異変
ルカが回復薬の材料を採取して帰ってくるまでに夕飯を完成させなくっちゃ。
今日の夕飯はパンとポタージュ、お肉の串焼きと野菜サラダを作ります。
まずはポタージュにするお野菜を刻んで煮込んでる間に、サラダを作って、串焼きの下拵え、あとは、煮込んだ野菜を漉して味を調えてポタージュは完成。お肉はルカが帰ってきたら焼こう。
料理の段取りを確認しながら、鍋に刻んだ野菜と保存していた出汁を投入する。あとは、煮込んで漉すだけね。サラダ作りに取り掛かろうとしたら、足音が近づいてくるのに気付いた。4人ぐらいかな?
足音がする方向を見ると、ジゼルさんの他に女の人が1人と男の人が2人、こちらに向かってくるのが見えたので調理の手を止めて4人が来るのを待った。
「レティンシアちゃん、ちょっといいかい?」
最初に口を開いたのはジゼルさんだった。
「はい、ジゼルさん」
「そうだ、用件の前に紹介しとくよ。後ろのひょろ長いのが、あたしの旦那セドリック、あたし達は宿屋の踊るシルフ亭をやってたんだよ。こっちはヘレンと旦那のブライアン武器屋をやってたんだよ。そして、ここには来てないけど冒険者ギルドの受付をしてたネイダ、魔法薬屋のお婆ちゃんがキャシー、。残ってる若い男がセイ、女がナナ、この2人は今話題の勇者と同じ世界から来たらしいよ。死にかけてたのをギルド長が保護したんだ」
王都に着いた時に死んだと聞いた人たちは全員生きていたようだ。
「レティンシアです」
知っているだろうが名乗っておく。
「紹介も終わったし早速なんだけど、調理道具と食材を出してもらってもいいかい」
そうだでした。うっかりしてました。急いでカバンに手を入れて預かっている物で料理に関係する物を全て出す。
「必要な物を取ってもらえたら、残りは仕舞っておきます」
「ありがとうよ」
ジゼルさんとヘレンさんが調理道具や食材を選んで後ろに立っているセドリックさんとブライアンさんに持たせていく。荷物持ちに連れてこられたんだ…。
「あたし達はレティンシアちゃんと女同士の話があるから、あんた達は先に戻っといておくれ」
荷物を持った男2人を先に戻らせて、ジゼルさんとヘレンさんが残る。
女同士の話ってなんだろう?
「レティンシアちゃん、長いね、レティちゃんでもいいかい?」
「はい」
「レティちゃん、ドレスのままだろう?脱ぐのを手伝うよ。」
「いいんですか?」
「そのままじゃ大変だろう?」
「ありがとうございます」
残ってるに荷物をカバンに仕舞ってからテント(小)に移動してマントを脱いで、ジゼルさんに背中を向ける。
シュルシュルと音を立てて背中で交差していたリボンが解かれボタンも外される。バサリと音を立ててドレスが落ちた。続いてコルセットの紐も解いてもらい、やっと体の締め付けから解放される。
「ありがとうございました」
「どういたしまして。それより早く服を着な」
促されてカバンから服を取り出して身に着けていく。服を着たら最後に髪を結ってマントを羽織りカバンを掛けた。
「レティちゃんはナナの事嫌いなのかい?」
今まで一言も喋らなかったジゼルさんが変な質問をしてきた。
「嫌いなのはナナさんの方だと思いますよ?私も好きではありませんけど、嫌いと思うほどの感情もありません」
「そうなのかい?じゃあナナとも仲良くしてくれる気はあるのかい?」
「それは私よりナナさんに聞くべきたと思いますよ」
靴を履いて外に出るとあたりは薄暗くなっていた。
カバンからカンテラを5つ取り出して魔力を込めて明かりを灯す。テントの入り口に1つずつと調理スペースに2つ置く。
「私は彼と先生とアンドリューさんが決めた事に従います。一緒のパーティーで行動したいという話なら彼らにした方がいいですよ」
一緒に外に出てきたジゼルさんにランタンを渡して交渉相手が違う事を告げる。
「彼が承諾すればいいんですね?」
「はい」
ヘレンさんの念押しに頷くと納得したのか、ランタンのお礼を言って帰っていった。
予定より遅くなってしまったから、夕飯の準備急がないとルカが帰ってきちゃう。
