第三章 円卓の残滓 ――Sirs Camelot―― 3.vsリア・バルアス=トリスタン
友介とディアは、豪奢な造りの廊下を歩きながら小さな声で会話をしていた。
「まずこの城の見た目だが、これは極めてシンプルだ。デカい敷地を囲むように城壁が正方形に建造され、百メートル近い距離を空けて城が建てられてる」
城そのものの外観はシンプルなもので、十数の塔が複合したかのような造りとなっている。城の中央へ向かうほど等の高度は上がっていき、ディリアスはその中央の塔にある部屋のどこかにいるらしい。
そして、カルラもまたそこにいる可能性が高いとのことだった。
「お前、父親と戦いたいからって適当言ってねえだろうな」
「そんなわけねえだろうが馬鹿にすんなッ!」
「声がデケエ、黙れガキ」
「お前よお……ッ、性格悪いとかって言われねえか?」
「言われねえよ。つぅーかそのヤンキーみたいな口調やめろ。なんかイライラする。キャラが被ってんだよ」
「知るかボケッ!」
軽口を叩き合いながらも、ディアはその後丁寧にレクチャーを続けた。
城に残っている円卓の騎士は、己含め四人か五人であること。皆が皆中央の塔に私室を持っており、また、最上階まで上がるためには、そのどれも避けて通れない関門であるということ。
そして――、
「奴らの能力だけど……これに関しては俺も知らねえ。俺が一番若いから、あいつらが戦ってる姿を見たことないってのも理由だが、それよりも――」
「――宝剣を開放すれば、一瞬で勝負がつくから、か……」
ディアの言葉を、友介が引き継ぐ。
思い出されるのはボニー・コースター=ガウェインとの戦い。
宝剣開放の祝詞から一分もせぬ内に決着の着いた市街における戦い。瞬く間に距離を詰められ、何をされたのかも分からぬまま気を失った。
これまで起きた戦いが全てあのようなものなら、『ブリテンの宵闇』という本物の戦争を経験していないディアは、あれらの真髄を知る機会などなかっただろう。
だが、それを、塔のディアは否とした。
「戦い自体はあったよ。それもデケエ戦いがな。ただそん時に、俺は全く別のとこで戦ってたから他の奴らの戦いが見れなかっただけだ」
「弱いくせに戦ったのか」
「テメエ人をおちょくるのも大概にしやがれ!」
ひらひらと手を振って相手にしない友介に、ディアがイライラを募らせ始める。
それより――と、友介はさらに言葉を続ける。
「お前、良いのかよ。仲間を裏切るような真似して。ここ、お前の居場所だったんじゃねえのか」
その疑問は、ディアという人間を知るためにも、そして彼がこの戦いにおいて味方として信用するに値する人物かを見極めるためにも、絶対に効いておきたかった質問だった。
先のような極限状態では、彼が本音を言うか分からなかったので、今まで保留にしてきたのだ。
彼がかつて仲間だった者たちをどう思っているのか。
また、彼はこの質問に、どれだけ真摯に答えるのか。
それを、友介は知りたかった。
ディアは、彼のそんな真意になどつゆほども気付かず、ぽつぽつと言葉を落とした。
「そうだな、少し分からないんだよ、あいつらをどう思ってるのか。父さんは超えたいと思ってる。あいつが間違ってて、俺が正しいってことを証明したい。俺が勝って、父さんが間違ってたってことを分からせてやりたい」
彼の言葉に嘘はない。友介の右眼はきちんと彼の真実を見抜いていた。
「ただ、他の奴らに関しては……何だろうな。別に俺一人が離反したところで、あいつらは大丈夫だろって、なんか勝手に思ってるんだわ。あいつらと敵になったとしても、あいつらはあいつらで何とかするだろ。だから俺は、俺の望みに、俺の夢に忠実に生きさせてもらう」
嘘はない。
そして、語る彼の表情に嫌悪や苛立ちは感じられない。表情が柔らかくなっているわけではない。ただ、常の苛立ちに塗れた表情が、それ以上さらに苛立ちや怒りで染まるというようなこともなかった。
ならば、ならばそれは――。
友介は知っている。それは、信頼と呼べるものだ。
彼が気付かせてもらったもの。
誰かを認め、誰かを信じるということだ。
