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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第六編 鏖殺の果て
126/220

第三章 円卓の残滓 ――Sirs Camelot―― 4.黙示録vs太陽 & 叛逆vs竜獅子

 リア・バルアスを下し先に進んだ彼らは、それから苦も無く城を進んで中央の塔への入口へと立っていた。

 やはり幹部クラスのいる塔ということもあり、扉の造りも他と異なっていた。

 ここまで、ディアを含めれば二人の騎士を打倒したことになるが――しかし、この先は次元が異なるだろう。

 リアに至っては相性が良かっただけの話であり、もしも移動速度までもが亜光速に達していたのならば、確実に敗北していただろう。


「覚悟はいいか、アンド」

「ああ」


 ディアの緊張に塗れた声を聞き、友介も気を引き締める。

 残る円卓の騎士はアーサー王を含め、二人か三人。うち一人はあのボニー・コースターだと思われる。

 ディアに聞いた話を思い返し、腰に差した拳銃の重みを確認する。リストバンド型のホルスターに弾倉が差し込まれていることを確認し、もう一度己の目的を反芻する。

 ――あくまでも、カルラの救出を優先する。

 ――騎士の打倒は、その手段、あるいは行きがけの駄賃でしかない。


「よし、行くか」


 告げ、扉に手を掛けて最後の塔に入る。

 待っていたのは、眩い太陽が如き光に満たされた極めて広大な空間。その面積は、おそらく友介達がいる中央の塔の壁全てをぶち抜いたほどか。


 光の原因は天井にあるダイヤモンドのような巨大な水晶体にある。如何な魔術か、あれは外の陽光を取り込み、屈折や反射を繰り返し、この部屋へと太陽の恵みを与えているのだろう。

 地面には長い芝が生え、所々には木が植えられていた。原理は分からぬが、風が吹き芝を揺らす。さらさらと耳ざわりの良い草のささやき声が友介とディアを出迎えた。


 そして。



「来ましたね。賊、そして叛逆の騎士モルドレッド」



 一人は先日友介を下した太陽の騎士ガウェインの名を冠する女騎士。

 ボニー・コースター=ガウェイン。

 そしてもう一人は。



「どうしてこんな事をしているの、ディア」



「……シャーリン姉さん」


 隣に立つボニーと同じく、騎士服をきっちりと着こなす成人前後の女騎士。ただし、短めのスカートを身に着ける可愛らしい容姿の少女。

 シャーリン・ルオール=ユーウェイン。

 未だ十五年しか生きていないディアと、同い年のウィリアム・オーフェウス=ガラハッドの姉貴分。

少なくとも、ディアにとっては最も大切な仲間であった。


☆ ☆ ☆


『俺ね、将来大きくなったら姉ちゃんとケッコンするー!』

『ずるい、僕がお姉ちゃんを守るんだから。ディアはいらない』

『はあ? お前なに言ってんのッ? 姉ちゃんは俺とケッコンするんですぅー! ウィルはリアとでも結婚してろよ!』

『おばちゃんは嫌い』


 共にまだ子供で、穢れも妬みも何も知らなかった純粋な頃、二人の少年は毎日そんな言い合いをしていた。


『もう、二人ともそんなことで喧嘩しないの! お姉ちゃんは喧嘩するような子とは結婚しません!』


 そう言って、笑顔で二人の子供を叱る年上の少女。

 そんな優しくも柔らかい光景が、三人の間には広がっていた。


 金髪の少年はディア。

 黒髪の少年はウィリアム。

 赤髪の少女はシャーリン。


 両親が親友同士であるディアとウィリアムは、家族ぐるみの付き合いなどで元々仲が良かったのだが、そこへ当時から円卓の席に座っていたシャーリンが混ざることで、二人は友達からライバルへと変わって行った。

