2つの伝承
「………ルカ、ルカは本当に私が禍の忌み子じゃなくて、巫女姫だと考えてるの?」
顔は上げないまま、小さな声で聞いてくるレティの髪を撫でてやりながら肯定を返す。
「ああ。銀髪銀目は禍を齎すなんて云い伝えないんだろ?」
「……多分ないと思う。私は聞いた事ない」
「でも国を滅ぼそうとか考えるのってやっぱ魔王が犯人なのか…?」
「どうして魔王様がそんなことするの?」
えっ?と思ってレティを見下ろすと不思議そうに首を傾げている。
「この世界に来た時に魔王を倒してくれとかいわれたしテンプレだろ?」
「てんぷれ?よくわからないけど、どうして魔王様を倒すの?」
「……レティは魔王をどう考えてるんだ?」
「魔人族の王様。今の人族と魔人族は仲が悪いの?」
今の人族って、昔の人族は魔人族と仲が良かったのか?もしかして魔王っていい(魔)人だったりするのか?
「昔は仲良かったのか?」
「交流は少ないと思うけど敵対はしてなかったよ」
「今召喚されてる勇者って魔王討伐の為に呼ばれてるぞ」
「どうして?」
「さあな」
でも確か太陽の勇者と月の巫女の伝承で倒されてたの魔王だったよな。
「勇者と巫女の伝承で魔王は封じられてたと思うんだけど」
「えっ?」
『えっ?』てなに。なんで初めて聞きましたって顔してるんだ?
「おい、お前ら朝っぱらから何いちゃいちゃしてんだ」
突然割り込んできた声に、振り返ると師匠が呆れたような目で俺達を見ていた。
「おはようございます。師匠。でも俺達いちゃいちゃなんてしてません」
「…その状態で何言ってんだ、お前」
その状態。師匠に言われて自分の状態を確認する。
両手共にレティの背中にある。レティは俺の胸に手を置いている。傍から見れな俺がレティを抱きしめているようにしか見えない。事実抱きしてたけど…。
「ちょっと話をしていただけです。後で師匠達にも説明します。レティ、まずは朝御飯食べて出発準備をしよう。話は歩きながらでもできる」
「うん」
急いで朝食の準備をして朝御飯を食べる。師匠と先生には食後に、夜の見張りの間にレティを作った回復薬を5本残し、残りは全て飲んでもらった。これで師匠達の怪我は殆ど癒えたので長時間歩く事もできたが、レティの能力を隠す為に今日も荷車に乗って移動してもらう。カモフラージュに包帯も巻いてるし、先生も喉の傷が癒えて喋れるようになったけど、まだ声が出ないふりをしてもらう。
出発の準備が整い、ギルド長達の方を窺うとあちらも問題なく出発できそうだ。
俺達の後ろを少し距離をあけてギルド長達はついてくる。
宮野が何か文句を言ってるのが聞こえるがとりあえずは無視だ。
アイツらのステータスは休憩の時にでもみればいい。それよりもさっきの続きだ。
「レティ、レティは勇者と巫女の伝承を知ってるんだよな?」
「うん。でも私の知ってる伝承とルカの知ってる伝承違うみたい。ルカの知ってる伝承を教えて」
「『凶悪なる魔王、世界を滅びへと誘う。人々は絶望に打ちひしがれたその時、太陽神ソレイギオスと月の女神セレンティオスより遣わされた漆黒の髪と瞳を持った若者と乙女が現れた。若者と乙女は力を合わせ、凶悪なる魔王を封じ世界に光と平和を取り戻した。
生き残った人々は、太陽神ソレイギオスが遣わした若者を『太陽の勇者』、月の女神セレンティオスが遣わした乙女を『月の巫女』と呼び讃えた。
世界に争いが満ちるとき、太陽の勇者現れる。黒髪黒目の男なり。その者争いを鎮め、平和をもたらすであろう。
世界に闇が満ちるとき、月の巫女が現れる。黒髪黒目の女なり。その者世界に光を取り戻し、世界を平和に導くであろう』これが俺が知ってる伝承だ」
レティは困惑した表情を浮かべている。
こんな顔をしているという事はレティの国に伝わってる伝承とかなり違うみたいだな。
「レティの知ってる伝承を教えてくれ」
レティの知ってる伝承を話すように促すと口を開いた。
「『この世界には太陽神ソレイギオスと月の女神セレンティオスがいる。
遠い昔、大いなる災いの力を持つ者が現れこの世に混沌をもたらした。世界には凶悪な魔物が溢れ、人々は滅亡の危機に瀕した。その時、太陽神の祝福と加護を授けられし青年と月の女神の祝福と加護を授けられし乙女が現れた。激闘の末、二人は災いの力を持つ者達を封印した。
太陽神の祝福と加護を持つ者、太陽の勇者。
月の女神の祝福と加護を持つ者、月の巫女。
大いなる災いの力持つ者達の封印が解けし時、再び世界に現れるであろう』これが私の国に伝わってる伝承」
筋書きは一緒だが敵は違うらしい。ついでに勇者と巫女の髪と瞳の色には一切触れてないし、出現条件は封印が解けること。神の祝福と加護を持ってること、だな。
「大分違うな」
後ろで聞いていた師匠が小さな声で呟く。
「でも伝承としてはレティの知ってる伝承のほうが正しいんじゃないかと思うんですけど」
「だろうな」
師匠の肯定に先生も深く頷いた。
レティが気まずげに俯いているが太陽の勇者と月の巫女の伝承は同じだと思い込んで確認しなかったのだから俺達も悪い。レティもまさか根本の伝承がこんなに違っているとは思わなかったのだろう。
読んで頂きありがとうございました。
もうしばらくは隔日更新でいきたいと思います。