行間一
昔から、理不尽が嫌いだった。
あの地獄の世界に放り込まれた時から。
あるいはそのずっと前から、人々を不幸に陥れる理不尽や不条理、そして不幸を強要する運命や世界が許せなかった。
良いことがあれば、その数倍の悪いことが起こる。
それはきっと、戦争の世界だけの話ではない。
戦争が始まるずっと前から、世界はそうだったんだと思う。
いつだって人は、幸福よりも不幸を多く与えられてしまう。押し付けられてしまう。
例えば、こんな人がいたことを知っている。
ある男の子がいた。彼はとても優しくて、少し女好きという部分を除けば欠点なんてどこにもないような、好少年だ。
友達のいないクラスメイトに事あるごとに声を掛けては、あえなく振られてしまうような、そんな優しい少年。
ただ、そんな彼にも、悩みがあった。
彼には、幼馴染の女の子がいた。
物心つく前から手を取り合って外を走り回って、ひとしきり遊んだ後に二人揃って土で全身をどろどろに汚して家に帰る。それを見たどちらかの母親が二人を怒る。二人揃って玄関の前で説教を受けるも、それが終わればけろりと反省もせずに浴室へ直行し、二人でお風呂へ行く。
少年は、そんな関係の幼馴染の女の子に恋心を抱いていた。
友達ではないけれど、恋人でもない――そんな中途半端な関係。互いの気持ちに感付いていながら、たった一言が告げられない。
けれど、ある日。
少年は一世一代の告白をした。その末に、ようやく二人は結ばれた。
十四年越しの恋が、叶った瞬間だった。
けれど――、その幸せは。
そんな当たり前の幸福は。
極彩色の悲劇によって塗り潰された。
二人が交際した、たった三日後のことだった。
俺は思う。
もしも、もしも――。
もしも、あの二人が、交際していなければ運命は変わっていたんじゃないだろうかって。
これは、少女が少年を待っていたから、あんな目に遭っただとか、そういう分かりやすいタイムスケジュール的な話をしているんじゃない。
ただ、世界の選択として、あの二人のささやかな幸福が、それを塗り潰す悲劇に変わっていたのではないだろうかと、そう思うんだ。
……これは、妄想なのかもしれない。
でも、だけど。
ここが、そうだから。
こんな世界だから。
だから、俺は――あんな染色を手に入れたんだ。
世界を壊し、運命を破く。
理不尽も不条理も不幸も、全てを木っ端微塵に叩き壊すあんな力を。
全員が幸せになればいいのに。
なのに、人生をプラスマイナスで見て、プラスで終えられる人間なんて一握りしかいない。いいや、きっと……一人だっていない。
それは、俺の望んだ世界じゃない。
だから俺はこの世のあらゆる理不尽と戦うと決めた。
その決意と覚悟に後悔はない。逃げる気はないし、必ずこの世界を、不幸よりも幸福が勝る世界にしてみせる。
だからこそ、か。
風代カルラという少女をただ助けることが、正しいのかどうか分からない。
あいつの兄はこう言っていた。
『こいつは人殺しだ。過去に、その手で多くの人間を殺した。数など……数える気も起きないほどな』
あいつは、人殺しなんだという。
その真偽は分からない。過去のあいつが本当に人を殺したのか。あるいはただの比喩なのか――それは過去を見なければ分からないだろう。
だけど、彼女は……
『また殺す――か』
ただ、一つ。
このままでは、近い未来、その小さな手に握った不釣り合いなほど大きな刀で誰かを殺すかもしれない。
そうなる前に彼女を救い出せば良いだけの話なのかもしれない。
だが、既に何もかもが手遅れだったなら?
救うべき少女が、取り返しの付かないことをしてしまっていたら?
もはや、ただの人斬りに落ちていたならば――俺は、安堵友介は、どうすれば良いのだろう。
そうなった場合、あの少女にとっての救いとは何なのだろうか。
結局。
安堵友介は、何をすれば風代カルラを笑わせてやれるのだろうか。