 それも全て、シャーリンの放ったこんな一言が原因だった。



『じゃあ、お姉ちゃんが好きになった方と結婚してあげるね。だから、二人ともカッコ良くて誰にも恥じない大人になるんだよ?』



 それからというもの、二人は些細なことで競い合った。

 立派な大人になるために。

 シャーリンに好きになってもらえるような、魅力的な大人になるために。

 ご飯を食べる速さ、運動会の駆けっこ、訓練での勝敗、テストの点数……本当に、毎日勝ち負けを争った。

 あるいは周りには、何故いつもいつも勝ち負けにこだわって喧嘩しているのだろうと思われていたのかもしれない。


『はっ、ウィルってば馬鹿だなー! こんな問題も分からねえのか!』

『むむっ、ディアだってそこ間違えてるだろ……。まったく、じゃあ、ここ教えてあげるから、ディアはここ教えて』

『しっかたねーなー! 分かったよ!』


 しかし、そこにあったのは確かな絆であった。二人は競い合いながらも、絶対に互いを蹴落とすような真似をしたことはなかった。

 なぜなら、カッコ良くて誰にも恥じない大人になるために。

 いつか、一人の姉を自分のものにするために。

 けれど――。



『母さん! お母さん、お母さん! 嫌だよ、嫌だッ! 死なないでようーっ!』


 ある日、ディアの母が過労で倒れた。

 夫であるディリアスを支えるために睡眠時間を削って、たまにしか帰ってこない彼の体調を気遣い、息子であるディアに我慢させないために空いた時間に金を稼ぎにパートで働いていた。


 そして、倒れた。


 ディリアスの給金は、国家のトップに近い軍人ということで莫大なものではあったが、彼はそれらの大半を募金するなり、国家に返すなりしており、家庭に入れられる金は最低限しかなかった。故に、ディアが幸せに暮らすためには昼寝の間も惜しんで彼女が働くしかなかったのだ。――それも、長時間である。

