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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第一編 法則戦争
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第三章 地獄に救い 2.衝突

 軽い戦闘回です。この辺からバトル要素が増えていきます。皆さんお待たせしました! 売店さんも軽い活躍あります!

 千代田区は港区の隣にある。技術省があるのは霞ヶ関という多くの官庁が建ち並ぶ場所にあり、友介が暮らしている家からそこへ辿り着くためにはそれなりの距離を走らなければならない。時間にして一時間くらいだろうか。


(時間がねえ! 休んでる暇はねえぞ……!!)


 腰に挿した拳銃の存在を再確認して、彼はさらに速度を上げた。


「それにしても……」


 酷い有様だった。

 建物は軒並み破壊され、そこら中から硝煙の臭いと死臭が漂ってきていた。

 どこへ視線を巡らせても死体や血の赤色ばかりが目に付き、聞こえてくるのは怒りや悲しみに(まみ)れた絶叫ばかり。


(これも全部、あいつが仕組んだことなのか……)


 時間帯が夜だということもあり、あの日の地獄を彷彿とさせる光景だ。


 この光景と言い、友介への過剰なまでの攻撃と言い、とことん彼の精神を壊そうとしているような気がする。理由は全く身に覚えがないが、ヴァイス=テンプレートが友介に執着していることは明らかだった。あの言動から推測されるのは、おそらく友介に対して何らかの強い憎しみを抱いているということ。だが、そもそも友介はあまり人と関わってこなかったため恨みを買うようなこともないはずだ。

 ならばなぜ?

 その問いに、友介はたった一つだけ推測できることがある。それは、あの男が『中立の村』で友介によって何らかの危害を加えられた人間かもしれないということだ。


 直接的に危害を加えたわけではないのかもしれない。だが友介はあの日、多くの人の声を無視して走り続けた。『タスケテ』の声を聞こえないフリをして、あるいは他者の声を意識から遮断して、とにかく自分が助かるためだけに動いていた。

 彼らの中に友介に対して強い憎しみを抱いている人間がいてもなんら不思議なことではない。

 そしてそんな人達の誰かが友介を殺すために行動しようとすることも間違いではないと思う。それに費やした時間は決して有意義なものではないだろう。だが、それでも果たしたい復讐というものがあるはずだ。


 でも。

 だけど。


「そこにあいつを巻き込むんじゃねえよ……ッ!」


 唯可は関係無い。

 安堵友介が受けるべき罰を、空夜唯可が受けなければならない理由はどこにもないはずなのだ。

 そんなことは絶対に許されないことだ。

 これは安堵友介とヴァイス=テンプレートの間にしか存在しない戦いでなければならない。

 空夜唯可が魔女であろうが何であろうが、彼女は巻き込まれるべきではない。

 ————と。

 そんな風に思考にふけっていた時。突如、上空から何者かが降って来た。


「っ!?」


 一瞬友介の心臓が大きく跳ねたが、彼はそれを表に出さず、代わりに腰から素早く二丁の拳銃を引き抜く。

 瞬時に周りを見渡し、敵の数とその立ち位置を把握する。


(数は……四、正面に一人と、三時、五時、八時の位置にそれぞれ一人か……。大丈夫だな。なんとかなる)


