪のシナリオを用意しているはずだ。

 そして、あの邪悪が考えそうな策とは――


「間に合わないこと。力を付けて戻った俺に、戦うまでもなく敗北を突きつけることだ」


 ならばやることは決まった。

 一刻も早く力を付け、ここから出なければならない。

 事は時間との戦いというわけだ。


「覚悟は決まったようだね、ならやろうか」


 パチン、と指を鳴らす。

 すると、彼方で鳴っていた倒壊音が止み、しばらく経つとジークハイルが戻ってきた。


「友介くん、君がここから出る条件は一つだ」


 女狐は言葉を切るや、底意地の悪い笑みを浮かべてこう告げた。


「――ジークハイルくんに勝てるくらい強くなること。じゃないと君は、世界雲を超えられない。一応さっき通って来た道を戻ればいいんだけど、今の君ではムリだ。世界に『孔』を空けられても、さらにそれを掘り進めるなんて芸当は出来ないからね。脆い海を引き裂いて道を作るには、まあ枢機卿と互角にやりあえるくらいには『格』を上げてもらわないといけない。だからまあ、もちろん……ジークハイルくんは染色を使うからそのつもりでね♪」

「ク、ハ――」

「そんなこったろうと思ったよ。こいつを相手にした修行なんて、それくらいしか思い浮かばねえ。ってことは、なあバトルジャンキー……お前の狙いは最初からこれか? さっきはあんなこと言っといて」

「いんや。ホントはバルかノーネームの兄貴かセイスか……まあ今ブリテン入りしてる枢機卿と派手に殺し合うつもりだったんだが、途中で感那サンに会ってな。そこでこの取引を交わしたわけだ。安堵友介を俺好みに(・・・・・・・・・)鍛えても良いってな(・・・・・・・・・)


 ジークハイルはどこまでもどこまでもどこまでも楽しそうに、この後に待っている戦いが待ち切れないとでも言いたげな満面の笑みで言葉を紡ぐ。戦いだけを求め、闘争だけを生きがいにする拳闘士は、ただ目の前にある刹那の興奮だけを糧に生きる故に。


「だからまァ、なんだ? 諦めろ。諦めて俺と戦え。そんで、俺にテメエの可能性を見せてくれ。じゃねェと――」


 ニィ……ッ、と。

 そいつは肉食獣のように獰猛に笑って。


「――俺が鏖殺の騎士(ホロコースト)を叩き潰してやるぜ? 文字通り、原形も残らないくらいにボッコボコに殴ってよォ」


 その、瞬間。

 安堵友介の中で、何かが切り替わった。


「……ああ、そうかよ」


 ズ……ッ、と。

 その左目の色彩が反転した。

 強膜が黒く変色し、光彩が毒々しい白へと変わる――。

 今度こそ、その気配が禍々しい偽神のそれへと変貌した。

 そうして彼は。

 黙示録の処刑人は、両の手に拳銃を持ち、崩呪の眼でもって眼前の白亜の拳闘士を睨む。ただ見るだけで世界を壊す魔眼が、拳で大地を破壊する傑物を捉えた。



「なら――ここがテメエの死に場所だ、枢機卿。

 天地に仇名す『悪法』が。(ほう)(じゅ)の眼光で撃ち砕いてやる。それが貴様の末路(さだめ)と知れ」



 それはジークハイルだけでなく、楽園教会に限らず、遍く理不尽の全てを撃ち砕くという覚悟に他ならず。



「やって見ろ。

俺の拳は森羅を砕くぞ?」



 対してそれは、ただ純粋に己の拳を信じ続けた求道者の、一握りの(・・・・)矜持であった。


 合図などなかった。

 安堵友介が染色を発動し、ジークハイル・グルースは後方へと一気に離脱した。

 友介が追いかける。

 前哨戦と言うには。

 修行と言うには――余りにも危険な殺し合いが、幕を開けた。




 そして、唐突に殺し合いを始めた二人を遠巻きに眺めるディアは、ふぅ、と一つ息を吐くと隣に立つ感那へと体を向けた。


「で、俺は?」

「うん?」

「とぼけるなよ。父さんとシャーリンをここに呼んでいないことは分かってるんだ。どうやったかは知らないが、あの場にいた円卓の騎士の中で、この可能性世界とやらに連れ込まれたのは俺だけだ。なら、理由があるはずだ。俺をここに呼んだ理由が」


 つまり。


「俺の修行は何だよ」

「ふふ」


 その問いかけに、光鳥感那は邪悪に嘲笑(わら)う。


「察しが良くて助かる。簡単な話だ。君には、対話をしてもらう」

「対話? 誰と――」

「それは、彼から聞きなさい」


 瞬間、ひび割れたアスファルトに手を押し付けた。


「……?」

 訝しむディア。様子がおかしい。

 そうして気付く。――感那は、地面に手を押し付けているのではなく、むしろ地面に横たえた見えない何かを掴んでいるようだった。そう、まるで、剣の柄を。

 そして、柄を握った腕を思い切り持ち上げた。瞬間、景色が歪む。アスファルトがズルリと引き抜かれた。


(違う……ッ)


 感那がアスファルト柄の布を捨て去って、遅まきながら理解する。

おそらくアスファルトと同じ模様の布を被せて地面に擬態させ隠していたのだろう。単純なトリックによってディアの意識から隠されていた銀の大剣が、小さな少女の手に握られていた。

 感那は底意地の悪い笑みを浮かべて剣を構えた。

 そして、その剣を。


「ほい」

「――――が、ぼ……っ!」


 ディアの腹へと、突き刺す。

 銀の刀身は肉を裂き、内臓を破壊して背中を貫通した。


「行ってらっしゃい、彼の深層心理・心象世界の内側へ」


 激痛が全身を支配し、命を構成する血潮が流れ出していく。

 やがて膝を付き、意識が薄れ始めた。


(ま、ず――)


 そうして、彼は――――




 失血によって気絶したディアから視線を切ると、感那は、入道雲が浮かぶ夏の青空を眺めた。


『ここは異なる可能性の世界。数多に重なる『世界雲』――その可能性の一つだよ』


 この言葉に、何の嘘も存在しない。

 先ほど彼に教えた並行世界や世界雲のことについても、何ら嘘はついていない。

 この世界は紛れもなく友介や感那が生きていた世界とは、異なる可能性だ。

 無限に広がる世界雲。無数に存在する宇宙(ソラ)は確実に存在し、それらは雲のように曖昧に重なり合っていて、どこが観測されようともおかしくはない。どんな可能性も存在しており、この可能性の海に存在する全てが真実である。


 だが――

 ここで、ある疑問が存在する。

 それは、なぜこの場所がブリテンではないのかだとか、なぜ過去に飛ぶことは出来なかったのだとか、斯様な些末な問題ではない。

 誰も疑問を抱いていない。疑問を抱かないように誘導した。

 即ち。



「なんで、この世界には生物が存在しないのかな」



 植物は辛うじて存在しているが、動物の類が全く存在しない。虫一匹見当たらないし、気配も感じない。

 当然、人間もいるはずがない。

 こんな立派な街がある(・・・・・・・・・・)にもかかわらず(・・・・・・・)、だ。



 その問いこそが、全ての運命の起点であり。

 その答えこそが、唯一の真実の終端である。




 ここに、生物の〝可能性〟は存在しない。

 今は、ただその事実だけがあった。



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