 女性の彼女ならばもっと楽に金を稼ぐ方法もあったのだろうが、水商売の類には見向きもしなかった。

 理由など一つ。

 夫を愛していたから。

 家に金を入れず、顔も名前も知らない国民に尽くすような馬鹿であるのに――否、だからこそ、彼女は、心の底からディリアス・アークスメントという男を愛していた。

 そして、息子への愛も夫への義理をも通そうとした女の結末が、過労死であった。

 母は最後に、こう言っていた。


『私はね、ディア。幸せな人生だったわ。だけど、だけど一つ、悔いがあるとすれば、パパが夢を叶えるところを見られなかったことね』


 そして、父は手向けに、こう告げた。


『今までありがとう。

それと、最後に一つだけ言わせてくれ。

リコリス……僕は君を――――』


 その後のセリフは、泣きすぎて覚えていない。

 ただ、その後に自分が放った言葉は覚えている。



『お父さんなんか大嫌いだッッ! お前は間違ってる! 母さんも守れないお父さんが、正しいわけないだろうがよォオオオオオオオオオッッ!』



 父はその言葉を聞いて、しばらく目を閉じ、



『ならばディア。お前がそれを証明しろ。俺を超えて、お前なりのやり方で国を変えてみせろ』



 そこが、分岐点であった。

 ただ立派な人間になるだけでは駄目になった。

 カッコイイだけでは人を守れないと気付いた。

 絶対に、越えなければならない壁があると知った。

 だから、袂を分かつことに決めた。


『悪いウィル。俺、やることが出来た。勝負はもう、終わりだ……』

『――そう、か……』


 あの時のウィリアムの悲痛な表情を忘れたことはない。

 友達でありライバルでもあったディアが、何かを決意し自らの元から離れていくことを、彼は望んでいなかったのだろう。

 ディはそれを分かっていた。それでも変わらなければならなかった。


 ボニーの元へ赴き、教えを乞うた。

 円卓の席に着くために、あらゆる手を尽くして強くなった。ついぞ宝剣こそ得られなかったが、それでもモルドレッドの名を与えられた。

 ……その名を与えた父の気持ちは分からない。皮肉だったのか、あるいは息子への激励だったのか――しかしディアは、どちらでも良いと考えていた。

 やることは変わらない。父を下し、否定する。

 そうして、円卓の席に着いた頃には。


 全てが手遅れだった。


 大切だったものは、修復不可能なレベルにまで壊れ切っていた。

 再開したウィリアムはかつての面影もないほどに変わってしまった。髪は白く染まり、まるで機械のような、温度のない何かになってしまった。

 ディアとウィリアムが互いに競い合う毎日は来なくなった。

 シャーリンが喧嘩をした二人をなだめることも、なくなってしまった。

 何もかもが失われた。

 かつて大切だったものも、成長するにつれてそうでなくなっていく。


 でも。

 だけど。



「どうしてこんな事をしているの、ディア」



 諦めきれない少女がいた。

 大切な弟たちだった。

 もっと幸せな人生を送ってほしかった。

 どこまでも生真面目な性格だから、自分の道を走る二人を引き留めることは悪だと思って身を引いてしまったけれど。


「ディア、閣下と……いえ、お父様と剣を交えたって、あなたが苦しいだけよ」


 やっぱり、彼女はユーウェイン卿である前に、シャーリン・ルオールという一人の人間だったから。


「だからディア、あなたは私がここで止める」


 それが、一人の姉としての決断だった。


☆ ☆ ☆


 姉と弟が視線を交錯させる隣では、太陽の騎士と黙示録の処刑人が油断なく睨み合っていた。


「やはりあなたは不思議な蛮族ですね。国に仇なすテロリストにしては、瞳に宿る信念に狂気がない。狂信者や新興宗教の過激派ともまた違う。あなたは、我々と同じ正義の側ですね」

「くだらねえ御託は必要ねえだろ。お前も正義で俺が悪。認識でそれで構わねえ。お前らが何をやろうとしてるのか知らねえが、どうせそれに刃向かう奴は全員悪なんだ。いちいち俺の立ち位置を教えることに意味なんかねえだろ」


 腰から拳銃を引き抜き、少年は油断なくボニーを見据える。

 遊底を引き、弾丸を発射室に送る。


「では、戦う前に一つだけ」

「なんだ」

「どのようにしてディアを誑かしたのです?」

「あいつが勝手に望んだことだ。知ったこっちゃねえし、何だったら俺はあいつを信用してねえ。ただ――」

「ただ?」


 ボニーが、尋ねながら瞳をスッと細める。

 対する友介も、一度己を下した敵の動き――その一挙手一投足すら逃さぬように右眼をフル稼働させた。

 睨み合う両者の間に火花が散り、それを幻視しながら友介がボニーの疑問に答える。


「利害は一致してる。――それだけだッ!」


 告げて、友介は銃口を向けもせず、無謀にもボニーの懐目掛けて特攻した。


「浅はかな」


 一度瞑目し、集中を極限まで高めた後、


「〝宝剣開放〟――()()れ『加護与えし陽剣(ガラティーン)』」


 ボニーを中心に風が吹き荒れ、芝が放射状に散っていった。

そこで友介の眼は奇妙なものを捉える。

空に舞う数十の芝、それらの皆全て、端がジリジリと黒く焦げていることに。

 疑問を覚えた、その直後。


「間合いを見誤りましたね」


 柄を握り直し、ちゃきり、と赤く光る陽剣が鳴る。腰に溜められた陽剣の切っ先に左の人差し指を掛ける。

 そして、小柄な女性の体が僅かに沈み――


炎閃の一(フレイム・ワン)


 指で切っ先を押さえることで疑似的な鞘を再現したことによる、居合斬り。

 型は僅かに異なるが、しかしてそれは、まさしく居合の一閃それだった。

 ただし二人の距離には未だ十メートル以上の開きがある。故にその一太刀には幾ばくの価値も無いはず。

 事実友介はそう断じかけたが、しかし――


「――――ッっッッ!」


 直後に見えた未来は、友介の甘い考えをまさしく両断した。

 熱反応が急上昇している。凄まじい熱量が、確かな強度と精密な鋭利さを伴って直進する未来が見えた。

 吹き荒ぶ芝を焼き斬りながら、赤い斬撃が友介の胴を上下に分かたんと唸りを上げた。


「クッソがッ!」


 斬撃は、友介が左右どちらへ飛ぶよりも速く彼の胴を断つだろう。回避は不可能。ならば残る選択肢は一つ。


(――潰すッ!)