この少年は、歪ながらもかつての仲間を信じている。
どうせ負けない。壊れないし潰れない。
己と肩を並べた先輩たちは、偉大な騎士なのだからと。
「そうか」
故に、そう――彼は既にディアを信用していた。
この少年は、見た目とは裏腹に、とても仲間想いで真っ直ぐな人間であるから。
「一つ言い忘れてたな」
「なんだ」
「俺は、嘘を見抜けるんだ」
「ああ?」
「そう言う『眼』を持っててな。ウソをついてる奴の仕草やら体温やらを、目で精査して判断できる。悪かったな、騙して」
「……本当テメエ、良い性格してんな」
「よく言われる」
角を曲がり、階段を上り、時たま現れる騎士を無力化させて中央の塔を目指す。
「そういえば他の奴らは中央の塔に私室持ってんのに、何でお前はこんな辺境にあるんだ?」
先んじてディアの私室が、城の外寄りに存在していることを聞かされていた友介は、素朴な疑問を投げた。
それにディアが答えようとして、
「それはね、彼が危険な目に遭わないようにするためよ。坊や」
「――ッ」
「な、に……ッ?」
声は背後から。
白い騎士服を淫らに改造した女騎士が、広い廊下の真ん中に立ち、舐め回すような目付きで二人を見ていた。
「ディア、ディアー……ねえ、まさか裏切ったの? ねえ、どうして?」
泣きぼくろのある美しい相貌を蠱惑に歪ませて、リア・バルアス=トリスタンはディアを甘い声で呼ぶ。
ただし――その煽情的な佇まいに反して、纏う空気は先に地下牢であった時とは大きく異なっていた。
まさしく騎士。
敵を切り捨てんとする故国の軍人のそれであった。
「ねえ、友介くんもディアも……私の部屋でいいコトしましょうよ? 二人で私をどう攻めても構わないわ。……多分初めてだろうからリードくらいはしてあげるけれど……その後は好きにしてくれても構わないわ」
顔を上気させ、はだけた胸元に手をやって少年二人を誘惑する。
敵のその様子を見て、友介は一言。
「確かにこりゃ、お前ひとり抜けた所でどうこうなるタマじゃねえわな。癖が強すぎる」
「うふふ……タマだなんてエッチな子ね」
「死ね」
「ねえ、私のここも、すごく癖が強いんだけど、本当に、本当にいいの?」
女は本気で誘っている。纏う空気は騎士のそれなれど、自らの欲望に逆らおうともせず、友介とディアの二人を貪り尽くそうと蛇のように睨んでいる。
否。
そもそも、これが彼女なりのやり方なのだろう。
国家に仇なす男を誘惑し、己の身体の虜にして精も情報も全てを吸い尽くす。
騎士としての信念や責任と、リア・バルアスという一人の女としての欲望と趣味が合致した形と言うべきか。彼女なりの国の守り方であり、彼女なりの仕事の楽しみ方なのだろう。
そして特に好んで食べるのが、友介やディアのような未だ成人にもなっていない少年ということか。
「ねえねえ、どうなの。どうなのよ二人とも……そろそろね、強い子供とやりたいの」
その甘言に、二人は。
「「黙ってろ年増。一人でよがってろクソ淫乱がッッ!」」
「あはぁっ! 最っ高よ二人ともぉ! こんなコ初めて! 絶対楽しんじゃうんだからっ!」
ディアが大剣を肩に担いで特攻し、友介が後衛から援護する。
対してリアは左右の腰に引っ提げた双剣を取り、
「うふっ、じゃあ行くわね」
リアの宝剣とディアの鈍が激突した。
☆ ☆ ☆
金属が激突し合う甲高い音が炸裂し、二人の間に火花が散る。
「うふふ、近いわよディア。……その唇、舐めても良い?」
「ふざけんな年増っ! 便器にキスする方がマシだ!」
「あら、つれない。照れなくてもいいのに」
正中にて拮抗し合う大剣と双剣。至近で顔を突き合わせながら、二人は過去何度も繰り返したような会話を繰り広げていた。
「照れて…ねえっ!」
気合と共に大剣を振り抜き、リアを力で押しやった。彼女の両腕は宙を舞い、胴ががら空きになる。
ディアは大剣を持ち直し、欠片の躊躇もなくその刃を美しい煽情的な彼女の身体へ滑り込ませた。
「あら、レディに武器を向けるなんてなってないわよ、ディア」
しかし、艶やかな微笑を残して、ディアの視界から彼女の姿が消えた。
一瞬の出来事に対応できずにいると――見えた。
