告白
レティが部屋から出て行くのを俺は止めなかった。
ベッドから身を起して音を極力立てないように身支度を整えると俺も部屋を出る。
「1人にしないと、一緒にいると約束をした。俺はレティが好きだ。それはレティが何であっても変わらない。俺はレティを守りたい。一緒にいたいんだ。だから、俺の行動をレティに教えないでくれ」
廊下に出るとそう呟いて外に向かった。
宿の外に出ると急いで町の入り口に向かう。
俺が町の入り口に着いたのとレティが町の外に向かって足を踏み出したのはほぼ同時だった。
レティは俺が追ってきている事に気付いていなかった。どうやら俺の独り言は精霊達に聞き届けてもらえたらしい。町に近いところでは誰か来るかもしれないので、町からある程度離れるのを待ってから呼びとめた。
「レティ、どこに行くんだ?」
後ろから声を掛けると弾かれたようにレティが振り返った。
驚いたのか瞳が零れそうな程大きく目を見開き、どうして、と呟いた。
それに構わず歩み寄り逃げられないように腕を捕まえる。
「1人でどこに行く気だ?」
「……ルカには関係ない」
俯いて俺と目を合わせようともせず小さな声で返された言葉に眉間にしわを寄せる。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味。私はルカ達と一緒にいたくない。もう私に関わらないで!」
「どうして?」
「っ…もう嫌なの!だからっ!」
「何が嫌なんだ?」
「あんな目で見られるはもう嫌なの!私、私何も悪い事してないのに…。だからもう一緒にいたくない!」
「ギルド長達とはあの町で別れる」
「嫌なの!誰とも一緒にいたくないの!だから、もう放っておいて」
小さな子供の様に嫌だと繰り返すレティの腕を勢いよく引っ張る。あっさりバランスを崩して俺の胸に倒れこんできた華奢な身体を抱きしめる。
「嫌だ。俺はレティと一緒にいる。そう決めたんだ」
「…………駄目なの…もう一緒にいたら駄目なの…」
「どうして?」
「……私と一緒にいたら危ない目に遭う」
「だろうな。でも、それでも一緒にいたい」
「死んじゃうかもしれないんだよ。死んだらもう元の世界に帰れない…」
「死ななければ問題ない」
「………私、人族じゃないの」
「知ってる。天族だろ」
腕の中の身体が強張るが話を続ける。
「前にレティのステータス視た時、巫女姫の称号があるって言ったろ。実はその称号、正確には『天族の巫女姫』って称号だったんだ。その時から人族じゃない事は知ってた。黙っていたのはレティが言わなかったから。でも一番の理由は人族じゃない事を俺が知ったと分かればレティが離れる気がしたから。だからレティが自分から話してくれるまで知らない振りをすることにした。俺はレティが人族でも天族でも、レティがレティであるならそれで良かった」
抱きしめていた腕の力を緩め、レティの頬に手を添えて顔を上げ、目を合わせる。
「レティンシア、俺はレティンシアの事が好きだ」
目を大きく見開いて俺を凝視しているレティにもう一度告げる。
「好きだ。レティンシア」
見開かれた瞳から大粒の涙が零れる。
「ルカは、ルカは元の世界に帰るんでしょう。なのに、なのにどうしてそんな事言うの!」
顔を歪ませ涙を零しながら俺の胸に拳を打ち付ける。
元の世界に帰る、その為に冒険者になった。
帰る方法はまだ見つかってないが、もし帰れるとなったら俺は元の世界に帰る事を選ぶだろう。両親も心配してるだろうし、その為に頑張っているのだから帰れるのなら帰りたい。
頭では分かっていた。俺は別の世界の人間でいつかは元の世界に帰る。俺が元の世界に帰る事を望む限り、別れは必ずくる。だから諦めなくてはいけない。分かってはいたんだ。だが、
レティが俺以外の男に笑いかける。俺以外の男の為に服を作る。俺以外の男の腕に抱かれて眠る。
そんな事許せるものか。想像しただけでも腸が煮え繰りかえる。
レティを誰にも渡したくない。でも元の世界には帰りたい。
悩んだ。悩んで悩んで悩み抜いて唐突に閃いた。
俺がこの世界に来る事が出来たのなら、レティが俺の世界に来る事も出来るのではないか。
最低なのは自分が一番分かってる。それでも俺はレティを諦める事だけはどうしても出来なかった。
「俺の世界に一緒に来て欲しい」
涙で潤んだ瞳が揺れる。まさか俺がそんな事を言うとは思ってもいなかったのだろう。
頷いて欲しい、そう思って見つめているとゆっくりを首を横に振った。
「行けない。行けるわけない…。それにルカの世界に行けたとしても、いつかは私を置いてルカは死んでしまう。……それとも、私の為に人族である事を辞めてくれる?私と同じ、化け物になってくれるの?なれないでしょう。だって化け物になったら元の世界に戻った時に困るもの」
レティは気付いているのだろうか?自分の言ってる言葉の意味に。
「レティは化け物じゃなくて天族だろ。あと人間辞めたら俺の世界に一緒に来てくれるのか?」
「……何を、言ってるの?」
「俺が人間を辞めたら俺の世界に一緒に来てくれるのか?」
「そ、そんな、こと、出来るわけ、ない」
「レティ、俺はレティが好きだ。レティと一緒にいられるなら人間ぐらい辞めてやる。その代わりこの世界を捨てて俺と一緒に来てくれ」
レティが俺を選んでくれた時には人間を辞める。それはあの日、巫女姫とその騎士について知った時に決めた事だった。
次回の更新は2月4日(木曜日)の予定です。
相変わらずのスローペースですが頑張りますので、これからもよろしくお願いいたします。