 迷いはなかった。

 崩呪の眼を用いて斬撃を認識、破壊した。


「ァアアアアアアッ!」


 さらに大声一喝。

 崩呪の眼を連続使用して、友介とボニーのちょうど中間たる地面へ急所を生み出し、そこへ銃弾を叩き込んだ。

 屋内庭園の大地が破壊される。地面に植えられた芝や固められた土が巻き上がる。


「なに……ッ!」


 その圧倒的な破壊の所業に、女騎士が驚愕の声を上げる。先日の戦いとは明らかに立場が逆となっていた。

 とは言え友介に余裕があるわけではもちろんない。

 そもそも、染色を使えばさらに有利に戦いを進められたのだ。


 しかし。

 そもそも、染色という力の手を借りることそのものを、彼は抑えようと考えていた。

 この力は、何かがおかしい。

 そのような漠然とした不安を抱えていたが故、友介は染色を使用しない。

 ただし敵は円卓の騎士。それもおそらく古参の一人。――このような力を制限した状態で勝てるほど、甘いだろうか。


「――っ!」


 巻き上がった土により視界の塞がれた両名だが、土のカーテンの発生を予測していなかったボニーと、作り出した友介では適応力と対応力に差が生まれるのは自明の理。

 硬直するボニーの意識を刈り取るため、友介は全速力で土煙をぶち破ってボニーへ接敵しようと速度を上げる。

 拳銃を改めて強く握り、カーテンから抜け出た直後、


爆刺の二(バースト・ツー)ッッ!」


 友介へ向けて放たれる、指向性の爆発があった。それもただの爆発ではない。刺突の貫通性を伴った爆発である。

 しかし、此度の攻撃に関しては既に予知が済んでいた。

 身体を捻り、胸を逸らした。逸らした胸の数ミリ先を爆発の刺突が通過し、友介は完璧に回避を成す。


「なる、ほど……ッ。あの時とは少し勝手が違うようです」


 息を整え構え直すボニーへ、友介が銃撃を放つ。苦も無く弾かれたそれらを目で追いもせず、更にひた走り、ボニーの間合いへと躊躇なく侵入した。


「はァアッ!」


 直後、放たれる三度の斬撃。

 左方からの袈裟懸けを、身体を開いてギリギリで回避し、

 続けて放たれる横一文字の一閃をバックステップで回避する。赤い刃は友介の制服の先を僅かに焦がしつつも、やはり空を切った。

 そして最後の一太刀。

 二撃目の斬撃の勢いを殺さず剣を天へと掲げた。友介を正眼に捉え上段に構える。そして一拍の猶予なく振り下ろした。

 回避は不可能――そう判断し、友介は右手に持つ拳銃を刃の腹に添えることで軌道をずらす。上段切りは友介の右側頭部の髪を擦過。僅かに髪を巻き込むに留まった。


 隙。

 空いた胴へと左手を向け、銃弾を叩き込む。


「――ぐ、ぅッ!」


 ボニーは苦しげな声を上げつつも後退。肩に一発被弾するも、構わず刃を地面へと向けて振るった。


炎閃の一(フレイム・ワン)ッッッ!」


 轟音が鳴り響き、大地がめくれ上がる。

決して小さくない土塊が友介の体にめり込み、そのまま数メートル吹っ飛ばした。


「が、ァアアアアアアアッ!」


 派手に数メートル吹っ飛び、地面に背中から叩き付けられた。激痛が全身を苛むが、飛び方や叫びから連想されるほどの傷は負っていなかった。