 彼らは皆一様に同じ黒いローブを身に纏っており、一目でその所属を見極めることが出来た。

 すなわち、魔術師。


 状況の把握が終わり、友介は一気に駆け出した。

 だがその前に、四方から小さな炎球が飛んでくる。一人五発、都合二十発の火の玉を、しかし友介は『眼』の補助を受けて全て避け切った。

 そのまま直進し、まずは正面に立つ魔術師へ特攻する。

 前述した通り、友介の『眼』は特別だ。

 その眼は、視界に存在するあらゆる情報を分析し、それによって一瞬先に起こる未来の出来事までを脳に映し出すことが出来る。

 そして先が見えているのならば、別に特別な訓練を受けていない人間でも、ワンテンポ早く行動を起こすことが出来る。

 つまり。



 魔術師の攻撃は安堵友介には届かない。



 もちろん例外はある。

 さきほどヴァイスがやったように、死角からの攻撃だけは知覚することが出来ないため、不意打ちなどには滅法弱い。

 だが、今は違う。

 友介は魔術師の懐まで潜り込むと、その顎に拳銃のグリップの尻を叩き付けた。

 脳を直接揺さぶられた魔術師は白目を剥いて後頭部から地面に崩れ落ちる。


「なっ!」


 魔術師達が驚きの声を上げるが、友介は気にせず次の標的を視界に収めた。

 銃口を向け、迷わず引き金を引く。

 音速超過の速度で射出された弾丸は正確に魔術師の膝の皿を撃ち抜いた。


「二人目だ」


 小さく放たれた言葉は、しかし魔術師の耳に強く響いた。

 ダン! と一際大きく地を蹴り、近くの魔術師に肉薄する。


「ぐっ……! 何者だ貴様!」

「ただのか弱い生き残りだと思ったか? 人を見た目で判断すんなよ。俺ほどの目があるんだったら別だけどよ」


 魔術師が何かしようと右手を動かしたが、その前に股間を膝で蹴り上げて行動を止める。その間に後ろへ回り、後頭部を思い切り殴打して気絶させた。


「三人目。そして最後の一人だ」


 泡を吹いて倒れた魔術師を意識から除外し、友介はさらに駆け出した。


「ひっ!」

「みっともねえ声出すなよ! お前ら、さっきまでここにいた人達を皆殺しにしたんだろうがッ!」


 自分よりも強い人間には怯えた声を出すくせに、弱い人間は嬉々として殺すのか? あの人達はこんなクズに殺されたのかッ!?

 ふざけるな。


「死ねええええええええええええええええええええええええッ!!」


 友介は全身の体重を拳に集めて魔術師の顔面を殴り抜いた。鼻の骨を折る感触が拳に返ってきたが知ったことではない。

 魔術師の体が軽く吹っ飛んだ。

 友介は荒い息を吐きながら姿勢を正すと、呼吸を落ち着かせることもなく再び走り出した。

 暗雲が空を覆い始め、月を隠していく。


☆ ☆ ☆


 霞ヶ関に立てられた技術省の屋上では、戦いとは言えないほどの一方的な展開が広げられていた。

 ズアッ! とヴァイスの周囲に展開された水塊の一つが射出され、唯可を襲う。彼女はそれを間一髪の所で避け、右手に持つ杖を振るう。すると、彼女の近くの地面が盛り上がり、岩の壁を作り出した。

 しかし。


「はっはー! 何ですかな、その脆弱な魔術は!! まさか、その程度の実力で神話に挑んで勝てるとでも? 面白い冗談だ!」


 ヴァイスはとても楽しそうに魔術を行使する。

 軽く右手を振ると、その手にイノシシの面が現れた。それを顔につけると、彼の周囲に浮かんでいた水塊が音を立てて地面に落ちる。

 入れ変わるように、彼の近くのコンクリートが勢い良く盛り上がり、唯可を守る岩の壁へと直進した。

 大蛇のような岩の塊が激突した瞬間、脆弱な壁は一秒経たずと破壊され、その奥で膝を突いていた唯可を襲う。


「う、ううっ!」


 彼女は思い切り身を屈めることによって直撃だけは避けたものの、破壊された壁の破片が全身を叩いた。


「が、ああああああッ!」


 激痛にのたうち回る唯可。

 しかしヴァイスはそれを愉快そうな表情で眺め、さらに二発、三発と岩の大蛇を唯可に差し向けていく。そこに躊躇や迷いなど存在しない。苛烈なまでの攻撃。


「く……っ!」


 彼女はみっともなく地に手を突きながら攻撃の範囲から逃れた。大蛇がコンクリの地面に激突し破砕する。

 再度破片が唯可を襲う。


(う、ぐ……っ! 遊ばれてる……)


 勝てるわけがない。

 まず同じ土俵に立てていないのだ。


(でも……)


 彼女は僅かに笑った。

 確かに魔術師としての実力には天と地ほどの差がある。

 だが、彼が使う魔術の正体は分かった。解析出来た。

 そして、魔術の正体が分かれば、そこから弱点を探ることもまた可能だ。


「おやあ、何を笑っているのです? まさか、何か打開策でも見つかりましたかな?」

「別に……。ただ、あなたの魔術の正体を見破ることは出来たよっ」

「ほほう。さすがは魔女と言った所ですか。弱くても、知識は詰め込んでいると」


 ヴァイス=テンプレートは全く心のこもっていない賞賛の言葉を唯可に贈った。

 それを分かっていながら、なお唯可は口元に僅かに笑みを浮かべて言い放つ。


「あなたの魔術はインド神話の維持神・ヴィシュヌの化身(アヴァターラ)の伝説をモチーフにしている。魚の面で水を操り、亀の面で竜巻——つまり渦を操り、イノシシの面で地を操り、獅子の面で多大な膂力を得る。面はイメージ、あるいは妄想の強化のために使っているんだよね」


