見えざる者
今回はちょっと長めです。
ネイダさんの顔からは表情が全て抜け落ち、能面のような顔で俺を見返してくる。
「ルカ、お前何を!?」
ギルド長が叫ぶのと宮野が俺に突進してくるのは同時だった。
突き出された短剣を弾くと同時に蹴り飛ばす。
「お前!」
宮野が蹴り飛ばれるのを見て今度は星也が突っ込んでくるが、殴りかかってきた腕を捕まえ、足払いを掛けて地面に転がした。
「久しぶりだな、星也」
フードを落として顔を露わにすると、星也が目を見開いた。
「……彰?」
「話はあとだ。宮野は操られてる可能性が高い。殺しはしないから安心しろ」
ゆらりと起き上った宮野の顔からも表情は抜け落ちている。
「ルカ自分が何をしているのか分かっているのか!?」
ギルド長が信じられないという目で俺を見ている。おかしくなったとでも思われているのだろう。
「ネイダさんはもう俺達の知ってるネイダさんではありません」
「何を言って「死んでるんです」るん…」
ギルド長の言葉を遮って師匠達にも聞こえるように大きな声で事実を告げる。
「ネイダさんはもう死んでいて死霊使いに傀儡とされているんです。俺も信じたくありませんでしたよ。でも、ギルド長も俺の目の事は知ってるでしょう」
「嘘だろ…」
ギルド長が呆然として呟く。信じたくないのだろう。でも残念ながら俺が言ったことは事実だ。
「私が死んでいるだなんて、どうしてそんなひどいこというの?」
悲しそうに言うが目に感情の色はない。どこまでも無機質でガラス玉のような目だ。
「視れば判る。ネイダさんは死んでる」
「ルーカスさん操られてるんですね。大丈夫です。私が元に戻してあげます」
「俺は正気だ」
どこから取り出しのかネイダさんの手には短剣が握られている。そして俺に向かって突進してきた。
「レティは宮野の足止め、師匠達はレティの援護と他の人たちへの説明お願いします」
俺の指示にレティはカバンから棍を取り出して、同じくこちらに突進してくる宮野と向き合う。
荷車から降りた師匠と先生は先生が援護、師匠は後方で待機している人たちの所に説明に向かった。その際ギルド長と星也を連れて行くのは忘れない。
俺とレティはそれぞれの相手と戦闘を開始した。
ネイダさんの攻撃は単調で力もスピードもレティ以下だ。元々ネイダさんは非戦闘員だったからなのか傀儡にされても戦闘は不得手らしい。僅かな攻防の末、短剣を弾き飛ばし肩からわき腹にかけて斜めに斬りつけた。斬りつけたところから赤黒く変色した血が溢れ辺りに腐臭が広がる。
しかし、斬りつけられたはずのネイダさんは無反応だった。痛覚はないらしい。
血がボタボタと落ちているが気にも留めず、素手で襲ってくるのを今度は胴を横一文字に斬りつける。俺に手を伸ばしながらネイダさんが倒れた。上半身がぎりぎり繋がっている状態では流石に動けないらしいのでそのまま放置してレティ達の元に向かった。
向かった先ではレティと宮野の攻防が続いていた。
先生はというと、レティと引き離されて襲ってくる魔物と戦っていた。弱い魔物らしく1人でも大丈夫そうではあるが数が多いので苦労しているらしい。師匠達の所にも魔物はいるがあちらは師匠とギルド長が応戦しているのであちらも心配なさそうなので、宮野とレティの間に割り込んで強引にレティを後ろに下がらせると宮野に剣を向ける。
「どうしてその忌み子を庇う。その忌み子は生きていてはいけない危険な存在。自分の国まで滅ぼした禍の忌み子」
俺の向けている剣に気にも留めず、レティに向かって毒を吐く。
「レティは禍の忌み子なんかじゃない。それとは真逆の存在だから殺したいんじゃないのか?」
「………フフフ、ハハハハハハッ!」
「何がおかしい」
「漸く、漸く気付いたのか。だが遅かったなぁ。残念だったなぁ。封印は解けた。巫女姫が眠っている間になぁ」
封印ってレティの言ってた『大いなる災いの者』のことか?封印と巫女姫ってなにか関係が合ったのか?
