新たな出会い
背中に固い感触を感じる。ゆっくりと意識が浮上して目を開けたら、至近距離に知らない男の人がいた。
驚いたけど見覚えがある気がして問いかけようとしたら突然大きな手で口を塞がれた。
覆いかぶさるように圧し掛かってくるのが怖くて、暴れると尚の事強く抑えられてしまう。
ドレスの布地を踏まれていて蹴り上げる事も出来ずにいると、男の後ろの恰幅のいい中年の女が立っていた。状況を見て、女は目を吊り上げると圧し掛かっている男の頭に拳を振り下ろした。
ゴイン!という痛そうな音がして、男が後ろを振り返る。
「なにやってるんだい!」
「いや、逃げたり叫ばれたりしたら困るだろう?」
男が女に弁明している。話しかけようとしたのを叫ばれると勘違いされて口を塞がれてしまったらしい。
女が私の目を見てゆっくりと喋る。
「お嬢さん、大きな声を出したりされると困るんだよ。話を聞いてくれないかい?」
敵意は無いらしい。悪い人にも見えないし、嫌な感じもしない。ここがどこかも分からないのだし話を聞くのは悪い話でないので頷くと男が手を放して離れた。
起き上った時、呼吸が楽に出来ているのに気付いた。
「すまなかったねぇ。痛いところはないかい?」
女の人が心配そうに聞いてくる。痛いところはないが気になる事はある。
「痛いところとかはありません。でも、あの、コルセットは……」
「あたしが緩めたんだよ。あんなに締め上げられて苦しかったろう」
「ありがとうございます。助かりました」
あれは苦しかったので、緩めてもらえてとても助かった。
「それより、君に訊きたい事がある。どうしてこんなところにいる?どうして俺を襲った?」
男をどこで見たのか考えていたらあの時ことごとく私の攻撃を防いだ人だ。
「……クローゼットの中にいたら床が抜けて落ちました。あなたを襲ったのはこんなところにいる人は危険人物だと思ったからです」
「なんでクローゼットに中にいるんだ!?」
「そこにクローゼットがあったからですけど…」
クローゼットがないと入れないと思う。
「いや、クローゼットがあったら入るっておかしいだろう!?」
「クローゼットしか隠れられる場所が無かったんです」
女性が不思議そうに首を傾げる。
「かくれんぼでもしてたのかい?」
「かくれんぼ?私は逃げている途中に見つかりそうになって隠れたんです」
「逃げるって誰からだい?」
「………勇者です。城に無理やり連れて行かれてドレスを着せられました。身の危険を感じたので先生達の教え通り急所を蹴って逃げました。途中で見つかりそうになってクローゼットに隠れたら仕掛けを作動させてしまったようで、落ちてしまいました」
「・・・・・・・・・」
男の人の顔から一気に血の気が無くなってしまった。どうしたのだろう?
「見かけによらず、思い切った事するね…」
「?先生達は、躊躇わず、思い切り、力いっぱい、手加減なしで蹴るように言われました。そうすることで、新たな被害者が出る可能性が少なくなるからって」
「…………躊躇わず、思い切り、力いっぱい、手加減なしで蹴って逃げたのかい」
「はい」
ルーカスやギャレット先生、アンドリューさんに教えてもらった通りに出来たと思います。
褒めてもらえるかな?
「その先生ってのは女の人かい?」
「いえ、ギャレット先生は男性です」
「「ギャレット!?」」
「…先生をご存知なんですか?私、先生の弟子なんです。でも、王都に向かった後から連絡が取れなくて…。探しているんです。どこにいるのか知っているのなら教えてください」
こんなところでギャレット先生を知っている人と会えるなんて思わなかった。今はどんな些細な手掛かりでも欲しい。
「本当にギャレットの弟子なのか?」
「はい」
「ならルーカスを知らないか?」
ドキリとした。敵かもしれない相手に彼が生きている事を教える訳にはいかない。
「亡くなったと聞いています」
「本当に死んじまったのか。ステラからルーカスが謎の襲撃で死んだと聞いた時は信じられなかったが…」
「私が弟子になった時にはいらっしゃいませんでした」
誰なのだろう、この人達は。ルーカスの事もギャレット先生の事も知ってる。きっとアンドリューさんの事も知ってる。
ううん、それよりもステラってクリュスタの冒険者ギルド長のこと?だとしたら、どうして知ってるの?
「あなた達は誰?」
「ん?あぁすまない。自己紹介してなかったな。俺はマクレーンだ」
「あたしはジゼルだ。お譲さんの名前は?」
「レティンシアです」
名前を名乗りながら考える。マクレーンという名前なら覚えている。冒険者ギルドのギルド長だった人の名前。死んだと聞いたけど生きてたの?
「マクレーンさんは冒険者ギルド長のマクレーンさんですか?」
「そうだ」
「ルーカスさんが死んだことも伝えたステラという人はクリュスタのギルド長ですか?」
「あぁ」
やっぱりおかしい。先生もアンドリューさんも襲撃でルーカスがいなくなった事は誰にも話してないって言ってた。もちろん死んだなんて言うはずもない。ルーカスが死んだとそう思っているのは、襲撃をした者と指示した者だけ。
「今もステラギルド長と連絡を取ってるんですか?」
「?いや、『ルーカスと親しくしていた奴らが立て続けに不幸な目にあってるから気を付けろ。ギャレット達にも王都に近づくなと伝えてくれ』と連絡したのが最後だな。……おい、顔色悪いぞ。大丈夫か?」
そんな……、じゃああの手紙と勇者の話は2人を呼びよせる為の罠だったの。
「ギャレット先生達は襲撃された事、ルーカスが死んだ事は誰にも話していないと言ってました。王都に向かったのはステラギルド長に頼まれて…」
マクレーンが目を見開いた。
「………本当か?」
「はい。私は危険かもしれないからと置いていかれました」
早くルーカスにもこの事を知らせなきゃ。でもこの人たちの前で魔法具は使えない。どうしよう。
「どうして王都にいるのかと思っていたが、嵌められたのか」
「!!」
顔を歪ませて吐き捨てるように言われた言葉に驚いて顔を上げた。
会ってる。この人は王都に来たギャレット先生達に会ってる!
立ち上がるとマクレーンに詰め寄る。
「どこで会ったんですか!?先生達は無事なんですか!?」
真っすぐ目を見て問うと諦めたように口を開いた。
「無事とは言い難いな。生きてはいるが瀕死の状態だ」
瀕死?2人が?そんな事って、どうして……。
「どうして……」
「俺達が見つけた時にはもうギャレットは意識は無かった。アンドリューは辛うじて動けたようだが、敵だと思ったのか俺達に襲いかかってきてな、暗くて相手がアンドリューだと気付かずに刺してしまってな」
なんて事をしたのだ。思わず睨みつけると目を逸らされた。
「どこにいるんですか?」
叫び出しそうになるのを抑えてギャレット先生とアンドリューさんの居場所をマクレーンに問いただした。
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