 魔術の原理というのは、実はとても簡単だ。

 ようは妄想の具現化でしかない。

 頭の中で思い描いたイメージを、自らの寿命をエネルギーとすることによって使うことが出来るのだ。

 妄想を型板に、寿命を溶けたチョコレートに例えると分かりやすいだろう。

 頭の中でイメージをした妄想にはまだ『中身』がない。そこへ寿命をエネルギーとして流し込むことで、初めて『妄想』が『現象』として世界に観測されるのだ。

 そして。

 寿命をエネルギーに変えるということはつまり……


「寿命を犠牲にするっていうのはつまり、生きられる年月が減るんだ。魔術を使う度に、魔術師はその命をどんどんと削ってしまう」


 事実、魔術師の平均寿命は五十五歳と一般的な人間に比べて短い。

 ただそれでも、五十年以上は生きられるのだ。

 ただし、その中でも例外がいる。


「それはあなたのような神話級魔術師や、一つ格下の伝承級魔術師だよっ」


 岩の大蛇の攻撃をギリギリで躱し続ける唯可は荒い息を吐きながらもヴァイスへ語りかけていく。

 神話や伝承というのは、長い間多くの人々に語れてきたが故に誰でも現象をイメージしやすいものだ。また、少しでも神話を齧ったことのある人なら分かると思うが、神話や伝承というのは現象の規模があまりに大き過ぎる。聖書の創世記が人知を遥かに越えていることなど誰でも知っているだろう。もしそれを自在に使いこなすことが出来ればどれだけ強力な武器となることか。


 しかし、それら神話にまで手を伸ばす魔術師というのは極端に少ない。

 なぜならば、扱う魔術の規模が大きい——つまり妄想が誇大——ならば、それに要するエネルギー——消費する寿命の年月——もまた膨大になるからだ。


「そして!」


 唯可は思い切り地を蹴ってヴァイスの元へと走った。


「寿命が減るのが恐いのか、あなたは多才な魔術を使っていても、その威力そのものは伝承級の魔術とそう変わらない。規格級の域を出ない私でも、まだなんとか戦いに持ち込むことが出来る!」


 そう。

 彼の魔術の多才さに惑わされがちだが、魔術の威力は規格外というわけではない。隙をつけば勝てる!

 唯可は僅かな期待と共に唯可をヴァイスを見た。

 そこには。



「はははっはー! 全っ然違いますよお!」



 酷薄に笑みを引き裂く魔術師がいた。

 亀の面を付けたヴァイスが指を鳴らした途端。

 霞ヶ関の地上に直径千メートルを超す巨大な竜巻が現れた。


「へ?」


 竜巻は地上の全てを巻き上げ、天空へと昇っていく。


「あーあ……。あなたが余計なことを言ったせいで、まだ生きていたかもしれない人が巻き込まれましたよお」


 クツクツと仮面の奥で笑いながら、ヴァイスは亀の面を取り外した。


「ひははははっははあ! でもまあ、あまり寿命を酷使したくないのは事実なのですよぉ。この体はまだ乗り換えたばかりなのでね。すぐに壊すわけにはいかないのです。費用もバカになりませんからねえ……」

「乗り換え……? ていうか、え、何で……?」


 ヴァイスが気になることを言っていたが、それよりも……


「何で!? あなた今面を外したのに、何であの竜巻が消えてないの!?」

「別に驚くようなことではないでしょうに。あれはすでに現実として認識されています。先程までの小さな水塊や脆い大蛇とは違います。正真正銘、れっきとした現実として認識されたからですよ。地上にいる人間全てが、私自身が、あの竜巻を現実の物だと認識したのですから」

「……ッ!」

「あははは! 楽しみですねえ……。彼はあれを、どうやって乗り越えるのでしょうねえ」

「彼……?」

「あれ、知らないのですか? ……ああそうか。あなたはあの時、寝ていたのでしたか。なら知らないのも無理はない」


 唯可が寝ている間にどんな話が行われていたのだろうか。

 何か嫌な予感がする。


「あなたをここで捕らえていると彼には……安堵友介には伝えています。日付が変わるまでにここに来いと、そう伝えています」

「な……ッ!!」

「本当は『カルキ』であなたの精神を壊しておきたかったのですが、それも出来ずしまいで残念です。まあ……」


 そこでヴァイスは愉快そうに目を細めると、


「今すぐあなたを行動不能にしてから『カルキ』で精神を痛めつけても良いですかねえ。いえ、それとも今すぐですかねえ」


 はあ、もっと早く起きてくれていれば……、とひとりごちるヴァイスは、パン! と一つ大きく手を叩くと、


「さて。あなたの下らない推測が間違いだったことも無事分かりましたし、第二ラウンドといきましょうか」


 ヴァイスが、真っ白で、何の模様も存在しない面を顔に被った。

 直後。

 無数の蟲が皮膚を喰い破っているかのような感覚が空夜唯可の全身を襲った。

 次話もよろしくお願いします!!

 次話もなんか色々しはるんで楽しみにしてて下さい!

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