 先んじてボニーの狙いを看破していた友介は、土塊が体を叩く直前に後方へ跳躍し、発生する運動量を減衰させ、威力の低下を図ったのだ。

 とはいえ、巨大な瓦礫をその身に浴びたことに変わりはない。痛みを軽減できたとは言え、その身に受けたダメージは大きい。


 対するボニーもそれは同じか。地面に倒れ込んだ彼女はすぐさま立ち上がりはしたものの、ほんの一瞬よろめいた。肩から流れる血が、指先まで伝って地面に落ちる。血の珠が緑の芝を濡らし、コントラストを生み出している。


「ふぅ、ぅあ……。まさか、こんなにも早く攻撃を入れられてしまうとは思いませんでしたよ。先日とはまるで見違えるような動きでしたが、何か訓練でも?」

「まさか。俺ァずっと投獄されてたんだ。訓練なんてする暇ねえよ」

「なるほど。道理ですね。では、あの時私が勝てたのは、差し詰め初見であったから、と言ったところでしょうか」

「そういうこった」


 言葉を投げてくるボニーに、友介は立ち上がりながら答えた。一つ深呼吸をして、仕切り直しに一発上空へと発砲しようとして。


「何をしているのです? 戦場における無駄な動きなど、死を招きますよ?」


 爆刺の二(バースト・ツー)が放たれた。弾丸と同等の速度と射程でありながら、その威力たるやロケットランチャーのそれと変わりはない。

 加えて、これは刺突。爆発の伴った刺突こそが、この秘剣の真実である。

 無防備な姿を晒していた友介はしかし――体から力を抜き、柳のように刺突を躱した。続いて発砲。

 それら全てを、ボニーは苦も無く弾いた。


「ほんっと、お前ら全員ふざけ過ぎだろ。弾丸を弾くのが当たり前だと思ってやがる」

「そうですね。この程度できなくては、弟子に顔向けできませんから」


 そう言って、彼女は一瞬だけ隣で戦うディアとシャーリンへと目を向けた。

 弟子とはどちらのことなのか分からないが、ともかくあちらの戦いが気になる事は変わらないようである。

 ボニーは視線を友介に戻して不敵に笑う。


「それでは続けましょう。年長者として、少しばかり意地を張らせてもらいます」

「悪いが断る。そもそも俺の本命はお前じゃねえんだよ。さっさとそこを退()け」


 ボニーが炎の斬撃を飛ばし、友介が間合いを詰めようと芝を蹴る。

 小手調べが終わり、戦闘は激化する。


☆ ☆ ☆


 シャーリン・ルオール=ユーウェインは、円卓の席に座ってはいるが、その実『騎士』ではない。

 彼女は宝剣を持たない。それどころか、剣や槍といった類の武具を手にしない。

 彼女は、魔術師である。

 それも、己の妄想を生み出すだけのただの魔術師とは異なる。

 召喚術師。つまり、テイマーと呼ばれる類の魔術師である。

 召喚術、それは魔獣、幻獣、神獣と呼ばれる神話伝承に存在する獣などを始めとする幻獣種を手懐け操るという魔術で、普段は召喚獣たちが暮らしているとされる異界から、契約した魔獣を召喚するというもの。


 かつて友介が戦った、安倍涼太や土御門狩真などがこの召喚術に当たる魔術を使っている。式神とは、すなわち伝承に存在する魔物を封印に閉じ込めたものだ。もっとも陰陽術の真髄とは、召喚術と憑依魔術を掛け合わせた『式神武装』を扱うことなのだが、それは余談。