視界の下端。豊満な胸を逸らしてブリッジをするリアの姿が。色気のある笑みを浮かべながら、ディアの忌々しげな顔を覗く。
(こいつ――)
彼女回避の理屈は至極単純。体の柔軟を生かし上半身を後方へ倒しただけのこと、
そして、後方へ倒した上半身は、腹筋のばねを使うことで戻すことが出来る。
女の双刃が、ディアの脇腹を左右から狙った。速度と威力の乗った一撃は、しかし大剣を地面に突き立て、それを柱として宙高く跳躍したディアの靴底を掠るにとどまった。
ならばと勢い殺さず大剣の刀身を折らんとさらに速度を上げるも、上空に制動を取るディアが間一髪で地面から引き抜き難を逃れる。
「やれアンドっ!」
「ああ」
ディアに叫ばれ、友介が立て続けに銃弾を放つ。
「うふふっ、うん、いいわね。私はディア君みたいに銃弾を斬るなんて芸当出来ないからね。で・も♪」
すると女は数歩下がり、
「私だって騎士よ?」
直後、友介の脳裏にありえないビジョンが浮かんだ。右眼が見せた未来予想図。
そしてそれは、現実となった
「〝宝剣開放〟――崇め奉れ『王位受け継ぎし双剣』」
双剣のそれぞれに力の奔流が流れ込むのが、魔術に疎い友介にも理解できた。
空中でその一部始終を見ていたディアもまた、その規格外の力の密度に息を呑む。
魔力は風となって現実世界に物理的影響を及ぼしている。渦を巻くその中心は、当然ながらリアの両手に握られた双剣――すなわちカーテナ。
イギリス王家、その正統後継者に代々受け継がれていくという戴冠の剣。武具としての聖遺物ではなく、あくまでも儀式用の剣としての意味合いを持つはずのその刀は、本来ならばたった一本の原典のみしか存在していない。しかし、そのオリジナルのカーテナが失われて以降は、新たに作られたレプリカを代用していた。
だが――今ここに、確かにカーテナは二本存在する。オリジナルとレプリカの二本が。
それも王族でもない一人の騎士の手の中に、だ。
だがそれも、おかしいことではないのだ。
カーテナは代々イギリス王家に受け継がれていくもの。しかし、その伝承を過去へ遡っていくと、それら無数の枝葉は一人の英雄へと集結する。
アーサー王伝説において円卓の一席に着いた悲しみの子、サー・トリスタンへと。
彼には無駄無し弓たるフェイルノートの他に、切っ先の消えた刃を持っていたという伝説がある。
そして、その力とは。
「では、〝王〟よ。あなたの力をお借りします」
誰に語りかけたのか、友介にもディアにも見当はつかず。
直後にそれは起きた。
「はぁあああッッっ!」
裂帛の気合と共に、双剣が光を纏い――まさしく光速のような速度で両腕が振るわれた。
光輝なる剣閃が続き、放たれた友介の銃弾の全てが叩き落とされた。
「――――な、ぁっ」
「うっそだろ……」
銃弾を放った姿勢のまま、驚愕に硬直する友介が二の句を告げずにいる。ディアも、両足のばねを使って華麗に着地しつつも、地面に片手を突いた姿勢のまま瞠目していた。
「あらぁ、さっきに比べれば随分と可愛い顔になったわね。そうだ――さっさと気絶させちゃって、部屋で勝手に楽しんじゃおっ♡」
しゃりん、と双剣を擦り合わせて蠱惑的な笑みを浮かべる。
宝剣開放と共に袖がはじけ飛び、その下の細く白い彼女の腕が、肩から惜しげもなく晒されている。
「ふふっ」
上着を脱ぎ、ブラウスだけになった彼女の身体は、先にもまして煽情的だ。ポケットから長手袋を取り出し、細い腕にはめる。
「ねえ、ディア。閣下に勝つなら、私に勝つのが最も手っ取り早いわよ?」
「――――」
「だって、ね?」
リアの笑みは、弟をあやす姉のそれだ。大切に大切に、自らの家族を慈しむ母の笑みとも言っても良い。
「私のカーテナ、それぞれが有する力は『エクスカリバーの力を半分の出力で使用する』……ねえ、その意味が、貴方には分かるわよね?」
「――――ッ、な、」
リアは二人の少年に前後から挟み撃ちにされるという圧倒的不利な状況であるというのにその余裕を崩さない。
対して、聖剣の力を知らされたディアは、戦慄を禁じ得なかった。
しかしそれも当然のことであろう。