私は気を取り直して夕飯作りを再開した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ナナ、セイ。お前達2人はあっちには関わるな。これは命令だ」
あたしを押しのけてマント男と話しをしていたマクレーンさんからそんな命令をされた。
「どうしてですか!悪いのはあの子です!!」
「いい加減にしてくれ。君のその態度が彼らを怒らせた」
マクレーンさんが他のメンバーを促してマント男達から離れる。
「この辺でいいか。ここで野営するから薪を集めてきてくれ。俺は何か狩ってくる」
ギルド長は1人でどこかに歩いていく。
セイとブライアンさん、セドリックさんが武器は持ってるけど魔物が襲ってきたらどうするつもりなのよ。ムカムカしながら薪を集めにいく。それに野宿だなんて、地面に寝ないといけないなんて最悪。
薪集めから戻って、あの子達がいる方を見たらテントが出来ていた。驚いたことにテントまで持っていたらしい。あの小さいカバンにどうやって入っているのかも謎だけど、しかも2つもだ。2つあるなら1つはあたし達に差し出すのが普通でしょ!きっとマクレーンさん達もそう思っているはず。
「レティンシアちゃんに必要な物を出してもらわないといけないですね」
「そうだね。あたし達が行ってくるからネイダはこっちを頼むよ。セディ、あとヘレンとブライアンも手伝っておくれ」
ジゼルさん、ヘレンさん、ブライアンさん、セドリックさんがあの子の所に向かう。必要な物なら当然テントだって持ってきてくれるわよね。だって必要な物だもん。
しばらくするとブライアンさんとセドリックさんがいろいろ抱えて帰ってきた。でもその中にテントは無かった。取りに行くようすもなく、後に帰ってきたジゼルさんとヘレンさんが持っていたのはカンテラ1つだった。
「テントはあの子が持ってくるんですか?」
夕飯の準備を始めたジゼルさんの横でその準備を手伝いながら聞いてみた。
「あたし達はテントまでは準備してなかったからないよ」
耳を疑った。ない?テントが?じゃあこの地面にそのまま寝ろっていうの!?
「なんでですか!あの子が2つ持ってるんですから1つ持ってこさせればいいじゃないですか!」
「持ってこさせるって…。あのねぇ、あのテントはあの子たちの持ち物なんだよ。それに1つはかなり小さいから2人寝るのが精いっぱいぐらいの広さしかないよ」
「あっちは人数少ないんですから小さいので十分ですよ!大きいのを持ってこさせればいいじゃないですか!」
「ナナ、あれはレティちゃん達が所有している物なの。どうしてそれを持って来いだなんて言えるんだい」
「だからってなんで私達は地べたで、あの子はテントなんですか!不公平です!!」
「いい加減にしな!ここはもういいからあっち行ってな」
目を吊り上げて怒ったジゼルさんに手伝いから追い出され、剣の素振りをしているセイの側にいく。
「お前どうしたんだよ。最近のお前なんかおかしいぞ」
「おかしい?あたしのどこがおかしいっていうのよ?」
「全体的」
「全体的ってなによ、それ」
「お前らしくない」
「………」
じっとあたしを見るセイの視線に耐えられず俯いてしまう。
わかってるのだ。自分が悪い事くらい。だけど、思っている事、言いたい事とは違う事をしてしまう。
どうしてこんな事をしてしまうのか、言ってしまうのか自分でもわからない。
どうしたらいいの?だれか助けて!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『だれか助けて!』
不意に誰かが助けを求める声が聞こえた気がして顔を上げた。
周りを見渡しても誰もいない。聞いた事がある声ではあったけど誰の声かまでは思い出せない。
耳を澄ましてみても、何も聞こえない。
「空耳かな?」
再び串に肉を刺しながらルーカスの帰りを待つ。
でも、あのナナという人のような目をどこかで見たことがあるような気がするのは気のせいだろうか。
読んでいただきありがとうございました。