 ともかく、シャーリン・ルオール=ユーウェインは神話級魔術師の中でも一際特異な召喚術師である。

 そして、召喚術には個人によって『ストック』と『スポット』というパラメータが存在する。

 ストックとは操れる魔物の数、スポットとは操れる魔獣の強さの限界を表すものであり、ストックが多くスポットが強いほど、召喚術師としての格は上がる。

 ストックに上限はなく、スポットは十段階評価で定められている。

 そして、シャーリンの持つストックとスポットは、以下のようなものである。


『ストック:1』

『スポット:9』


 つまり、操れる魔物の数こそ少ないものの。


「ディア。ぐれた弟は、お姉ちゃんがしっかり怒って上げますからね」


 その魔物の知名度、強さは、他の追随を許さないほどに絶対的である。


「行きなさい異形の竜獅子(ドラゴンキメラ)』ッッ!」


 召喚されたのは、体長二十メートル、高さ十メートルはあろうかという、獅子の鬣を持つドラゴンであった。

 召喚術では魔物を手懐け操るために、当然ながら魔力を使って魔物の力を抑えてはいるが、しかし人間を遥かに超越した強さを持つことには変わりはない。

 それもドラゴンなどという最高位の幻獣であれば、たとえ神話級魔術師といえど互角の戦いを演じられる保証はないのだ。

 ドラゴンキメラが四本の足で芝を踏み、巨大な翼を広げる。黄金の鬣と赤い鱗を持つ幻獣を前に、ディアの頬を冷や汗が伝う。


「これが、姉ちゃんの……ッ」

「そうだよ、ディア」


 シャーリンは任務の時とは異なる、砕けた口調で語りかける。


「お姉ちゃん、怒るととても怖いんだから」

「――、ふざけやがって。マジで邪魔すんなよ」

「するよ。だから、ここを通りたかったらお姉ちゃんを納得させてみて!」

「必要ねえ! 力で押し通る!」


 そうして、ディアは大剣を肩に担ぐようにして構え、合成竜を正眼に睨んだ。


「行くぞコラ、歯を食いしばれよ猫トカゲ!」


 苛立ちを隠しもせずに、走り出す。

 舌打ちを一つ打ち、柄を握る手に力を込める。

 やがてドラゴンの間合いに入ると、凶悪な爪のある屈強な右前脚を振り上げ、


「叩いて!」


 強風が吹き荒れるほどの威力で叩き落とした。

 ディアはとっさに大剣を盾にして凄まじい膂力で振るわれた竜の爪を受け止めた。


「ァァアアア、ァアアアアアアア! ォォォォァアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!」


 たったの一撃で人を八つに裂いて余りある凶悪な爪を、大剣を斜めに構えて受けることにより衝撃を逸らしてやり過ごす。

 だが、爪はディアのほんの数十センチメートルの位置に着弾し、――爆裂。

 大地がめくれ上がり、ディアは土の津波に呑み込まれた。


「がアアアアアアああああああああああああああああああああああああああッッ?」


 友介のように跳躍によって衝撃を逃がすことも叶わなかった。

 派手に十メートル以上吹っ飛んだ。

 空中で何とか制動を取り、全身のばねを使って地面に着地するも、勢いに負けてバランスを崩すとさらに数メートル転がっていく。


「ご、ぁ、ァアア……ッ」


 全身を打ち付け、立ち上がることも出来ない。禿げた芝生の上で呻きながらもがくことしか出来ない。

十秒ほど経ち、ようやく地面に大剣を突き立て何とか立ち上がりはしたものの、目に見えて動きが鈍っていた。あばらが一本か二本折れている。


「ち、ィ……ッ」


 たったの一撃で満身創痍となったディアを見て、シャーリンは無慈悲に告げる。


「私程度に勝てないようじゃ、お父様には勝てないよ」

「――――……ッ!」


 左手で体を押さえ立ち上がる。大剣に頼らねばバランスを取ることすら難しいほどのダメージを負っているが、その瞳は死んでいない。

 ただの人間による悪竜退治。

 ディア・アークスメント=モルドレッドがシャーリン・ルオール=ユーウェインと戦うということは、すなわち伝説を作ることと同義である。


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