地下水路
闇の中を落ちていく。
「『浮遊』」
咄嗟に口から飛び出た呪文が発動して落下速度ががくんと落ちる。風に護られてゆっくりとした速度で降下していく。下からは水の音が聞こえてくる。
しばらくすると足が地面に着いた。すぐ横には水が流れている。どうやらここは地下水路のようだ。
「ビックリした……床が抜けるなんて思わなかった」
とりあえず追っては大丈夫そうだ。それに水の流れを辿れば外に出る事が出来るかもしれない。
カバンから導のペンダントと通信用の指輪とイヤーカフを取り出して身に着ける。髪飾りやイヤリング、腕輪を外してカバンに仕舞う。ネックレスは留め具の外し方が分からなかったので着けたままだ。最後にマントを羽織ってフードを被る。できることならドレスも脱ぎたかったのだが、万が一追ってが来た時が困るしこのドレスは1人では脱げない。早くルーカスと合流して脱ぐのを手伝ってもらおう。
ルーカスが聞けば、頭を抱えそうな事をサクッと決めると歩き出した。
しばらく歩きまわっていたが、何度目かの行き止まりに溜息を吐いた。
ルーカスにも何度か連絡をしているのだが、何かに邪魔されていて届かない。
道を引き返そうとした時、目の前が一瞬暗くなる。壁に手をついてなんとか持ちこたえるが、身体の方はもう限界が近かった。
コルセットの締め付けで息が詰まってしまう。壁に寄りかかって目を閉じて少し休むがあまり効果はない。少し呼吸が落ち付いてきたのでゆっくりと歩き出した時だった。自分のモノではない足音が聞こえた。
道はこの1つしかないので隠れられる場所も無い。逃げるには正面突破しか残されていなかった。
カバンから短剣を取り出して、心を落ち着かせる。気配を消して足音を立てないように気を付けながら曲がり角まで行くと壁に背をピタリとつけて、相手が近づくのを待つ。そして、曲がり角の近くまで来たところで、襲撃した。
キィン
短剣が弾かれる。明かりで照らし出された相手は長身の緑の髪の男だった。
「女の子?」
男は襲ってきた相手がドレスを着た女である事に驚いているようだが、こんなところにいる事自体怪しい。一切手加減していないのに、この男は易々と避ける。
カバンから投擲用のナイフを取り出して投げるが、それも全て弾かれてしまった。
視界がぼやけて男の姿も歪む。身体が重たくて息ができない。
手の中から短剣が滑り落ちてカランカランと音を立てて転がる。そして、目の前が真っ暗になって私の意識は闇の中に引きずり込まれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【お城】
2人の兵士が重い足取りで自分の持ち場に向かっている。できれば事は全て終わっていてほしいが、それが今までの経験上あり得ない事は分かっているが、部屋の中から聞こえてくる少女達の悲痛な声が耳に残っている。
自分達の持ち場である部屋の近くまで来た時、異変に気付いた。扉が開いているのだ。不審に思いながら部屋の中を確認すると、床に勇者2人が倒れていた。そして少女の姿は見当たらない。
息はしているので生きてはいるようだが、床に倒れ伏した姿はなんとも情けなかった。
股間を押さえて白目を剥いて口から泡を吹いている姿から、いなくなった少女が何をしたのか想像はつく。一度だけ見た事のある少女はとても大人しげな可憐で美しい少女だった。こんな事をするとは思えなかったが人を見かけで判断してはいけないという事だ。気をつけよう。
一応こんなのでも勇者様なので治癒術師を呼んで勇者達を任せる。侍女たちを呼んでいなくなった少女を手分けして探す。
部屋に呼び戻された侍女たちが勇者の惨状と少女の逃亡を知らされると、全員が冷たい目で勇者達を見て、やる気なさげに少女を探し始めた。
2時間後気が付いた勇者達の怒りは凄まじかった。だが、棟の隅々まで探しても少女は見つからなかった。見つけ出せない兵士や侍女たちを役立たずと罵る姿は勇者の姿からは程遠かった。
勇者達の連れてきた少女が逃亡した事は国王や王女にも伝えられた。最初のうちはすぐに見つかるだろうと高をくくっていたのだが、城全域に広げた捜索でも少女が見つからない事態になった時にようやくその重い腰を上げた。古い図面を広げてようやく忘れられた隠し通路の存在を見つけ出した。その隠し通路は勇者達の使っている棟にあったのだ。王女自ら向かった先の部屋にあるクローゼットの扉を開けて、図面に書かれた場所を押すと壁の一部が沈みクローゼットの床が開いた。
庭から石を持ってこさせて投げ入れてみたが音は返ってこない。かなり深いようだ。なんの準備も無く落ちたのなら生きてはいないだろう。
「隠れたクローゼットの中でたまたま仕掛けを作動させてしまったのでしょう。残念ですが、かなり深いようですし勇者様方のお気に入りだという少女も生きてはいないでしょう。ですが念の為、遺体の確認をさせましょう。」
「かしこまりました。ではすぐに手配いたします。」
「お願いね。必ず遺体を確認して」
「はい」
付き従っていた騎士が王女の言葉を受けてすぐに少女の遺体を探す手配をするために傍を離れた。残った騎士を連れて、王女は勇者たちのいる部屋に赴き少女の死を伝える。
「コウイチ様、マサキ様、お探しの少女ですが残念ながら侵入者対策用のトラップに掛かって古い地下水路に落ちてしまわれたようです。恐らくはお亡くなりになっておられましょう。」
「トラップ?そんなのがあったのか!?」
「僕たちが危険な目に合ったらどうするのさ!」
「通常であれば絶対に通らない場所にありますので、勇者様方の身に危険はございません。このトラップは勇者様方をお守りするためのモノです。ご安心ください」
「死んだのは間違いないのか?」
「あの高さから落ちて生きていられる者はおりません」
「残念だな。僕たちの性奴隷にしてやろうと思ってたのに」
侍女たちの目がさらに冷たくなる。
「ではわたくしは所用がありますので失礼いたします」
王女が礼をして部屋を出ていくのを見送ることなどもせず、死んでしまった少女を貶している。周りの人間が自分たちをどういった目で見ているのか気付かないし、気にすることもない。
「少女を見つけたら遺体は持ち帰るように伝えて。せめて手厚く葬ってあげましょう」
「かしこまりました。そのように伝えておきます」
哀れな少女だが、身を穢される前にその命を散らしたのは良かったのかもしれない。
王女は胸中でそう呟いた。
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