エクスカリバーとはアーサー王の伝説の聖剣であり。
今は、ディリアス・アークスメント=アーサーがその腰に提げているのだから。
妖精の打った伝説の聖剣の力――たとえ半分の出力といえども、伝説の武具であることには変わりなく、その威力や性能など友介やディアのような素人では皆目見当も付かない。――それも二本。二刀流である。
「では、行くわね」
しゃりん、しゃりん、と刃を鳴らし、笑みを浮かべて床を力の限り蹴った。狙いはディア。その懐へ潜り込み、腹を捌かんと双刃を唸らせる。
「ぐ、くそ……っ!」
「あらあらぁ、私程度に後れを取ってちゃぁ、閣下には敵わないわね」
「お前、知ってたのかッ?」
「当たり前でしょ? 分かりやすいんだもの、君って!」
振るわれる刃は光の如し。
もはや人外の域。その速度や、友介を打ち負かしたあのボニー・コースターをすら凌駕している。
だが――
「おいババア。こっち見ろ」
「え――?」
その初動を、抑える者がいた。
リアが後回しにしようと放置しておいた、安堵友介である。
エクスカリバーの力とは、『時速約二十万キロメートルの速度で斬撃する』というものである。光の聖剣エクスカリバーの性能とは、ただそれだけのもの。だがそれ故に強い。生じるエネルギーは聖剣の効果によって常人の斬撃と変わらぬため、絶大な破壊力を期待できるわけではない。しかし、たとえそうだとしても、亜光速で放たれる斬撃――ただそれだけで脅威である。
そして、エクスカリバーの半分の性能を発揮するカーテナの力とはすなわち、その半分の速度で斬撃を行うというもの。
これでも十分に脅威ではあるが、しかしここで重要なのは両者ともに行えるのは亜光速の『斬撃』である。
つまり。
「移動速度は他の騎士と変わらねえ。そりゃあ宝剣の力で速くなってんだろうが、俺の『眼』があれば動きそのものは観測できる。――それに、別に光の速度で動こうが、先が見えてりゃ関係ねえんだよ」
「う、そ……っ」
腕を掴まれ、リアが初めて驚愕を露わにした。これまで圧倒的なリードを誇っていた女が、たかが十五年生きただけの少年から目を離せない。
――今この少年から目を離せば、終わらされる。
そんな、訳の分からない感覚が女を襲っていた。
「ディア――――」
「――――ッ!」
声を掛けた直後、背後で大剣を振りかぶる音があった。
目前でも、腕を持つ手とは逆の手の中にある拳銃が、女の腹に向けられていた。
「まず、い……ッ!」
絶対的な窮地に、リアは力任せに友介の手を振り払ってその場から離脱した。ディアの間合いから外れ、友介の射程から逃れられる方向。すなわち、友介の背後へと全速力で駆け出した。上位の騎士だけあり、離脱速度は目を見張るものがあった。華麗さも何もない回避行動だったが、友介の背後へ回った瞬間には既に体の向きを反転させ、友介やディアを正面に見ている。
対して友介は未だ背を向けたままで、ディアも日本剣術の居合のように大剣を腰に溜めたまま黙して動かない。
窮地を脱し、好機を得た。
未だリアの離脱という現実に立ち直れない友介とディアを無力化させるチャンスである。このまま双剣を振り、その背中を切り裂かんと刃を唸らせる。
だが。
「――――かっ飛ばせ」
友介は銃口を微動すらさせず引き金を引いた。
火薬の炸裂音が鳴り響き、何もない空間へと銃弾が発射された。
愚行。リアは背後で双剣を振りかぶっており、銃弾はリアを捉えるどころか真逆へと離れていく。
だが、そもそも友介の狙いはそこになかった。
彼の『眼』は、さらにその先を――つまり、リアが離脱する『今』を予知ていた。
音速超過で飛翔する弾丸は、当然ながら、構えるディアへと直進する。
一秒を千に分割したが如き集中。宝剣持たぬ凡夫の騎士が、目を見開き。
「――了解」
一閃。
その速度や、リアの亜光速斬撃に比べれば亀の如し。たかだか剣技を極めただけの十把一絡げのそれと変わらぬ下らぬものだ。加えて、リアはその間合いから大きく外れており、更に付け足してしまうと、その刃は上を向いている――つまり、敵に向けられているのは腹の面。