「レティの伯父って人を操ってたのもお前らか」
「そうさ。巫女姫を殺す事もできたが、あの御方が欲しいと言われてな。あと1歩のところで邪魔をされ、隠されてしまった。まさか目覚めていたとは、あの御方もお喜びになられる」
なんだと!?あの御方ってのは、まさか…
「『あの御方』ってのはロリコンなのか!?」
「「???」」
レティが生まれた時から巫女姫だって知っていた。そして生まれたばかりのレティを欲しいとほざいたなら立派なロリコンだろう。
「ろりこんってなに?」
後ろから小さな声でレティが質問してきた。
「小さな女の子が好きな人の事。しかも『あの御方』ってのはレティが赤ん坊の頃から狙ってたんだ。確実に幼女趣味の変態だからレティは近づくな」
「……『大いなる災いの者』は変質者さんだったの?」
「違う!!おいっ何勝手な事を言っている!」
宮野(の中の人)が違うと言ってるが、仲間だったら庇うのは当たり前だ。何より勝手に人の体乗っ取るような奴信用できるわけない。
大いなる災いの者=変質者
これは間違いない。嫌な事を知ってしまった。だが、敵が変質者であろうが戦うことに変わりはない。
「他人の体乗っ取るような奴の言う事信じる訳ないだろ。もしかしてお前も変質者なのか?」
「貴様!絶対に許さん!!」
仕掛けてきた攻撃は速く鋭いが重さはない。レティは出来るだけ傷つけないようにしようとして手こずっていたらしい。宮野には悪いが、怪我については不可抗力という事で納得してもうしかない。体を乗っ取られているよりはマシだろう。
「でも、これは手こずりそうだな」
致命傷を負わせずに無力化するのは骨が折れそうだ。
続く攻防の中で細かい傷が増えていくが宮野の体は俺以上に傷が多い。体を乗っ取ってる奴にとって、宮野の体は使い捨てなのだろう。傷を負わせているのは俺だが、だからといって傷を負わせないように戦うのは無理だ。
逃がすわけにもいかないし、殺すわけにもいかない。致命傷を負わせないよう気を使いながら戦うのも疲れてきた。
突然美しい歌声が響き渡った。聞きなれたこの歌声は…
「レティ?」
レティが胸の前で指を組み瞳を閉じて歌っている。
こんな状況でなぜ突然歌を歌い始めたのだろうか。何を考えているのかサッパリ分からないが意味のない事をレティがしているとも思えない。
「チッ」
宮野(中の人)は舌打ちするとレティに向かって魔法を放ったので俺も魔法を放って相殺する。どうやらレティに歌われるのは都合が悪いらしい。
「レティを死なせたら『あの御方』が怒るんじゃないのか?」
「黙れ!」
レティが何をしようとしているのか分からないが、宮野(中の人)にとって都合が悪い事は俺にとっては都合のいい事。それなら俺がする事はレティがやろうとしている事を成功させる事だ。
レティの邪魔をする暇など与えない。距離を詰めて途切れることなく攻撃を放つ。コイツはレティが何をしようとしているのか分かっているらしく、焦り始めている。相当都合が悪いらしい。
絶対に行かせるものかと全力で絶えず攻撃を放ち続ける。
そして、とうとうレティが歌が終わった。
変化はない。むしろ俺の体力の方が危なくなってきた。
宮野も何も起きない事に安堵したのか、ニヤリと笑うと反撃に転じた。
今までとは逆に今度は俺が防戦一方になる。このままだと拙い。やろうとしていた事に失敗したのだろうかとレティを見て俺は戦慄した。
光る弓を構えたレティが俺達に向かって丁度矢を放ったところだったのだ。このままだとレティが放った矢に俺も宮野と一緒に射ぬかれる。だが矢を避けようとすれば宮野に斬られるだろう。
結局どうすることも出来ない間に矢は宮野と俺を貫いた。
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