しかし――これら全てに意味がある。
例えば、凡夫を見渡して、彼と比肩するほどの剣技の使い手が果たして何人いようか。
例えば、リアが間合いから外れているというのになぜ大剣を振るったのだろうか。
例えば、なぜ刃を上へ向けたのだろうか。
全ての答えは次の瞬間明らかになる。
ディア・アークスメントの一閃は。
射出された友介の弾丸を強かに捉え。
「――――ッ、ァッ! ――……ァアアアアアアアアアアアアッ!」
僅かに軌道をずらし、速度そのままに叩き返した。
打ち返された弾丸は友介の脇腹の服を軽く裂き、布を僅かだけ千切ると、その勢いを殺すことなく一直線にリアの脇腹へと突き進み、柔らかな肉を抉る。
「ガ……ッ、ハァ……ッ!」
激痛に、リアの意識が一瞬飛び、その動きが止まる。
その隙を、友介は見逃さなかった。
二丁の拳銃を操り腕と足を撃ち抜き、踊るようにして背後に回ると、急所を外してその背中に数発の弾丸を叩き込んだ。倒れる身体から、血が空気に溶けるように流れ溢れる。
友介は彼女と背中合わせに立り、軽く首をひねり視線だけを背後へ向けた。地面に崩れ落ちかけるリアの明滅する瞳と、友介の冷淡な瞳が交錯する。
「悪いな、お姉さん」
最後の最後に、敵だった騎士を女として扱って。
「しばらく下で寝ててくれ」
背中合わせになったまま、リアの足元に生み出した黒点を銃で貫き、床をぶち抜いて階下へ叩き落とした。
「う、ふふ……坊や、すごく、良い男の子だったわよ……今度は、痛いのだけじゃなくて、気持ちイイのもお願いね……っ」
「それは断る」
その返答に、満足したまま女は脱落した。
☆ ☆ ☆
ガラハッド卿。
かつて、サー・ガラハッドという騎士が円卓の席に座っていた。
聖杯を手に入れ、物語の最後には天に召され神の御使いとなったとすら言われる破格の騎士。
様々な冒険譚を残した円卓最優にして最高、最強の完璧なる騎士。穢れなき純白の盾を手に入れた最上の男。
世界で最も偉大な騎士。
最も穢れ無き騎士。
かの騎士王の評価は、決して過大評価ではないだろう。
最も優れた騎士だけが抜けるとされる『選定の剣』を抜き、ロンギヌスの槍を始めとした数々の聖遺物、宝具、神器を手にした伝説は、あるいは華々しい活躍を遂げつつも、最後に息子の裏切りによって無念の内に息絶えたアーサー王よりも成功と勝利に満ちたものであると言える。
しかし。
この騎士、あまりにも伝説に花を持たせられ過ぎではないだろうか。
そもそも、最も穢れ無き騎士という彼は、国を崩壊に陥れたモルドレッド卿を、王妃グィネヴィアと不貞を働いた実夫ランスロット卿を、そのランスロット卿に敗北した太陽に愛された騎士ガウェイン卿を。
彼は、どう思っていたのだろうか。
あるいは。
人の心を分からぬアーサー王を、どのような目で見ていたのだろうか。
彼はカムランの戦いには登場しない。既に天に召されていたからだろう。
ガラハッドは、どこまでも謎の騎士であると言える。
彼は、そもそも人であったのだろうか。
そんな疑問すら生まれるほどに、彼はどこまでも謎である。
失敗などない。必ず勝利し、必ず成功する。――そのような人生を送った末、神に召されるほどの人物が、本当に人の心を持っていたのだろうか。
穢れの無い人間など、欠陥ではないのだろうか。
「どうでも良い」
湧き出る疑問を、しかし少年――あるいは騎士は一掃する。
自我など無駄。大切なことは常に最善を選び続けること。常に曲がらず、常に成功を手に入れること。
常に、『最も穢れ無き騎士』として振る舞うことである。
ならば。
「お初にお目にかかる」
無意味で、
無価値で、
無機質で、
無感情で、
無感動で、
機械のように色のない穢れなき純白の声が流れる。
「草加草次と川上千矢。そこにいるのは分かっている」
人払いの結界を張り、人気の消えたロンドン市街地。
何もかもが鎮まり返る中、気配も感じられぬ敵に、純白の騎士が語りかける。
「生体活動を開始する」
虚空から白き盾と白き剣が現出し、それを手に取る。瞳孔の開き切った瞳で蛮族を射抜いて、人からかけ離れた騎士が一歩踏み出した。




